出前館は“生活インフラ”、SmartHRは“業務そのものの削減”へ──マチュアなサービスの裏で進む知られざる技術革命
Sponsored「出前館」と聞いて、“老舗の出前サービス”という印象を持つ人は多いかもしれない。
「SmartHR」もまた、“完成されたSaaS”企業という見られ方をされがちだ。実際、FastGrowではこれまで同社の「未完成さ」を何度も取材してきたが、それでも読者の一部には「もう十分整っているのでは」と映っているかもしれない。
だが実態は、両社とも“変革の真っただなか”にある。
アプリのUIやサービス機能が整っているからこそ、その裏で進む抜本的な再構築には気づきづらい。
出前館は、注文・店舗・配達といった領域を起点に、業務やシステム構成を分解・再設計中。SmartHRは、複数プロダクト間の権限設計や連携仕様を抜本的に見直し、「業務の理想像」から逆算した設計を進めている。
こうした“構造変革”は、技術者だけのテーマではない。
「何を変えるか、どう設計するか」──その構想は、むしろビジネスサイドから始まる部分も多い。
今回は、出前館で内製化と技術刷新を推進してきた神保 宏和氏(執行役員)と、SmartHRでプロダクト構造の再設計を牽引する齋藤 諒一氏(VP of Engineering)の二人を迎え、知られざる“激動の変革”の舞台裏に迫っていく。
- TEXT BY YUKO YAMADA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
出前館、「開発の内製化」と「システム構造の再設計」でアップデート真っ只中
2000年からサービスを展開してきた出前館は、日本のデリバリー市場における草分け的な存在だ。
そのアプリやサービスも、長年の運用を通じて整備されており、“すでに完成されたプロダクト”という印象を与えがちである。
だがその裏側では、今まさに開発体制やシステム構造における大規模な再構築が進んでいる。
その転換点となったのが、2020年。LINEグループ(当時、現LINEヤフー)から約300億円の出資を受けたことで、開発チームにLINE出身エンジニアが加わり、本格的な変革が動き出した(当時のプレスリリース)。その一人が、出前館 執行役員の神保氏である。
神保私がLINEから出前館に出向した初日、ソースコードを見て衝撃を受けたんです。
たとえば、ある加盟店(『出前館』サービスの導入店舗)の名前がそのままシステム上の処理の呼び名として使われていて……これだけで、わかる人はわかるかもしれませんね。『出前館』はプラットフォームビジネスだと私は思っていましたが、実際の開発現場では、個社ごとに異なったシステムを、その都度つくるかたちになっていたんです。

神保加えて、誰がどのような意図で一つひとつの処理を書いたのか、どんな経緯で実装されるに至ったのか、その多くがエンジニア個々人に強く依存している状態でした。こうした開発を、外部ベンダーを中心にやっていたわけです。
標準化された設計思想がなく、どの機能も場当たり的に実装されている印象を受けたことを覚えています。
こうした背景には、創業期からの事情もある。
古くからあった「出前」サービスをインターネットに載せるという、時代に先駆けた発想でサービスを始めた同社は、新市場創出のためにスピードを重視したシステム開発を進めた。その手法として、多くの開発業務を外部ベンダーに委託してきた。
2000年にPC向けのデリバリー総合サイトをオープンし、その後2010年にスマートフォンアプリをローンチ。当時はまだ、今と比較して、自社でエンジニアを多く抱えるというのがあまり一般的ではない時代だ。外部に委託すること自体は自然な話である。
だが、LINEグループとの資本業務提携以後、神保氏をはじめとした出前館所属のエンジニアも開発に関わるようになる中で、「自社で直接コードを更新・反映することができない部分」の多さが大きな課題として表出した。新たな機能開発を進めにくく、何か障害が起きても対応指示を出すことしかできずにいた。スムーズなプラットフォーム運営ができない体制に陥っていたのだ。
神保当時は「デプロイ権限(本番環境への反映権限)」も社内にない状態で、障害対応もベンダー任せ。ある意味、自分たちのサービスを自分で直せない状況だったんです……。
そもそもの「プラットフォームを運営しているんだ!」という前提から再確認して、そのための開発体制・開発基盤を整えなければならない。その緊急性を強く感じ、取り組んできました。
そうした“指示するだけ”の開発体制から脱却すべく、2020年からは「自分たちの手でつくり、守り、育てられる組織」への転換が始まった。
まずは、外部依存だった開発を自社で完結させる内製化を推進。LINEの各グループ会社からの出向に加え、中途採用も進めながら、開発組織を立ち上げていった。
並行して、機能が絡み合った一体型のアプリケーションを、小さな部品単位に切り分けてクラウドへ移行し、必要な部分だけを素早く改善できる構造へと再設計した。

