INTERVIEW

主役はテクノロジーでもプラットフォーマーでもなく「個」、革命はすでに始まっている

「証券業界の風雲児」「異端児」等、ものものしい異名を世間から冠せられてきた松井道夫氏。この4代目社長に率いられ、時代の節目毎に「台風の目」、すなわちイノベーションの一丁目一番地を張ってきた松井証券は、2018年に創業100周年を迎えた。新たなる世紀へと同社が踏み出した今、松井社長が一心に見つめているのはいわゆる第4次産業革命と、「21世紀型」へと移行し始めた会社経営における革命のようだ。

そこで、この2つの革命の正体と、渦中における「個」と「組織」のあり方について話を聞いた。

  • TEXT BY NAOKI MORIKAWA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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インタビュイー

松井 道夫 (まつい・みちお)

松井証券株式会社 代表取締役社長

松井 道夫

まつい・みちお

松井証券株式会社 代表取締役社長

1953年生まれ。1976年に一橋大学経済学部を卒業した後、日本郵船に入社。その後、1987年に義父が経営する松井証券に入社すると、早期から外交セールス廃止、株式保護預り料無料化など、「業界の常識」を覆す変革を推進していった。1995年に同社4代目社長に就任してからも独自の経営を貫き、1998年には本格的なインターネット株取引サービスを日本で初めて開始した。2001年に東証1部へ上場、2018年5月に創業100周年を迎えている。

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「革命」は最も時代遅れな領域で起きてきた。すなわち、次に根底から引っ繰り返るのは、「金融」だ

「資本主義が続く限り、金融というファンクションは決してなくなることはありません」。松井道夫社長が取材で口にした最初の言葉だ。「今という時代をどう捉えていますか」という大雑把で乱暴な質問に対する返答なのだが、この一節はあくまでも、以下につながる話の前提条件に過ぎなかった。

松井金融が担うファンクションは何かといえば、お金が多く集まっているところから、少ないところに動かすという役目。動かす際に発生する金利というものが、言ってみれば“お金の価格”というわけです。

ところが近年続いているデフレ傾向のもと、お金は世の中にじゃぶじゃぶに余ってしまい、これを動かす銀行は金利が取れずに困り果てている。これが今という時代を示す1つの側面です。

松井証券株式会社 代表取締役社長 松井道夫氏

困り果てたといっても、手をこまねいているわけにもいかない。そうして叫ばれるようになったのが「イノベーションを起こせ」という号令なのだが、現実の世の中を見れば、そう簡単に起きはしないのだと思わざるを得ない。いったいなぜなのか?松井氏はその理由をこう語る。

松井金融というファンクションは、銀行、証券、保険というように役割を分化して今に至っていますが、いずれも資本主義には不可欠だということで、他業種ではあり得ないほどの優遇を国や社会から与えられてきました。

これまでは、その不透明な構造を見せないようにすることで、中間マージンをそっと受け取ることができていたわけです。そんな特権を享受したままではイノベーションなど起きようもありません。なぜならイノベーションとは「コストにおける改革」に通じますから。断行しようとすれば、すべてをオープンにせざるを得ません。

証券業界の歴史をある程度知っている者ならば、思い当たるはずだ。松井氏が社長に就任した翌年の1996年に業界の常識を打ち破って断行した「株式保護預り料の無料化」、さらに1997年に実行した「店頭登録株式の委託手数料の半額化」のことを。

いずれも「そのままそっとしておけば、証券会社が引き続き手に入れられた収益源」を切って捨てる改革であり、当然のごとく他の証券各社から猛烈なブーイングを浴びた。だが、政府が金融ビッグバンという自由化政策を打ち出すと、松井証券はその新しい潮流の象徴のように祭り上げられ、変革の旗手として業界内の「当たり前」を塗り替えるとともに、業績を上げていった。イノベーションかくあるべし、である。

では今、第4次産業革命と呼ばれ、業種を超えて進行中の大規模イノベーションについて、松井氏はどんな思いを持っているのだろうか?

