未来を作る事業なら「法改正に先回り」もアリ?
クラウドサインが10万社に広がったヒミツは“法律にあえて準拠しない決断”に【社長・内田陽介×取締役・橘大地】

インタビュイー
内田 陽介
  • 弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長 

2000年慶應義塾大学商学部卒業し、同年三菱商事株式会社入社。その後、株式会社アイシーピーに入社し、IT系ベンチャー企業への投資後における育成を担当。2000年12月より株式会社カカクコムに常駐。2003年11月に株式会社カカクコム入社し取締役、フォートラベル株式会社取締役、株式会社コアプライス(現株式会社カカクコム・インシュアランス) 取締役へ就任する。2014年12月株式会社みんなのウェディング代表取締役社長兼CEOに就任。弁護士ドットコム株式会社へ参画し、外取締役に就任。2017年6月より弁護士ドットコム株式会社 代表取締役に就任。

橘 大地
  • 弁護士ドットコム株式会社 取締役 クラウドサイン事業本部長 

弁護士でもあり、弁護士ドットコム株式会社に入社するまでは企業法務を専門とした弁護士業を行なう。2015年に同社入社後、リーガルテック事業「クラウドサイン」の事業責任者の他、ブロックチェーン技術を活用した「スマートコントラクト・システム」、AIなどのリーガルテック事業の研究開発を担当。

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2020年、政府が「デジタル改革」の大号令をかけた──というと大げさに聞こえるだろうか。

確かに、さまざまなメディアで書面主義や電子契約に関する議論が展開されている。しかし、その本当に意味を知る読者はほとんどいないのではないだろうか。実はどうやら、本当に画期的な変化が起こっているのだという。注目を集め続けている電子契約サービスの運営者が言うには。

契約プロセスのデジタル化を推し進める電子契約サービスでは、弁護士ドットコムが提供する『クラウドサイン』が国内トップシェアを誇る。2015年10月のリリース以降、現在では10万社以上の企業に導入されている。そんな同社の代表取締役社長である内田陽介氏と、取締役であり『クラウドサイン』事業の責任者を務める橘大地氏にインタビューを実施。

語られたのは、ハンコを巡る歴史や、契約業務の変遷、そして「契約業務のクラウド化」という、新たなコンセプトを社会に根付かせた軌跡。そして明らかになった、プロダクト誕生の裏に隠された、法律とITの専門家集団だからこそできた「法に準拠しない」大胆な選択とは。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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147年ぶりの大転換点を迎えた「契約の歴史」

新型コロナウイルス感染拡大による出社自粛ムードが広がった2020年のビジネス界で、新たによく耳にするようになった「リモートワーク」「Zoom」といった数々の言葉。中でも多くのビジネスマンが「なんとなく正義」だと感じていたのが「デジタル化」だろう。事業活動において必ず発生する契約業務においては、よりカタい言葉としての「電子契約」が、なんとなく広まっているという感覚は多くの人が持っているはず。

しかし、実態について正確に把握しているビジネスパーソンは多くないのではないか。そこで専門家の言を借りることにしよう。

2020年は、電子契約元年。本当の意味で電子契約が普及していくきっかけとなる年です。僕たちにとっての真の戦いも、ここから始まると感じています。

圧倒的なマーケットシェアを誇る『クラウドサイン』事業を牽引する橘氏。その口から出る言葉には、日本の契約業務を変えていく旗頭としての強い覚悟が感じられた。

2020年7月、政府は初めて、クラウド上で締結された契約にも法的な有効性を認めた電子署名法の解釈を明確にしたことを指しているのだが、「発表は大きな転換点となった」と橘氏は力強く言う。この重要性を伝えるため、役割が変わりつつあるハンコや契約に関する歴史を知る必要があると、歴史をさかのぼって解説してくれた。

政府による法制定として印章(ハンコ)を普及させるきっかけとなったのは今から147年前、1873年に始まりました。このとき明治政府が出したのは、「文書に印章(ハンコ)を用いること」という発令。

