連載事業成長を生むShaperたち

「もっと売れるはず!」から市場を開拓──ビルコム和田陽香氏が体現する、事業を加速させる「攻めのCS」と「0→1」の挑戦

和田 陽香
  • ビルコム株式会社 PR Tech局 PRAビジネスグロース部 カスタマーサクセスチームリーダー 

2015年中途入社。入社後はプロデュース局にて営業・納品を担当。その後プロデュース局にてマーケティングに加え、インサイドセールスも担当。2020年7月からPR Tech局へ異動し、マーケティングとフィールドセールスを担当。2021年からPR Tech局にてフィールドセールスとオペレーションを担当。2023年4月より現職。

創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。

Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。

連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。今回は、ビルコム株式会社PR Tech局の和田陽香氏。

国内初のクラウド型PR効果測定ツール『PR Analyzer』を通じて、未成熟だった市場を啓蒙し、需要を創出。さらに、CS(カスタマーサクセス)ではMRR(毎月の経常収益成長)を200%に伸ばし、事業成長のドライバーとなってきた。

マーケ・営業・CSと領域を横断し、仕組みづくりから売上拡大まで担ってきた和田氏は、社内で「ブルドーザー」と呼ばれるほどの推進力の持ち主。「人の3倍やってから考える」という胆力で、前例のない課題にも飛び込み、数々の壁を突破してきた。

第一線を走り続ける和田氏のキャリアをたどりながら、市場創造と“攻めのCS”のリアルに迫る。

  • TEXT BY YUKO YAMADA
  • EDIT BY TAKASHI OKUBO
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「もっと売れてもいいのに」。未成熟なPR効果測定市場を開拓、広報の常識を覆していく

PRの効果・成果を、データで可視化する──。

2003年創業のスタートアップ、ビルコムが描いた構想は、長らく不透明・不確実・非効率だったPR業界に一石を投じた。その中核を担うのが、国内初のクラウド型PR効果測定ツール『PR Analyzer』だ。

『PR Analyzer』は、テレビ・新聞・雑誌に加え幅広いWebメディアを含めた7,000超の媒体情報、そしてX(旧Twitter)での言及やSNSでの波及効果まで網羅。リーチ数の自動算出や競合比較機能により、PR施策の効果を定量的に把握できる。

すでに、日本航空や森永製菓など大手企業を中心に導入件数は350件を超え、広報・PR領域の新たなスタンダードになりつつある。

提供:ビルコム株式会社

『PR Analyzer』がリリースされた2017年頃の広報業務は、報道記事を手作業で集め、新聞のコピーをノートに貼った上でスキャンしたり、Web記事のURLをExcelにまとめたりして管理するのが一般的だった。「データ化して効果測定をする」という文化自体が、PR業界には存在していなかったわけだが、こうした現状に伸びしろを感じたのが、のちにこの市場を切り拓くことになる和田氏である。

同氏は大手ハウスメーカーで設計職としてキャリアをスタート。次第に「もっと上流でマーケティングをやりたい」という想いが芽生え、PR業界への転身を決意した。「マーケを学びたいのになぜPR業界?」という疑問の声が聞こえてきそうだが、和田氏にとって設計職とPRには共通点があったからだ。

和田設計もPRも、条件を分析して最適解を形にしていくという意味では、構造は本質的に同じだと思ったんです。しかし、建設からPRは“畑違い”だと思われがちで、ほとんどの面接では理解されませんでした。

その中で、「確かに同じ構造だ」と色眼鏡を持たず真剣に話を聞いてくれたのがビルコムの代表・太田滋でした。自分の考えをきちんと受け止めてくれる姿勢に、「この会社は懐が深い」と感じたんです。そして、「ここでなら本気で挑戦できるかもしれない」と思いました。

提供:ビルコム株式会社

2015年にビルコムに入社後、まずはエージェンシー事業でコンサル営業に従事。第一子の妊娠を機に外回りが難しくなり、「営業以外の形でも事業に貢献できないか」と考えた和田氏は、かねてから関心のあったマーケティング部門への異動を上司に相談。この異動は、和田氏にとって大きな転機となり、以降、事業全体を俯瞰する視点を育んでいくことになる。

そして2020年、産育休から復職。1年ほどエージェンシー事業のマーケティングに取り組んでいた中で伸びしろを感じたのが、広報領域にあった“顕在化していないニーズ”である。

