「日本全体の生産性向上」を目指すChatworkがシンプルに描いたCVC戦略のキモとは?ファイナンスのプロ2名が語る、未来への思考

登壇者
井上 直樹

早稲田大学卒。戦略系コンサルのローランドベルガーやデル等を経て、2008年リクルートに入社、新規事業開発やM&Aに従事。2012年にIndeed買収を担当、その後PMIのためアメリカに駐在、2015年からはTreatwell買収後のPMI担当としてイギリスに駐在。帰国後2017年11月よりCFOとしてChatworkに入社。2019年3月取締役CFOに就任。

森 雅和
  • Chatwork株式会社 経営企画室室長 兼 Chatworkスーパーアプリファンドパートナー 

2002年フューチャーベンチャーキャピタル入社。インフォネット取締役管理本部長、ウィルグループCVCを経て、2022年1月Chatwork入社。2023年3月に経営企画室室長 兼 Chatworkスーパーアプリファンドパートナー就任。VC6年、CVC7年、スタートアップ経営8年。

早船 明夫
  • 株式会社クラフトデータ 代表取締役 

株式会社ユーザベースでSPEEDA事業を推進後、独立。SaaS企業・スタートアップ分析note「Next SaaS Media Primary(旧・企業データが使えるノート)」を運営する株式会社クラフトデータを創業する。UB Venturesの外部パートナー/チーフアナリストも務める。NewsPicksやITmediaでも執筆多数。

上場スタートアップが非連続成長を続けるための手段の1つに、CVCがある。しかし日本ではまだまだ、事業戦略に紐づいたCVC戦略を実践できている会社があまり多くない。

中期経営計画として2024年までの市場シェア40%、売上高100億円達成を掲げているChatwork。その計画達成のための戦略が、コミュニケーションプラットフォーム戦略とインキュベーション戦略だ。このうち、インキュベーション戦略におけるキーワードは“BPaaS(Business Process as a Service)”。業務プロセスそのものを提供するクラウドサービスのことを指し、Techと人をハイブリッドした生産性の高いオペレーションを確立するため、自社開発だけでなくさまざまな企業とのCVCによる出資・提携や買収を進めている。

同社がなぜCVC戦略を今進めているのか、提携先をどう選んでいるのかといった思考から、上場スタートアップが非連続成長を続ける方法について探っていこう。

  • TEXT BY WAKANA UOKA
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「ツール」ではなく「業務プロセス」を提供。前例がほとんどない“BPaaS”領域

──このセッションでは、M&Aも含め、ファイナンス関連の知見と経験を多くお持ちのお二人にいろいろ深堀りしていきたいと思います。まずは井上さんから改めて会社と事業についてご紹介をいただけますか。

井上はい、弊社は2004年に設立され、現在グループ従業員数が400名を超えてきた会社です。2019年の上場以降、3年で約3倍というペースで急激な組織拡大をしています。ミッションは「働くをもっと楽しく、創造的に」、ビジョンは「すべての人に、一歩先の働き方を」で、社内できっちり浸透させながら事業運営をしています。

井上事業は国内最大級のビジネスチャットツール『Chatwork』を中心に、その周辺領域でビジネスを行っています。現在、『Chatwork』の導入社数は41万社を突破したところで、登録ID数が620万を超え、ARRが50億円強です。解約率が非常に低いのが特徴で、0.35%ですね。DAUは100万を超えたぐらいとなっています。(2023年6月末時点)

井上『Chatwork』の特徴は、非常に簡単なUIで、ITを専門としない方でも簡単に使っていただけることです。あと、ユーザーであれば社内外の誰とでもつながれるオープンプラットフォームというアーキテクチャを採用していること、無料で使い始められることも特徴です。