取材内容等を基にFastGrowにて作成
神保たとえば具体的な機能面で言えば、ある注文が入ると、それを起点に加盟店やドライバーへの通知が自動で流れるような仕組みを、すべて同じ仕様に統一するような整備をしました。以前は注文通知の進行を、すべて手動で設定していく必要があったんです。
今は、「ある出来事をトリガーにして、他の処理が連動する」という“イベントドリブン”な構造が、すべての注文・配送において同じように動く設計に標準化できています。当たり前のことのようですが、個別最適な開発になっていたため、これができていなかったんですね。
こうして開発作業の手戻りが大きく減るようになり、開発効率がかなり上がりました。
組織体制とアプリケーション構造の見直しに続いて、現在出前館が取り組んでいるのが、データベースの構造改革である。
これまでは、注文情報やユーザー情報、店舗情報など、あらゆるデータがひとつの大きな基盤(データベース)にまとめられており、すべての機能がこの“ひとつの箱”に同時にアクセスしていた。たとえば、加盟店の管理画面も、配達員アプリも、社内の管理ツールも、同じ場所のデータを同時に使っていたため、ひとつの変更が他の機能に思わぬ影響を与えるリスクが常にあった。
神保たとえば、注文情報に項目をひとつ追加するだけでも、他の機能にどんな影響が出るか、一つひとつをわざわざ細かく見に行って、洗い出さなければならないんです。
2020年当時の『出前館』は、年間GMV約1,000億円、アクティブユーザー約390万人、加盟店約3万店という具合でした。その規模のサービスに対して、ひとつのデータベースをあらゆる機能が共有している状態だったので、ちょっとした修正がどこに波及するかわからない。障害が起きれば、ユーザー体験にもビジネスにも即影響が出るリスクがあります。
加盟店も、配達員も、社内ツールも、同じデータを直接書き換えていて、各チームが「自分たちの改修が他の何にどう響くのか」を共通の理解として持てない。だからこそ、事前調査も慎重にならざるを得ないし、スピードも落ちてしまう構造だったんです。
そこで現在は、業務領域ごとにデータベースを分け、各チームが自分たちの担当領域を責任を持って管理できるよう再設計を進めている。
これにより、改修や意思決定のスピードが大きく高まり、結果としてユーザー体験にもポジティブな変化が生まれる。
神保裏側の仕組みをどれだけ変えても、ユーザーにはほぼわかりません。でも、アプリが快適に動くのはこうした構造の進化があるからなんです。
このように、見た目は「完成」しているように見えても実態は大きく異なる。むしろ、出前館の中では今もなお、“完成への挑戦”が続いているのだ。
ちなみに、以下は2020年時点とその前後の出前館のサービス状況をまとめたものだ。こうした情報もふまえると、上述の神保氏のエピソードがより解像度高く掴めるはずだ。そして、今なお出前館は急成長を続けていることがわかる。

