スタートアップ幹部になるための「社長学」入門 ──5つのリアルな教材で経営者の解像度を高めよ

この記事は、現場のプレイヤーやマネージャーの役割に留まらず、将来的に経営の意思決定を担うことを目指す人材に向けて書かれている。

「また朝令暮改か…」

「先週、あれほど固く合意したはずなのに、なぜ覚えていないのだ…」

「このマイクロマネジメントは、本当に事業のためになっているのだろうか…」

こうした思いに直面することは少なくないだろう。

事業を動かす側に立っていくならば、この問いを単なる不満として流すのはもったいない。「なぜなのか?」を解読すべき問いとして捉えることで、自身の視座を一段高いレベルへと引き上げることが求められる。

そのレベルアップの鍵が、経営者の言動・行動の裏にあるOS(オペレーティングシステム)の理解である。

これは、単なる「上司対策」ではない。それは、経営者という複雑な存在の解像度を高め、信頼関係を築く重要なプロセスなのだ。

この記事では、経営者の思考様式を理解するための優れたコンテンツを紹介し、その読み解き方をガイドしていく。

  • TEXT BY YUDAI FUJITA
SECTION
/

【基本OS編】ベイジ社のブログ記事に学ぶ、経営者の性質

経営者理解の第一歩として、これ以上ないほど優れた入門記事がこれだ。多くの人が抱く「経営者あるある」を単なる現象として語るのではなく、その背後にある構造的な理由、つまり思考のOSそのものを言語化してくれている点で、他のどんな記事よりも実践的である。この記事を読むことで、日々のコミュニケーションギャップがなぜ起きるのかを根本から理解できるようになる。


【学習教材】ベイジ社ブログ記事
経営者というモンスターのエクスペリエンスをハックする

この教材から何を学ぶべきか?

学び①:記憶は「上書き保存」されるというOSの前提

基本的に、経営者の脳内情報は細かく断片化されています。経営者の脳内には、社内のヒトモノカネに関するあらゆる情報が流れ込みます。経営者はその都度瞬時に思考を切り替え、意思決定しています。そのため記憶は高速で上書きされ、脳内の情報は断片化していきます。脳内の景色が変わるスピードが早いため、細かなことの忘却スピードも早いです。

この記事から学ぶべき最も重要な点は、経営者の「物忘れ」を個人の資質の問題として捉えるのをやめることだ。彼らの脳は、常に最新の重要情報でメモリが更新されるサーバーのようなものであり、これは極めて合理的な情報処理の結果なのである。このOSを理解すれば、「なぜ覚えていないんだ」と憤るのではなく、「どうすれば思い出してもらえるか」という建設的なコミュニケーション設計(=前回までのあらすじを話す)に思考を切り替えることができる。

学び②:意見変更は「生存戦略」であるという視点

経営者と一般社員では、見ている時間軸が異なります。…例えばある一般社員は、3カ月後に成果を上げるためという視点から、今何をすればいいかの意思決定をします。一方で経営者は、1年以上先を見据えて、今何をすればいいかの意思決定をしていたりします。このような長尺のゴールに向かう時、目の前の施策の一貫性はあまり重要ではなくなります。遠くの最終目的地を見据えたうえで、足元を柔軟に調整する思考になりやすいです。

この記事は、「朝令暮改」が気まぐれではなく、変化の激しい事業環境で生き残るための合理的な「生存戦略」であることを教えてくれる。経営層を目指す人材は、目先の指示変更に一喜一憂するのではなく、「この変更は、長期的なゴールの達成にどう繋がるのか?」という視点を持つ訓練をすることが望ましい。社長と同じ時間軸で物事を捉えようとすることこそが、信頼を勝ち取る第一歩となる。

学び③:ロジックだけでは動かない「覚悟」という最終変数

例え論理的に破綻してたり、感覚的に違う気がしても、提案者の熱意や覚悟を感じることができたら、それに賭ける判断をするし、逆にいくらそれっぽい理屈を並べられても、リスク回避や責任回避の話が多く、本人がどこか他人事でやり切る覚悟を感じなければ、そのアイデアには乗らない。そんな意思決定をする経営者は少なくないように思います。

この記事が示す最も重要な洞察の一つが、この「覚悟」の存在だ。完璧なロジックやデータ分析は、あくまで前提条件に過ぎない。不確実性の高い判断において、経営者が最後に見ているのは、提案者の当事者意識である。この記事は、「いかに正しく伝えるか」だけでなく、「いかに本気で取り組む姿勢を示すか」が、経営の意思決定において決定的な変数であることを教えてくれる。

