超レッドオーシャンのAI市場、日本企業の勝ち筋が「データガバナンス」にある──国内AIスタートアップの急先鋒、FastLabelの創業経営者が、資金調達を機に見据える成長戦略
Sponsored企業活動や日常生活にAIを組み込もうという動きがついに本格化したと言えるこの2023年。生成AIの活用における『ChatGPT』の誕生がそのトリガーとなったことに、疑義を呈する者はほとんどいないだろう。
その傍らに、二の次となってはいけない重要なテーマがある。倫理・哲学観や法規制に関する議論だ。「AIをどのように活用し、業績拡大につなげるか」ばかりに目を向けていては、肝心なところで足をすくわれる可能性がある。
だからこそ“AIスタートアップ”と呼ばれる企業は、こうしたテーマに目を向け、事業の非連続成長との両立を探らなければならない。この難題に、創業期から真摯に向き合ってきたのがFastLabelだ。2023年11月、11.5億円の資金調達を発表した同社は、AIに必要なデータ生成支援やデータ提供を行い急成長を遂げるスタートアップだ。代表取締役CEOの上田氏は「調達活動で評価されたポイントは、事業成長とESGの両立可能性」だと語る。群雄割拠を極めるAI戦国時代を戦い抜くための具体的な成長戦略を伺うべく、共同創業者であり取締役を務める鈴木氏との対談を組んでもらった。
AIもESGも、まさにここ数年の世界経済を席捲する最重要トレンドだ。国内スタートアップとして世界のAI関連データガバナンスをリードしていく可能性まで投資家殻の期待を受ける同社の戦略に今、じっくり耳を傾けてほしい。
- TEXT BY REI ICHINOSE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
Salesforce VenturesとMPower Partnersが共同リード投資家として新たに参画
上田実は今回、投資家の方々から予想を超える高評価をいただき、当初予定していた額を上回る資金を調達させていただくことができました。
2022年後半の生成AIの台頭が世界中のAIマーケットに新たな動きをもたらし、FastLabelの事業領域であるアノテーション領域においても、顕著な需要の増加を見せています。
特に事業の伸びを評価していただいており、ほぼインバウンドからの受注しかない中で売上高は前年比200%以上の成長になりました。
一方で取締役会の設置を現在進行形で進めているフェーズですし、社内のオペレーションも伸び代が大きい。事業としても組織としてもまだまだこれからというフェーズにも関わらず、投資家から寄せられる期待の大きさをひしひしと感じています。
冒頭から、FastLabelとAI市場の、ただならぬ勢いを感じる話が飛び出してきた。
今回の資金調達では、既存投資家であるジャフコグループ、NTTドコモ・ベンチャーズに加え、新しくSalesforce VenturesとMPower Partnersが共同リード投資家として参画した。
Salesforce Venturesの目を惹いたのは、FastLabelが保有する学習データの品質と、既に国内の時価総額ランキングの上位に名を連ねるようなエンタープライズ企業へ何社も導入を果たしている点だという。
鈴木AIアルゴリズムの構築に多くの企業が取り組む中、データの準備からラベリング、学習データやモデルの管理に至るまで、国内のAI開発における技術基盤はまだまだ発展途上です。
高品質な学習データの不足が、AI開発の成長を妨げる要因となっているんです。
私たちは、AIデータのアノテーション領域で既に日本を代表する企業様たちから利用いただくことができています。さらにデータプラットフォームとして周辺領域に展開を始めているところでもあります。こうした展開に、大きな期待を持っていただけたんです。
Salesforceは2023年3月、『Einstein GPT』という生成AIを発表。同社が持つプライベートAIモデルとChat GPTを組み合わせることにより、より個別化された対応を迅速に行えることを狙いとしている。そんな世界中で支持されているSalesforceに、FastLabelの技術の高さが評価されたということだ。
そしてもう一つのリード投資家である、MPower Partnersについてはどうだろうか。同ファンドは、キャシー松井氏や、OECDの東京センターにて所長を勤めた村上 由美子氏などが創設した、日本において前例のないESG重視型グローバル・ベンチャーキャピタル・ファンドだ。
アノテーション領域という、一見ESG投資とは縁遠いように感じるFastLabelを評価したポイントとは一体。
上田MPower Partnersからは、ESGの中でも特に「データガバナンス」の観点において、今後FastLabelが世界で戦えるほどのポテンシャルがあることを評価いただきました。
ESGは言うまでもなく、近年世界中で重視されている概念であり、企業経営における最重要テーマの一つだ。では、FastLabelがなぜ「データガバナンス」という文脈での大きなポテンシャルを持つのだろうか?その詳細について次の章で詳しく触れたい。
日本が遅れを取る「AIの倫理感」にこそ、ビジネスの商機あり?