松井18世紀に登場した蒸気機関というテクノロジーが第1次産業革命の発端となり、それまで人の手によって行われていた様々な仕事が機械に取って代わられました。19世紀には内燃機関というテクノロジーが工場における生産手法を変えていき、第2次産業革命を牽引しました。自動車のT型フォードに象徴される大量生産という概念が生まれたのもこの時です。

つまり産業革命は、常に「概念の変化にまで関わるような新しいテクノロジー」が原動力になっていたわけであり、第3次産業革命では今から50年前に始まったとされるインターネットを基盤としたITがその役目を果たしました。

そして今、またしても産業革命が始まっていると言われていますね。取り沙汰されているのは、AIやブロックチェーンといったテクノロジー。これまで、いずれの産業革命においてもさしたる変化が起きなかった金融業界は、どこよりも遅れた領域であることは間違いありません。飛行機が飛び交う時代になったのに、いまだに人力の駕籠に乗って移動しているようなもの。

しかし、冒頭にお話をしたような環境変化も相まって、変わらなければいけないという意識は高まっています。テクノロジーは常に、最も遅れた領域で最大の変化を起こしてきました。どこよりも遅れていた金融業界が変われば、例えば貨幣の概念さえも根底から変わるかもしれない。私はそう思っています。

第3次産業革命で主役に躍り出たインターネット技術を、日本で最初に証券ビジネスへ本格導入したのが松井証券であることは誰もが知るところ。

「だからそんな松井証券が第4次産業革命で何をしでかそうとしているのかが知りたいのだ」という質問を重ねるまでもなく、松井氏は続けて語る。

松井私たちは本格的なインターネットによる証券取引サービスを1998年に日本で初めてスタートさせましたし、その後のネット証券ビジネスの劇的な発展を受けて、「イノベーションを起こした会社」だともてはやされるようになりました。

ただ、あの時の私がこれほどまでのネット証券の成長を予見していたかというと、そうではなかった。そもそも当時の私に情報工学的な素養などありませんでしたし、何事についても「餅は餅屋に任せるのが一番」という主義でした。

ですから、インターネット技術には1995年の時点から魅力を感じてはいたものの、その研究は紹介してもらった東工大出身の技術者を中心にしたチームにお任せしていたんです。それでも直感的にこのテクノロジーには惹かれていましたから、1996年に米国のイー・トレード社が世界初のオンライン取引を始めると知った時には、即シリコンバレーへ渡りました。そして、そこでの天才技術者たちとの出会いによって、ネット証券サービスを実現することができたのです。

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イノベーションには運と直感、そして得がたい人との出会いが不可欠

「餅は餅屋」主義の人がこの時イノベーションを起こせた理由は、運や直感力だったのかと尋ねると、松井氏はためらうことなく頷く。ただし、それだけではないとも言う。

松井運や直感力は重要です。でもそれだけではありませんでした。私はもともと価値観や人生観において響き合うものを感じられる人との出会いを大切にしてきましたが、当時出会った天才たちの多くがやはりそういう人々だったんです。

「技術の難しいことはわからないけれども、とにかくこの人とともに仕事がしたい」と私は思いましたし、相手もまた「あなたはとにかく面白い。時々何を言っているのかわからないこともあるが、とんでもないところからボールが飛んできて面白いからこれからもよろしく」と言ってくれました(笑)。

イー・トレード社によるオンライン・トレード開始のニュースは、すぐさま日本でも報道されたが、当時は業界人のみならず誰もが過小評価をしていたという。だが、松井氏は直感的に「とんでもない変化が起きる」と捉え、本格的に動き出した。

そこに運が作用し、天才との出会いと共感によって日本初のビジネス導入が実現し、松井証券の躍進に寄与したわけだ。だが、それでもなお今ほどのネット証券の拡大ぶりは予感できていなかったという話を松井氏は繰り返す。