このあたりの特徴が中小企業に非常にフィットしているプロダクトで、有料ユーザーの8割程度が従業員数300名以下の中小企業の方々で占められています。

井上弊社独自の調査によると、日本におけるビジネスチャットの浸透率は20%以下(2023年3月時点)です。各サービスにポジショニングはあるものの、競合しているというよりは、まだまだそれぞれがそれぞれの領域でビジネスを拡大させているといった状況かなと思っています。

井上2021年に中期経営計画を示していまして、最終年である2024年までに『Chatwork』とその周辺領域においてシェアを40%に伸ばし、売上高100億円を目指すとしています。長期的にはビジネス版のスーパーアプリになるということも掲げています。

井上中期経営計画においては2つの戦略があります。1つはコミュニケーションプラットフォーム戦略で、「ビジネスチャットをどう伸ばしますか?」ということですね。ここで出しているキーワードがPLG(Product-Led Growth)です。

もう1つはインキュベーション戦略で、ここではBPaaSというキーワードを出しています。これはBusiness Process as a Serviceの略で、業務プロセスそのものを提供する事業をやっていきたいと考えています。

井上BPaaSという言葉は聞きなれない方が多いのではないかと思いますが、SaaSの上位概念になると言われており、クラウド経由での業務アウトソーシングを指します。要はツールではなく、業務プロセスそのものを我々が提供していくという概念です。

いわゆるイノベーターやアーリーアダプターの方はいろいろなSaaSを比較検討しながら複数同時に使いこなすことができます。ですが、多くの中小企業にとってはなかなか難しい。中小企業のマジョリティ層のDXを実現するためには、我々が業務プロセスそのものを受け取り、SaaSやAIを使いながら効率化していくというやり方が必要だと考え、BPaaSという概念を示しているんです。

井上ビジネスチャットはいろいろなSaaSとAPI連携できたり、AIを組み込んだりと、さまざまなかたちで業務効率化を実現していきやすいという優位性を持っています。こうした点から弊社がBPaaSをやる意味が大きくあると考えています。特にAIとの連携が効率化のところに非常に効いてくるでしょう。

井上我々は事業会社なので、事業連携を基本にしながら、出資先の会社とシナジーを最大化できる投資戦略を描いていまして、これまでにも何社かとの実績があります。

──ありがとうございます。終盤で強調された、BPaaSを推進するためにCVC、M&Aを活用するところが、本セッションのメインとなります。では、ファシリテーターを務めていただく早船さんからも、自己紹介をお願いできますか?

早船クラフトデータの早船です。ユーザベースに入社後、2020年に独立し、SaaS企業の分析に特化した「Next SaaS Media Primary(旧・企業データが使えるノート)」という、国内唯一のSaaS企業の分析有料メディアを運営しています。そのnoteでChatworkを取材させていただいたこともあり、今回ファシリテーターをさせていただきます。

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IT・SaaSで中小企業マーケットを席巻。
圧倒的な顧客基盤をどう活用する?

──では、早船さんと一緒に、上場ベンチャーのCVCはぶっちゃけどうなのかというところから、経営戦略・事業戦略とのつながり、理想形について話していきたいと思います。まず前提として、早船さんにBPaaS、そしてCVC戦略を理解するための目線合わせをお願いしたいと思います。

早船井上さんからのご説明にもありましたが、『Chatwork』以外のチャットツールを使っていらっしゃる方も視聴者には多いでしょうから、前提をやや丁寧に見ていきましょう。

まず「中堅中小企業のユーザーを多く獲得しているという点」が、今日のBPaaSのポイントになってきます。

先ほどのお話にもあったように、実はチャットツールはほとんど競合していないというところもポイントです。それが端的に表れているのが月次解約率0.35%という数値ですね。この数値は他のチャットツールにほぼ乗り換えないという水準で、『Chatwork』は中堅中小企業向けにひた走ってユーザー数が拡大しているという状況かなと思います。