以前の取材にてCEOの上田氏は日本企業のAIリテラシーの現状について次のように語っている。
(抜粋)多くの日本企業はいまだにテック人材が不足しており、かつAIリテラシーが十分でなく、そもそも多くの企業がAI開発においてAI開発プロセスの入り口であるアノテーションにつまずくことが多いんです。
この現状から「データガバナンス」という観点において、国内企業のAI倫理感の乏しさに鈴木氏も警鐘を鳴らす。
鈴木企業がAIを活用する際に考えなければならない事柄に、「AI倫理」と「著作権」という問題があります。
例えば、AIが学習する教師データとなる画像に「顔が写っている」といったように、特定の人物が識別できる形で無断で写りこんでいるものを使った場合、即違法となるわけではありませんが、AI倫理という観点からはNGです。
とはいえ、現状ではエンタープライズと呼ばれる企業でもこのような教師データを知らぬうちに使ってしまっているケースは多いようです。
AIへの倫理観がしっかりしており、知識がある企業は、その対策として資金を投じて権利クリアされた教師データを作り直しています。ただ、そのための知見もノウハウもまだ不十分なので、いわば「正直者が損をしてしまう」という状況でもあり不公平です。
そのさまは海外から「日本は著作権パラダイスだ」と言われるほど。日本はこの観点からも、AI活用で遅れをとっているんです。
先ほど紹介した上田氏への取材の中でも、日本のAI後進国ぶりに触れたが、依然としてその状況は続いているという。
この日本の現状に異を唱え、解決への道筋を示すのがFastLabelである。ESG観点から見て、国内のAI倫理向上に対する同社の貢献度は大きく、さらに今後その役割の拡大が見込まれることから、MPower Partners Fundは出資に至ったというわけだ。
他にも、MPower Partnersが出資を決めた大きな理由がある。それは、アノテーション領域が抱える世界的な課題をFastLabelがクリアしている点だ。
アノテーションの詳細についてはこちらの記事に譲るが、ズバリ「AIに学習させるための教師(正解)データを作成する作業」のことを指す。例えば、画像データに「これがクルマ」「これが人間」といったタグを付けてAIに学習させるといった具合だ。このプロセスは、AI開発業務の約8割を占めるとも言われ、特に画像解析においては数万〜数百万枚の教師データが必要となり、そのために数人〜数十人の人員が必要となる。
上田実は今、海外のアノテーション領域では、「安い労働人員を買い叩く」といった、ファストファッション業界に類似した課題が問題視されているんです。
FastLabelでも、このアノテーションを自動化するサービスを展開していますが、それでも100%自動化は現状難しいんです。
鈴木アノテーションを自動化したとしても、そのアノテーションした教師データが正しいかどうかを見極める人が必要なんですよね。しかもその作業は簡単だと思われがちですが、そうではありません。深いドメイン知識とAI知識が求められるので、専門家人材が必要なんです。
上田FastLabelではリモートワークを積極的に活用することで、このアノテーション人材に適正な報酬を払って、教師データを収集・蓄積しています。この点も投資家やクライアントに評価していただいたポイントですね。
その他、弊社の事業開発・AI倫理対応責任者の藤原が画像生成AIの団体(JIGAC)の副代表を務めたり、女性マネジャーが2割に達したり、などというトピックもESGの観点として評価いただいています。
アノテーションを語る上で、AI倫理の問題は欠かせない。ガバナンスを遵守したアノテーションこそ、教師データの品質と公正性を保ち、AIが下すアウトプットの正確性と透明性を高めるのだ。独自で原則を設けているFastLabelの取り組みは、国内のAI倫理感の進歩において重要な一歩と言えるだろう。
「教師データ」関連事業を広く展開するFastLabelこそが、AIゴールドラッシュにおける“ツルハシ”となる
そんな最先端のAI倫理感を有するFastLabelだからこそ、このAI戦国時代においても他を一歩リードする動きを見せている。2024年度にはアノテーション領域においてシェアNo.1も堅いという。