松井革命的な先進テクノロジーがいったいどれほどの変化を世の中にもたらすのか、なんてことは誰にもわかりはしないということです。「AIの進化が進めばシンギュラリティが起きて、やがて世の中は……」というような話はあちこちでされていますが、結局のところ革命を正しく評価できるのは50年後、100年後の人たちなんです。AIで何が可能になるのか、なんてことも実のところはっきりしない。後世の人たちが「あの時、こういう変革が起きて、それがエポックになったんだね」と気づいた時、初めてわかることなのです。

私もまた先々のことが見えているわけではありません。ただ、直感としてわかるのは、間違いなく20世紀的な概念というものが今度こそ破壊され、21世紀型と呼べるものへと変化するのだろうということ。そして、どこよりも遅れていた金融業界において、今度こそは徹底的に価値観や定義を塗り替えていく時が迫っているのだということです。つまり、どこよりも大きな変化が金融の世界にやってくる。それだけは自信をもって言えます。

「では、松井社長はそこで何をしようというのですか?」と、質問をした。すると意外な答えが瞬時に返ってきた。

松井私はもう60代半ばですよ(笑)。ですから、これからの変化に対して直感を信じながら突っ込んでいくのは若い世代に任せます。もちろん、やれることはある。むしろこの世代だからこそやるべきこととして「20世紀的なものを徹底的に破壊する」役回りをするつもりです。

「創造的破壊」とは経済学者のシュンペーター氏が口にした言葉ですが、その定義は「破壊が先で、創造は後」。つまり「破壊なくして創造なし」ということであり、私はその考え方に大いに共感しています。

未来へ向けて何かを創造しようというのなら、手に握りしめているものの中から、何を捨て去るべきなのか見切りをつけていく段階が必要なんです。そうすれば、握っていた手に余白が生まれ、そこで新たな挑戦をすることが可能になる。だから、次を担う人たちが存分に失敗を繰り返せるような余白とインフラを用意しておくのが私の仕事なんです。

たしかに金融業界でイノベーションを繰り返してきた松井氏は、常識と言われていたものをとことん破壊して、新たなチャンスを創造してきた人物。

その人物が「破壊に徹する」というのだから、ワクワクもしてくる。加えて、「個と組織の関係性」においても、「会社に個人が従属する」というような20世紀的枠組みは消えてなくなるだろうと松井氏は言う。ここでも革命が始まっているというのだ。

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これから個人は、組織に「参画する」という形が主流になる。会社は「参画してもらえる組織」にならなければいけない

松井私が松井証券に入って最初に手がけたイノベーションは、外交セールスの廃止だったと自負しています。外交セールスにおいて能力を発揮していた営業マンを否定したわけではありませんが、会社の収益を突き詰めて考えれば、入ってくるもの、つまり売上と、出て行くもの、つまりコストのバランスでしかありません。

売上を増やしていくことも非常に重要ですが、容易にはいかない。営業を進めていく上ではコストもかかります。ただし、出て行くものを抑える努力が実を結べば、組織としての収益力は伸ばしていける。私はこのバランスを考え抜いた結果、通信取引の効率の高さに賭け、外交営業の廃止や支店の閉鎖を決断したのです。

当然、社内の営業部隊からは猛反発を受けましたし、腕に自信のある優秀な営業マンが会社を去っていきましたが、この時に断行した下地があったからこそ、後のネット取引の成功にもつながったのでしょう。イノベーションとはコスト改革なのだと先ほども話した通りです。

では第4次産業革命が始まっている今はどうなのかというと、AIやRPAによって、例えば中小規模の会社であれば、総務や経理、人事などの仕事に多くの人員を割かなくても成立することになるでしょう。1人当たりの収益性の高さによって、人数の多い大企業と競っていくことも可能になる。いずれは、多くの会社が少数精鋭で戦えるようになるだろうと思っています。

