【独占】クラウドサイン橘大地氏がついに独立・起業。日本企業を超進化させるHRコンパウンドスタートアップ・PeopleXで描く構想と野望を聞いた90分ロングインタビュー

インタビュイー
橘 大地
  • 株式会社PeopleX 代表取締役 CEO 

2010年東京大学法科大学院卒業。弁護士資格取得後、株式会社サイバーエージェント、GVA法律事務所にて弁護士として企業法務活動に従事。2015年に弁護士ドットコム株式会社に入社し、クラウド契約サービス「クラウドサイン」の事業責任者に就任。2018年4月より同社執行役員、2019年6月より取締役に就任。2024年株式会社PeopleXを創業し、代表取締役 CEOに就任。

新しく出ていくものが、無謀をやらなくて、何が変わるか──。幻冬舎・見城徹氏の名言を引き合いに出しながら、特別に語ってくれた、これからの壮大な挑戦の内容。「橘氏ならきっとやり遂げるのだろう」というこちらの楽観的な期待をよそに、あくまでも“新進の起業家”として、謙虚に、言葉を選びながら、その戦略と構想は語られた。

国内でもトップクラスの成長を実現してきたSaaSプロダクトの一つ、クラウドサインを牽引する橘氏が2024年4月、ついに弁護士ドットコム以外での挑戦を本格化させた。新会社はPeopleXと名付け、HR領域のコンパウンドスタートアップを構想する(新設されたコーポレートサイトはこちら)。まずは従業員のキャリアパスとエンゲージメントそれぞれに焦点を当て、一気に複数のアプリケーションを展開していくというサービスLPはこちら。ここからして“無謀”である。

だが一方で「すでに実績を残してきた事業家だから、こうした“無謀”とも言える挑戦ができる」とも言える。では具体的に、どのような戦略を描いているのだろうか?そして、そもそもなぜ今、新たにゼロからスタートアップを始めたのか?その想いを深く聞いた。

  • TEXT BY AYAKA KIMATA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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「グローバルで戦えるレベルのスタートアップ」が生まれていない日本

日本でも、上場企業レベルでSaaS事業の責任を背負う経験者が増えてきています。ですがその一方で、これらの経験者が起業に踏み出すケースは非常に少ないです。

「なぜ今、橘氏はついに起業に踏み切ったのか」。そんな疑問を紐解く前に、社会認識について尋ねたところ、このような返答となった。

グローバル市場で競争力を持つ企業が、日本からなかなか出てこない。橘氏はそんな現状に対する課題意識を示しつつ、大きな理由として「アントレプレナーの数の不足」を指摘するのだ。

橘氏の認識ではアメリカにおいて、たとえば大きな市場規模と見込まれる市場で、1つの事業ドメインに対して100個程度のSaaSプロダクトが存在し、それらが熾烈な競争を繰り広げている。Product HuntG2Capterraといったプロダクト評価プラットフォームでその様子を見ている読者もいるだろう。橘氏もまさに、そうしたプラットフォームから知見や刺激を得て、これまでの事業や今回の起業を進めてきた。

このような世界基準の競争と比較すると、日本のSaaS市場はいまだ発展途上であるのは間違いないだろう。

やや大げさに表現すれば、アメリカでは、日本ではまだ1つのSaaSもないカテゴリーにも、100個くらいのSaaSがひしめいている。そしてそんなカテゴリーがまだ広大に存在する、と考えています。つまり、日本の市場にはまだまだ多くの未開拓の機会が眠っているわけです。

このように、挑戦すべき場所は多くある。なのに、挑戦するアントレプレナーが十分に増えていないと現状認識しています。

だから兎にも角にも、アントレプレナーの数が増えていく必要があると思います。

橘氏と言えば『クラウドサイン』。SaaS事業家としては国内で5本の指に入るほどの実績と経験を持つと言っても過言ではないだろう。さらに弁護士ドットコムにおいてはもう一つ、『Meeting Base』というSaaSプロダクトを2023年に新たに立ち上げた。そして満を持して、自ら起業する道を歩み始めたのがこの2024年だ。

さあ、起業の話へ……という気持ちをまだもう少し押さえ、せっかくなので「クラウドサイン時代の振り返り」を聞いてみたい。

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「経営者、兼、事業家」だった橘氏

決算説明資料などによると、『クラウドサイン』は2024年3月期第3四半期だけで売上が約14億2,100万円。つまり年間売上は単純計算で60億円近くにのぼり、国内SaaSの中でもワンプロダクトではトップクラスの規模を誇る(弁護士ドットコム 2024年3月期第3四半期 決算説明資料などを参照)。