和田こんなに素晴らしく便利なプロダクトなので、もっと売れてもいいはず。どうすればリードが増えるのか。何がボトルネックなのか。正直、私にはとても疑問でした。

とにかく、その理由を知りたい──。その一心で、上司であった取締役と今後のキャリアをすり合わせし、当時所属していたエージェンシー事業部から『PR Analyzer』を扱うPR Tech局へ異動しました。社内では前例のないキャリアチェンジでしたが、迷いはなかったですね。

広報のデータ管理というニーズは当時、顕在化していなかったんです。『PR Analyzer』が第一人者として市場に出たものの、広報が抱えている課題が『PR Analyzer』で解決できるとは多くの人が思っていなかった。それが知名度が上がりきらない原因だと考えました。だからこそ、まずはマーケティングに力を入れ、「PR効果測定」という市場を開拓していく必要がありました。

最初の一手として着手したのが、無料セミナーの開催だ。PRの効果測定は“定性的”という概念に対し、「データで見える化できる」「PDCAを回せる」という価値を、地道に広報担当者に伝えていく。この時、営業時代に培った企画力が武器になった。

また、他社との共催セミナーによって『PR Analyzer』を知らない層へのアプローチも強化していく。

和田当時、PR業界で効果測定をテーマにしたセミナーを開いている企業は少なく、だからこそ、「学びたい」という参加者が多かった。ひとり広報の方やスタートアップ、大手企業の広報担当者まで、幅広く刺さった手応えがありました。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

その地道な啓蒙活動が実を結び、新規リードが飛躍的に増加。受注数は過去最高を大きく更新し、『PR Analyzer』は更に市場に受け入れられていった。

「私、ゼロイチで何かを生み出すのが好きなんです。建築が好きだったのも、そのせいかもしれませんね」と和田氏。その言葉どおり、和田氏は啓蒙活動と並行して、社内の“もっと売れる仕組み”づくりにも本格的に動き出していた。

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「守り」から「攻め」へ。和田氏が体現した“ブルドーザーCS”への転換と事業成長を牽引

2020年当時、ビルコムはSaaS事業として成長していこうとし、“THE MODEL型”の役割分担・組織体制を整備し始めたタイミングだった。地道な啓蒙活動で少しずつ『PR Analyzer』のリードが増えても、肝心の“売れる仕組み”がなければ事業はスケールしない。

そこで和田氏が前線に立って組織構築・整備を推進したのが、インサイドセールス(IS)とフィールドセールス(FS)の領域である。まずは自らテレアポでリードに直接アプローチしながら、IS体制を構築。その後、FSに軸足を移し、FSチームの体制を整えながら自らも提案活動の最前線に立った。

だが、『PR Analyzer』のご提案先である広報担当者にとって、導入を検討するためにはいくつものハードルが存在していた。

和田企業の広報の方たちは、これまで「紙」の文化で仕事をされてきた方が多いんです。そのため、SaaSなどのクラウドサービスを日々の業務に組み込むと良いと頭ではわかっていても、やはり戸惑いを覚えるケースは多かったですね。

だからこそ、私たちは“社内稟議をどう通すか”まで含めて、一緒に考えるようにしていました。具体的には、「今までツールを使った経験がないと思いますが、実際に導入するとしたら、どういうフローで承認を得ることになりますか?」と、まず承認フローを確認。その上で、ネックになりそうなポイントを深掘りし、広報担当者が負担なく社内承認を進められるよう徹底的にサポートしました。「現在の業務が効率化できる」という点を明確に示すことで、稟議を通すための根拠作りも支援していたんです。

デジタル化の効率性を伝えるだけでなく、どうやって導入し、運用していくのか、FSながらそのサポートにも徹底的に注力しました。

稟議や調整のハードルが高い大手企業にとって、こうした丁寧な支援は導入への大きな後押しとなっただろう。現場の非効率に寄り添ったアプローチは確かな成果を生み、導入社数は着実に広がり、和田氏が築いてきたマーケティングの土台は、ビルコムの事業成長を支える礎となっていった。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

さらに和田氏は、第二子の産育休に入る前に、オペレーション業務にも踏み込む。

請求関連の業務をリードし、必要に応じてフローの見直しを実施。契約から請求、支払いまでのプロセスを把握したことで、営業・顧客視点だけでなく、オペレーションの視点も持つようになる。この経験が、後の提案の精度をさらに高める土台となる。

