「合理性」よりも「信念」と「好奇心」を貫くべし──事業/組織 の壁を突破してきたTOKIUM黒﨑・ セーフィー佐渡島による成長論
Sponsored「革新的なアイデアで社会を変える」という期待を背負い、次々と生まれるスタートアップ。その影響力に期待が高まっているのも事実だが、冷静にその規模感やインパクトの実態を見れば、大企業が築き上げてきた経済基盤と大きな差が存在している日本のスタートアップエコシステムは、まだまだ黎明期にあると言える。
セーフィー株式会社・代表取締役社長CEOの佐渡島 隆平氏、株式会社TOKIUM・代表取締役の黒﨑 賢一氏も、かつては自らを「時代の片隅で、もがき続けるちっぽけな存在」と捉えていた。両社ともに売上は右肩上がりの成長を続け、採用面でもここ数年間は中途・新卒ともに毎年数十人の増加を続けながら拡大している。外部から見れば急成長スタートアップとして成功への道を駆け上がっているように見える今でも、常に謙虚な姿勢で挑戦を続けている。
本対談では、2人が事業を立ち上げ、組織をつくる過程で直面した数々の失敗談、苦悩、そしてそこから得られた学びを赤裸々に語る。
スタートアップの実像を知りたいすべての人、そして、日々奮闘する起業家やスタートアップで働く人々にとって、一筋の光となる物語だ。
- TEXT BY MAAYA OCHIAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
急成長スタートアップの起業家なんて、“何者でもない”

セーフィー株式会社 佐渡島氏
「美しいエクイティストーリーで資金調達し、成長して上場した」──。
セーフィーに対して、多くの人がそんなイメージを抱くかもしれない。VCよりも事業会社から多くの資金調達(エクイティファイナンス)を実施した上で、2021年に東証マザーズ(現グロース)市場に上場したのちも成長を続け、2024年にはARRは100億円を超えた(2025年3月末には123億円)。
国内スタートアップの成功例の一角に見られることも多い同社。しかし、代表を務める佐渡島氏の自己認識は、そんなイメージの対極にあった。

「セーフィー株式会社(Safie Inc.)会社紹介資料」から転載
佐渡島理想的な成長をしていったというのは、あくまでも結果論です。
特に、創業した2014年から、上場に至った2021年までは、採用に苦労していました。また、2018年のARR1億円に到達するまでに“約4年”もかかっていますしね。
今でこそ言える話ですが、ある時期、会社の預金残高が6,000万円ほどになっているのに、毎月600~700万円の赤字を出していた時期もありました。
ある日、当時の弊社CTOだった下崎が、のちに現在の『Safie GO(セーフィーゴー)』になるルーターを大阪の会社でつくってきたことがありまして──、彼から唐突に「1,000台発注します」という話をされ、私が「いくらするの?」と聞くと、「1台5万円です」とのこと……合計で、5,000万円です。
黒﨑それは……(笑)。
佐渡島預金残高が6,000万円、毎月のキャッシュフローの赤字が600~700万円なのに、5,000万円もかかるものを仕入れようと言うんです。「毎月のキャッシュ残高は共有しているのに、1発で全額を使い切るとは……狂気のプロダクト開発や」と焦りましたよ(笑)。
ただ、そのルーターは現場でハマりそうだったので、保守性を高めれば1,000台どころではなくもっと売れるかもしれないと感じたんです。そこで、即断即決で半分の500台を買い取り、急いで銀行から融資を受けてキャッシュフローをつなぎつつ、売っていく方法をあの手この手で考え、次々と試していきました。
このような、理詰めではなく、ある種の“勢い”に任せるような意思決定は、今でも時折することがあります。「いつ会社が潰れるかわからない」というような危機感を常に持ちながら、攻めの挑戦を続けるようにしていますね。

株式会社TOKIUM 黒﨑氏
一方、TOKIUMの黒﨑氏も、2016年、祖業であるBtoCのサービスからBtoBへのピボットを機に組織崩壊を経験する。結果、30人ほどいたメンバーが、創業メンバー3人のみになった。
だがそこから2年足らず、「事業成長も資金もまだ十分ではなかった」と振り返るような時期に、中途採用による即戦力人材の獲得に加え、将来への投資として2018年から新卒採用を決断したことを語る。
黒﨑祖業のBtoCからBtoBにピボットする決断をした時は、佐渡島さんと同じく、TOKIUMとしてもお金のない時期できつかったですね……。そんな中でも採用にはこだわっており、まず中途採用を積極的に進めていきました。そのうえで、「他の会社とは違う方法を探ろう」と考えて、新卒採用にも踏み出したんです。
でも難しい判断でしたね。そもそも新卒採用の活動だけで1年くらいかかって、その後に入社してからパフォーマンスを発揮するまでに2年くらいはかかるわけじゃないですか?