*アクティブユーザー数とは、直近1年間(2010年は直近6ヶ月以内)に1回以上オーダーされたユーザー数を指す
取材内容等を基にFastGrowにて作成
“機能を増やす”から、“つなげて再設計する”へ──SmartHRがいま迎えている転換点
対するSmartHRといえば、「人事・労務を効率化するSaaS」の代表格。
入退社手続きや雇用契約などさまざまな労務手続きをクラウド化し、バックオフィスの負担を軽減するプロダクトとして認知されてきた。そして今、“労務管理とタレントマネジメントを中心に、企業の生産性向上を抜本的に変革するようなプロダクト構造の設計”に、齋藤氏率いる開発組織が注力するフェーズとなっている。
背景にあるのは、プロダクトの急速な拡張だ。
現在SmartHRは、労務管理サービスとして雇用契約や勤怠管理、給与計算など、そしてタレントマネジメントサービスとして人事評価や従業員サーベイ、採用管理など、合計で10を超えるプロダクトを同時に開発しており、今後はHR領域以外への展開も含め多くのプロダクトを開発する方針だ。
だが齋藤氏によれば、全体最適の視点で各プロダクトの開発を進められたとは言い切れない部分もあり、ユーザー体験を阻害する“見えない壁”が見える場面もあるのだという。
齋藤たとえば、一人ひとりの従業員が、どのような評価を経て、どの部署に所属・異動し、どんな業務にアサインされ、どんなスキルを身に着けながら、どう活躍したか──。現場の業務では、こうした“人の動き”はひとつの流れとして扱われています。
しかし以前のSmartHRでは、「評価」「従業員情報」「異動通知」などの機能がそれぞれ別々のプロダクトとして独立しており、それぞれに別の画面、別の操作、別のデータ形式が存在していました。

齋藤そのため、たとえば評価結果を見ながら異動案を検討したいとき、まず評価の画面を開き、次に従業員の情報を別画面で確認し、さらに人事異動の操作はまた別のシステム──と、何度も画面を切り替える必要がありました。
しかも、情報が自動連携されていない場合は、部署名や異動理由などを手入力で転記しなければならず、業務効率やデータ整合性の面で課題が大きかったんです。
こうした課題に対し、ここ数年の間に、「プロダクト間を横断的につなぐ仕組み」を再構築している。従業員データを中心に、各プロダクトの情報が自動で連携されることで、業務全体の流れをスムーズに設計できるようにする狙いだ。

取材内容等を基にFastGrowにて作成
齋藤スタートアップとして初期フェーズでは、一つひとつのサービスに集中して磨くことが成長戦略として理にかなっていました。でも今は、「複数のプロダクトをどう連携させるか」が、次の成長フェーズを切り拓くための重要な課題になってきています。
さらにSmartHRは、「業務を効率化する」の先──「業務そのものをなくす」という価値変容の領域にも踏み込み始めている。その代表例が、給与計算だ。
齋藤給与計算は毎月同じようなルールで処理されることが多く、人間が手入力でやるよりも、テクノロジーのほうがミスも少なく、早く終わるはずだと思っています。
これまで“当たり前に人がやっていたこと”を見直して、本当にやるべきことなのかを問う。そういう発想でプロダクトを設計しています。
このように「業務全体の構造」を見直す中で、さらにインパクトを与えているのが生成AIなどの技術革新である。たとえばSmartHRでは、PDFでアップロードした雇用契約書の情報を自動でシステムに反映させる機能がリリースされており、社内問い合わせにAIが回答する「AIアシスタント」機能も近日提供開始予定だ。
齋藤ただし、AIを使うことを目的にはしたくないと思っています。重要なのは「それによりユーザーの困りごとが本当に解決できるかどうか」です。
労務領域は法令や規則が厳しい分野なので、AIを全面的に使うのはまだ難しい部分もあります。
でも、タレントマネジメントや人材配置のように、「従業員のスキルや評価に応じて、誰をどのポジションにどう配置するか」といった意思決定が求められる領域では、AIの活用によって判断の質やスピードを高められる可能性があると考えています。
すべての機能を“つなぐ”ことで、ユーザー体験の質を底上げし、“やらなくてよい業務”を減らす。その先にあるのは、単なるSaaSではなく、「『働く』という営み全体の再設計」に挑むプラットフォームである。
そしてこの挑戦は、まだ道半ばだ。評価・配置・育成・報酬といった人事の中核機能が連動する世界は、構想され始めたばかり。SmartHRもまた、「完成形」に近づくどころか、むしろ“再定義フェーズのスタートライン”に立ったばかりなのだ。
「どこを変えるか」は技術だけでは決められない。
構造設計はビジネスサイドの知見がマスト
とはいえ、こうした“構造の刷新”という言葉からは、どうしてもエンジニアリングの世界を想起しがちである。しかし、実態はむしろ逆だ。
プロダクトや業務の「どこを変えるべきか」「どこを残すべきか」。その構想には、技術面だけでなく、事業全体の構造や顧客体験に対する理解も欠かせない。だからこそ、こうした設計には、エンジニアと並んでビジネスサイドの深い関与も必要とされる。