そして2023年4月、二度目の産育休から復帰した和田氏が挑んだのが、カスタマーサクセス(CS)という新たなフィールドだ。当時の『PR Analyzer』事業におけるCSは、主に問い合わせ対応やオンボーディングを担う、守りに寄ったポジション。CSがアップセルやクロスセルを含む、MRR(毎月の経常収益成長)につながる提案活動を行う体制にはなっていなかった。

しかし和田氏は、FS時代からこの分業体制に疑問を抱いていたという。

和田当時はCSが顧客に伴走していているなかで、アップセルの話になるとFSが以降のやり取りを担当していました。しかし、顧客体験としては違和感がありますよね。

もちろん、CSがアップセルまで担うのは大変です。けれど、「誰が一番自然に顧客に寄り添えるか」を考えたとき、アップセルもCSが担ったほうが、むしろスムーズだと感じました。

 

和田氏はCS担当としての業務を進める中で、顧客の予算取りの時期を見越して早めにコンタクトを取り、ニーズを丁寧にヒアリング。そこから逆算して、アップセル提案を練るという地道な動きを、CSのリーダーになる前から“先回り”して準備を進めていた。

そして、着実に成果を重ねながら「CSもアップセルをKPIに組み込むべき」という持論を社内に展開。やがて、和田氏がCSリーダーに就任したタイミングで、CSがMRRを成長させる責任を担う体制が本格始動することとなる。

和田お客様の予算取りのタイミングは絶対に逃さないようにしていました。これをしっかり把握して提案するだけで、検討してもらえる可能性は高まります。

さらに、お客様自身がまだ気づいていないニーズを掘り起こすこと。例えば、「今使っている機能がすべて」だと思っているお客様には、活用できていない他の機能を提示し、「こう使えばもっと効果が出るかもしれませんよ」と提案する。

また、同業他社の活用事例を共有し、「他社ではこう使って成果が出ています」と伝えることで、新たな視点を持っていただく。そうした“気づき”を与えることで、プロダクトの幅広い可能性を実感してもらえるように心がけていました。

費用対効果の観点からも、どの機能をどう組み合わせれば最大の成果が得られるかを丁寧に設計し、粘り強く提案していきました。そんな積み重ねがアップセルにもつながっていったと思います。

これらは一つひとつを見れば営業の基本活動にも見えるが、これらすべてをCSの責任として明確に定義し、完全にやり切れる体制を構築したのは和田氏の貢献だといえるだろう。

結果、CSが既存顧客からのアップセル・クロスセルによるMRRの成長責任を負う体制は軌道に乗り、2024年上期(1月~6月)には前年比200%、下期(7月~12月)には250%の成長率を記録。CSはサポート部門としてだけでなく、「攻めのCS」として、アップセルによって事業成長を牽引するエンジンへと進化を遂げた。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

そんな和田氏の姿を見て、社内では彼女を「ブルドーザー」と呼ぶ声もある。誰も答えがわからない仕事、前例のないプロジェクトに対し、まずは圧倒的な推進力で自ら一歩を踏み出し、道を切り開き、形にしていく。

和田やりきらないと結果は見えてこない。できなかったらできないでいい──。当時はそう考えて、まずは人の3倍ぐらいやってから考えようと行動していました。その時の積み重ねは、確実に今にもつながっています。

ビジネスの現場においては、合理的で効率がいいことが良いとされがちだが、和田氏はまず動き、時間をかけることも恐れなかった。こうした姿勢こそが、彼女がビルコムのShaperたるゆえんなのだろう。

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対社内にも「攻め」の姿勢。
CSは事業を調整する「ハブ的存在」

ビルコムにおける“攻めのCS”は、顧客対応だけにとどまらない。同社のユニークな点は、CSがPR Analyzer事業の結節点的な立場を担っていることだ。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

マーケ、IS、FS、それぞれの部門が築いてきた顧客接点を、最終的にCSが受け止め、そこから得られたリアルな声を各部署にフィードバックしていく。まさに、CSは全体の流れを俯瞰し、事業を調整するハブ的な存在となっている。

和田私自身、マーケもISもFSも経験してきたので、それぞれの立場で「できること」「できないこと」がリアルにわかっているつもりです。その上で、最適な顧客コミュニケーションを考えながら、具体的な改善提案を出していきます。

例えば最近では、契約には至ったものの継続率が低い顧客の傾向を分析し、「このタイプのお客様は、私たちの提供価値とフィットしにくいかもしれない」と営業チームに共有した。新規導入だけでなく、LTV(顧客生涯価値)を見据えた提案の質向上にもつなげている。

