スタートアップ幹部になるための「言語化能力」入門──言葉のセンスを高める「最高の教材」をFastGrow編集部が厳選

経営に関わる、あるいはこれから関わっていこうとする人材にとって、言語化能力は極めて重要なスキルである。

この能力の高さは、ビジネスのあらゆる局面で成果として現れる。例えば、ビジョンやミッションをメンバーの心を動かす物語として語ること。採用候補者に対して、事業の魅力を伝え、入社意欲を高めること。

日々のマネジメントにおいて、的確なフィードバックや指示によってチームのパフォーマンスを最大化すること。これら全てが、言語化能力に支えられている。

FastGrow編集部は、これまで様々な急成長企業の経営者に取材を重ねてきたが、彼らには一つの共通点がある。それは、例外なく言語化能力が高いということだ。では、その能力はどのようにして鍛えられるのか。特別な才能ではなく、日々の「習慣」の賜物であると我々は考える。

本記事では、その言語化能力を鍛え上げる上で、最高の教材となり得るコンテンツや思考法を、具体的な事例と共に紹介していく。

  • TEXT BY YUDAI FUJITA
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ケーススタディ:言葉を武器に、巨大市場を動かしたPayPayの事例

経営層の言葉が、いかにして現場メンバーの感情と行動に直結し、巨大なムーブメントを生み出すのか。その好例として、PayPayの快進撃は非常に示唆に富んでいる。

元ヤフーCEOであり、PayPayの立ち上げを率いた小澤隆生氏は、著書『凡人の事業論』の中で、組織を動かす言葉の本質を見事に表現している。

どうせやるなら現場の社員には数字ではなく、もっとワクワクする希望を持ってもらいたいじゃないですか。PayPayだったら「小銭をなくして世の中を変えよう」とか。そっちの方がおもしろくないだろうか。

この問いかけは、巨大で複雑なプロジェクトほど、その成否は「どれだけ端的で、分かりやすく、そして心を動かす言葉に落とし込めるか」にかかっているという事実を物語っている。人は、経営陣が追う「取扱高10兆円」といった抽象的な数字のために働くのではない。自分の仕事が社会にどのような良い変化をもたらすのか、その未来に対する希望、すなわちビジョンのためにこそ、情熱を燃やすことができるのだ。

PayPayの成功の裏側には、この思想に基づいた巧みな言語化のプロセスがあった。リーダーの思考を、現場の行動へと繋げる「翻訳技術」として、3つのステップを見ることができる。

第一に、プロジェクトの目的、すなわちゴールの言語化だ。彼らは、分厚い事業計画書を提示する代わりに、「小銭をなくして世の中を変えよう」「現金をなくす」という、誰もが自分の日常生活と結びつけてイメージできる、極めてシンプルな言葉を掲げた。

第二に、具体的な戦略の言語化だ。何をすべきかという問いに対し、「(サービスを)5回使えば、絶対に便利さがわかる」という、誰もが納得できるシンプルな仮説に集約。さらに、そのための戦術も「還元率」と「使える場所」で日本一になる、という具体的な目標に落とし込んだのだ。

そして第三に、最も重要な「なぜやるのか」という意義(Why)の言語化だ。経営陣が追うべき数字目標ではなく、「小銭をなくして世の中を変えよう」という社会的な意義を共有し続けた。

この事例から学べるのは、リーダーの仕事とは、複雑な事象を解きほぐし、誰もが理解でき、心が動く言葉に「翻訳」することである、という事実に他ならない。

まず見てほしい、言語化の「解剖図」

では、経営に役立つ言語化能力は、いかにして身につければよいのか。

その問いに対する、最初の、そして最良の教材となるのが、Web制作会社ベイジ代表・枌谷(そぎたに)氏の動画「【言語化力養成講座】今日から言語化が強い人になる!」だ。

【言語化力養成講座】今日から言語化が強い人になる!