特に手ごたえを感じているのは、適切なタイミングでの思い切った投資です。

当時の私は、クラウドサインの事業責任者だけでなく、会社全体の取締役を兼任していた立場でした。単一事業のみならず会社として複数事業まで視野を広げた目線での投資を検討することが難しかったのですが、そこで良い意思決定をできたのではないかと思います。

「会社として複数事業に視野を広げた投資」とは具体的にどのような意味なのだろうか。

一般的に、事業責任者は単一事業内のP/Lの範囲内で、新たな投資施策を検討することになる。だが取締役という立場であれば、企業として数年以上先を見据えて企業価値を最大化していくための利益配分・投資配分まで当たり前に検討することが求められる。

単純に言えば、黒字になっている他事業の利益を活用し、敢えてクラウドサインで赤字になるほどの投資を検討することが可能ということになる。

そうした選択肢を鑑みながら数々の大きな意思決定をしてきた。取材では「難しかった」と端的に述べた橘氏だったが、その「難しさ」は我々には計り知れないものだろう。

特に重視したのは、「ユーザーの声」に即した投資です。

多くのプレーヤーが参入している電子署名業界において、クラウドサイン事業はどの競合にも先駆けて、テレビCMを始めました。

この意思決定につながったのが、ユーザーからの「クラウドサインを世間一般に普及させることで、使いやすくほしい」という声なんです。

たとえ、クラウドサインというプロダクトがどれだけ多機能で便利なものになっていたとしても、相手方の承認がなければ使用できません。ここが、プロダクトの導入を広げるための一番のキモだったんです。そのため、市場においてクラウドサインの認知をとにかく早く広げ、シェアを獲得していくことが、覇者となる道なのだと考えました。

同社は2019年に初めてテレビCMへの投資を行い、その後もコロナウイルス蔓延により在宅勤務需要が高まったこともあり非常に多額の予算をCM等での認知拡大に投じるという大胆な戦略を実行してきた。全ては顧客の声に応えるためである。

その結果として、「電子契約を結ぶ」と同じ意味で「クラウドサインする」という言葉を使う人が増えているのだと感じた読者も少なくないだろう。

今になってようやく、当時を振り返って「あの時の意思決定は正しかった」と思います。

そして、橘氏は経営家として大切なことを同じような起業家が増えてほしいという想いを込めて熱く語り続ける。

経営で大切なことは「企業の全体像を俯瞰し、複数の事業にわたる成長戦略を考えること」です。新規事業に対するアプローチでは、単年度の売上予測だけに頼るのではなく、5年先までの長期的なビジョンを持つのが基本ですね。具体的には「10億円の投資が5年後にどのようなリターンをもたらすか」を見極めるのです。

現在の業績に集中するだけではなく、将来の成長ポテンシャルや持続可能性に目を向けるのが起業家の最たるものだと思います。

一方で、事業家と経営家を兼務した経験についてはこう語った。

視点が異なる2つを兼務することはレアケースです。私は、特殊な経験をしたと感じています。

多くの場合、取締役が企業全体の戦略やガバナンスを担い、事業責任者は執行者として特定の事業やプロジェクトの運営に専念する。そんな中、橘氏は両方の役割を担うことで、事業家としての実践的な視点と、経営者としての戦略的な視点を兼ね備えることができたと振り返る。

ただ事業家と経営家の二足の草鞋は日本では珍しく、そもそもそれが可能な環境も少なければ、うまく立ち回れる存在も少ないだろう。このレアケースを経験することは大きな成長につながりそうでもあるが、橘氏は冗談を交えず真面目な口調で「正直、おすすめはしない」と指摘する。

やはりこの両立は非常に難しく、安易におすすめはできません。そもそも私のこのキャリアは希望というより、与えられた役割に一つひとつ答えていった結果としてこうなっただけです。

取締役として3〜5年のスパンで物事を捉えることと、事業家として単一事業を伸ばすことは、相反することもあるでしょう。

この2つの意思決定権限を同一人物が持っている状態を維持する難度は非常に高く、私もまわりにも迷惑をかけた部分があるように思います。もし、自分よがりな成長を理由にこのキャリアを歩みたいと言うのなら、やめたほうがいいと思います。