佐渡島そうですよね、悩ましいですよね。
黒﨑目先の売上や資金も十分ではないタイミングで、「あえて新卒採用をする必要があるのか」という話は、社内で議論も生みました。
それでも、「まだ何者でもない会社だからこそ、何者かになれるポテンシャルに満ち溢れた人を採用して、一緒に強くなろう」と考えて踏み切ったんです。
TOKIUMは新卒採用への注力を続け、2024年2月時点では正社員の約3分の1を新卒入社メンバーが占めるほどに(こちらの記事を参照)。同時期に部長職10人のうち3人が新卒入社組になるほど、実際に活躍を見せている。そして2025年には18人、2026年にはその倍以上の新卒採用を見込んでいる。
佐渡島氏も深くうなづきながら、セーフィーでの新卒採用の手応えを話す。
佐渡島セーフィーでは2023年に新卒採用を始めました。会社のカルチャーが活性化するという大きな効果を感じています。
新卒採用を本格的に始めたきっかけは、現場から「意欲があって前向きで明るい若手をどんどん採用してほしい」というリクエストがたくさん来ていたためです。
初年度は20人、現在は30人弱を毎年採用しています。新卒を迎えることで組織が若返り、活性化されることは素晴らしい効果だと思っています。
また、NTT東日本さんやキヤノンマーケティングジャパンさんなど、一緒に事業拡大を進めているパートナーの大企業さんとは、新卒メンバー同士の交流も多くあるんです。お互いの新人同士が感化し、成長を促進し合うサイクルが生まれていることも非常にうれしいですね。
互いに刺激し合い、成長を促す現場の存在は、既存の社員や組織全体を活性化させる、組織にとって大きな財産となる。その意味で、投資として新卒や若手を採用する意思決定は経営において重要だった。
さらに2人は、世代は違うがそれぞれ学生時代に経験した「震災」という大きな転機がある点で共通点がある。
黒﨑氏は筑波大学の1年生として茨城県に住んでいたころ、2011年の東日本大震災を経験。断水や計画停電に見舞われる中、「命とは時間そのものだ」という気づきを得る。
「時間を生み出すことができたなら、それは命を生み出していることと同じだ」──この時の気づきが、その後立ち上げるTOKIUMの社名(時を生む)へと繋がっていった。
対する佐渡島氏は、中学3年生だった1995年、阪神・淡路大震災で友人を亡くした過去を持つ。そして同時期、世界を席巻していたWindows95に衝撃を受け、「インターネットを使って何か面白いことをできないか」と考えるようになった。
こうした原体験が、逆境に立ち向かう強さの源となっているのだと語り合ってくれた。
創業メンバー以外が全員退職し、自身も倒れた。
組織づくりの光と影
組織が拡大する過程では、当然ながらさまざまな課題が生まれる。特に創業期のカルチャーをどう維持し、変化させていくか。スタートアップにとって永遠のテーマだ。そんな中で佐渡島氏が早速、初期の採用や組織づくりにおいて重要な考え方を提示する。
佐渡島「まだ誰にも知られていない、小さなスタートアップ」に入社して、短期間で辞めてしまう人が少なからずいますよね。そういう人たちは、履歴書にもその経歴を残したくないと考えがちになると思います。
私はスタートアップの経営者として、そうしたことができるだけないようにしたいんです。「まだ何者でもない会社」に、勇気をもって飛び込んでくれた──このことに敬意を払いたい。「入らないほうが良かった」と思わせてしまったら、それは非常に申し訳ないことだと思うんです。
ですので、セーフィー創業から間もない頃は特に、「本人のやむを得ない事情以外では、退職という選択肢が頭に浮かばないようにしよう」と考え、どんなことでもやろうと決めていました。2021年の上場時、社員数は280人ほどでしたが、それまでの過程の7年半で退職した人は、わずか20人ほど。ちょっとした自慢でもあるんです(笑)。

セーフィーの価値観・行動規範を定めた「Safie Diagram(具体的な内容はこちらを参照)」
佐渡島セーフィーではカルチャーの一つに「異才一体」を掲げ、才能があって個性的な人が集まってくるようにしています。