鈴木生成AIもLLMも、どのような教師データを基にして開発されているのかが重要です。
近頃は、日本でもLLMを開発するベンダーが増えてきました。生成AIやLLMを開発するとなると、それ相応のコストがかかるので、そもそもAI開発・導入に乗り出すのは十分な予算を持った企業が多いんです。
そういった企業ほど、「AI倫理」と「著作権」がクリアされたアノテーションを求めるので、FastLabelはこれよりさらに伸びるフェーズと言えるでしょう。
上田私たちは今の状況を、AI戦国時代ではなく、AIゴールドラッシュと捉えています。AIにとって教師データは肝、アノテーション関連サービスは言うならばツルハシです。
時代はAIゴールドラッシュ。上田氏はそう言い切った。とは言いつつも、それは国内に限った話ではないか?グローバルな視点でもアノテーション領域のポテンシャルは大きいのだろうか?時代を作るきっかけとなった『ChatGPT』の生みの親OpenAIを始めとする海外プレイヤーの存在を同社はどのように捉えているのだろうか。
上田たしかにOpenAIは、脅威です。教師データという観点でもまだまだOpenAIが精度・質ともにトップですし、Micorosoftとのつながりが深まればその影響力はものすごく大きなものとなるでしょう。しかし、そんなメガテックの影響も我々はポジティブに捉えています。
『ChatGPT』が人のルーティンワークを減らし生産性を向上させる手段として一般大衆に広がったことにより、日本の大手企業もAIの技術を受け入れやすくなりました。
そのおかげもあり、NTTが提供するLLM『tsuzumi』に代表されるように、エンタープライズ企業がLLMを扱う事例はどんどん増えてきているんです。
OpenAIやメガテックの影響により、日本のAI産業が勢いづくのは、我々にとって喜ばしいことです。
鈴木OpenAIの台頭以降、マルチモーダルAI(音声テキスト動画など複数の種類のデータを一度に処理できるAI)の技術開発がスピードアップしていると感じています。このスピードについていけるよう、私たちも急速にデータ面で支援していかなくてはなりません。
ただ、上田も申し上げた通り、世界のアノテーション市場を意識したとき、FastLabelの技術力は世界のメガテックに遅れをとっていると言わざるを得ません。
とはいえ、日本の中でこの領域にいち早く着手できたのは事実です。先ほどお話しした通り、日本でもようやく「AIには正しい教師データが不可欠」という意識が揃い始めたところです。まだまだ、日本語に特化し、商慣習に合わせたユースケースを作っていくタイミングなんです。
これから日本初のLLMやAIサービスがどんどん生み出されるというタイミングで、我々はアノテーション領域を抑えつつある。今後ますます事業と、組織を、強化していかなくては、と考えています。
FastLabelには、日本のAI市場を自らが牽引するんだという強い決意がある。「自分たちが提供する優れた教師データこそが、日本からOpenAIを凌ぐLLMやAIサービスを生み出す鍵になる」と、二人は熱意を込めて語る。
アノテーション市場No.1は間も無く。
しかしCxOレイヤーの椅子はガラ空き
日本のAI業界に革新をもたらし始めたFastLabelだが、驚くべきことにCxOレイヤーや様々な職種において、そのポストがガラ空きだと、この二人は苦笑いで強調する。これまでは市場の強いニーズに応えることに注力してきた。ここからは、シリーズBというフェーズを迎え、今後は組織の本格的な強化に取り組むのだ。
上田AI市場は向こう30年で最も成長する市場。これだけは間違いありません。
今以上に「教師データの質が重要」という認知は広がるはずです。その潮流を受け、FastLabelはまず、2024年度アノテーション国内No.1を目指す。そして既にその目測は立っています。
現在、急速に成長する事業に対応しながらも、次の30年間のAI市場の展開を見据え、組織基盤の整備を急ピッチで進めています。特にCTOやCOOといった重要な役職の確保が急務となっています。