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日本企業が初めて直面する「中途採用中心」の時代、PeopleXが見据える社会課題とは

そんな『クラウドサイン』時代に最もこだわってきたのが「人材育成」だったという。最近は年間100人以上を採用。毎月10人単位の入社があった。そんな日々で感じた課題が、PeopleXでの事業構想につながっていく。

とにかく「人材育成」の日々でした。金銭も時間も投資して妥協せずに取り組んできました。だからこそ、優れた事業家が社内にたくさん生まれ、戦略が机上の空論にならずに事業成長を現実のものにできました。テレビCMへの投資決断だって、優れたメンバーがいたからできたわけです。

「人」に焦点を当て、「人」に対して投資し続けた結果が、『クラウドサイン』の普及として現れたのだと感じています。

つまり、「優秀な人材を集め、彼らの能力を最大限に引き出すことが、組織全体のパフォーマンスを向上させ、最終的に事業の成功に大きく貢献する」ことを、『クラウドサイン』という事業で証明してきたわけです。

人が育つメカニズム、スキル向上、チャンス獲得。橘氏が8年以上にわたって取り組んできた蓄積が、PeopleXでの構想に直結している。

日本企業の多くが今、「中途採用者の定着問題」に直面しています。『クラウドサイン』のユーザーからもこうした課題についての悩みを多く聞いており、大きな課題なのだと感じるようになりました。

日本企業はこれまで、新卒一括採用とジョブローテーションに依存してきました。このシステムは従業員に多様な経験を提供できるメリットがある一方で、個々のキャリアパスの不透明さを生み出しています。

従業員が自身のキャリアの方向性を見失うことが、今後、日本企業の成長を妨げる要因になり得ると危機感を覚えました。

ファクトベースでも確認していこう。年間採用数に占める中途採用の割合は、2010年には10%程度だったにもかかわらず、どんどん上昇し、2023年には40%程度となっている。あとほんの数年で、50%以上が中途採用になるという見通しも立つ。数十年もの間変わらなかった採用の構造が、このたった十数年で大きく変貌したわけだ(日本経済新聞「中途採用比率、最高37% 7年で2倍に」から)。

一方で、中途採用者の3年以内離職率は35%という調査結果もある(BizReach withHR「早期離職はなぜ起きる? 中途社員の離職率や理由別対応策を紹介」から)。見逃してはいけない課題が、現場にはやはりあるようだ。

この現状に対して橘氏は「我こそが」という面持ちで語る。

この壁は、日本のビジネス界にとって初めてのシチュエーションです。だからこそ投資が集まるべき分野だと確信しています。

実際にグローバルでは1.1兆円の市場規模がすでにあり、アメリカには参入企業が多数います。ですが日本ではまだほとんど参入がない状況ですから、ブルーオーシャンだと捉え、取り組みます。

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思い描く「Employee Success Platform」の姿──企業パフォーマンスの抜本的な向上を目指すSaaS群へ

PeopleXでは「Employee success platform」と呼ぶ革新的なSaaSプロダクト群『PeopleWork』を、コンパウンドスタートアップとして提供します。

さしあたって解決していく課題は、従業員のスキルアップとエンゲージメントの向上。これを通して企業の生産性を上げ、総合的なパフォーマンスを向上させるのが狙いです。

『PeopleWork』のトップページのイメージ(株式会社PeopleX提供)

労働市場の構造変化を睨みながらも、入社後の動きにフォーカスを当てたプロダクトを開発していくという。中途採用者の増加と定着問題に効果的に対応することができれば、企業はより柔軟に多様な人材を活用し、総合的な競争力を高めることができるはずだと見ているためだ。

従業員のスキルアップとエンゲージメントの向上によって、一人ひとりがキャリアパスを自由に描くことができるようになるはずです。そうなったほうがより本質的で積極的な会社への貢献が生まれ、企業の成功可能性も高まる。こうしたことを通じて、日本企業を、より効率的かつ競争力のある組織へと変貌させていきたいです。

初期段階の戦略では中途採用者の定着化に焦点を当てています。オンボーディングプロセスを改善することで、中途入社した社員が迅速に職場に適応し、即戦力として活躍できるよう支援することが目的です。