SaaSを含むIT系の商材では中堅中小企業マーケットを取るのが難しいと言われています。なぜかというと、中堅中小企業はIT活用に割く予算が少なく、SaaSという言葉自体を知らない方がマジョリティになるという感じだからです。Google広告やFacebook広告を始めとしたデジタルマーケティングの施策では、中堅中小企業になかなかリーチできないんです。

早船また、個別に営業をかけて取っていこうとしても、単価を高く設定しにくいので投資対効果が見合わないといった状況になります。こうした理由から、全国の中堅中小企業マーケットにITが届かないという構図がこの日本にはあります。であるにもかかわらず『Chatwork』が広がっているという点に、BPaaSとしてのポイントがあるのではないかと思っています。

早船では、『Chatwork』はなぜ広がっていったのかというと、先ほどおっしゃられていたPLGと呼ばれるようなネットワーク効果があるからなんですね。最近、仕事でもチャットを使わないとやり取りしづらいという共通認識が生まれてきていますので、仕事のつながりで自動的に拡散していくという特徴がチャットツールにはあるんです。その特徴をフックにして、現在は約621万ユーザーまで広がっている。

これだけ多くのユーザーを持っているからこそ、SaaSを知らない人でも、『Chatwork』を通じてアクセスできます。中堅中小企業マーケットの地盤がすでにあり、DXやIT化の可能性に対して、ユニークなポジションを確立できています。そこで新たに届けようとしているのがBPaaSであり、その手法としてCVC戦略が採られていると見ています。

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顧客基盤を活かしてやり切れるからこそ、CVCを始めた

──ではここから、早船さんを中心に、3つの深堀ポイントを井上さん、森さんにお聞きしていただければと思います。

早船私の方で、3つポイントを設けました。まずはなぜCVCなのか、一般的なCVCとの違いは何なのかです。いかがでしょうか?

井上全般的に見ていて、まだまだ日本国内ではM&AやCVCのエコシステムが上手く機能しているとは言いにくいかなと思っています。例えば、イグジットとしてのM&Aは選択肢としては存在しているんですが、まだまだマイナーで、上場できない会社が取る選択肢みたいなイメージを持たれているんじゃないかなと思うんですね。

本来であれば、会社の成長戦略にとってベストなものを議論し、上場なのかM&Aなのかを決めていくべきなんです。また、CVCにおいてもまだまだ純投資の文脈が多いと思っていまして、いわゆる事業戦略に紐づいたような渋い投資を進めている会社は実はあまり多くないのではないかと考えています。

なので、なぜ弊社がCVCをつくっているかというと、先ほど早船さんのお話からもあったように、顧客基盤という非常に大きな優位性を活用した戦略に基づいたCVCを、きっちりやり切れる自信があるからです。事業戦略に紐づけてCVCを位置づけられるのが、今CVCを展開している理由ですね。

──日本国内で、ベンチマークされている先はあるのでしょうか。

井上我々としてベンチマークしている会社は実はいません。PLGのネットワーク効果で、ここまで大きな顧客ベースを持っている会社はいませんし、CVC展開という点でも目的や強みにはどこも違いが大きくあるので、あまりいないのかなと思います。

今のお話の通りかなと思います。事業戦略とアラインして成功されている企業が、日本にはまだまだ少ないんじゃないかなという認識ですね。我々もこれからではあるんですが、明確なCVC戦略を持っていると思っているので、そこをきっちりと実現していきたいと思っています。

早船そういった意味ですと、国内の特にSaaS関連の中でこうした取り組みをしているケースは今回が初といいますか、なかなかないのかなと思うのですが、例えば投資家などからはどのような評価を受ける取り組みなのでしょうか。

井上私はCFOなので投資家との面談が非常に多いです。その中で感じていることをお伝えしますね。

CVCというのは、投資家からするとすごく不思議なもののようなんです。付加価値が特にないのであれば、「それだったら自分たちで直接投資するよ」という話になるわけですよね。投資家からすると、「投資をする会社」の株を買う意味はないといいますか……。

だからこそ、「我々は新たに付加価値を付けられるCVCなんですよ」というところを強調しています。例えばCVCの活動がM&Aのソーシングになっているということや、事業戦略と紐づけた活動にすることでChatworkの事業成長という付加価値が生まれるといったことを投資家さんとはお話ししています。

早船付加価値について、もっと具体的に言うとどういうものになりますか?