この言葉には「人は皆、凸凹です。多様な価値観を認め合いましょう。異なる才能が一体になると、ひとりでは実現できない大きな成果を生み出します(コーポレートサイトから引用)」という意味を込めています。「営業が得意」「コーディングが好き」はもちろんのこと、「アニメが大好き」「飲み会に強い」「ラーメン屋の店長をしていました」というのも、もちろんウェルカム。多様な個性を集め、強いチームをつくろうとしてきました。
組織が80人に達する2019年前半くらいまでは私が自ら、これらの強みをお聞きしながらアトラクトをするような一次面接を担当していました。そこから2022年の350人くらいまでは最終面接の場にも出て、採用後のフォローや入社後の活躍支援にも注力してきました。
このように私自身がたくさん動き、入った人が辞めないでいてくえるように工夫をしたんです。

「セーフィー株式会社(Safie Inc.)会社紹介資料」から転載
一方のTOKIUMは、先ほども触れた通り、BtoBへのピボットを決めた2016年に組織崩壊という壮絶な経験をしている。
黒﨑創業当初は「偉大なプロダクトをつくれないうちに“仲良しこよし”なコミュニケーションはあり得ない」とハングリー精神を前面に押し出して、マッチョなやり方をしていました。
それこそ、オフィスに寝袋を持ち込んで、土日も働くのが当たり前の環境でしたね。BtoCの家計簿アプリで創業し、ユーザー数も100万人を超えることができたのに、収益がなんと“ほぼ0”だったんです。その状況を何とか打破しようと、無理な目標を営業に課していました。
さらに、収益効率を高めるため、BtoBプロダクトに転換。しかしうまくいかないことの積み重ねで社員の信頼を失っていった結果、創業メンバー以外が全員退職するといった結果に──。
資金調達も思い通りに進まない中での組織崩壊で、私の心身は疲弊していました。

ただし、この苦難があったからこそ、黒﨑氏は経営者としての考え方を大きく変える結果に繋がったと述べる。
黒﨑「自分を信じてほしい」と言って仲間をTOKIUMに誘ったのに、その期待に応えることができず、辞めていった人たちへの申し訳なさがずっと心の中に消えずにありました。
TOKIUM創業時は、Facebookのように“一夜にして”世の中にインパクトを与えるサービスをつくりたいと考えていました。しかし、当時展開を始めていた『TOKIUM経費精算』は決してそうした類のサービスではありませんでした。
どちらかというと、「このサービスがなくなったら困る」というようなインパクトを、“少しずつ”感じていくような、ユーザーにとってインフラとも言えるような位置づけのサービスですね。
なので、お客様との関係性や従業員との関係性をいきなり強いものにできるわけではありません。“一歩ずつ”長い目で良好になるよう進めていくべきだというスタンスに振り切りました。この立て直しが、創業4年目、2016年頃の出来事だったと思います。そのおかげで、長く使い続けてくれるお客様が多く、ありがたいことに複数サービスをご利用いただくことも増えてきました。
佐渡島カルチャーや施策って、フェーズによって変わっていきますよね。事業として全く食えてもいないのに、チームとして仲良くしようとしても、正直みんな冷めてしまうので。

TOKIUMも今では事業・組織共に、お手本のような急成長を見せている(「TOKIUM会社紹介資料」から転載)
このようなハードシングスを経たからこそ、現在のTOKIUMではコミュニケーション施策に重点を置くようになった。
黒﨑特に、社内のコミュニケーションを円滑にする施策には積極的に投資しようと心がけています。
たとえば、毎月オフラインで集まる締め会の開催や、ランダムで組み合わされるシャッフルランチ、さらに部活も奨励しています。採用の段階でも、「ウェットなカルチャーが強い会社です」と最初に伝えているくらいです。
2016年、TOKIUMはBtoB事業として経費清算サービスをリリースした当初から、SaaSとAIとオペレーションを融合させ、今でいうAIエージェントを先取りしたビジネスモデルで成長してきた。その特性は、同社の組織づくりにも生かされている(AIエージェントの戦略については、黒﨑氏のnoteや、CTOの西平氏のnoteを参照してほしい)。
黒﨑これまで、当社のSaaSの裏側では8,000人以上のオペレーターが躍動し、さまざまな支出管理の業務を一括で代替してきました。