オンボーディングの課題を解くプロダクトはまず、人材育成の専門知識に基づいて構築される。

新卒社員の場合、入社初日から配属までの6ヶ月間にわたる徹底した研修がありますよね?それもプロダクトには組み込みます。即戦力化に向けた投資と言えるでしょう。

そして中途採用者も同様のプロセスをある程度適用しつつ、職種に特化したオンボーディングを組み込むことで、より早い即戦力化がなされるようにしていきます。

こうしたことが、各企業の各担当者の創意工夫によってなされてきたわけですよね。なので、ムラや無駄が多くあるはずなんです。現場も大変でしょう。私も苦労しました。でも海外に目を向けてみると、すでにプロダクトの力で効率化が進んでいる分野なんです。

プロダクトのプロトタイプ(株式会社PeopleX提供)

と言っても、eラーニングやリスキリングといったかたちで、すでに日本にもプロダクトが生まれているようにも感じられる。そんな疑問もぶつけてみた。

そもそもの性質が異なります。たとえばeラーニングやリスキリングは、一般的な教育コンテンツに重きを置いています。しかしながらそこからの応用は、現場での試行錯誤や自社内の生きたコンテンツが必要です。

我々が提供するSaaSプロダクト群では、それぞれの企業における製品やビジネスモデルに応じてカスタマイズされた学習内容が提供されることになります。たとえば『クラウドサイン』事業で言うと、「顧客コミュニケーションの仕方」や「見積書の作成方法」のような一般的なコンテンツよりも、クラウドサインという製品をいかに法務部門に理解いただくかの営業コンテンツや行政の予算制度に対する提案方法といった具体的な業務知識を網羅的に提供するという構造の方が多くの企業にとって効率的です。

このように性質が異なるからこそ、一般的なeラーニングプラットフォームとの提携も前向きに検討しています。グローバルなコラボレーションを目指したいですね。

そして、中長期的にはリスキリング、スキルアップ、キャリアモビリティ支援など、従業員のキャリアパスに関連する多様なプロダクトを展開する構想だ。従業員のキャリア成長も、より強くサポートされるようになるかもしれない。

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コラボレーションラーニングを活用した革新的オンボーディング──社内スキル共有とコミュニティ形成で組織成長を加速

そしてもう一つ、「コラボレーションラーニング」という概念を取り入れることも、PeopleXの特徴だ。

オンボーディングコンテンツの提供のみならず、その裏側や横軸といった観点のアプローチも同時に進める。これまで普及してきた「人材管理システム」を大きく進化させる意味合いもある。

たとえば、「Pythonを扱えるエンジニアが何人いるのか」という情報って、すぐにわかりますか?わかりませんよね。でもそうしたことが簡単にわかるようになるのが、我々のSaaSプロダクト群の特徴になっていきます。

業務運営に直結する情報や資料の共有ならもちろん、当たり前に行われているだろう。だが、それが企業全体の資産として蓄積・認識されているだろうか?橘氏が問うのはこの観点だ。

PeopleXの構想では、あらゆる研修の受講記録や、個々人のスキル、過去の経験などが一元化され、誰もが直感的にアクセスし、把握できるような仕組みを整えるという。

学習コンテンツだけでなく、個々人の経験やスキル、キャリアパス、学習意欲まで可視化することで、育成・成長が促進され、組織全体が強くなっていく。このようなボトムアップのコラボレーションが巻き起こっている構造を提供したいんです。日常的に更新される社内ニュース、社員の異動や新入社員の紹介、会社全体の最新情報なども統合していきます。

まるでSNSのような感覚で、仕事の話のみならず、同じ趣味の社員同士で集ったり、社内で注目されているトレンドをリアルタイムで把握して新たなアイデアを得たり、といった手軽なコラボレーションを多く生み出したいんです。

「コラボレーションラーニング」という概念は、アメリカで「Human Connection Platform」とも呼ばれ、いくつものプロダクトが普及し始めている。社員間のコラボレーションを促進し、会社内のコミュニティを形成。従業員のエンゲージメントと組織のパフォーマンス向上に寄与するのだ。「人材管理システム」とは明らかに異なる考え方のプロダクトと言えるだろう。

「社員一人ひとりのモチベーション」について悩む企業も多くいます。ここに対するソリューションにもなるでしょう。社内外のトレンドをいち早くキャッチし、自分を奮い立たせるような状態が自然と生まれるようにしていくんです。メンバー側は新たな学びを模索するようになるかもしれませんし、企業側は採用戦略や人材開発計画に活かすこともできます。

我々のSaaSプロダクト群は、モチベーションを向上させ、かつ継続させるツールにもなります。単なる人事プラットフォームではなく、組織の知識共有と成長を促進するものにしていきます。