それまでは、契約締結に用いられるのは花押(サイン)が一般的でしたが、識字率が低かったため、他人のサインを読めない人もいた。そこで印章(ハンコ)をサインの代用とする人が増えました。偽造の可能性も当初から議論の対象になっていました。

なにはともあれ、「文書には、花押(サイン)は禁止し、登録した実印しか使えません」とこの時に定められたことが、印章(ハンコ)普及の出発点だったんです。

そして今につながるターニングポイントは、電子署名法の成立。その名の通り、電子署名による裁判上の取り扱いを定めたこの法律、施行されたのは2001年です。

しかし残念ながら、「契約を便利にする法律」とは言えませんでした。

複数の手続きを経て発行される、本人証明用のICカードをデバイスに読み取らせ、それを契約当事者双方が事前に取得しなければならない法律だったからです。ちなみに、この証明書を発行するためにはハンコが必要という皮肉もありました。つまり、いま『クラウドサイン』が可能にした「クラウド上での契約」は想定されていなかったんです。

それが2020年7月の解釈変更によって、クラウドサインのようなクラウド上での契約を電子署名法の範囲に含めることになったんです。今度こそ電子署名、電子契約は普及する。147年前の明治政府の法制定により普及したハンコのように、今回の解釈変更によりクラウドサインが普及すると考えています。

これは約150年ぶりに訪れた、商習慣の大転換点なんですよ。

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法律を深く理解するからこそ、「法に準拠しないこと」を選んだ

それならば、2020年7月に法解釈の変更がなされるまで、『クラウドサイン』は電子署名法に準拠していなかったことになるのではないか。そんな疑問に「その通り。これまで『クラウドサイン』は電子署名法に準拠していません」そう言い切った橘氏。

そう決断して開発したからこそ、10万社を超える企業が導入するサービスになったのだという。

私たちが目指したのは、電子契約を普及させること。もし、クラウドサインのローンチ当時の電子署名法に準拠し、契約を結ぶために双方の契約者が証明書を必要とするようなものにしてしまったら、私たちの考えは実現できないと判断しました。つまり、私たちは法を熟知した上で、“あえて”それに則らないサービスにすると決めたわけです。

私自身も弁護士資格を保有していますし、社内には法律の専門家が多数在籍しています。「準拠せずとも、法的には問題はない」という絶対の自信を持ち、熟議の末、多くの顧客に利用していただきたい、そう考えて、当時の法律解釈とUXを統合した判断により、電子署名法には準拠しない決断を下したんです。

内田とはいえ、法解釈の変更以前までに『クラウドサイン』で締結された契約も、法的には認められてはいるんですよ。なぜならば、民法によって「契約方式の自由」が保証されているから。口約束でも成立するように、基本的に契約は双方の合意があれば形式は問わないと定められているんです。

電子署名法には準拠していないものの、契約の大原則を定めている民法に則る形で、すべての顧客にとって使いやすいサービスにする。これが『クラウドサイン』の初期設計です。

法律を分かっていなければ、法的な有効性が認められないサービスになったかもしれない。あるいは、電子署名法に準拠するあまり、使いにくいサービスになってしまう可能性もあった。ありとあらゆる法律を深く理解している弁護士ドットコムだからこそ、「適法かつ誰にとっても使いやすい」サービスを実現できたのだ。

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法律の知識とITサービスのノウハウで生まれ、情熱によって育てられた『クラウドサイン』

法に必ずしも準拠せず、使いやすいサービスとする──この決断で生まれた『クラウドサイン』は、スタートアップやIT業界を中心に受け入れられた。「優れたUXと利便性の高さを重視する顧客が、ローンチ後にすぐ反応してくれた」と内田氏。

内田私たちは2005年に創業し、法律相談ポータルサイト『弁護士ドットコム』などtoCのメディア事業を中心に展開してきました。メディア運営で培ったUIやUX設計の知見は『クラウドサイン』にも活かされています。

私は弁護士ドットコムに社外取締役としてジョインする2015年までは、IT業界を渡り歩いてきました。正直に言って、法律に関しては全くの素人です。しかし、ウェブサービス運営に関しては、それなりの知見を持っていると思っています。法律が専門外だからこそ、ウェブサービスとしての『クラウドサイン』の設計にフラットな目線で意見が言えたのだと思っていますし、今もそれは変わっていません。

