運命の「分解」から、名匠との⻭⾞が動きだす──“名品”には魂が宿る。DualSense®開発者がソニーからビットキーへ入社した理由

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インタビュイー
五十嵐 健

1996年ソニー(株)入社、ホームオーディオ用MDメカデッキ、小型二足歩行エンターテインメントロボットQRIO®の開発に従事した後、2005年にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE、現SIE)に移り、PlayStation®3のBDドライブのメカ設計リーダーを担当。PlayStation®4からはDualShock®4をはじめとするPlayStation®のペリフェラル製品全般の開発・設計を統括。PlayStation®5ではDualSense®ワイヤレスコントローラーやPS VR2 Sense®コントローラーなど多数のペリフェラル製品の開発・設計統括を担当。2025年よりビットキーへ入社。

営業は、何を売るのか。

「製品の機能」を売るのか、「ソリューション」を売るのか。それとも、もっと根源的な何かを売るのか。エンプラ営業という知的格闘技の世界に生きる者ならば、この問いの深さはわかるはずだ。自分が誇りを持てないものは、決して一流の顧客には届かない。

ビットキーが採用したのは、PlayStation®5のDualSense®ワイヤレスコントローラー(以下 DualSense®)など数々の周辺機器の開発を統括した五十嵐健氏だ。ゲーム業界において世界市場をリードするソニーのハードウェアエンジニアが、なぜ設立数年のスタートアップへ転じたのか。その答えの中に、ビットキーの営業が胸を張って戦える“Maker”としての正体が、隠れている。

  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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運命の「分解」。
名匠・五十嵐健との、あまりに劇的な出会い

それは、ビットキーが次なるハードウェア開発の責任者を切実に求めていた頃のことだ。CEOの寳槻昌則氏は、ある「理想のエンジニア像」を共有するため、CHROの佐藤邦彦氏を会議室に呼び出した。

佐藤氏が扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。テーブルの上には、家電量販店で買ってきたばかりのゲーム機PS5®と、2台のDualSense®。そして、そのうちの一つは、丁寧に「分解」され、内部構造が剥き出しになっていた。

「佐藤さん、これを見てください。まずは少し触って、遊んでみてほしいんです」

提供:株式会社ビットキー

寳槻氏は佐藤氏にゲームをプレイさせた後、熱を帯びた声で語り始めた。比較対象として他の家電製品も分解して並べてあったが、その差は一目瞭然だった。他社製品がプラスチックの空洞の中にパーツを詰め込んで接着剤で固定しただけに見えるのに対し、DualSense®の内部は、美しさと合理性が極限まで突き詰められていた。

寳槻この密度、この整合性を見てください。膨大な仕事量の果てにしか生まれない、圧倒的な「説得力」がここにあります。世の中にある多くのデバイスは、中身がどこかスカスカです。しかも、残念ながら多くは作り手の執念も想像力も感じられない。そんな道具を、私たちの営業に「自信を持って売ってこい」とは言えません。佐藤さん、ビットキーに必要なのは、こういう「名品」を創れる人間なんです。

寳槻氏がそこまで熱狂するのには、明確な理由があった。スマートロックも、これから生み出そうとしている製品も、世の中にはまだ「正解」がない。誰も答えを知らないフロンティアを切り拓くには、地を這うような創意工夫でプロダクトの真理を射抜ける、本物のエンジニアが不可欠だったのだ。

それからしばらくして、佐藤氏が「候補者が見つかりました」と、一人の男を連れてきた。面談の席についたその男の経歴に目を落とした瞬間、寳槻氏は言葉を失った。

あくまで「例」として出していたプロダクトの生みの親が、目の前に現れる。そんな漫画のような運命に、驚きを通り越して笑うしかなかった。

そこに座っていたのは、あの日、会議室で寳槻氏が理想の人物として掲げ、分解してまでその凄さを説いたDualSense®の開発責任者その人──五十嵐健氏だったのである。

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名匠はなぜ、スタートアップを選んだのか

では五十嵐氏自身は、なぜビットキーからのオファーに反応したのか。世界的メーカーで最高峰のデバイスを創り上げてきた人物が、なぜ規模も実績も桁違いのスタートアップへと踏み出したのか。