つまりこれが働き方における21世紀的構造変化。人海戦術がものをいった20世紀は終わり、先進テクノロジーが会社のあり方を変えていけば、当然のことながら個人が会社とどう向き合うべきかも変わっていく。松井氏はそれを「参画」という言葉で表現する。

松井テクノロジーを有効活用しようとすれば、企業は組織の構造から変えていくことになります。「月曜から金曜まで働くのが当たり前」とか「毎日最低でも8時間は会社にいなければいけない」といった概念も破壊されていきます。

そうなれば、個人が1つの会社にのみ隷属するような20世紀的な関係性もまた崩れていき、例えば「月曜と火曜はこの会社で働くけれども、水曜は別の会社で」といった働き方が普通になっていく。皆が複数の組織で働くようになれば、「入社する」ではなく「参画する」という言葉のほうがしっくりくるようになるでしょう。

松井氏が思い描く近未来の「参画型の働き方」が進展していけば、企業は人材獲得において従来と違ったアプローチを求められる。優秀な個人ほど、複数の企業から声がかかるわけであり、魅力ある仕事を複数の職場からチョイスできるようになるのだから、いつまで経っても「副業禁止。社への忠誠心を問う」かのような姿勢を維持しているところに優れた人材は向かわなくなる。

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「組織が個に合わせる」時代、高く評価されるのはゼネラリスト

松井組織が個に合わせていく時代は、もう始まっていると私は思います。政府が主導する「働き方改革」に留まらない変革が「働き方」の領域にも起こる。自由化は競争の源ですから、会社は変わらざるを得ない。

ただし、個の側にも変化は求められるようになります。AIやRPAでは置き換えることの出来ない仕事で成果を上げていける人材にならなければいけません。

大企業がその規模によって優秀な人材を囲い込み、優位性を得てきたこれまでの組織であれば、スペシャリストは非常に高く評価されますが、小さな会社が次々に生まれ、競争の中で淘汰されていく時代においては、個の専門性はネットワークを通じてつながる相手にあればいい。今後、外部のスペシャリストを活用しつつ、小人数の中で成果を上げていけるゼネラリストが重視されるようになるでしょう。

松井氏は「決してスペシャリストを軽んじているわけではない」と言う。多くの組織から期待を寄せられるだけのスーパーな専門性を得ていけば、それもまた次なる時代の処世術の1つとなる。

だが、複数の組織でマルチな成果を上げようというのなら「私の専門範囲はここからここまでです」と、自らの幅を狭く規定し、歯車的な役目に終始してはいられないということ。それは大企業に「入社」して、ひたすら一途に忠誠を誓えば良かった時代の働き方というわけだ。しかし、若いうちからゼネラリストを目指すといっても、何から手をつければいいのかわからなくなる。

松井私は福沢諭吉の「知・情・意のバランス論」が有効だと思っています。「知」だけで物事を行うと極論に走るけれども、それにブレーキをかけるのが「情」。しかし「情」には、文字通り「情に流される」リスクもある。それを食い止めるのが「意」なのだが、「意」もまたあまり強調されると頑固になり、融通が利かなくなる……というように、人には「知・情・意のバランスが必要だ」という発想です。

そして、これこそが、AIやRPAでは置き換えることができないこと。経済も学び、法律も学び、技術や科学も学んで、というようなゼネラリストへのトライも良いでしょうけれど、むしろ「知・情・意」につながる哲学やアートの学びを吸収力のある若い年齢のうちに進めていくトライが良いのではないかと思っています。

なぜ哲学やアートが有効なのかといえば、過去の積み重ねの結晶としての「知」については、コンピュータやAIが人間の能力をはるかに超えて、情報を記録し、出し入れしながら、成果につなげていく「仕事」をしてくれるからだ。

計算力にせよ、知識量にせよ、情報収集力にせよ、人はテクノロジーに勝てなくなる。過去に基づかない「知」こそが、テクノロジーに真似できない強みであり、そのうえで重要になってくるのが、例えば出会った情景を美しいと感じる感性や、思想の中から価値あるものを見つけ出すマインド。これらを備えているという意味合いでのゼネラリストが活躍する社会が訪れるということだ。