井上例えば、投資先の会社に対してユーザーをご紹介できます。そうすることで送客フィーをいただくこともできますし、投資先の企業価値を上げることもできます。その中で生まれるシナジーが大きければその会社と一緒にやっていく、グループインいただくみたいなこともできます。ここはわかりやすい付加価値になっていくかなと思います。この2点が大きなところですね。

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投資もM&Aも、スーパーアプリ構想やBPaaSを進める「手段」でしかない

スタートアップがCVCに求めるニーズで、トップに来るのが実は「営業支援」です。そして実際に、CVCが投資先の支援として多く担っているのは同様に「営業支援」なんです。

おそらく、研究開発型で営業がすぐには必要ないところやBtoCサービスをやっていて直接的なBtoB営業は必要ないというところも含まれての結果であるという点を考慮すると、営業支援は1番大きなボリュームを占めると言えるわけです。

そのような中で、現状41万社の中小企業とつながっているという我々は、かなり稀有な存在なんじゃないかと思っています。スタートアップの持っているサービスやプロダクト、それから我々の持っている顧客基盤とで明確にシナジーがつくれると。実際に投資先からも、新しく投資検討している先からも「『Chatwork』の持っているユーザー基盤はかなり魅力的ですよ」と言われています。明確な価値提供ポイントになっています。

早船私がほかのSaaS事業者と話をする中で感じるのが、ここ数年で「中堅中小企業をどう攻略していくか」という関心の高まりです。代理店の活用といった施策もありますが、大きくスケールしていくには限界があります。すでに数百万単位のユーザーを抱えていること自体が、国内でまず非常に稀有なんじゃないかというのは私も感じます。

最近は、投資先の選定をどのように進めているのでしょうか。

ミナジンという、今年初めにグループインしていただいた会社の事例があります。ここは人事労務領域のBPOと、勤怠管理のSaaS、給与計算や保険計算のアウトソーシング、人事評価のコンサルティングなどをされている会社です。当初はCVCからのマイノリティ出資という想定で、先方からご相談をいただきました。

ですがBPaaSの構想が明確化していく中で、人事労務領域はかなり大きなボリュームを占めるであろうことが見えてきました。そこで、マイノリティ出資ではなく、しっかりグループとして一緒にやりましょうとご提案をさせていただいたという、かなり踏み込んだ事例です。

これまでビジネスチャットがメインだったところに、人事労務領域に関してケイパビリティを増やすことができたという大きな進展でもありますね。

ほかに、マイノリティ出資の事例をいくつか紹介します。ベター・プレイスという中小企業向けの年金導入サポートをしている会社の事例があります。大企業は自社内で退職金や企業年金設計をされていますが、中小企業はなかなか従業員にメリットのあるサービスを持ちにくく、あったとしても掛け金が限定的であったり、従業員に自由な選択権がなかったりという状況です。そんな課題を捉え、自社で設計した年金制度を他社向けに提供し、1,400社ぐらいに広がってきています。中堅中小企業マーケットにサービスを提供されているということで、我々にとって大きなシナジーがあるため、送客をしています。

次に、GVA TECHというリーガルテックの会社との事例。この会社は大きく事業を3つ展開されていて、特に弊社とシナジーがあるのが登記申請の支援サービスです。司法書士に依頼すると5~10万円ほどかかってしまうものを、システム化して1件5,000円くらいでサポートするサービスを展開しています。累計1万社ぐらいに使われています。こちらも中小企業にとっても使いやすいサービスだということで、『Chatwork』ユーザーをかなり送客させていただいているというところです。