その答えは、現代のハードウェア市場が抱える「歪み」への危機感にある。

五十嵐最近の製品って、動く部分が少なくなってきているんですよね。電気自動車(EV)とか、スマートフォンのような「動かない板」か。僕は元々、メカ屋として「動くモノ」が好きなんです。手のひらの中でモーターが駆動し、物理的にカシャカシャと動く精密機器。そういうメカトロニクスを感じられる製品が、世の中からどんどん減ってしまっている。これが寂しくて。

五十嵐氏にとってスマートロックは、現代に残された数少ない「手のひらサイズの動くメカ」の一つだ。自身のエンジニアとしての原点──動くものへの愛着を注ぎ込める、最後のフロンティアとも言えた。

そして入社を決定づけたのは、選考の場で触れた寳槻氏の言葉だったという。

五十嵐面接で寳槻さんから最初に聞いた話が、すごく印象に残っています。

「会社というものは、究極のところ漢字一文字、あるいは動詞一語で表現できるんじゃないか」と言うんです。銀行だったら「貸す」、小売だったら「売る」、ゼネコンなら「建てる」。

じゃあ、うちの会社は何なのか。テック企業とかSaaSとかの分類ではなく、「自分たちの手で製品を生み出すこと」がエンジンになっているから、アイデンティティは「Make(創る)」。つまり、IT企業である以前に「Maker」なんだ、という再定義でした。

その言葉を聞いた時、「ああ、この会社は真剣にMake、モノづくりに向き合っていこうとしているんだな」と直感しました。

「Maker」という一言に込められた哲学の重みを、五十嵐氏はエンジニアとして骨の髄まで理解した。スペックを満たすだけなら誰でもできる。しかし、ものに魂を込めるかどうかは、創り手の哲学次第なのだ。

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「忘却」という最高の賛辞──製品への哲学

入社後に五十嵐氏が改めて共鳴したのは、寳槻氏の製品哲学だった。それは、エンプラ営業が顧客へ届ける「価値の本質」にも直結する思想だ。

五十嵐寳槻さんが「DualSense®」というハードウェアのすごさを一言で表すなら「没入」だと言うんです。「ゲームをやって盛り上がっている時、プレイヤーはコントローラーの存在を忘れている。書道家が筆の存在を忘れるように、道具が身体の一部と同化する瞬間こそが究極。その境地に至っているのが「DualSense®」だ」と。

開発者として、これほど嬉しい評価はなかったですね。

「忘却」させる製品を創ること。それはエンジニアが追い求める最高の境地だ。だが、この哲学はビットキーのスマートロックにも、そのまま通底している。

五十嵐スマートロックも同じ考え方なんです。

自動車マニアを除けば、運転中にエンジンの存在を意識している人は少ないのではないでしょうか。でも、エンジンやブレーキという「重要部品」が最高品質で動き続けているからこそ、安全に、快適にドライブができる。

スマートロックも、「鍵を開ける/閉める」という行為すら意識させず、「忘却」させるのが理想。ユーザーがその存在を忘れて、暮らしや仕事の重要な場面に没頭できる状態を作る──そういう製品を創りたい。

さらに五十嵐氏は、キャリアの集大成への思いを語る。

五十嵐若い頃は、純粋に「動くモノ」を自ら考えて創る楽しさに夢中でした。でも、キャリアを重ねて、今は「エンジニアとしての残りの時間」を意識するようになりました。世界中の人々を喜ばせるエンタテインメント製品に携わることは、もちろんやりがいのあるキャリアではありました。

そしてこれからは、「なければ生活が成り立たない」ような、人の暮らしを足元から支えるインフラを創ることに挑戦したい。そう強く思うようになりました。

「生活インフラ」として社会に溶け込む製品──それは、ビットキーが提唱する「社会実装」の最終形そのものだ。名匠が残りの時間と情熱を賭けるに値する舞台として、ビットキーを選んだ。これは製品の強さを、何より雄弁に語っている。

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まだ「一本目の線」も引かれていない──白紙の図面に挑む意義

