「デリバリーこそ、テックジャイアントに勝てる領域だ」──出前館の新代表・矢野氏が語る、業界No.1を狙う経営哲学

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インタビュイー
矢野 哲
  • 株式会社出前館 代表取締役社長 

外資系証券会社の投資銀行業務に12年間従事後、2016年LINE株式会社に入社。日本初の日米同時上場のIPO責任者を務め、M&A、ベンチャー投資、IR等のコーポレートファイナンス業務に携わり、出前館への出資も担当。LINEとヤフーの事業統合のM&A責任者を務めた後、2021年出前館のCFOに就任し、管理体制・統制強化、ビジネスモデルの転換、資金調達などを実行する。2024年9月代表取締役(CEO)に就任。

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日本のデリバリー市場に新たな風が吹いている。フードデリバリー業界で20年以上の実績を持つ出前館が、テクノロジーカンパニーへと進化を遂げ、社会インフラとしての地位確立を目指している。

2024年9月、出前館の経営の舵取りを担うのは新代表取締役の矢野 哲氏だ。LINE(当時)のIPO責任者としての経験と、LINEとヤフー統合のM&A責任者としての実績を持つ経営者である。矢野氏は、出前館をデリバリーサービス企業から、人々の生活に欠かせない「ライフインフラ企業」へと進化させるべく、その変革を加速させている。

2021年からの積極的な投資を皮切りに、同社は先進的な取り組みを次々と展開している。AIを活用した配送最適化システムの開発やドローン配送の実証実験を推進する一方、日本最大級の顧客基盤を持つLINEヤフーグループとの連携も強化。既存事業『出前館』に加え、クイックコマース事業『クイックマート』を立ち上げるなど、新たな領域への挑戦も目立ち始めている。

矢野氏は「デリバリー市場こそ、日本企業がグローバルテックジャイアントに勝てる領域」と断言する。現在の顧客基盤を2,000万人以上に拡大し、数兆円規模の市場開拓を目指す。その壮大なビジョンの実現に向け、いかなる戦略を描き、どのようなリーダーシップを発揮するのか。以下、その全貌に迫る。

  • TEXT BY YUKO YAMADA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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「成長と変化を楽しむ」をキーワードに進化する出前館の組織文化

2024年9月、出前館の新代表取締役に就任した元CFOの矢野氏。ファイナンスのプロフェッショナルとして知られる彼の最初の決断は、予想外のものだった──。

矢野就任後、真っ先に手をつけたのは“社長に関する特権”の廃止です。社長室をなくし、送迎車も不要としました。ただし一つだけ、社内カフェエリアへのビールサーバーの設置だけは私のわがままから進めさせていただきました(笑)。

これには明確な理由があります。当社は「仕事の質と信頼関係」を重視した筋肉質なプロ集団を目指しています。その質と信頼を高めるには、部門やタイトルにこだわらない、オープンなコミュニケーションが不可欠だと考えているのです。

現状、社内ではまだ「矢野って誰だ?」という状況です(笑)。少し古風なアプローチかもしれませんが、ビールなどの飲み物を介しての交流を通じてお互いを理解し合える、カジュアルな場をつくりたいと考えました。

矢野氏の経営哲学の核心は「楽しむこと」にある。一人ひとりが強い想いを持って仕事に打ち込めば、意見の衝突や調整は必然的に生じる。しかし矢野氏は、そうした状況を否定するのではなく、むしろ互いの理解を深め、共に成長する機会として捉えている。その考えのもと、チームの結束力強化に向けて、懇親会やボーリングパーティーなどの交流イベントを積極的に開催している。

ファイナンスのプロフェッショナルとして知られる矢野氏だが、社長就任後、まず取り組んだのは組織カルチャーの変革だった。そして、その「楽しむ」という姿勢は、単なる社内イベントにとどまらない。矢野氏は元々自ら配達員となってデリバリー業務を体験するなど、現場への深い理解と共感を大切にしている。

矢野サービスに誇りを持つためには、まず自分で体験し、深く理解する必要があります。これは経営者として当然のことだと考えています。自分で満足できないサービスを提供し続けることはできません。だからこそ、定期的に配達員となって直接商品をお届けしているのです。

先日は5リットルの飲料を自転車で配達しましたし、新しく導入されたダブルピック(1つの店舗で2つの注文をピックアップし2カ所に配達)も体験しました。アプリに通知が来たときは思わず興奮してしまったほどです(笑)。