取材内容等を基にFastGrowにて作成
神保加盟店、配達員、ユーザー、社内業務。それぞれが使う機能も、抱えている課題も違う中で、「どこから手を入れれば一番インパクトが出るのか?」を構想することが重要なんです。
プロダクト開発を管掌する自身でも強く感じますが、開発チーム単体では、ユースケースの全体像を把握するのは難しいので。

たとえば『出前館』の「注文情報」ひとつとっても、その使われ方は立場によってまったく異なる。
配達員にとっては、「どの店舗で、何時に、どのルートで商品を受け取るか」というリアルタイムの位置情報と時間指定が最も重要だ。一方、加盟店にとっては、「注文内容に誤りがないか」「受け取りまでに何分かかるか」といったオペレーション効率と画面UIの見やすさが重要になる。
さらに、本社管理部門では、「注文が集中する時間帯」「商品単価の傾向」などの分析指標としてのデータ構造が求められる──。
このように、一見同じ「注文データ」でも、誰が・どの瞬間に・何の目的で使うかによって、必要な設計や連携の優先度が大きく変わってくるのだ。こうした複数ユーザー視点での構造設計は、単なる“機能開発”とはまったく異なる論点を含んでいることがわかる。
齋藤SmartHRでもまったく同じ構造的な課題があります。
たとえば、ある企業では労務担当者が雇用契約や入社手続きを一括で処理している一方で、人事評価やタレントマネジメントの管理は、別の部署の人材開発チームが行っている。
そのため、「従業員のプロフィール情報は共有されているけど、評価の結果は別の画面でしか見られない」といった断絶が起こりやすいんです。
つまり、誰がどの業務を担っているか、どんな導線でプロダクトを使っているのか──それを理解せずに、単にシステム側の論理や構造だけでプロダクト同士をつなげても、かえって現場の運用に合わない仕組みになってしまう。
連携すべき箇所や設計思想は、あくまで“業務の流れ”や“組織の使われ方”から逆算して考えないといけないんです。

取材内容等を基にFastGrowにて作成
単体で動くプロダクトを“つなぐ”だけでなく、その結果として「業務全体がどう動くか」「誰の体験がどう変わるか」まで見通して設計する。これはまさに、構造の話であると同時に、ビジネスの設計そのものでもある。
神保よくわかります。いまの出前館では、プロダクトチームと事業部門が一緒になって、「そもそもどうしたいのか?」を議論することが重要になっています。たとえばデータ構造も、「開発しやすい」だけでなく、「事業の仮説検証をしやすい」構造にしたいんです。
市場の変化に合わせてアイデアをすばやく試し、必要に応じて軌道修正していくには、検証スピードの速さが不可欠です。その土台として、改修やデータ分析がしやすい構造を整えておくことが、事業成長に直結すると考えています。
プロダクトが「リリースされれば終わり」ではなく、「どう動くか」「何が起きるか」まで見る。そのためには、設計段階からビジネスの動きを知っておく必要がある。
齋藤誰がどの判断を担うのか、どこまで現場に委ねてよいのか──そうした役割分担があいまいなまま設計を進めてしまうと、プロダクトはすぐに複雑になります。
たとえば、人事評価の結果をもとに異動を決める場合でも、「最終判断を下すのは誰か」「その判断には何の情報が必要か」が不明確だと、設計自体が中途半端になってしまう。
そんな時、開発側だけでその意思決定構造を読み解くのは限界がありますから、カスタマーサポートを通じて実際のユーザーの声を聞くことや、ビジネスの最前線を知ることが不可欠ですよね。業務の前提をきちんと構造化できていれば、プロダクトのつくり方も自ずと定まってきますから。

