なぜ外国人なのに日本でCool-Japan産業で起業できたのか?リクルート所属ながら2社のCEOも務める華和結ホールディングスCEO王 沁

日中両国の企業間ビジネス斡旋に特化した「華和結(かわゆい)Solutions」、日本のコンテンツを海外に輸出する「JCCD Studio」など、日本と海外との橋渡しとなるサービスを多岐にわたって展開している「華和結ホールディングス」。代表を務める王 沁(オウ シン)氏が会社を立ち上げたのは26歳のときだというが、日本語を学んだこともないまま来日して僅か数年で起業までなしえるとは、その陰でどれほどの努力を重ねてきたのだろうか。

華和結ホールディングス株式会社 CEO 王 沁
2017.10.10 Tue

なぜ外国人なのに日本でCool-Japan産業で起業できたのか?リクルート所属ながら2社のCEOも務める華和結ホールディングスCEO王 沁

華和結ホールディングス株式会社 CEO 王 沁

日中両国の企業間ビジネス斡旋に特化した「華和結(かわゆい)Solutions」、日本のコンテンツを海外に輸出する「JCCD Studio」など、日本と海外との橋渡しとなるサービスを多岐にわたって展開している「華和結ホールディングス」。代表を務める王 沁(オウ シン)氏が会社を立ち上げたのは26歳のときだというが、日本語を学んだこともないまま来日して僅か数年で起業までなしえるとは、その陰でどれほどの努力を重ねてきたのだろうか。

2017.10.10 Tue

特集 未来を創るFastGrower

日本語を話せないのに来日。日本語学校に通いながらビジネスをスタート

まずは、大学卒業から起業までの経緯を教えてください。

私は18歳で中国の大学に入学したのですが、2年間で中退して、そこから1年ほど現地でメディアの編集を行いました。加えて、ユーザーのイベントやマネジメントなんかも手掛けていたのですが、もっとやりがいのある仕事をするためにはもう少し勉強したほうがいいと思い、日本の大学に進学することに決めたんです。

なぜ日本だったかというと、働きながら学ぶことができるから。私の家庭には、「20歳になったら親から独立して生活費も自分で稼ぎなさい」という家訓があったので、仕事との両立は外せないポイントだったんです。

それと、日本は中国の30年後の姿といわれているので、バブルが終わった後どんなサービスにニーズがあるかは、日本を見ていればわかるというのも大きかったですね。

実際、来日後は学業と仕事を両立されていたのですか?

そうです。来日してまもなく広告代理店を立ち上げて、同時に日本語学校にも通い始めました。来日前に日本語を学んだ経験はゼロだったので、習得するまでの間は好きな音楽を聴くことも我慢して、その時間を勉強に充てました。電車移動中も常に勉強です。

勉強した科目は日本語だけではありません。私は中国では

この記事の続きを読むには
「無料会員登録」または「ログイン」が必要です。

Facebookで登録・ログインする
メールアドレスで登録する場合はこちらから

特集未来を創るFastGrower

特集記事一覧

Episode1
「日本のために、世界No.1の和製ユニコーン企業を創る」本気で世界を獲りに行く、ドローン界の風雲児

Episode2
「絶対勝つ!」ベンチャー投資家・木村亮介

Episode3
【起業志望者必見】凡人でも勝てる事業領域の見つけ方とは?ブロックチェーンで物流を変革する起業家からのアドバイス

Episode4
「アジアのファッションブランドを日本から世界へ」リクルートで海外勤務を経験した25歳女性CEO

Episode5
創業7ヶ月でメタップスが買収。幕末の志士の如くチャレンジを続ける23歳

Episode6
なぜ外国人なのに日本でCool-Japan産業で起業できたのか?リクルート所属ながら2社のCEOも務める華和結ホールディングスCEO王 沁

Episode7
「ITの力で儲かる農家を増やす」農業変革を推進するDeNA出身女性起業家

Episode8
「0→1よりも10→100が難しい」大ヒットゲームプロデューサーは、なぜ「Pairs」の事業責任者に転身したのか?

Episode9
「行動変革で豊かな社会を作る」予防医療を世界に広める上場経験者

Episode10
「日本酒を世界酒に」酒造領域にイノベーションを起こすBCG出身起業家

Image Image
FOLLOW US

インタビュー、リサーチ記事の更新情報をいち早くお届けします。