続いて、ペイトナーという会社。こちらはフリーランス向けのファクタリングサービスを展開されています。実は『Chatwork』ユーザーにはフリーランスの方も多いため送客しやすいんです。 最後にユーティルという会社。Webサイトやシステムをつくりたい中小企業のニーズに対し、適切な業者をマッチングするサービスを展開しています。中小企業においては、DXという言葉が出たときに1番にイメージされるのがWebサイト構築や社内システムの整備になります。ですがたいてい、社内には詳しい人がおらず、ちょうどよい相談窓口も見つからずに悩まれるケースが多いんですね。そんな課題を捉えて価値提供しているサービスで、我々のユーザー層とシナジーが強く、送客しているというところです。

このように、我々が持っているユーザー基盤をそのまま送れる会社に対して出資を検討し、より深く踏み込めるくらい双方にニーズが合うのであればM&Aという形で関わります。

早船今お話しいただいたような事業内容は、大企業ですとアウトソースできたり自社内で完結できたりしますが、10~20人くらいの規模の会社であれば担当者が1からやらなければならず、アウトソースもできないと。そういうケースであっても、投資先のサービスを通じて価値提供ができる世界観になっていくというイメージですかね。

おっしゃる通りです。

早船出資においてメジャーを取っていくのか、マイノリティで留めておくのかみたいなところは、シナジーの強さがポイントになりますか?

そうですね。よりシナジーが強くて、我々がBPaaSの中で進めていきたい領域に関してはM&A前提で話を進めたいというところがあります。ただ、先方の意向もあるので、こちらの想いだけで決まるわけではありません。IPOを目指したいということであれば、まずCVCから入らせていただき、最終的に合意の上でM&Aになるという関係性はあり得えますね。

あと、BPaaSにおける足りないピースを埋めに行くという考え方で、CVCとしてリターンの蓋然性が低い場合でも検討していこうとしています。濃淡をつけながら、どこまで踏み込むのかを社内で意思決定して進めていくという形で考えています。

早船御社の場合は井上さんも森さんもいらっしゃるので、M&Aをする体制や考え方、経験がすでにおありですが、おそらく通常のSaaS企業にはそこまでM&A経験があるわけではなく、どう考えていいかわからないところも多いと思います。上手く進める上での基本的な考え方、注意点についてはいかがでしょうか?

井上やはり事業戦略に紐づいているかどうかが非常に重要だと思います。どこからがCVCでどこからがM&Aかというのは定義次第だと思いますし、あくまでも手段だと思うんですね。我々としては、あくまでスーパーアプリ構想やBPaaSを進める上でのM&A、CVCという、手段なんです。M&Aで何をするのか、CVCで何をするのかという目的を明確化させるのが重要かなと思っています。

早船M&Aをやっていくと、思っていたのと違ったなというのも「M&Aあるある」だと思います。やはり当初の目論見から現在に至る中で、ギャップがあった部分はありますか?逆に上手くいったなと思う部分など、感触としてはいかがでしょうか。

井上M&Aとしては2件事例があり、先ほど森が説明したミナジン、あとはスターティアレイズという会社のクラウドストレージ事業を分割・合弁会社化し、我々が51%とメジャーで取らせていただいている事例があります。それぞれ100%取得のM&AとJV(ジョイントベンチャー)なので違うところも多いですが、例えばスターティアレイズの事例は我々グループとして初のM&Aといえる案件で、事業上は非常に上手く連携したものの、実際に現場の調整を進めるのはなかなか難しかったなと。

49%を他社に持っていただいている中で、きっちり事業連携していくですとか、バックオフィスでどちらが何をやらなければいけないかですとか、事細かな調整がいろいろと必要になってきまして、想定以上に難易度が高かったイメージがあります。