SECTION
/

【応用編】4つの記事から社長のマネジメントOSを解読する

経営者が最も悩み、その個性が色濃く反映されるのが「マネジメント」である。特に「介入(マイクロマネジメント)」と「委任(権限移譲)」という永遠のテーマについて、これから紹介する4つの記事は、それぞれ異なる立場から、生々しい実践知を提供してくれる。これらを多角的に読み解くことで、自社の経営者の現在地を正確に把握し、未来の経営幹部としてどう振る舞うべきかの解像度を劇的に高めることができる。

経営者の「介入」、その2つの意図を読み解く

「マイクロマネジメント」という言葉には、ネガティブな響きがある。しかし、その背景には全く異なる2つの意図が隠されていることがある。経営層を目指すなら、その違いを見極める必要がある。


①北の達人・木下社長に学ぶ「事業の生命線を守るための介入」

【マイクロマネジメントで上場】北の達人・木下社長に「小さいことが気になっちゃうけど、小さくまとまりたくない」と相談したら、大切なことに気づきました

成功している経営者は大体基本的に細かい(マイクロマネジメントをしている)…特に、孫正義氏や柳井正氏といったトップ経営者でさえ、ユーザーが接する面(UI/UX)に対してはマイクロマネジメントをしていると見ています。

この記事から学ぶべきは、社長の介入が顧客と直接触れる部分に集中している場合、それはビジネスの根幹を守るための明確な意図を持った行動である可能性が高い、という視点だ。なぜなら、その一点の品質が、顧客獲得コストやLTV(顧客生涯価値)に直接的な影響を与えることを、経営者は痛いほど知っているからである。木下氏はこれを「プレイヤー気質とは別物」と語る。

経営層を目指す人材は、この種の介入を単なる修正指示と受け取るべきではない。むしろ、「なぜ社長はこの一点にこだわるのか?」「この変更がどの重要KPIにインパクトを与えると考えているのか?」を徹底的に思考し、言語化して質問することで、事業の急所を学ぶ最高のケーススタディと捉えることができる。社長の視点をインストールするとは、まさにこのプロセスそのものである。


②ミラティブ・赤川社長の記事に学ぶ「組織の活力を奪う介入」

株式会社ミラティブ 赤川社長 note記事『経営におけるクソジーコ問題という古典

選手はチャンスでフリーキックを蹴る機会がないので、そこで重圧を跳ね除けて意思決定をして、そして失敗したり成功したりする経験を得ることができません。それだけでなく、クソジーコがどうせ全速力でベンチから走ってくるなら、フリーキックの練習なんて真面目にやるのが馬鹿らしい。

一方で、この赤川氏の記事は、良かれと思った介入が「正論の暴力化」となり、いかに組織の活力を奪うかを、自らの失敗談として生々しく語っている。この記事を読むことで、経営者が意図せず陥ってしまう「パターン」を理解できる。これは、経営者が意図的に選択している「スタイル」というより、責任感の強さから無意識に発動してしまう罠なのだ。

経営層を目指す人材に求められるのは、この状況でチームの「防波堤」となることだ。それは、社長の指摘の意図を汲み取り、「そのご懸念は、チームに私からこういう形で伝えます」と介入の衝撃を和らげる翻訳者の役割かもしれない。

あるいは、チームの小さな成功体験を積極的に社長にフィードバックし、「彼らに任せても大丈夫だ」という安心感を醸成する広報の役割かもしれない。単なる実行者ではなく、組織全体の最適化を考える視点を持つことが、経営幹部への重要な一歩となる。


「権限移譲」を機会に変える3つの記事

①SmartHR・宮田氏の記事に学ぶ「移譲される側の作法」
SmartHR創業者 宮田氏 ブログ記事『権限移譲する技術

優秀な人は、ToDoを渡されることを嫌がります。(偏見)また、ToDoはある程度Howが決まっている「解」のようなものなので、自由度が低く、せっかく採用した専門家が、本来の能力を発揮する機会を奪っているかもしれません。ToDoではなく、イシューを渡すことで、よりやる気を出してくれますし、より質が高い「解」を導きだしてくれます。

宮田氏の記事は経営者向けだが、視点を反転させれば、「権限を移譲される側」の完璧なマニュアルとなる。特に学びとなるには、社長が「任せてよかった」と思える状況をいかに自ら作り出すか、その具体的なアクションリストである。例えば、社長が「イシュー(課題)」を渡してきたなら、単にそれを解くだけでなく、「そもそもこのイシュー設定は正しいか?」という一段高い視点から議論を挑む。

社長から「決定権を渡す」と言われたなら、その決定に必要な情報収集、リスク分析、関係者調整の全てを自らが担い、最終的な結果責任まで負う覚悟を示す。この教材は、受け身ではなく能動的に権限移譲を成功させるための実践的な技術を教えてくれる。