こうした背景があるからこそ、両社とも「構造を再設計する」という行為を、単なる技術刷新ではなく、事業戦略の一環として取り組んでいるのである。
このフェーズにおいて求められるのは、「仕様通りに開発する」よりも、「どう在るべきかを構想する力」にある。
そしてそれは、間違いなく──エンジニアサイドだけではなく、ビジネスサイドの力が必要となってくるわけだ。
現場に任せるだけでは動かない。
“誰が決めるか”を構造として設計している両社
構造変革が本当に機能するためには、「どう変えるか」だけでは足りない。
では、それを“誰が”決めるのか。実行の裁量は“どこに”あるのか──。
多くの読者も、「とはいえ、現場にそこまで任せられるのか?」「大組織になればなるほど、意思決定は中央集権になっていくのではないか?」と疑問を抱いたかもしれない。
実はそこにこそ、出前館とSmartHRの変革が停滞しない理由がある。
両社に共通しているのは、「意思決定を現場の最小単位に委ねる」という思想を、組織の構造レベルにまで落とし込んでいることだ。単に“任せている”のではなく、任せられるように設計されている。
トップダウンではなく、各チームが判断と実行を完結できる状態を仕組みとして整備する。それが、変化のスピードと質を担保する土台になっているのだ。

取材内容等を基にFastGrowにて作成
齋藤SmartHRでは、プロダクトごとに開発チームを構成していて、チーム数で言えば40近くにのぼります。それぞれ数人程度の少数になるようにしています。
意思決定は原則として“最小単位のチーム”に委ねるのが基本方針です。なぜなら、ユーザーに一番近く、プロダクトの文脈をもっとも理解しているのが現場だからです。そのために、情報を社内でできる限り開示し、どのレイヤーでも判断できるようにしています。
仕様の決定理由や判断の背景などもチーム内外で共有されており、誰が見ても判断材料を把握できる状態を保っています。現場が自律的に判断するには、こうした情報へのアクセス性が欠かせないと考えています。

神保SmartHRさんのような情報開示の姿勢は、すごく理想的だと思っています。
出前館の場合は、業務委託メンバーも多いので、どこまでコアな情報にアクセスできるかは常に悩ましい。でも、目的を共有できているなら、壁をつくる理由はないとも思うんです。
実際、出前館の開発チームはプロパー社員に加え、LINEヤフーからの出向メンバー、韓国にあるLINEグループの開発拠点「LINE Plus」からのエンジニアなど、多様なメンバーで構成されている。
神保機能単位でチームを構成する際も、出前館の社員とLINEヤフー側の出向者、それに韓国メンバーをあえて“混成”で編成するようにしています。
たとえば、プロパー2人、LINEヤフー出向2人、韓国1人のような構成です。「このチームで一つのプロダクトをつくっている」という当事者意識を全員が持てるようにするためです。
そうすることで、「ここはLINEヤフー出身者がやってる」「ここは出前館プロパー」みたいなセクショナリズムが生まれない。日常的にZoomに通訳が入るし、Slackでも自然に議論ができる。むしろ、誰が出向か分からないくらい(笑)、混ざり合ってるチームになってきているんです。

齋藤それは興味深いですね。SmartHRも今は年間40人以上のエンジニア採用を進めていますが、業務委託比率も上がってきています。今後、関わり方や裁量の渡し方も、より戦略的に考えていく必要があるフェーズに入ってきたと感じています。
両社に共通するのは、「裁量を現場に渡す」という思想を、“チーム構成”や“情報設計”といった構造にまで具体化している点だ。
現場に任せるとは、決して「信じて放任する」ことではない。
判断に必要な情報を十分に開示し、意思決定のルールや責任の所在を明確にする。だからこそ、現場も安心して、速く、大胆に動ける。
神保氏が語るように、文化も立場も異なるメンバーが集うチームでも、目的や裁量の設計さえ共有できていれば、組織は分断されない。
齋藤氏が示すように、現場でしか見えない課題があるからこそ、最前線の判断力を最大化することが、競争力につながる。
「誰がどこまで決めていいのか」を意図的に設計すること。
それは、複雑化する組織の中で、変化を止めないための“構造上の決断”なのである。
表面は整っていても、真の完成には程遠い。
出前館・SmartHRは今なお“再構築の最前線”にいる
出前館とSmartHR──その名前を聞いて、「もう安定した会社」「すでに出来上がった組織」と思っていた読者も多かったかもしれない。
だが、ここまで読んできたとおり、そうしたイメージの裏では、事業・組織・プロダクトを構成する“構造”そのものが、大胆に見直され続けていた。
出前館は、LINEヤフーからの出資を契機に、長年の外部委託開発から脱却し、開発・意思決定・運用を一貫して社内で担う“内製化”に踏み出した。アプリケーションは役割ごとに細かく分割され、それぞれが独立して改善・運用できる構成へと再設計されている。加えて、データベース構造も、機能や業務単位に応じて切り分けることで、より柔軟な開発と意思決定が可能な状態へと再構築が進んでいる。
さらに、注文・店舗・配達といった既存のスキームにとどまらず、機械学習や生成AIの活用、そして「衣・食・住」を含めたライフインフラ構想へと視野を広げている。
ライフインフラ企業への構想や取り組みの実例は、過去のFastGrow記事へ
SmartHRもまた、労務・タレントマネジメントとマルチプロダクトを展開する中で発生した、ユーザー体験を阻害する“みえない壁”をなくし、さらなる進化を始めている。評価・サーベイ・タレントマネジメント・勤怠・給与──あらゆる人事情報がシームレスに接続され、業務そのものを再設計する構想へとつながっている。