早船組織的なすり合わせの部分も割と大変であると。

井上そうですね、JVだと余計にこの点が出てくるのかなと思います。

早船井上さんはグローバルなM&Aの経験もおありですが、スタートアップを対象にM&Aを行っていくことに関して、一般的な事業会社のM&Aとの違いはあるのでしょうか。

井上1,000億円を超えるようなM&Aは、やはりデューデリジェンスにしてもバリュエーションにしても、事業譲渡シナジーをガチガチに固めて進める必要があったりします。価格交渉もかなり激しく行われるものですよね。

ですが、スタートアップのM&Aはその経営者と同じ方向を向けるかどうかのほうが重要です。むしろ、そうした合意が取れれば、一定程度簡易なデューデリジェンスで進めていくことが多いと思います。

早船なるほど。森さんは逆にスタートアップへの投資経験がたくさんおありかと思いますが、ChatworkとしてのM&AやCVCという座組と一般的なスタートアップ投資の感覚とに違いはあるのでしょうか。

実はそんなに変わらないと思っています。おそらく社内の資金状況、先方の意向を含めてどう優先順位を付けていくかだと思うんですよね。完全に切り分けて「M&Aだけで考えます」「CVCだけで考えます」ではなく、ケースバイケースで社内議論をしながら一体的に進めていくべきだという認識をしています。

早船投資を受けられる側、M&Aをされる側の意識感といいますか、スタートアップにおいてイグジットとしてのM&Aはこれまであまりなかったかと思いますが、最近少しずつトレンドになっていく中で、案件対象となるような企業の意識の変化感、トレンド感で感じられることはありますか?

短期で大きく変わっているかというとそうではないと思いますが、2016年頃からM&Aでのイグジットも増えてきていますし、そうしたマインドは徐々に増えてきていると思います。

今、スタートアップの方と話していても、「絶対にIPOです」という10年前のような感覚ではなく、互いにやりたいことを満たせるならとか、自分たちの事業を伸ばせるならどこかのグループに入っていいというお話をされる起業家さんは結構多いです。そこはスタートアップ側と我々M&Aしたい側とで認識がズレているとは感じませんね。

井上2021年以降の株式市場のグロース市場の動向も結構強いかなと思います。その中で、実際にIPOして出るのがいいのか、一緒にやっていくのがいいのかというのは、会社としてM&Aをリアルに考える環境になったのかなと。

最近では50億円を下回るIPOもあったりするので、そうですね。IPOしたときに感じる価値が変わってきているかもしれません。

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社会課題解決を広げるためにも、ファンド規模拡大は必須?

早船今のこの流れも引き続き本格化させていくということかと思いますが、今後こういった分野を特に強化していきたいですとか、これぐらいのペースで進めていくですとか、お話しできる範囲でお聞かせいただけますか?

井上冒頭でも申し上げた通り、ビジネス版のスーパーアプリを目指しますという中で、BPaaSという概念を強く打ち出しています。今回ミナジンにグループインいただいたのは人事労務領域ですが、例えば営業マーケティングや経理、財務、調達、購買、総務、あとは情シスなどの領域のBPOに近いサービスを展開している会社、その周辺領域を手掛けている会社には優先順位がかなり高く、CVCから出資させていただき、M&Aという可能性もあるかなと思っています。ここはかなり加速してやっていくことになるでしょう。

もちろん自社で展開する部分もありますが、社内リソースだけだと非常に限られたものになってしまいますし、対象マーケットは明らかに1社で担えるほど小さな規模ではないので、先ほど申し上げた領域でのCVCはかなり加速させていきたいですね。

早船今スタートアップで働かれている方ですと、人事や営業管理、会計などでもSaaSがすでに使われていて、Chatworkさんがこの先もグロースしていく未来を、なかなかイメージしづらいと思います。

ですが、こうしたスタートアップ発のサービスをほとんど使っていない会社さんが、日本ではまだ全然マジョリティとして存在しているということなんですかね。

井上そうですね。やはりSaaSプロダクトの導入は、アーリーアダプターと呼ばれるくらいの企業さんたちであれば比較検討して使っていると思います。ですが、それ以外の大多数は、そのフェーズではないかなと。