ビットキーがスマートロックの提供を始めて7年以上が経つ。「基本的な仕様はすでに固まっているのではないか」という声もあるだろう。だが五十嵐氏は、「全くそんなことはない。むしろここからが本番だ」と断言する。

五十嵐スマートロックというものの開発は、まだまだ入り口の段階です。

炊飯器や一眼レフカメラは、「ご飯を炊く」「写真を撮る」という体験の「正解」がすでに確立されている。その一方で、スマートロックがConnectした先にある「暮らし」や「働く」という体験の最終形は、まだあらゆる可能性がある。白紙の図面に鉛筆で「一本目の線」を引くような、純粋な創造行為がここにはある。

エンジニアにとって、これほどヒリヒリして、面白いフロンティアはないはずです。

「一本目の線を引く」プロダクト。これは、エンプラ営業にとっても意味深長な言葉だ。マンモスとも呼ぶべき巨大企業群の「5年後、10年後の社会インフラ」を一緒に描く提案ができる。前例のない地図を持った者だけが、この会話を顧客とできる。

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営業が工房へ入り、開発が商談へ出る──ワンチームという盾

名品が生まれるためには、もう一つ不可欠な条件がある。それは「創る者」と「届ける者」が真に一体化していることだ。多くのメーカーでは、開発と営業はビルごと別れ、分断されている。だがビットキーは違う。

五十嵐「開発が創ったものを、営業が売る」というわけじゃないことが新鮮で、おもしろいですね。

顧客からのフィードバックを営業が持ち帰り、開発と一緒に仕様を練り上げる。逆に、開発者が商談の場に出て、直接顧客の熱量を感じることもある。「営業は売る人」「開発は創る人」というよくある分業が、ここにはほとんどないんです。

寳槻さんがよく言うのは「うちは以前からずっと、営業が工房に入り、開発が商談に出る会社だ」ということ。全員が「Maker」であり、全員が「Business Producer」である。その総力戦で挑めるのが、今のビットキーの面白さなんです。

この構造が、営業にとって何を意味するか。

名品の構想から誕生に立ち会い、その生い立ちと哲学を体に染み込ませた上で、顧客の元へ出向く。スペックシートを読み上げる「御用聞き」ではなく、製品の魂を伝える「語り部」として商談に臨める。それがビットキー流のエンプラ営業だ。

顧客企業の中期経営計画を読み解き、組織内のキーマンを見極め、担当者が役員会でスムーズに承認を得るためのロジックを一緒に組み立てる──そうした「マンモス攻略」の緻密な営業活動を支える「盾」として、五十嵐氏が宿した魂のプロダクトが存在する。

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名品を世に広める、それが騎士の使命

京橋のビットキーオフィスの一角に、秘密のラボがある。バラバラに分解されたゲームコントローラー、3Dプリンター、電子顕微鏡、無数の工具。パッと見は大学のロボットサークルのようだが、そこに込められた情熱と投資の密度は、まるで違う。

五十嵐氏という名匠が、残りの10年を賭けた場所。寳槻氏が「プロポーズ」と呼んだほどの覚悟で口説いた人物が、心血を注いでいる現場。

営業として、ここまでの「盾」を持てる仕事が、他にどれほどあるだろうか。

「この人が創るプロダクトなら、絶対に本物だ」。そう確信した上で巨大企業の門を叩く。スペックシートより先に、自分自身の確信を語る。それが、ビットキーのエンプラ営業が持つ、唯一無二の強みだ。

スマートロックの新たなフェーズはまだ始まったばかりだ。白紙の図面に最初の線を引く場所に、あなたは立てるだろうか。

次の記事では、組織崩壊の危機になったビットキーに参画したCHRO・佐藤邦彦氏が登場する。一度はオファーを断った彼を動かしたのは、経営陣の覚悟と「三位一体」のチーム体制。画一的な評価を捨て、個人の「あり方(Being)」を尊重するスタートアップの常識を覆す制度など、離職率を劇的に改善させた組織変革について掘り下げていく。

こちらの記事は2026年02月27日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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藤田 慎一郎

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