620坪の「完成しないオフィス」が表現する設計思想──『KARTE』のプレイド、本社移転の狙いを聞く

インタビュイー
倉橋 健太

大学を卒業後、楽天株式会社に新卒入社。楽天市場におけるWebディレクション、マーケティング、モバイル戦略、広告戦略等、多岐にわたる領域を担当し、楽天市場事業の成長に貢献。 2011年にプレイドを創業。2015年3月にCXプラットフォーム「KARTE」をリリース。

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ウェブサイト、アプリの訪問者の行動・感情をリアルタイムに解析し、ユーザーに最適な接客を可能にする顧客体験プラットフォーム「KARTE(カルテ)」。同サービスを手がける株式会社プレイドが2018年7月、GINZA SIX内にオフィスを移転させた。

620坪超のスペースでありながら、一切の仕切りを排除したミニマムな設計。デスク、チェア、最低限の家具だけが配置された空間は全席フリーアドレス利用が可能。「完成しないオフィス」というデザインコンセプトは、プロダクトや組織づくりに対する姿勢を体現したものだという。

社員80名でありながら300人超を収容可能な大型オフィスに移転した理由を「事業を伸ばすために必要な投資」と語る同社代表取締役の倉橋健太氏。その狙いを聞いた。

  • TEXT BY NAOKI TAKAHASHI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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社員の主体性を育てる、完成しないオフィス

社員80名で620坪、想像以上に広いですね。反対意見は起きなかったのでしょうか?

倉橋銀座の一等地にあるGINZA SIX内という空間のグレード、620坪の広さなど、社内はもちろん投資家や融資していただいた銀行からも反対意見は上がりました。「2坪に1人が適切な割合」と言われているので、計算上は300人は入るんです。

でも、身の丈よりも背伸びした環境だからこそ企業としてストレッチできると思いますし、向こう数年の人員の増加やインナーマーケティングの観点から考えると、オフィスへの投資は十分回収できるものだと説明し、ご理解いただきました。

考えはわかりますが、やはり固定費の増加はリスクでもある。

倉橋合理的に考えたら、こんな広さはいらないですよね(笑)。坪単価が安い場所で、もう少しコンパクトサイズの場所を選ぶのが合理的でしょう。ただ、そうしなかった明確な理由はあります。

合理的なことをやっていたら、誰でもできるような成長しか見込めないんですよね。現状、弊社の事業にはほとんど競合がいません。だからこそ自分たちで市場を作っていかないといけないし、そのために取れるリスクは最大限取るというスタンスを示したかった。余白があるからこそ無駄なことができるし、無駄があるからこそ計画にないポジティブな反応もある。

それはプロダクトもオフィスも一緒です。「企業のカラーはオフィスに行けばわかる」といいますが、ほとんどのオフィスは機能面を重視して設計されているんですよ。でも、私は「機能から会社は感じられない」と考えています。機能やディティールの優先度は下げ、空間全体として会社のベクトルを示すことを選びました。

合理的に考える限りでは実現できない方向に進んでいこうとロードマップを引くのが、僕の役割だと思っていますから。

事実、プレイドが銀座に移転したというニュースは多くのWEBメディアなどでも取り上げられ、話題となりました。コンセプトは「完成しないオフィス」だそうですね。

倉橋「完成していない」というのは、状況に応じて最適化していけるという意味でもあります。ベンチャー企業らしく事業のフェーズや使い方に合わせて柔軟に対応できるように、必要最低限のデザインを意識しました。床、デスクの奥行き、カフェスペースなどコミュニケーションの核となる部分は設計しましたが、その使い方までは定義していません。それを一言で表したのが「完成しないオフィス」です。

倉橋みんなが刺激を受け続けるオフィスであり、社員たちが主体的に作り上げる場所であるという考えから設計を行っています。こうした思いを社内に浸透させていくためにも、作り上げるプロセスから全社員に関わってもらいました。たとえば、必要な家具や設備は全社員を巻き込んだワークショップでアイデアを募ったんです。

そもそもオフィスを移転したきっかけは?

倉橋事業の成長に伴い手狭になったのが直接の理由です。ただ、移転はこれまでの活動を振り返るタイミングにもなりますし、会社の成長を考える上でのターニングポイントになる。自分たちの事業フェーズと照らし合わせながら慎重に検討しましたね。

良い設備を持つ作り込まれたオフィスは、企業努力を重ねて獲得するものだと思うんです。成熟した企業ならば「完成されたオフィス」が相応しいのですが、僕らのフェーズだと「ちょっと足りない」くらいが丁度良い。現状をよしとしない、飢餓感を無意識に得られる環境に設計したかったんです。

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移転により出社率はアップ、コミュニケーションも活発に

移転後、社内からはどんな反応がありましたか?

