なぜ外国人なのに日本でCool-Japan産業で起業できたのか?
リクルート所属ながら2社のCEOも務める華和結ホールディングスCEO王 沁
日中両国の企業間ビジネス斡旋に特化した「華和結(かわゆい)Solutions」、日本のコンテンツを海外に輸出する「JCCD Studio」など、日本と海外との橋渡しとなるサービスを多岐にわたって展開している「華和結ホールディングス」。
代表を務める王 沁(オウ シン)氏が会社を立ち上げたのは26歳のときだというが、日本語を学んだこともないまま来日して僅か数年で起業までなしえるとは、その陰でどれほどの努力を重ねてきたのだろうか。
- TEXT BY REIKO MATSUMOTO
- PHOTO BY YUKI IKEDA
日本語を話せないのに来日。日本語学校に通いながらビジネスをスタート
まずは、大学卒業から起業までの経緯を教えてください。
王私は18歳で中国の大学に入学したのですが、2年間で中退して、そこから1年ほど現地でメディアの編集を行いました。加えて、ユーザーのイベントやマネジメントなんかも手掛けていたのですが、もっとやりがいのある仕事をするためにはもう少し勉強したほうがいいと思い、日本の大学に進学することに決めたんです。
なぜ日本だったかというと、働きながら学ぶことができるから。私の家庭には、「20歳になったら親から独立して生活費も自分で稼ぎなさい」という家訓があったので、仕事との両立は外せないポイントだったんです。
それと、日本は中国の30年後の姿といわれているので、バブルが終わった後どんなサービスにニーズがあるかは、日本を見ていればわかるというのも大きかったですね。
実際、来日後は学業と仕事を両立されていたのですか?
王そうです。来日してまもなく広告代理店を立ち上げて、同時に日本語学校にも通い始めました。来日前に日本語を学んだ経験はゼロだったので、習得するまでの間は好きな音楽を聴くことも我慢して、その時間を勉強に充てました。電車移動中も常に勉強です。
勉強した科目は日本語だけではありません。私は中国では大学でITや情報関連の勉強をしていたのですが、理系の知識だけだと競争に勝てないからマーケティングも勉強しなきゃと思っていたので、日本の大学受験のために文系科目の独学も始めました。
朝6時に起床して午前中は日本語学校で学び、その後夕方までは政治経済や歴史、地理を独学。18時頃からは仕事して、23時くらいに業務が終わったらご飯を食べてトレーニングして寝るという生活を2年間続けた末、慶應義塾大学の商学部に合格することができたんです。

現在は自社CEOとリクルート社員を兼任
来日後に起業した仕事は大学入学後も続けられたんですか?
王しばらくは続けましたが、3年生のときに売却しました。日本って新卒一括採用システムがあって新卒じゃないと就職しにくいから、一回就職したほうがいいと思ったんです。
それで、まずは10社ほどでインターンとして働きました。でも結局どこも肌が合わなくて、自分の会社「華和結」を作るに至りました。26歳のときのことです。
その後、インターン期間中に知り合ったヘッドハンターの方を通じて、副業ができたり出社時間の融通が効いたりといった同社のユニークな制度を知って興味を抱き、27歳でリクルートにも入社しました。
そのインターン当時、華和結でも後に一緒にお仕事することになる某大手テレビ局と交渉している段階だったんですけど、先方に「慶應卒です」って言うといい反応がないのに、「リクルート出身です」って言うと反応が良かったことから、これは入社したほうがいいなと思ったところがありますね。(笑)
現在では二足の草鞋を履いているのでしょうか?
王正確には4社分名刺がありますが、メインは華和結とリクルートの2社ですね。リクルートでは、主に海外との交渉を担っています。あと最近では新しいサービスの立ち上げも。売上が数千億の規模のサービスに携わることもありますね。正社員ですが、働く時間はある程度自分で決められるので華和結と両立できています。