②NOT A HOTEL・濱渦氏の投稿に学ぶ「権限を奪うという発想」
NOT A HOTEL・濱渦氏のX投稿

スタートアップは“権限移譲”なんかしなくていい。自分自身の経験値が足りない中でそれをやっても意味がないし、事業規模が小さいうちは自分が納得するまで全部決める覚悟でやった方がよい。…権限移譲しないで突き進んでると、仕事を奪いに来る社員が出てくる。

この投稿は、権限移譲に対する我々の固定観念を揺さぶり、ハッとさせられる視点を提供してくれる。「権限が与えられたらやります」という姿勢は、特にリソースが限られ、変化の速いスタートアップにおいては事業のボトルネックになりかねない。この教材から学ぶべきは、自ら事業課題を見つけ、当事者として動き、圧倒的な成果を出すことで、結果的に社長から「その領域は君にしか任せられない」と仕事を「奪う」という発想である。これは単なる下克上ではなく、事業成長への最も合理的でスピーディな貢献の形なのだ。


③Coral Capitalの記事に学ぶ「社長の悩みを構造化するフレームワーク」
Coral Capitalの記事『人に仕事を任せるという判断

この記事で紹介される、元PayPal COOのKeith Rabois(キース・ラボア)氏が提唱したフレームワークは、権限移譲に悩む社長の頭の中を可視化するための、極めて強力な思考ツールだ。これを学ぶことで、社長がどのタスクで、なぜ悩んでいるのかを構造的に推測し、自身の最適な関与方法を導き出すことができるようになる。

まず、このフレームワークがタスクを評価する2つの軸を理解する必要がある。

  1. 事業への影響度:
    「タスクを完遂できなかったときのビジネスへの影響度合い」
  2. 社長自身の確信度:
    「そのタスクをこなすことに自分自身はどれだけの自信(確信)を持っているのか」

この2つの軸によって、あらゆるタスクは4つの象限に分類される。記事では、それぞれの象限で経営者が取るべきアクションが、以下のように示されている。

  • (象限1:影響小・確信度高):タスクの遂行方法を説明し、権限委譲をすべきです。
  • (象限2:影響大・確信度高):介入してタスクを完遂しましょう。アーリーステージ・スタートアップのCEOの場合、資金調達がこれに当たります。
  • (象限3:影響小・確信度低):完全に任せるべきでしょう。
  • (象限4:影響大・確信度低):これがなぜ最も難しいかもしれないかというと、引き続き干渉しつつも、過干渉になってはいけないからです。…キース氏でさえも、協働以外の明確な方法について言及していません。

【この教材から何を学ぶべきか】

このフレームワークを応用すれば、社長の行動を予測し、自身の価値を最大化する動き方を考えることができる。

  • 象限1と3(影響が小さい領域)は、信頼を勝ち取るための絶好の機会と捉えることができる。社長がこれらの領域のタスクに時間を費やしていると感じたら、「この件は失敗しても影響は限定的です。私が責任をもってやり遂げますので、お任せいただけないでしょうか」と積極的に手を挙げることで、小さな成功を積み重ね、信頼残高を増やすことができる。

  • 象限2(影響が大きく、社長に確信がある領域)は、社長が最も介入してくる「聖域」である。社長の右腕として完璧なサポートに徹し、その領域の「確信度」を自分自身にインストールすることが、将来につながる。

  • 象限4(影響が大きく、社長にも確信がない領域)こそ、経営層を目指す人材にとって、真価が問われる最重要領域だ。社長も正解を持っていないこの不確実な領域で、単なる指示待ちでは信頼されない。ここで求められるのは、社長の「確信度の低さ」を補うパートナーとしての動きである。自らの専門性を活かして新たなデータや選択肢を提示する、社長が見えていないリスクを言語化して議論の質を高める、といった「協働」の姿勢を示すのだ。この記事は、社長が最も助けを求めているのがこの領域であることを特定し、最高のパートナーとして振る舞うための思考法を与えてくれる。
SECTION
/

経営者を深く理解し、事業を協創するパートナーになる

ここまで、経営者のOSを理解するための優れた記事を教材として紹介し、その読み解き方をガイドしてきた。

重要なのは、「どのマネジメントスタイルが正しいか」を評価することではない。「自社の経営者のスタイルと現在地を理解し、事業を成功させるための最高のパートナーとなること」である。経営者は決して完璧な存在ではなく、常に孤独と責任の中で意思決定をしている。

これらの優れた記事を思考の拠り所として、自社の経営者と深く対話し、その人固有の思考様式、価値観、そして孤独の解像度を高めていくこと。その先にこそ、単なる優秀なマネージャーではない、「経営陣」として事業の中枢を担う未来が待っているはずだ。

こちらの記事は2025年10月09日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

藤田 雄大

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。