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「時代の先」を見て、無謀な挑戦を

起業経験こそないものの、実質的にはシリアルアントレプレナーとして新たな事業を始める橘氏。緻密な戦略を、大胆に実行し始めている。

たとえばファイナンス面。2024年のシードラウンド完了を目指して動いている。それも、このラウンドから大規模な資金の調達を目指し、投資家との交渉を重ねている。資金使途は、エンジニア、UXデザイナー、事業責任者など重要なポジションの採用である。

最初から経験豊富な責任者レイヤーを何人も採用し、チームを構築していきます。このことが組織戦略において重要だと考えています。初期段階から強固な基盤を築くことができる、効果的な組織戦略だと考えています。

そのため採用戦略について、現在はリファラルを重視。特に現在、エンジニアやデザイナーはほぼ全員がリファラルだ。

最初のPMFは、2024年6月のプロダクトローンチから3ヶ月を目標に設定しており、ここにも野心的な挑戦が垣間見える。ただPMFの達成はあくまでアクションに基づいた結果にすぎないので焦らず、慎重に進める姿勢だ。

将来的には大規模なプロモーション戦略も目論む。適切なタイミングと十分な投資があれば、大きなマーケティングキャンペーンもありえ、この思考は弁護士ドットコム時代のクラウドサインでの経験に基づくものだ。

そのためにまずは、プロダクト開発と営業、マーケティング、そして採用に焦点を当てる。

営業に関して、初年度の商談は全て私が行います。理由は、顧客との関係を築くためです。売り上げだけに目を向けるのではなく、セカンドプロダクトのアイデアを得る必要があります。積極的に、広く、顧客の声を拾い上げていきたいですね。

営業現場に行くことを厭わないどころか、マーケティングにおいても全てのバナーを自身で確認するほど。製品においてクリエイティブとUXを重要視しており、弁護士から起業家として活躍する経歴とは異なる一面、興味深いギャップだ。

組織体制の面でも、構成される社員は彼よりも年上で、経験豊かな専門家ら。SaaS業界や営業、人材育成の分野で長年の経験を持つ人物たちが集まってきている。特に上場企業や著名スタートアップ企業のCHROクラス、人事責任者クラスなど、今後公表されていく予定とのことであるが、HR業界の経験者たちが集結し始めている。

ここまでの内容に、改めて“無謀”と感じる読者も決して少なくないだろう。橘氏のような経験豊富な事業家でも、成功するかどうかはわからないかもしれない。だが、これだけは言えるだろう。橘氏が、途中で投げ出したり諦めたりすることはないだろう、と。

たとえば孫正義さんが言っていたように、「豆腐みたいに1兆、2兆と数えられる」ほどの状態を当然、妥協することなく目指していきます。

一方で、「最も尊敬する経営者は?」と聞かれれば、弁護士ドットコム時代に師事した元榮太一郎を真っ先に挙げます。弁護士資格を持った上場起業家は、私の知る限り元榮しかいません。だからこそ彼のもとで成長したいと思い、当時29歳で弁護士ドットコムに転職しました。そこから9年弱、ともに歩んだ中で気づいたことは「時代の先を見ること」の重要性です。

今でこそインターネットで弁護士を探すのは定着しているものの、創業当時(19年前)での参入は明らかに早いですよね。実際に上場まで13年かかっているので。しかしそれまで耐えて、仕掛けて、その時期がくるのを待つのが元榮の経営スタイルです。

クラウドサインの参入も2015年で、明らかに早いです。結果的にコロナの影響でリモートが普及し追い風となったが、それは予想しえないことなので。

「時代は来るけど、いつくるかは分からない。その時を耐えて待つ。そのタイミングが来た段階で万全な準備が終わっている状態にしておくことが大切」と言っていました。この想いを、今も胸に抱いて挑戦していきます。

最後に橘氏は日本の、そして世界のビジネスを背負う覚悟を持った面持ちで、こう語った。

スタートアップだからこそ、一人ひとりが“無謀”な挑戦を繰り返していかないといけない。リスクあるからこそスタートアップとしての意義が成り立つと思うんです。

これからも、「新しく出ていくものが、無謀をやらなくて、一体何が変わるだろうか」と自分自身に問い続けながら進んでいきます。

こちらの記事は2024年04月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

木全 彩花

写真

藤田 慎一郎

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