この動画は、「言語化能力」という定義が曖昧なスキルを体系的に説明しているものだ。

秀逸な点は、漠然とした「言語化能力」を、「思考力」「編集力」「表現力」という3つの具体的なスキルセットに分解し、その構造を明快に示していることにある。「言葉の定義を明確にする」「キーワードを創造する」といった、表現力を高めるための具体的なコツも多数紹介されている。

言語化能力に関する体系的かつ網羅的な説明は、まずこの動画に譲りたい。ここからは、その土台となる考え方を補強し、日々の実践に落とし込むための、別の視点からの4つの習慣を、様々な知見を引用しながら紹介していきたい。

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習慣1:フレームワークで、思考をあえて「型」にはめる

「何から考えていいかわからない」。言語化の第一歩は、この「思考の迷子」状態から抜け出すことだ。そのために有効なのが、あえて思考に「型」を与える、フレームワークの活用である。制約を設けることで、思考は強制的に整理され、言語化が格段にしやすくなる。

例えば、電通のコンセプト・デザイナーである吉田将英氏が作り出した思考フレームを紹介する書籍『コンセプトセンス』の構文は、企画や事業のアイデアを言語化する上で非常に強力なツールとなる。

  1. 相手は誰か?
    ______は本当は______。
  2. 欲求は何か?
    もっと______したいのに______。
  3. われわれはどこまでか?
    ______の常識である。
  4. 思い込みはどんなものか?
    ______という考えはそれを見落としている。
  5. コンセプトは要するに何か?
    だから本企画は______という。
  6. 提供価値は何か?
    コンセプトで______を提供する。
  7. 本企画と社会の理想の関係性はどんなものか?
    その先に______をデザインし。
  8. われわれが理想とする社会のありようはどんなものか?
    ______社会の実現を目指す。

『コンセプトセンス』吉田将英 /著 より引用

この構文は、「相手」「欲求」「思い込み」「提供価値」「社会的意義」といった要素を順番に整理していく構造になっている。この穴埋めに沿って思考を進めるだけで、事業の骨子が自然と浮かび上がり、誰にでも伝わる言葉として整理されるのだ。

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習慣2:「思考を前提としたインプット」を蓄積する

言語化能力の差は、アウトプットの瞬間ではなく、その前段階であるインプットの質で決まっていることが多い。情報をインプットする際に、どのような形でメモし、記憶しておくかが、後々の「引き出し」の量と質に直結するのだ。

何を聞いてもすぐ的確な答えを返せる「反射神経がよい人」について、田中渓氏はXでこう分析している。

何を聞いてもすぐ的確な答えを返せる、反射神経がよい人

これはその人の頭の良さ、回転の速さだけじゃなくて、普段からあらゆることについて、調べたり考えを巡らせたことがあって

ものごとの問題点、共通点、本質についてずっと考えているので

文字通り反射的に出てくるほど頭の中に根ざしているだけで

何でもかんでもその場で思いついて的確なことを言っているわけじゃない

URL:https://x.com/KeiTanaka_Radio/status/1973872973762511265

田中渓氏が指摘する「普段から考えを巡らせている」という点は、言語化の核心に触れるものだ。言語化能力が高い人は、その場ですぐに的確な言葉を返せる「当意即妙さ」を持つが、この能力はしばしば「頭の回転が速い」と見なされる。

その「頭の回転の速さ」の正体を解き明かしたのが、BtoBマーケティング支援会社unname代表の宮脇氏によるnote『「頭の回転が速い」を科学する』だ。宮脇氏は、その核心を「累積思考量」の多さと、物事を「構造化」して整理しておく習慣にあると結論づけている。

なぜ頭の回転が速いように見えるかといえば、「過去、似たようなテーマについて考えたことがある」から。思考量の累積が多いから、すぐに自分の意見が出てきます。(中略)「頭の回転が遅い」とは、「そのテーマを考え、引き出しやすいように構造化していない」ことなのではないかと思いました。

URL:https://note.com/keisuke36/n/n8183d833e16f

宮脇氏の言う「構造化」とは、具体的にどのような思考プロセスを指すのだろうか。その一つの答えを、元BCGで現コピアCEOの石川正和氏が、田中氏のポストに引用する形で示している。

BCGでは徹底的にこれを叩き込まれる。

一次情報→抽象化、構造化→法則性の発見、アナロジーな事象からのボトムアップな思考、目的→要因分解→寄与度の高い打ち手の特定というトップダウンな思考を行ったりきたりする中で具体抽象の行き来を物凄い速さで出来るようになる。口癖は今でもSo whatです笑

URL:https://x.com/copia_masa/status/1973905348651356568

コピア石川氏のFastGrow取材記事はこちら

これらの考えに共通するのは、単に情報をインプットするのではなく、常に「構造化」や「抽象化」を意識し、自分なりの思考を加えた上で知識をストックしておく習慣である。この地道な蓄積こそが、いざという時の的確な言語化を可能にするのだ。