倉橋オフィスに対して意見を言う人が増えましたね。GitHubでオフィスのイシューを管理しているのですが、みんなが課題を上げるようになった。どうすればベストな状態を作れるようになるかをそれぞれが考えられているのだと思います。もう一つの変化は社員の出社率が上がったことですね。弊社はフルリモートでの勤務もOKなのですが、移転前よりも目に見えて増えました。

社内のコミュニケーションに変化はありましたか。

倉橋私は、チームで取り組む仕事は顔を合わせる環境の方が生産性が高いと考えています。他のメンバーや環境から自然と刺激を受けられるからです。新しい事業が立ち上がるときも、その空気を肌で感じられる。移転後はコミュニケーション量が増え、職種をまたいだコラボレーションが起こっているという感触はありますね。

自分たちの事業で新たに市場を作っていく時に「これをやっておけば安心だ」というものはないと思うんです。サービスやプロダクトにも完成というものはなく、「もっと良くするためには」と日々試行錯誤していかないと世の中に価値として認識してもらうことはできない。常に周囲から情報をとって、事業の成長のために必要なものを個々人が考えるべきであるということを、オフィスを通じて感じてもらいたかった。こうした思いは社員にも直接伝えていますし、今のところうまくワークしているなと思います。

モックと呼ばれるオリジナルのユニット家具は、椅子、テーブル、棚として使えるフレキシブルなデザイン

コミュニケーションのハブとなるカフェスペース。打ち合わせや雑談などに利用され、常に人が絶えないそうだ

現在の社員80名に対しては、かなり広いスペースですよね。仕切りも会議室もありません。

倉橋商談などをするには個室が必要では、という意見もありましたが、物理的に距離を取れれば問題ないと判断しました。「最初に本当に必要なもの」だけ実装していくというプロダクト設計と同様のアプローチです。なにか問題があれば、その都度対応できますし。

ソフトウェアとは違って、構造部分など変えられないところもありますが、変化できる余地をどれだけ残せるかが大切だと思うんです。

社外の方からの反応はいかがですか?

倉橋弊社の姿勢を、社外の方にも感じて欲しいという思いはありました。KARTEというサービスもベータ版でリリースして、作っては壊して成長させていますが、そうしたマインドをお客様に空間を通じて感じて欲しかった。

移転前からですが、定期的にミートアップやイベントを開催しており、採用面でも弊社の思想を伝えていくための強固なインフラになるのではないかと思いますね。実際、移転パーティーでも、考え方やスタンス、事業成長の勢いを強く感じるという声もいただいています。

全社集会などで利用される芝生スペース。「テントが個室がわりですね」と倉橋氏は笑う

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「ルールは最大限排除」オフィス、組織、プロダクトに通底するプレイドの設計思想

こうしたオフィスのコンセプトは、プレイドのサービスにも影響を与えるものなのでしょうか?

倉橋影響を与えるというよりも、弊社のプロダクトに対する姿勢がオフィスに現れているというのが適切かもしれません。オフィスを作る以外にも会社にはやることが山ほどあり、優先順位をつけていくと、妥協すべき部分も出ていきます。ただ、小さな妥協が、やがて会社のマインドのズレに繋がっていくので、そこはできるだけ排除したかった。一度妥協すると、それに慣れてしまうんです。

どういうことでしょうか?

倉橋例えば、シンプルなオフィスに必要のないものを誰かがポンと置いてしまったら、最初は違和感を抱くかもしれませんが、いつの間にか「当たり前にそこにあるもの」となってしまいます。それはサービスも同様で、一度実装してしまった機能に慣れてしまうと、それを削ぎ落とす判断というのは難しくなります。

プロダクトでいえば、「直感的なUI」のプロダクトであるはずなのに、商品説明の資料がやたら分厚い、とか。これらの矛盾は全て「マインドのずれ」から起こってしまう悲劇だと思うんですよね。不必要な要素が増えると、プロダクトは死にますから。

マインドのズレによる失敗は、組織が大きくなったり階層化することで起きやすくなりますよね。それを防ぐために考えていることはありますか?

倉橋ルールを最小にすること、意思決定できる幅を広げることですね。本当に重要なのは「自分たちの目指すゴールに対してベストな方法を選択できるか」だけだと思っています。全員が同じ方向を見て最良の判断を下せればズレは最小になるはずですから。

これを実現するために、弊社は一般的な企業のように固定的な階層や組織制度を無くしています。リーダーやマネージャーを固定化せず、常にオーナーシップを持つ人が変わる。ルールでガチガチになると柔軟性が失われ、みんなルールに合わせて仕事をするようになります。すると、思考停止してしまい、ベストな打ち手が見えなくなります。

エンジニアと営業が組んでチームを作った方が良い場合もあるし、開発が1つの部署である必要すらない。個々人の役割が流動的に変わりながら、自分の力を最大限発揮するためのベストを尽くしていく。負荷はかかりますが、そこで成功体験を積むと成長できると思いますね。

組織が大きくなっていくと、そうした仕組みを維持するのは難しいのでは?

倉橋あまり大きくないうちから会社としての成功体験を積んでいってないと、「取れるリスク」の幅は狭くなっていくと思うんです。無形の投資ではありますが、個々人の意思決定の裁量は最大化すべきというのが仮説としてあるので、それを最大化するためにチャレンジしています。

倉橋たとえば、30人以上の組織になるとミドルマネジメントを置くのが組織論の定石ですが、そのパフォーマンスがどれだけ検証されているのかは疑問です。「勝ちパターン」だって、あくまで参考教材。本当に自分たちが納得できる意思決定をすることの方が大事です。自ら検証する意識がないと、学びはありませんから。

前例がないことは問題ではないし、本当の、問題や課題が見つかったらその時に修正すれば良い。オフィスもプロダクトも組織も同様で、常に目的にフォーカスし、最大限のスピードで個人もチームもワークできる状態を目指していきたいですね。

こちらの記事は2018年10月11日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

高橋 直貴

写真

藤田 慎一郎

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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