一見すると、定型的な仕組みで処理しているように見えるかもしれませんが、実は大企業のお客様からの細かなカスタマイズのニーズにも広く答えているんです。
例えば営業現場で新たなニーズが見つかったら、その対応策や細かいオペレーション部分を社内の全職種のメンバーに共有し、議論します。共通するソリューションと、必要なカスタマイズを検討し、一丸となって協力してつくり上げていきます。
たとえば、ひと口に「経費精算」と言っても、発注先が大企業の場合もあれば個人事業主の場合もありますし、支払い手段がカードの場合もあれば現金の場合もある。これらが混在する場合もあるわけです。すべての経費・会計処理に対応できるプロダクトであるためには、個別のニーズにしっかり向き合い、新たなオペレーションを構築していく必要があるんです。
佐渡島なるほど。そうしたきめ細かな対応ができるのは強みですよね。その後に業界内の横展開も進めやすそうですね。
黒﨑そうなんです。このような事業・業務の特性から考えると、縦割りでドライに業務を進める組織カルチャーでは、お客様の役に立てず、売上もスケールさせにくくなってしまう。
つまり、単に創業期の失敗からの反動として、ウェットなコミュニケーションを敷いているわけではないんです。事業特性から考えた「あるべきカルチャー」として、ウェットな関係性が重要だと捉えて、経営戦略にも組織づくりにも反映させているんです。
そして、8,000人以上のオペレーターと共に蓄積してきた、経理や会計などの支出管理の実務データが、これからめちゃくちゃ活かせると思うんです。今、「経理AIエージェント」という会社として生まれ変わろうとしています。
学生起業から、右も左もわからない状態でBtoB事業を立ち上げきた黒﨑氏。そして、これまでの蓄積を活かした経理AIエージェントの開発を進め、さらなる成長を目指していく。ここ数年の間は特に、急成長スタートアップの代表格として順調に拡大してきたようだが、組織崩壊という壮絶な体験がその背景にはあったのだ。
苦しい経験をしてもなお、「TOKIUMの経営者として」事業を続けてきたその決断は、相当な腹の括り方にも見える。学生起業から始まった会社を畳み、再度起業する道や、一度就職する道もあったはずだが──。
「経済合理性?今は突き進むときだろ?」
信念の男、TOKIUM・黒﨑賢一

黒﨑実は、ピボットを決めた時期には「むしろ自ら清算した方が合理的かもしれない」という考えもよぎりました。身近な信頼できる株主からは「そのほうが良いかもしれないし、そうなっても引き続き支援する」というお声をいただくこともありました。
創業期の苦労について何度か言及するうち、最も悩んでいたころの心情を吐露してくれた黒﨑氏。
黒﨑それでも、踏みとどまりました。この時は起業家として、もはや“経済合理性”の考えを捨てて、やれるところまでやることが自分の責務だと思い至ったんです。
自ら始めて、信頼をいただいて続けてきた会社ですから、破産して本当にどうしようもなくなればやめざるを得ないのですが、それ以外に自らやめることはなしにしよう──と、この時に決めたんです。
その背景には、学生時代の経験が影響していた。
黒﨑私は、大学に一般受験ではなく、AO入試で入りました。なぜなら、一般入試では入れないと思ったからです。中学で進学校に入ったものの、周囲のレベルが非常に高く、成績も伸びず、当時は劣等感を抱いていました。
努力しても、他の人たちに勝てるものが何一つない。「自分が生きている意味って、あるのかな」とすら考えたこともあります。
ただ、当時は身の回りのゲーム機やネット環境を、人とは違う使い方ができないかと工夫しながら触っていました。市販の機器を分解して仕組みを調べてみたり、通信の設定を自分なりに調整してみたり──そんな探究が純粋に楽しくて、のめり込んでいました。
試行錯誤を続ける中で、少しずつ周囲から「詳しい人」として頼られるようになり、粘り強く続けることが自分の価値に変わると実感できたんです。
振り返ってみると、この忍耐力・継続力こそが、「組織崩壊に直面しても事業を続ける」という意思決定に至った動機の源泉なのかもしれません。