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プラットフォーマーが革命の担い手なのではなく、「組織」にしばられない「個」こそがこれからの主役

どうしても聞きたいと思っていた質問があった。それは、創造的破壊を実践してきた松井氏が、プラットフォーマーであるGAFAの存在をどう捉えているかだ。

松井たしかに今起こっている産業革命でGAFAは強みを発揮しているように見えます。ビジネスの視点で見た場合、彼らの強みは消費者の生活に密着したサービスを背景とした巨大な集客力であり、この革命で鍵を握るデータを豊富に掌握しています。

けれども豊富なデータを活用しても、商売において重要な優位性があるモノやサービスを作れるとは限らない。例えばAmazonはネットを通じてロングテールの商売をしています。1人ひとりの買い物の金額は小さくても、膨大な人数を集めることによって成立している。

一方、松井証券が長年行っている証券ビジネスでは、ロングテールは成立していません。私自身、当初は「いずれロングテールになるかもしれない」と思っていましたが、20年間に渡り、様々な工夫をしたし、業界としても行政と一緒に「貯蓄から投資、資産形成」の旗振りをしてみたけれども、一般消費者の日常生活に溶け込むことはなかった。ある程度の金融資産を持った、日本全体でみればおそらく500〜600万人という限られた人数のお客様で成り立っているのが現実です。

ネット証券各社は、限られたパイの争奪戦を優位に進めるべく、付加価値の提供に努めている。このような状況下では、いかにお客様を理解し、投資につながる行動を喚起するアイデアを提示できるかが重要なのです。GAFAの「最大多数のユーザーを囲い込んで●●経済圏を形成する」という発想だけでいるうちは、我々のような立場でも十分対抗できると思っています。

新たな経済圏を形成しようとするプラットフォーマーの動きばかりに注目が集まるが、金融の世界ではプラットフォーマーであることは強みにはならないと松井氏は語る。「アイデアを提示できるか」というミッションも、結局は「個」が力を発揮できる環境であるかが重要だということなのだろう。

では、次の時代の主役を担う人材たちが、その可能性を伸ばしていくのに相応しい場、組織とはどこなのか?

松井何度でもチャレンジすることができ、自由に出入りできる環境とインフラ。これらを備えた組織を通じて個が大事を成し遂げていくのではないかと、私は考えています。ですから、「皆さん松井証券に入社して、この会社に忠誠を誓ってください」とは言いません。

これからの個がゼネラリストとして力を得ていくうえでは、異なる組織の風に当たることも大切になるでしょう。新卒で松井証券を入口にして社会に「参画」してくれてもいいし、ここで得たものをよそで活かしてくれてもいい。逆に、よその組織をいくつか経験して力を蓄えた後、松井証券というインフラを使いにきてくれてもいい。

私が今、「ともに仕事がしたいなあ」と感じるのは、こうした価値観に賛同し、共感してくれて、仲間になってくれる人たちなんです。

「ぜひ我が社へ来なさい」と言わないのが松井社長であり松井証券。徹頭徹尾、これからの革命と向き合っている。

インタビュイー

松井 道夫 (まつい・みちお)

松井証券株式会社 代表取締役社長

松井 道夫

まつい・みちお

松井証券株式会社 代表取締役社長

1953年生まれ。1976年に一橋大学経済学部を卒業した後、日本郵船に入社。その後、1987年に義父が経営する松井証券に入社すると、早期から外交セールス廃止、株式保護預り料無料化など、「業界の常識」を覆す変革を推進していった。1995年に同社4代目社長に就任してからも独自の経営を貫き、1998年には本格的なインターネット株取引サービスを日本で初めて開始した。2001年に東証1部へ上場、2018年5月に創業100周年を迎えている。

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執筆

森川 直樹

写真

藤田 慎一郎

こちらの記事は2019年10月25日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。