王とはいえ、華和結では多くの業務を各担当メンバーに任せているので、自分ではそんなに動かなくていいんです。
もちろん、最初に会社を立ち上げたときはほとんどの業務を自分でこなしていましたが、早い段階でメンバーをしっかり育てることにも注力しました。そうでないと後々自分が苦労することになるとわかっていましたから。
「やってみます」で事業がどんどん拡大
華和結ではどんなサービスを展開しているのですか?
会社設立当初は、中国語/日本語の翻訳や通訳をおこなっていました。さきほどお話した某大手テレビ局もクライアントの一つです。ロケに同行してレポーターの隣で通訳したり、時には自分がレポーターになったりということもありました。(笑)
そのうち、「華和結ってコンテンツ制作もできますか?」なんて尋ねられるようになって、「できると思うので、やってみます」となんでもチャレンジすることですそを広げていき、日中間の企業の交渉なども任されるようになりました。
某大手テレビ局とはIPビジネスにおいても関わりが深いのですが、具体的にどういうことを行ったかというと、日本のコンテンツを海外に輸出するお手伝いをしました。そのテレビ局と製作会社がタッグを組んで、コンテンツ輸出ビジネスを作っているのですが、その中国側の交渉を華和結で担当させてもらったんです。
中国の会社は、日本のサービスが優秀だから多少値段が高くても買いたいと思っているんですが、その情報を日本の企業が知らず、さらに商習慣も異なるので、結局商談がまとめられない、まとめても良い条件になれないことが多いですね。
そこで我々は日中企業の本来の商習慣を把握しているので、双方にとって良い条件で取引が実現するように代わりに交渉したんです。
日中間企業のビジネス交渉はうちの大きな強みですね。今はインバウンド集客広告や、海外富裕層向けのプライベートクラブなどの事業も順調に展開しています。
それと、最近は日本発のコンテンツ輸出にも力を入れています。一昔前までは、日本の会社がデザインの仕事を中国にアウトソーシングして中国人が制作していましたが、今は逆に中国が日本のデザイン力を買いたいと思っている。日本のイラストレーターはレベルが高いので需要は大きいんです。
それで、日本人イラストレーターをマネジメントして海外に輸出したらどうだろう?と思い付き、海外大手企業へのデザイン輸出と、世界12カ国や地域に展開するe-ラーニング事業も始めました。
なぜe-ラーニングかというと、中国や台湾、アメリカの人って日本のイラストを学びたいと思っていても、学べる機会がありませんでした。そして、製作者側にとっても描き上がったイラストレーションや漫画を売ったらワンショットで商売は終わってしまうので、つまり1度しかお金が入ってこないですよね?
そこで、イラストレーションを描く流れを動画に収めて字幕と解説を付けたら、イラストレーターになりたい方にとって見て学びたい教育教材になり、学費も払い続けたいと思ってもらえるのです。だから、日本のデザインを安く手軽に勉強できるサービスはニーズが高いだろうと思い、授業となる教材を開発したんです。
今ではそれぞれの国のプラットフォームに加えてSNSでも動画や写真を公開しているのですが、たとえばFacebookだと、1投稿に対して6万リーチもあったのです。
教材動画の特徴としては、描き始めから終わりまでどんな動作で何を描いたのか、できるだけカットせずに全部収録していること。重要なポイントだけ切り取った動画を扱ってるところもありますが、それを観ても結局そこしか描けるようにならない。だからイラストレーターの作業全部を見せることが大事なんです。
e-ラーニングなのでもちろん生徒に宿題も出してるんですけど、熱心な受講生が多く、ソフトウェアの使い方や選び方などの質問もたくさんくるので、丁寧にフィードバックすることを心掛けています。
サービスの使い方などに関する質問にはJCCD Studioの外国人スタッフのほうで返信しますが、描き方に関する質問に答えるのはその絵を書いたイラストレーター本人です。もちろんトップ大学のバイリンガルたちが翻訳したものですね。
あと実はこのサービス、動画の配信料に応じてそのコンテンツを提供してくれたイラストレーターにも収益の一部を還元しているので、イラストレーターにとって非常にいい収益源になっていると思うんです。日本のイラストレーターはとても優秀ですが、上手な人が多い分、描くことで十分な収入を得ている人は少ないのが現状です。
※同サービスは17年10月に発表された第14回 日本e-Learning大賞にて、クール・ジャパン特別部門賞を受賞した。
三方よしのサービスで世界中の人をハッピーにしたい
コンテンツビジネスを始めた理由はその他にもあるんですか?
王もちろんです。私はAIに代替されない成果物は3つしかないと思っていて、そのうちの1つがコンテンツなんです。ちなみに残りの2つは、町工場の職人のような人が手掛けた手作り品と、AI自身。

そういうわけで、起業当初から日本のコンテンツを海外に持っていくことに強い使命感を抱いていたんですが、今では輸入にもウェイトを置いています。たとえば中国のコスプレイヤーが日本で活躍する場を作ることもそのひとつ。今ちょうど中国の政府系機関から具体的な話もいただいているんですよ。
それと、今後は日中間でのビジネスだけでなく、世界展開することにも力を注いでいきたいです。しかも、社会に貢献できるサービスを展開したい。
私は大学で学ぶために10種類くらいの奨学金をもらっていたのですが、そのうちの1つが伊藤忠商事とゆかりのある「丹羽宇一郎奨学金」だったんですね。そのおかげもあって「三方よし」という伊藤忠が大切にする考え方も意識するようになりました。
世界中でまだ誰もチャレンジしていなくて、かつAIに代替されないサービスで、みんなをハッピーにしていきたいと思っています。
こちらの記事は2017年10月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
松本 玲子
写真
池田 有輝
連載未来を創るFastGrower
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