佐渡島お話を聞いていて、「黒﨑さんは強い信念をお持ちの経営者なんだな」と感じます。
黒﨑そんなに大げさなものかどうかはわかりませんが……当時の私は、20歳で何の実績もない中で、投資家にも社員にもお客様にも信じてもらってなんとか事業を続けていました。そうして積み上げてきたものを捨てるように「やっぱりできません。一度、会社を畳みます」とは言えなかったんです。
私にとって、会社のクローズとは、周囲からの期待や信頼を裏切るような行為であり、一生後悔しそうなことだと思ったんです。だからこそ、本当に破産するまでは辞めないぞと、決心することができました。
黒﨑氏は最近、クライアントである大企業の経営層から「君はシリアルアントレプレナーとして、次の起業も考えているのか?」と問われることがしばしばあるそうだが、その際に彼は「いえ。私は生涯かけてTOKIUMを続けます」と即答するそうだ。
そんな強い信念が後押しするかのように、現在、TOKIUMのソリューションは2,500社以上に導入され、「SaaS×AI×人力」で行うAIエージェントの領域で成長を続けている。
黒﨑今ではプラットフォームとしての規模も拡大し、お客様が抱える個別の課題に応えられる範囲も広がっています。一つひとつがとても面白いと感じます。
各業界からもいろいろな興味深いオーダーがあるんですよ。たとえば、「請求書を匿名化し、誰にも内容がわからない状態で処理してほしい」とか「担当するスキャンオペレーターを限定し、秘匿性を高い状態にしたい」といった業界特有の要望があります。
ですが「うちのプロダクトでは難しい」と断ることはほとんどなく、社内の各部門が連携し、ソリューションを新たに構築できることがほとんどです。そして、それを横展開することで、一気にその業界特有のオーダーに強くなれる。こうしてさまざまな業界のインフラとして使っていただけるように拡大していっています。
この顧客ニーズへの考え方には、佐渡島氏も共感を示した。
佐渡島業界ごとの特殊なニーズを丁寧にすくい上げて顧客に向き合うことで、他社の参入障壁が高まりますよね。我々も建設業界のお客様で同じような経験があります。1つの企業に深く入り込んでソリューションをつくっていくことで、それが突破口になって横展開につながるのは、うちの事業とも似ていて、参考になります。
「BtoBとか、知らん!」
好奇心の人、セーフィー・佐渡島隆平
不器用で泥臭く事業や組織づくりに取り組んできた黒﨑氏に対して、佐渡島氏のアプローチは対照的だ。言い表すなら、「知的好奇心の赴くままに、多くの人に声をかけて巻き込み、やりたいことを実現していく」。そんな、子ども心を失わない姿勢が佐渡島氏の特徴である。
佐渡島氏も学生時代、『Daigakunote.com』というサービスづくりを経験している。
佐渡島このサービスは、大学の授業を受けなくても卒業するためには、どうすればよいのか?という不真面目な発想から始まったサービスです(笑)。
黒﨑最高じゃないですか(笑)。
佐渡島大学生のノートを交換できるコミュニティをつくり、当時リリースされたばかりのドコモの“iモード”を使って、休講情報やアルバイトの情報などもセットで配信する仕組みにしました。
大学卒業後は、ソニーグループを経て、クラウドカメラ事業を主力とするセーフィーを創業する。セーフィーの原動力となっているのは、「カメラを通じて世界の裏側を見る」という好奇心だ。
佐渡島私たちのビジネスの本質は「見る」ということです。牧場、建設現場、鉄工場、発電所、公共インフラ……どんな業界・業種でも、「見る」ということが必要不可欠です。それを助けるツールとして、セーフィーのクラウドカメラがあるんです。
この「見る」を一つひとつ理解し、より良い事業をつくっていくために、私自身もお客様の現場にできるだけ多く足を運ぶようにしています。この活動を『大人の社会科見学』と呼んでいて、実はこの体験が本当に楽しく、原動力にもなっているんです。
顧客を訪問し、現場を見ることが楽しいと語る佐渡島氏。その好奇心を生かして幅広い業界に展開し、今ではクラウド録画サービス市場で高いシェアを誇っている。だが、創業初期は順風満帆ではなかった。

先ほど紹介した「預金6,000万円の時に5,000万円分の仕入れ」という事件の前にも実は、似たようなハードシングスがあったという。