FastLabelがアノテーション領域でNo.1を目指す中で、理想的なCTOにはどのような資質が求められるのだろうか。
上田氏曰く、経営目線で少し先の未来を見据えた開発ロードマップを引いたり、開発組織をしっかり拡大・構築していったり……という点が重要になる。もちろん、AI分野特有の素養も求められるが、どちらかといえば、「次々と産まれる最先端技術に対する深い洞察力や、新しい技術への適応力」というニュアンスだ。もちろん、FastLabelがエンタープライズ市場に高品質なサービスを提供していく状態を構築するために、AIに特化せずとも卓越した技術力があるに越したことはない。
そんな人物が果たして実在するのか?とツッコミを入れたくなるかもしれないが、上田氏はこの課題についてどう捉えているのだろうか。
上田CTOを募集、と言っていますが、正直、VPoEと呼ぶかCTOと呼ぶか、今だに悩んでいますし、ポテンシャルのあるジュニアメンバーを採用して育成していくという考えも必要だと思っています(笑)。
テクノロジーやプロダクトをしっかりと磨き上げていく役割、AIを発展させていく役割、そのための組織を中長期的な目線で構築していく役割、一人でこれらを兼務するというのは困難です。私たち二人と力を合わせて取り組むというのが当然の前提です。
ただいずれにせよ、我々も今は眼の前の開発要望に応えることで精一杯な状態なので......(笑)。経営目線から先を見据えた組織づくり・開発・ロードマップ作成、こうしたことが得意な人であればとにかくお会いしてお話がしたいです。
鈴木今のプレイヤー個々人の強さは、今回のラウンドにおいても投資家の方々から高く評価いただきました。一方で、まだ各人がそれぞれに考えて行動しているような“個人商店の集まり”という側面があることも否定できません。全社的な戦略の部分を担ってくれる方にぜひジョインしてもらい、組織のスピードを上げたいですね。
彼らは組織化によるスピードアップを喫緊の課題と捉えているようだ。自らの組織の弱点を包み隠さず話す理由には、創業者である上田氏、鈴木氏、ともにエンジニアの出自であることも大きいようだ。“執行”を司るCOOも渇望している。
上田日々新しい技術・プロダクトが出てくるAI市場。市場規模は計り知れません。そのなかでCOOは日々取捨選択し、新たにリスクをとってベットする意思決定を続ける必要があります。盛り上がり続ける市場ですので、自分で考えて実行したことがダイレクトに経営に返ってくるのは大変おもしろいと思います。しかもそれをIPOを目指す道中で経験できる。大きなチャンスだと思います。
鈴木シングルプロダクトを改善するだけではないところがチャレンジングで面白いかなと。売れる商材はあるが、事業特性上変化が多い。売ることと新しいモノを作ることのバランスを整えたいです。
上田組織全体で継続的にエンタープライズ企業開拓に取り組んでいけるよう、事業全体を見ることができるCOOが理想ですね。
日本のエンタープライズ企業への営業経験があり、マネジメントや組織づくりも経験があるような方が向いていると考えています。事業立ち上げ・組織/マーケを経験していると一層フィットしそうです。
上田氏の指摘する通り、今後30年間は止まることなく成長し続けるAI市場。人口減少の問題やESGの観点からも、FastLabelの事業は大きな社会的意義を持っている。
すぐにCxOを目指すもよし、メンバーレイヤーから挑戦するもよし。「AI×ESG」という最先端の事業領域に飛び込み、自身のキャリアを大きく拡大させるチャンスがここにはある。ほかのどのスタートアップにもない大きな機会が広がる環境であること、間違いないだろう。
この記事をきっかけに、国内AI市場の盛り上がりに貢献しようと考える読者が一人でも増えれば幸いだ。
MPower松井氏・深澤氏との戦略議論イベント開催決定!
こちらの記事は2023年12月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
いちのせ れい
写真
藤田 慎一郎
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