SmartHRのミッション(提供:株式会社SmartHR)
齋藤よく「SmartHRってもう完成してる会社なんでしょ?」とか、「やることもうないんじゃないの?」といった声をいただきます。でも実際はその逆で、今が一番面白い変化の時期だと感じています。
プロダクトの数が増えると、開発・運用の体制もそれに合わせて広がります。マネジメントに挑戦できる機会も増えていますし、逆に開発に専念したいという人にも、適したチームや領域が用意できるようになってきています。

齋藤先に挙げた通り、給与計算機能のように、「今までは人がやることが前提だった業務」を見直すフェーズにも入っていて、単なる“業務効率化”ではなく、“業務をやらなくていい状態にする”というような、価値観の変容への挑戦に舵を切り始めています。
出前館もまた、いわゆる“レガシーな出前サービス”というイメージを刷新し続けている。
神保正直、入社前は「歴史がある分、変化が難しい会社なのかな」という印象を持っていました……(笑)。
でも実際に現場に入ってみると、むしろ「最新技術で構造を変えていける余地」がものすごくある。そこに手を入れて、自分たちで会社の仕組みを変えてきたという実感がありますし、誇りもあります。
神保氏以外の若手開発メンバーらの挑戦事例は、出前館のテックブログより
神保いま出前館は、投資フェーズに入っていて、新しいプロダクトやサービスも次々に立ち上がっている状態です。生成AIや機械学習の活用も進んでいて、手を挙げればゼロイチの開発を任されるチャンスがたくさんあります。

神保また、LINEヤフーの技術支援を受けられるという点でも、スキルアップやレビュー体制はかなり整っている。
「じゃあその先、出前館って何を目指すの?」と聞かれると、私は“出前を超えたインフラ”という言葉が浮かびます。
「出前館がないと暮らせない」と言ってもらえる世界ってどんなものなのか。それを考えながら日々、挑戦を続けています。

出前館が目指す世界観(提供:株式会社 出前館)
齋藤私も今日の対話を通じて、出前館が本気で変革していることが伝わってきました。正直、今度サービスを使うとき「この裏で、あのデータベース分割が進んでるのかな」って気になってしまいそうです(笑)。
神保SmartHRも、ここからがいよいよ“人事業務の再構築”の本番ですよね。「業務そのものをなくす」という発想には、私もすごく刺激を受けました。
従来の業務プロセスを効率化するのではなく、そもそもゼロベースで問い直していく。その視点を持ち続ける姿勢には、僕たちも見習うべきところが多いと感じています。

変わりきった組織ではなく、変わり続ける組織。
完成しているように見えて、実はもっとも“未完成”な段階にいる。
だからこそ、その内側には、挑戦の余白があふれている。業務構造を根本から問い直し、技術だけでなく意思決定のあり方まで再設計していく──その挑戦の現場には、これからの事業成長に必要な「構造的な視点」が詰まっている。
本対談で描かれたのは、出前館とSmartHRという二社の現在地だけではない。構造を見直すことで、変化し続けられる組織へと進化する。その設計思想と実践の軌跡である。
変革のただ中にいるからこそ見える課題がある。だが同時に、変革のただ中にこそ、次の挑戦者たちが活躍できる“伸びしろ”が眠っている。
こちらの記事は2025年07月11日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
山田 優子
写真
藤田 慎一郎
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