内田氏が事業を運営していく上で、知識や知見よりも重視する要素がある。「情熱」だ。そして、情熱を持ったメンバーが多数在籍していることが最大の強みであると胸を張る。

内田知識やノウハウがあっても、情熱がなければ事業は育たない。情熱がすべてを解決すると考えています。

弁護士ドットコムには、橘のような優秀で情熱を持ったメンバーがいます。橘は私の100倍以上、『クラウドサイン』について考えている。私の仕事は、メンバーにあれこれ口を出すのではなく、任せること。情熱をもって事業やプロダクトに向き合えるメンバーが多く集まってくれていることが、何よりも嬉しいですし、それが最大の強みになっています。

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ネットワークがあるからうまくいく、とは限らないのが新規事業

創業以来、toC事業を展開してきた弁護士ドットコムが、『クラウドサイン』でtoB事業に乗り出したのは、どのような経緯があったのだろうか。

内田社会により貢献し、会社としての志を遂げるためです。私が正式にジョインしたのは2015年10月。これは『クラウドサイン』のリリースと同じタイミングですが、それ以前から新規事業に関するディスカッションに参加していたんです。

2014年に弁護士ドットコムは東証マザーズへの上場を果たしました。しかし、それはあくまでもスタート。社会に対してより高い価値を提供するためにどんな事業を展開すべきなのか、喧々諤々の議論があった。

サービスとしての『弁護士ドットコム』は国内にいる弁護士の45%が登録するサイトにまで育っていました。創業者の元榮太一郎は弁護士であり、橘のようなメンバーも在籍していたので、法律に関する領域にさらに挑まない手はないのではないかと。

元榮自身も弁護士から起業家に転身し、会社を運営する中で多様な業務がクラウド化しているにもかかわらず、契約締結業務は昔から何も変わっていないと感じていたそうです。実体験を通して負を感じていたこともあり、契約締結のクラウド化を推進する事業を立ち上げることが決まりました。

『クラウドサイン』のリリース当時は「クラウド上で契約を完結させる」といった考え方自体が、突飛なものとして受け取られたことは想像に難くない。当然、事業のグロースは困難を極めた。

内田書面主義の中で電子契約を広げていくのは簡単ではないと思っていましたし、それは今も変わりません。利用が社内だけで完結するサービスであれば、担当者が「使いたい」と思えば導入してもらえます。しかし、契約は常に、企業や組織をまたいだ二者間で行われる。

ある会社が導入したいと思っても、相手方に「そんなサービスは使いたくない」と言われてしまえば成り立たない。導入社数は簡単に拡大しないと想定していましたし、事実、苦戦しました。

「ネットワーク外部性があるから、サービスが広がりやすくていいね」と言われることがあるのですが、そんなことはないんです。ネットワーク外部性は、良い方にも悪い方にも作用しうる。導入企業の取引先が「NG」なら解約が生じてしまいますし、そもそも「取引先から理解されないのではないか」と躊躇する顧客も発生しやすい。ここにも『クラウドサイン』の難しさを感じましたね。

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「何ができるのか」をニッチでも明確にすれば、マーケットの信頼に

では、いかにして10万社を超える実績をつくり出していったのだろうか。「ローンチ当初に取ったのは、ニッチ戦略だ」と橘氏は明かす。

サービス開始から3年ほどは、企業の法務部門ではなく、営業部門にターゲットを絞りました。営業が成約時に取り交わす申込書の業務効率化にフォーカスしたんです。

セールスの効率化をテーマとしたイベントに登壇し、「インサイドセールス三種の神器を使いましょう。『Salesforce』でデータを管理し、『ベルフェイス』で商談し、『クラウドサイン』で契約を締結する」と。まずは、営業活動を効率化するツールとしてアピールしていったんです。