そうした企業でSaaSをいくつも使っていただくのは、今後もしばらく難しいと思います。そうした状況で日本全体のDXを進めるために、我々がバックオフィス業務をまるごと受け持ち、その中でSaaSやAIを使っていく、そんな事業モデルをメインに展開することで、お役に立ちたいと考えています。

SaaSを使いこなせるのはまだまだ一部の企業だけ。『Chatwork』のユーザー層はこれから、いわゆるマジョリティ層以降のところが増えていくと思うんです。BPaaSという戦略が対象とする領域は、まさにブルーオーシャンだなと。

具体的な座組みや進め方自体は我々がかなり細かく入りながら整えていく必要があると思っていますが、大きなマーケットがありながらもどこもまだ参入しない領域だという認識を持っていますね。

早船冒頭にもありましたように、多くの中堅中小企業に対してサービスを届けていける会社があまり多くないと思っているんですが、実際現場でやられていても競合としてピンとくるところはないんでしょうか。

一部の中小企業向けのサービスについては、今後おそらくベンチマークしていかなければいけないのかなと思っています。

ただ、『Chatwork』はそういう企業とあまり競合にならないポジショニングだと思っているんですね。

スタートアップの方々が我々と組むことで何かデメリットがあるかというと、あまりないかなと。たいていの場合、メリットしかないですよ。なので挙げたような企業とは似ている部分もありながら、我々独特のポジショニングを取れているのかなと思っています。

──ここで1つ質問を取り上げたいと思います。「Chatwork以上に多くの顧客基盤を持っている会社もあると思うのですが」というご指摘がきています。『Chatwork』というプロダクトが顧客基盤システムとなり、投資先との連携が容易になっている理由についてもう少し具体的に教えてください。

井上我々の1番の強みは、毎日必ず多くの時間で使われる「ビジネスチャット」というプロダクトでつながっているところなんですね。ここが非常に大きなタッチポイントになり続ける。『Chatwork』上でさまざまな人たちと直接やり取りできるからこそ、新たな付加価値を生み出すことができるんです。これは非常に大きな強みだと思います。

たとえば、他サービスとAPI連携したりAIとつないだりして、多くの業務を抜本的に効率化できる。投資先・M&A先がそうした付加価値を具体的に思い描きやすく、弊社だからこその意味やメリットになっていると思います。

今の井上の話以外でお話すると、大企業系のCVCではスタートアップと販売代理契約を結ぶことがありますよね。ですが実際に売っていこうとすると、皆さん結構苦労されているんですね。

弊社は文化的にもプロダクト的にもテックタッチでいろいろなユーザーとつながれるので、顧客開拓を素早く展開できます。こうしたケイパビリティを活かしてユーザーにつながっていけるのは、展開が早い1つの理由かなと思います。

──ありがとうございます。加えて2点ほど。森さんが今お話ししたテックタッチでお客様とのネットワークがあるという話が印象的だったんですが、これだけ特徴的なプロダクトを抱えつつ投資活動ができるところに関する、森さん個人的な面白さ、ワクワク感があるのかどうかをお聞きしたいです。

会社の戦略とCVC戦略に結構アラインしているところがあるので、方向性が一致している点にはやりやすさを感じています。その方向に向かって動くことが関係者すべてにプラスになるのはやりがいがありますし、やりやすいですね。

──2点目は森さん、井上さんお二人に少しミーハーな質問になるのですが、御社のCVCファンドはこの先、大きな規模になっていくのか、何かに特化して拡大がすべてじゃないという形なのか、どちらをイメージされていらっしゃるのでしょうか。

井上BPaaS、スーパーアプリ化みたいなところでいうと、事業規模を大きくする必要があるので、それに伴いCVCの規模も間違いなく拡大します。その拡大の仕方は今後検討しようと思っていますが……。

