「3年で会社売却」で喜ぶ経営者とは無縁の領域。だからこそ面白い──可視化率0.1%、164兆円産業のDXの雄・Shippio代表・佐藤氏の執念
「貿易DX」という言葉に、ピンと来る読者はまだ少ないかもしれない。
だが、衣食住すべてを支える年間164兆円規模の国際物流市場で、その風景を一変させようとしている企業がある。株式会社Shippioだ。
同社は、荷主と船会社・トラック会社などの間に立ち国際輸送をコーディネートする「フォワーダー」業務を、クラウドサービス上で提供する“日本初のデジタルフォワーダー”である。貿易DXを推進する『Shippio Platform』を展開し、新しい貿易実務の標準を築こうとしている。
順調にシリーズCの大型資金調達を完了し、傍目には「ビジネスモデルが完成した安定企業」と映るかもしれない。だが、代表の佐藤孝徳氏はそうした評価に対し、「心外だ」と静かな、しかし強烈な怒りを滲ませる。
多くの国内SaaS企業が、国内市場のなかでプロダクトを磨き込むアプローチを取るのに対し、Shippioが挑んでいるのは、中東情勢や関税政策といった世界情勢の波を直接被りながら、可視化率わずか0.1%という未開拓のリアル産業を変革する戦いだ。向き合うリスクの質も、求められる覚悟も決定的に異なる。
テック企業でありながら、創業60年超の老舗通関業者をM&A。そして多国籍なエンジニアチームと日々膝を突き合わせながら、泥臭い現場の変革に身を投じ続ける佐藤氏。なぜ彼は、実業という名の土俵に立ち続けるのか。短期的な成功を求める風潮を一蹴し、人間の進化を促すツールとしての「現場×AI」を問い直す、彼の哲学と異常なまでのこだわりに迫る。
可視化率0.1%。シリーズC調達後も続く、暗闇の中の駆け足
シリーズCの大型調達を終え、周囲からは「事業モデルもできあがってきて、あとは順調に成長していくフェーズですよね」という声も聞こえてきます。
佐藤そう言われることもありますが、実感としては非常に心外です。
我々が対峙している国際物流という巨大な産業において、まだ暗闇の中を泥にまみれながら駆け抜けている状態にすぎません。
なぜそこまで「できあがっている」「安定している」という評価に強い違和感を抱くのでしょうか。
佐藤市場における我々の現在地が、圧倒的に初期段階だからです。例えば国内のBtoC物流では、ヤマト運輸などに配達を頼めば、自分の荷物がどの営業所を出発したのかスマートフォンで簡単に追跡できますよね。しかし、BtoBのグローバル物流の世界に視線を移すと、状況は一変します。
コンテナがどの港を通過し、いつ着くのか──こうした追跡情報がデジタルで可視化されている貨物の割合は、日本国内に限っても全体のわずか0.1%にとどまります。
衣食住のすべてに直結し、最近では建築資材の高騰で住宅価格にまで強烈な影響を与えているほどの巨大なインフラでありながら、その実態のほとんどがブラックボックスのまま放置されているのです。
なんとなく成功路線に乗ったテック企業、という括りにされることとは土俵が違うと。
佐藤ええ。我々が向き合っているのは、中東情勢の悪化やコロナ禍によるサプライチェーンの寸断など、予測不可能な事態がダイナミックに発生し続けるグローバルな土俵です。国内市場のなかで、単一のソフトウェアを洗練させていくアプローチとは、向き合っているリスクの質も、ステークホルダーの複雑さも決定的に違います。
一つの取引に現地の工場や物流会社、日本側の生産管理や営業が入り乱れるこの複雑な産業を変革するには、生半可な覚悟は通用しません。社内を見渡せば、エンジニアのトップはドイツ人で、プロダクトマネージャー(PdM)が毎日のように多国籍なメンバーと英語で激しい議論を交わし、現場の課題に泥臭く向き合っている。これが我々の日常です。
SaaSの定石を捨て、創業60年超の老舗通関会社をM&A。実業×AIの覚悟
なぜそこまでリスクが高く、複雑な領域にあえて深く入り込もうとするのでしょうか。
佐藤私たちが身につけている服や食べている物、建築資材に至るまで、日本という島国において国際物流は絶対に必要不可欠なインフラだからです。何か予測不可能な事態が起きた時に、この国の経済活動をどう守り抜くのか。その強烈な危機感と使命感が根底にあります。
その国家レベルの使命感は、前職である三井物産でのご経験が影響しているのでしょうか。
佐藤間違いなくあります。当時の役員たちのすぐそばで、世界各国でのヒリヒリするような交渉に立ち会ってきました。彼らが向き合っていたのは、単なる契約の駆け引きではなく、「国の経済をどう守るか」という重みでした。その経験があるからこそ、Shippioは単にSaaSを提供するだけでは足りないと考えています。自ら国際物流の免許を取得し、実業の現場に直接乗り込んでいくのが基本姿勢です。
その姿勢を象徴するのが、2022年の老舗通関会社のM&Aですね。