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習慣3:「優れた言語化」を浴びる

優れた言語化を行うには、論理構造だけでなく、言葉そのもののセンスや表現の引き出しも必要になる。センスは、センスに触れることでしか磨かれない。日常的に、言語化能力が高い人の言葉を浴び、その表現を自分の中にストックしていく習慣が重要だ。

以下に、筆者が構造化・抽象化・表現力において特に優れていると感じ、定点観測している経営者や専門家の方々を、具体的な発信と共に紹介する。

  1. LayerX 代表取締役 福島良典氏
    複雑な技術や事業戦略を、平易かつ構造的に解説する能力に長けている。
    例:「シリーズB調達の発表とAI時代の展望」
    URL:https://comemo.nikkei.com/n/n7b835f910555

  2. ナレッジワーク代表 麻野耕司氏
    組織やキャリアに関する概念を、誰もが膝を打つような鮮やかな比喩で表現する。
    例:X(旧Twitter)「採用はYシャツの第一ボタン」

  3. 青田努氏
    キャリア論や思考法について、独自のフレームワークを用いて本質を切り取る。
    例:「いいキャリアをつくる「加減乗除」と「5つの資」」
    URL:https://note.com/aotatsutomu/n/n875bfeea5119

  4. 株式会社メガ・コミュニケーションズ代表 柴田史郎氏
    コミュニケーションにおける機微や、人が陥りがちな思考の罠を的確に言語化する。
    例:「わかりやすい説明をすると「結論を理解する労力」が「その結論を導き出した労力」と誤解されるときがある」
    URL:https://note.com/4bata/n/n0a44276a0ef1

  5. ラクスル創業者 松本恭攝氏
    複雑な経営課題を、時間軸や事業構造といった独自の視点で分解し、言語化する。
    例:「会社に流れる“時間”をいかにコントロールするか?」
    URL:https://note.com/y_matsumoto_0907/n/n128620546564

こうした優れた言語化に触れ、「なぜこの言葉は心に響くのか」を分析する。この習慣が、自身の表現のストックを豊かにしていく。

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習慣4:意思決定のプロセスを文章に落とす

最後の習慣は、経営活動そのものを言語化のトレーニングに変える、極めて実践的な方法である。Coral Capitalのジェームズ氏がブログで紹介している「書くマネジメント」だ。

基本的には以下のプロセスでMemoを活用しています。

  1. 一つひとつの重要な意思決定について、全体像を捉えた背景の説明をなるべくしっかり書き、文書にします。(中略)
  2. 書いたMemoは共有ドキュメントとしてファーム全体(や関係者)と共有し、ドキュメント内での質問やコメントの追加を全員に呼びかけます。
  3. ドキュメントについた質問やコメントに返答します。
  4. 共通の質問や指摘のあった点などを参考に、次回の週次チームミーティングで直接取り上げて説明するべき内容を決めます。

このプロセスの本質は、「なぜこの意思決定をするのか」という思考のプロセスを、他者にも理解できる形に言語化し、記録に残すことにある。ジェームズ氏は、この取り組みのメリットをこう語る。

Memoを書く際にはそれを読んだメンバーがそれぞれどう反応するか考えることが必要とされるため、リーダーとしての共感力を引き出す効果もかなり高いと実感しています。

(中略)

このプロセスのおかげで同じことを繰り返し説明する手間がかなり減ったことです。過去のManagement Memoのストックは、これまでの考えの経緯や説明の資料として、同じような質問があったときや新しいメンバーが加わったときに共有できます。

(「『書くマネジメント』を始めたら戦略的思考が研ぎ澄まされた話」より引用)

重要な意思決定こそ、安易に口頭で済ませるのではなく、文章に落とし込む。この習慣が、リーダーの言語化能力を最も実践的な形で鍛え上げてくれるだろう。

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まとめ

言語化能力は、天性の才能ではない。優れたフレームワーク、思考を蓄積するインプット、表現のストック、そして「書く」という実践によって、誰もが後天的に鍛え上げることができるスキルである。

これからリーダーシップを発揮していく中で、言葉の壁にぶつかることもあるだろう。しかし、その壁は、自身の思考をさらに深めるための成長の機会でもある。紹介したコンテンツや習慣が、その長い道のりを歩む上での一助となれば幸いだ。

こちらの記事は2025年10月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤田 雄大

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