佐渡島創業当初はBtoCでの事業展開を見据えて、「防犯カメラ」としてクラウドファンディングで資金を募りました。ありがたいことに資金が集まり、Wi-Fiを通じて機能するカメラを3,000台つくったんです。ですがなんと、実際に設置してみると、肝心のWi-Fi接続機能がほとんど安定作動しなかったんです。使い物にならないクラウドカメラを3,000台抱えたところからスタートしました。
黒﨑それは、大事故ですね……。
佐渡島これは終わったなと思いました(笑)。
しかし、佐渡島氏はそこからいくつもの仮説検証を重ね、BtoB事業として成長軌道に乗せていく。
佐渡島そもそも私は「BtoBビジネス、よくわからない!」という本音を抱えていました。前職はソニーグループでBtoC事業にばかり関わっていたため、BtoBのビジネスについてほとんど何も知らなかったんです。でも初期の失敗から、BtoBに方向性を変え、何が何でもお客様の期待に応えようという思いで、再起を考えていました。
結果として建設現場に導入されるのですが、このきっかけも本当にひょうたんから駒。最初は大手建設会社が、BtoCとして販売した当社のカメラを、無理やりプラスチックのボックスに詰め込み、現場でSIMカードを差し、Wi-Fiルーターで通信して使っていたんです。
黒﨑使い方をハックされて、お客様がユースケースをつくってくれていたんですね(笑)。
佐渡島まさにその通り。お客様自身で改良して、ご自身のSIMの通信容量制限に引っかかっているのに、当社に「表示が遅い」などの指摘が届くこともありました(笑)。それでも、「映像品質がとても綺麗だし、UXがBtoCプロダクトのようにわかりやすいから、1,000回線買うよ」と言ってくれたんです。
このきっかけを見逃さず、主軸事業として拡大させてきたことが、佐渡島氏の好奇心の賜物と言えるだろう。
そして最近も、好奇心から新たなビジネス展開を模索し続けている。
佐渡島ある製品が、とある“地点A”では立て続けに盗難に遭うのですが、その近くにある“地点B”ではほとんど盗まれないというお話を聞いて、「カメラが活躍するチャンスか?」とピンと来て、いろいろ検証を始めました。
私も現場に行って様子を探り、要因を調べてみると、盗まれていない方の建物の横には犬の訓練所があり、人が来ると吠えるんだそうです。結局泥棒も、犬に吠えられる場所は避けたくなるということなんですよ。これって興味深くないですか?
黒﨑めちゃくちゃ面白いですね。だったら、防犯カメラが「ワンワン」と吠えたらいいのかもしれないですね。
佐渡島そうなんですよ(笑)。人間が点検する時間以外には「ワンワン」と音が鳴るというソリューションを提供できればいいのかもしれないわけです。

佐渡島私たちはカメラを売っている会社のようですが、「カメラを設置できる場所」を探して営業しているわけではありません。常に考えているのは「社会の不(負)を解決すること」です。課題がある現場に出向き、何が起きているのかをこの目で見ることで、新たな解決の手法を探り、事業にしているんです。

2024年に公開した「10周年記念サイト」にて、さまざまな社会課題を解決できることを紹介。多くの「解決したい」という共感が集まった(2025年5月時点でのページのスクリーンショット)
黒﨑課題解決のための手段としてクラウドカメラを使用しているわけであって、解決方法や過程は本当に多様なんですね。TOKIUMは一つのソリューションにひたすら注力し続けているので、セーフィーさんのようにいろいろな現場に行けるのはうらやましいですね(笑)。
佐渡島でもその分、TOKIUMさんが事業領域としている「支出管理」はどの企業でも同じように必要な機能ですから、業界を超えてでの横展開をスムーズに考えられるはず。スケールしやすいというメリットがあると思います。
私たちは、業界を横断してスケールすることはほぼ不可能です。小売店が考える「カメラに期待する役割」と、建設事業者が考える「カメラに期待する役割」は全く異なりますからね。
組織づくりは、仲間づくり。
対照的な2人の起業家が導き出す答え
互いの事業の魅力について語り合い、盛り上がった後、改めて共通の課題である「組織づくり」の話題に立ち返った。2人はその本質についても、近い感覚を持っているようだ。