佐藤はい。シリーズBの調達と並行し、創業60年超の通関事業者・協和海運をグループに迎えました。Shippio初のM&Aです。
通関とは、貨物の輸出入に必須の税関手続きで、国際物流には欠かせない業務です。お客様への一気通貫のサービス提供と、紙とハンコが主流のこの業務をデジタル化する実験場。この二つの狙いがM&Aの決め手でした。
協和海運は紙台帳と社内サーバーで業務が回っていた、昔ながらの中小企業です。そこに弊社メンバーが入り込み、現場と一つひとつ信頼関係を築きながらPMI(買収後の経営統合)を進めていく。スタートアップらしいスマートさとは無縁の、徹底的に泥臭い仕事の連続です。
提供:株式会社Shippio
テクノロジーが進化するAI時代において、あえて実業の泥臭い現場にこだわり続ける理由を教えてください。
佐藤どれだけAIが進化しても、AI自身が物理的に物を運ぶことは絶対にできないからです。
現場のステークホルダーを巻き込み、複雑な利害関係を調整し、問題を前に進める力は、人間にしか持てない付加価値です。我々はテクノロジーの会社でありながら、あえて最も泥臭い現場を持つ老舗企業と経営統合を果たし、実業とAIを掛け合わせています。
AIには代替できない「現場のリアル」を深く理解し、そこにテクノロジーを実装して事業を進化させていく。昨年末には「50年変わらない貿易実務を変革するAI活用」として生成AI大賞の特別賞をいただきましたが、この「現場×AI」の領域にこそ、人間が介在する最大の本質的な価値が存在しています。
提供:株式会社Shippio
「2、3年で会社売却して一丁上がり」では届かない。10年後の骨太な経営者を育む修羅場
佐藤さんご自身が実業の現場まで担うだけでなく、メンバーにもあえてタフなミッションを背負わせる方針だと伺いました。
佐藤はい。スタートアップに転職してわずか1年の通関士に子会社の社長を任せたり、若手をPMIの現場に送り込んだりしています。
年初に社内で「修羅場と正念場」というメッセージを出した際、前職である三井物産の同期からは「AI時代に修羅場とか言ってるの?絶対にウケないでしょ」と笑われました。しかし、泥臭く乗り越えなければならない環境こそが、人間の普遍的な問題解決力を極限まで引き上げる唯一の手段だと、私は本気で考えています。
そうした修羅場を通じて、佐藤さんはどんな組織や人材を生み出したいと考えているのでしょうか。
佐藤5年、10年と腰を据えて難度の高い課題と向き合える、「本物の経営者」です。
この複雑で巨大な産業を変革し、日本の未来を支え切るには、こうした人材が社会に圧倒的に足りていません。だからこそ私は、2、3年で短期的な成功を収め、会社をパッと売却して一丁上がり、というような働き方には一切興味がありません。
求めているのは、過去に逆境を乗り越え、未知の領域に対して絶対にインパクトを出し切るという強烈な「胆力」を持った人間です。グローバルチームと連携し、物理的な「モノ」が動くリアル産業にテクノロジーを実装していく原体験を通じて、10年後、Shippioがサイバーエージェントやリクルートのように次の時代を支えるトップ経営者を輩出する企業になっている。そう思っています。
国家インフラという重いテーマに対し、佐藤さんや組織全体から悲壮感ではなく「純粋な熱狂」を感じます。
佐藤そうですね。壮大で複雑な課題だからこそ、深刻になりすぎず、ワクワクしながら前向きに楽しんで乗り越えていくことが重要だと思っています。
国の経済や生活を支えるインフラに、スタートアップの立場でダイレクトに関われる機会なんてそうはありません。良い意味でのミーハー心を持ち、「こんなに大きな課題に関われて、国や大手企業からも頼られてラッキーだ」と心から思える人間たちと、この巨大な産業の未来を共に創っていきたいですね。
FastGrowの見解
「シリーズCで安定期に入った」という評価に対する佐藤氏の静かな怒りは、国内市場で完結するビジネスへの痛烈なアンチテーゼだ。
可視化率0.1%の巨大産業に、創業60年超の老舗通関企業のM&Aという泥臭い「現場×AI」のアプローチで挑み続ける佐藤氏。最新のテックやビジネストレンドを血眼になって追いかけるような短期的な成功を求める者を一蹴し、国家インフラの変革を通じて次代のトップ経営者を育て上げようとするその執念。計算され尽くした事業戦略でもありながら、経営者・佐藤孝徳の人材育成にかける覚悟そのものだ。
要領の良い成功を追うだけでは、決してこの熱狂には辿り着けない。国家インフラという巨大な課題の最前線で、泥臭く本質的な変革に挑む覚悟が、あなたにはあるだろうか──もし少しでもYesだと感じられるならば、いまShippioの門戸を叩かない理由はない。
こちらの記事は2026年05月20日に公開しており、
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