同じくですね。たとえば外部資金を募ってCVCファンドを組成するという話になると、おそらく出資とM&Aの間にファイアウォールみたいなものをつくらないといけなくなります。それって会社の戦略上どうでしたっけ?みたいな話はおそらくいろいろな議論があると思います。

とりあえずここから1~2年に関しては今のような体制でやっていき、その先でどう展開していくのかについてはこれから検討の余地があるだろうなと。

──また1つ質問がきています。バーティカルに特化したSaaSが御社にとっての提携先になり得るのでしょうか。また、提携しているSaaSで類似サービスを提供したりカニバリゼーションが発生したりすることはないんでしょうかという質問です。

井上もちろんなると思います。多くの方と組んでいくのは一定カニバリが出てきちゃうところは確かにあるので、何社かに絞ることは必要かなと思いますが、バーティカルSaaSの方は非常に良い相手になるかなと考えています。

投資対象になるかというと、もちろんなると思っています。類似サービスに関しては難しいところがあるんですが、現状の方針として、エクスクルーシブ(排他的)な契約にはしていないんですね。なので、組む価値がより大きい相手が新たに現れれば検討していきましょうというところではあります。

ただ、同時にいくつかのプロダクトを『Chatwork』経由で提供していくとユーザーが混乱する可能性があるので、そこもしっかり整理してやっていくべきだと認識しています。

──では最後に早船さんに再びお戻しします、何かあればお願いします。

早船以前にCEOの山本さんとお話した際に興味深いなと思ったのが、御社のように非常に多くの中小企業ユーザーを抱えていると、そこに対して価値提供しないといけない義務感が生まれてくるとおっしゃられていた話なんですね。ユーザーを抱えながら中堅中小企業のIT化、今後の未来の景色について最後にお聞きしたいです。

井上まさにおっしゃる通りで、我々は単に事業をしているというよりは、その後の社会課題をしっかり解決しなければいけないという義務感を非常に強く持っています。

中小企業の生産性の低さは日本全体の生産性の低さにつながっているので、ここを解決していく必要がある。ただ、一気に変えられるわけではないので、「すべての人に、一歩先の働き方を」と当社のビジョンに掲げているように一歩ずつ変えていくのが非常に重要なんじゃないかなと。

その一歩が何になるのかをずっと考えてきて、今回打ち出せたのがBPaaSという概念です。まずは簡単に業務をアウトソースしていけることのメリットを、感じていただければと思っています。

──では最後に一言ずつ、井上さん、森さん、早船さんの順にお願いします。

井上CVCやM&Aはあくまでも手段だということを再度申し上げたいです。弊社としては将来のスーパーアプリ化に向けて、まずはいろいろな会社と連携し、中小企業マーケットの課題を解決していければと思っています。1社で担えるマーケットではないので、皆さんと担っていきたいですし、興味のある会社さんはぜひご連絡をいただけると嬉しいです。

企業でM&AやCVCを始めたいと考えられている方、すでにされている方、スタートアップの方、いろいろな角度からディスカッションしたいと思っています。ぜひお気軽にご連絡をいただければと思います。

早船2つ観点があると思っています。私はChatworkのような取り組みがすごく好きなんです。Chatworkや他のSaaS企業が着実に進展することで、今まで多くの時間をかけていた業務が短縮化され、多くの良い変化が着実に起きると思っているんですね。

単純にビジネスチャットを展開しているというよりは、日本の中堅中小企業の生産性を向上し得るという視点で見ていくと、より楽しみに見られるのかなと思っています。

あとは、やはり日本のスタートアップエコシステム全体にもM&Aみたいなイグジットが成熟していくのは非常に重要なことだと思っていますので、先駆者という位置づけでもChatworkの活動に今後も注目していきたいと思っています。

こちらの記事は2023年10月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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