また、毎週開催される全職種合同の定例会では、CSが主導して顧客のインサイトの共有を行っている。

和田「この機能は誤解されやすいから、導入後にギャップが起きないよう、こういう営業トークをしてほしい」など、かなり細かいところまでCSからフィードバックしています。

さらに、開発チームとの「プロダクトフィードバック会議」でも、CS視点から「こうした機能がほしい」など、積極的に要望を伝えています。

顧客対応だけでなく、社内に対しても積極的に“攻め”の姿勢を貫く。和田氏が築いたCSの在り方は、社内の潤滑油でありながら、ビルコム全体の事業を内側から加速させるエンジンとして力強い存在感を放っている。

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深い敬意とプロダクト愛が原動力。
広報・PRの価値をもっと、世の中へ

ここまで見てきたように、和田氏はPR効果測定市場を切り拓き、マーケ、IS、FS、CSの各領域で社内の仕組みを改善してきた。だが、それはもうすでに過去。彼女の視線は、常に「次」へと向いている。

和田かつては「クラウド上でデータが可視化・確認できる」というだけでも、十分な価値がありました。しかし、効果測定という市場が広がった今。“可視化された指標が、本当に意味のあるものか”を、改めて問い直す必要があります。

私たちが蓄積してきたデータや指標の定義などを、今の時代に合わせてアップデートし、顧客に届ける“提供価値”そのものを磨き直していきたいと考えています。

そして、こうした変化の激しい時代だからこそ、「今、何に注力すべきか」をいち早く見極めて実行に移していく。その“ゼロイチ”の役割を、これからも担っていきたいですね。

とりわけ、和田氏が強い想いを注ぐのが、「広報という仕事」そのものの価値だ。

和田広報・PR活動は、本来、企業経営にとって絶対に欠かせない仕事です。信頼構築や危機管理、ブランド価値の向上、投資家や顧客との関係強化など、経営の根幹に関わる重要な役割を担っています。

しかし、実際はそこまで価値を認識されていないケースもまだまだ多い。だからこそ、私たちはもっと広報の価値を伝えていきたい。市場を切り拓いてきた私たち自身が、第一線に立ちその役割を担っていくべきだと感じています。

一方、近年は、PR効果測定をうたう類似サービスや後発プロダクトも増え始めている。それに対して「どう捉えているか?」と聞いてみたが、和田氏は一切動じる様子は見せない。

和田たしかに、似たようなツールは増えてきていますが、「Webだけ」「テレビだけ」といった具合に、取得できるメディアが限られていたり『PR Analyzer』とは別の利用目的がゴールとなっているケースがほとんどなんです。

その点『PR Analyzer』は、国内で唯一、テレビ・新聞・雑誌・Web・X・SNS波及をすべて網羅している。広告換算費やリーチした人数、競合比較、さらに記事露出やその先にあるWebアクセスへの行動変容の相関まで、ワンストップで可視化できます。

それが実現できているのは、「プロダクト×データ×コンサル」を自社で完結させているから。ビルコムでは、ツールと現場の知見がひとつにつながっているからこそ、数字で出た結果をすぐに改善提案に変え、成果を検証できる。

この“測定・改善・実装”のサイクルこそ、私たちの強みであり、他の企業にはなかなか真似できない部分だと思います。

この独自の強みに加えて印象的なのは、和田氏がプロダクトやビルコムそのものに深い敬意と信頼を抱いていることだ。それが彼女の原動力でもある。

和田私は、ビルコムや『PR Analyzer』に本気で惚れているんです(笑)。プロダクトに心からの愛着や敬意を持てなければ、自分の言葉で提案できないですし、サポートにも魂がこもらないと思っていて。だからこそ、『PR Analyzer』がどれほど価値のあるプロダクトなのかを、社内にしっかり伝えていくこと。それも、今の私の大事な役割のひとつだと感じています。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

「人より3倍、まずは動く。それから考えよう」。

その精神で、誰も正解のわからない課題にも迷わず突っ込み、ゼロから道を切り拓いてきた和田氏。迷いよりもまず行動を選ぶ、“ブルドーザーのような実行力”が、『PR Analyzer』の成長に寄与してきたのは間違いない。

どんな環境にいても、突破口はきっとある──。そう信じさせてくれた、彼女のこれからの活躍にも期待したい。

こちらの記事は2025年06月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

山田 優子

編集

大久保 崇

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