黒﨑私は、求心力を持っている人を増やすことが大事だと思っています。
お客様の込み入ったバックオフィス業務は時間をかけないと解決できない課題が多いため、長期的にサポートすることで信頼を獲得できる部分もあります。TOKIUMの“志”に対し、あまり共感しないままなんとなく顧客支援を行い、数年で辞めたり諦めたりすると、お客様の課題を解決できないままになります。そうはならないように、求心力を持つ人がたくさんいる組織にしていくことを心がけています。
佐渡島組織づくりは結局、「仲間づくり」だと思います。
課題に共感できる者同士で、スキルを持ち寄りながら、さまざまな業界の問題を解決していける。「なるべく早く儲けたい」だとか、「すぐに何かを成し遂げたい」だとか思う人は、一人で事業をつくったり、起業した方がいいと思います。
一方で、「高い山に登りたい」「遠いところに行きたい」という人は仲間と一緒に理想を追いかけていくことで、結果的には組織の事業に向き合い続けることができると思います。

対談の終わりに感想を聞いてみると、対話を通じて互いに印象の変化があったようだ。
佐渡島黒﨑さんはすごく真面目というか、実直な方だなと感じます。事業はもちろんですが、組織づくりに対し、とても強い信念を持たれていることが伝わってきました。経営者がここまで組織にコミットしているなら、信頼して入社されるメンバーもきっと多いですよね。
黒﨑ありがとうございます。佐渡島さんはご自身の好奇心に素直に従って動いてきたからこそ、事業を大きくしてこられたのだなと感じました。この意味で、リーダーのスタンスは事業に直結しているなと思いました。
佐渡島リーダーの哲学は組織のあり方やカルチャーに強く反映されると考えています。それは、良いところも悪いところも。
黒﨑佐渡島さんにも「悪いところ」ってあるんですか?ご自身でどう認識されているんですか?
佐渡島私は器用な人間ではなく、組織人としては“伸び代だらけ”だと自負しています。
なぜなら、セーフィーを創業するためにソニーを退職するとき、当時の社長に「退職はしますが、これから新しい事業をやるので、お金を投資してくれませんか?」とお願いしているんですよ?ふつうはそんなこと言えないでしょう(笑)。
こんな自分だからこそ、現場のマネージャーやメンバーではなく、経営者として動き回る立場になれて良かったと思います。
黒﨑なるほど(笑)。ちなみに私は、“本を読むだけで学ぶ”のが苦手なんです。
全部自ら体験して失敗してからでないと、血肉にすることができない。だからこそ、いろいろな現場に乗り込む佐渡島さんを羨ましいと感じました。
佐渡島「自分で失敗して学ぶんだ」というその姿勢にも、“信念”を感じますね。お互いにこれからも、「好きこそものの上手なれ」で頑張りましょう。
起業家・経営者同士、失敗経験も交えながら学び合い、議論を深めていった2人。この対談から、組織づくりの重要性と、その根底にある「人」への深い理解が浮かび上がってくる。組織や人材に悩む起業家やスタートアップパーソンにとって、得られるヒントは数多いだろう。
経済合理性だけでは割り切ろうとしない強い信念や好奇心から生まれるイノベーション。一見異なるアプローチに見えても、「仲間とともに前進する」という点では共通している。
「まだ何者でもない」という彼らの言葉には、常に謙虚に学び続ける姿勢と、未来への可能性が詰まっている。その姿勢こそが、TOKIUMもセーフィーも、ミドル層から若手まで幅広く採用を続けながらスケールしていく原動力となっているのだろう。
対談を通して、2社が大企業に負けない規模へと成長していく道筋が見えてきたようにも感じる。そんな期待を抱かせるような、信念と好奇心を持ち合わせた2人の起業家だった。
【TOKIUM】事業・組織の成長を牽引する仲間を募集中
【セーフィー】ビジョンに共感する仲間を積極募集中
こちらの記事は2025年05月29日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
落合 真彩
写真
藤田 慎一郎
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