内田ウェブサービスのグロースでは「何ができるのか」を明確にすることが、とても大切だと思っています。『クラウドサイン』は法務が扱うような契約も締結できる仕様になっていましたが、「なんでもできる」と謳うサービスは、現場では「何もできない」と捉えられてしまうことが多い。

まずは「ある特定業務しか対応できないけれど、このサービス以上に効率化できるサービスはない」といったポジションを築くのが大切。顧客の信頼を得られれば、徐々に利用していただく範囲も広がっていく。『クラウドサイン』は申込書締結に特化したサービスとしてマーケットの信頼を得て、そこから提供価値を広げていったんです。

彼らが現在もっとも注力しているのは、カスタマーサクセス。特徴的なのは、製品の機能説明や使用方法に関するサポートだけではなく、契約フロー改善や取引先への説明会の開催もサポートしている点だ。特にこういったサポートを求めるのが大企業だという。専任のカスタマーサクセスチームを組織し、業務改革に伴走している。

大企業で業務フローが確立されていると、クラウド化させるのはとても難しい。『クラウドサイン』を導入したものの、何から手を付けなければいいのか分からないことも少なくありません。そういった顧客をサポートしていきたいんです。

具体例を挙げると、法務が担当していた決裁を、どの部署の誰に権限委譲していけば良いのか。取引先に、どのように説明すれば電子契約を受け入れてもらいやすいかといったサポートをしています。

私たちには、10万社を超える企業の契約業務を効率化してきた実績がある。これまでに得たノウハウを、「次の1社」に注ぎ込んでいき、大企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を共に成し遂げていきたいんです。

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「もう言い訳はできない」──次の100年をつくる挑戦

内田契約業務のクラウド化は始まりにすぎません。次なるステップは、すべての契約をデータ化し、それを活用してクライアントの利益につなげていくこと。人力業務のデジタル化は、DXの一要素でしかない。デジタル化され、データになった情報を有効活用できてこそ、DXは成し遂げられるんです。

その具体的な打ち手としての新規事業・サービスが、次々とリリースされているのも、弁護士ドットコムの力強さを感じる大きな特徴だ。

例えば。顧客のDXを推し進め、提供価値をさらに高めるための一手としてリリースされたのが、『クラウドサインAI』。提供する機能は大きく3つある。「『クラウドサイン』で合意締結された契約書の自動データ化」「紙で締結された契約書の自動データ化」「書庫などに保管されている紙の契約書の自動データ化」で、既存から新規まで契約書管理を一元化管理できるプロダクトだ。

内田『クラウドサインAI』によって、企業の契約書管理は大きく変わります。これまでどのような契約が、どういった内容で交わされてきたのかを把握できます。来月に期限を迎える契約はどれくらいあり、優先的に更新や交渉しなければならない契約はどれなのか、といった判断も容易になる。

どんなインダストリーでも親しまれ、価値を提供できるサービスにしたいと思っています。そのために、さまざまな切り口でプロダクトを展開していきます。

たとえば、2019年の9月にリリースした『クラウドサインNOW』は、実店舗向けの対面契約に特化。また、12月には営業プロセスの自動化を支援する『クラウドサイン Sales Automation』もリリースしました。今後は業界特化型のプロダクトをつくるかもしれません。営業形態、業界、バリューチェーン……さまざまな切り口から攻めていきたいと考えています。

弁護士ドットコムは、150年も変化がなかった日本の商習慣を、契約という突破口から大きく変化させようとしている。法解釈の後押しもある。外部環境は整った。

内田もう言い訳はできません。法律の壁など、できない理由はすでに取り除かれました。日本の商習慣を変えられるかどうかは、私たちの手にかかっていると思っています。

147年前、実印の届出制度が成立して以降、ハンコは数々の発明や改善を繰り返し、インフラとして社会を支えてきました。大偉業であり、今なお産業の方々の努力を尊敬し続けています。

けれど、企業取引におけるハンコの利用の在り方は変わるでしょう。今年は電子契約元年として、新たな時代が幕を開けた。次の100年、150年をつくるのは自分たちだという覚悟を持って、事業を運営していきます。

こちらの記事は2020年11月05日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

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藤田 慎一郎

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長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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