また、アプリのアップデート後は必ず配達に出て、「これは使い勝手がよかった」「もう少し改善の余地がある」などを直接プロダクトチームにフィードバックしています。今後は加盟店にも直接お邪魔して、現場の声をお聞きしたいですね。

このように、矢野氏は出前館の組織経営とサービス現場の両面で新たな改革を進めている。その根底には、メンバーとの共成長を重視する独自の経営哲学がある。

矢野私は社内で「チーフ・エンゲージメント・オフィサー」を自称しているんです。CEOの“E”は、エグゼクティブではなくエンゲージメントだと。つまり、メンバーとの関わりと採用が私の主な仕事です。それ以外の権限は積極的に周囲に任せていきたいと考えています。

なぜそこまでエンゲージメントを重視するのか。それは、単に「うちで長く働き続けてほしいから」ではないんです。同じメンバーで長期間働き続けることが難しいとされるこれからの社会において、「今この瞬間を大切にしながら、次世代に何を残せるかを常に考えているから」です。

仲間を信頼して共に成長し、成功体験を共有。そして困難を乗り越えながら持続可能な事業展開を実現すること。そして数年後、メンバーが「あのとき出前館にいて良かった」と思ってくれること。それが私にとって最大の喜びです。

矢野氏のリーダーシップは、出前館の組織文化に徐々に浸透し、多様な才能を引き出す原動力となっている。

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多様な才能を開花させる出前館流、人材育成の秘訣

さあ、ここから矢野氏による変革の具体思想を追っていこう。まずは組織経営の面から着目していきたい。

出前館の人材戦略の特徴は、柔軟な人材配置にある。現在、9名の本部長のうち6名が当初の採用部門とは異なる新たな領域で成果を上げている。たとえば、バックオフィスである管理部門からサービス側のオペレーション本部を統括したり、配達員を管理する部門に採用されたメンバーがユーザー体験・満足度の最大化を目指すCX本部を牽引していたりする。これは個々の能力や可能性を最大限に引き出す人材活用の結果だ。

矢野本部長たちに共通しているのは、業務を確実にこなすだけでなく、積極的に新しいチャレンジに取り組む姿勢です。所属部門の最適化にとどまらず、会社全体の成長を考えられる。だからこそ、他の部門に移っても柔軟に成果を出し続けることができるんです。

出前館の人材育成は、肩書きよりも実力と挑戦する意欲を何よりも重視している。矢野氏は「自分の経験やスキルを活かしながら、新しいことに挑戦し続ける人こそ、ここで花開いている」と語る。

その好例が前回の記事で紹介された森山氏だ(『クイックマート』事業を立ち上げ市場開拓を進める森山氏のインタビュー記事はこちら)。

矢野森山さんは20代で出前館初の執行役員となり、現在30代前半ですが、私が彼の年齢のときにはここまでパフォーマンスは出せていなかったと思います。本当に驚くことが多いですね。

多面的な視野を持ち、必要な場面でリーダーシップを発揮し、コミュニケーション能力も高い。まさにプロフェッショナルです。責任感と覚悟がしっかりしているので、難しいプロジェクトでも安心して任せられる存在です。

出前館は副業制度(許可制)も導入し、メンバーの多様な経験を推奨している。矢野氏自身が実践するように、自サービスの配達員としての活動も奨励。これらはすべて個々の才能を最大限に引き出し、「選ばれ続けるサービスをつくる」ための施策である。

一方で、矢野氏は組織の成長に伴う役割の変化も自然なプロセスだと捉えている。

矢野会社のフェーズは常に変化していくので、会社が必要とする人も必然的に変わる。その変化の中で「自分が必要とされるかどうか」というタイミングは必ず訪れます。他に成長の機会があるならば、私は喜んで送り出してあげたい。

そして私自身も社長という役割がふさわしくないと感じるときが来たら、躊躇なくその座を譲ります。ただし、今この瞬間は出前館をさらに成長させるために全力を尽くし、会社を次のステージへ導くことに注力しています。

矢野氏は自らのポジションに固執せず、常に会社の最適なリーダーシップを追求する姿勢を示した。

この柔軟な姿勢は、出前館の人材登用にも反映されている。矢野氏は「常に自分より優れた人材を仲間にすべき」と強調する。多様な才能を持つプロフェッショナルたちが互いに刺激し合い、成長していく環境づくりが、出前館の飛躍につながると確信しているからだ。

No.1の会社にはNo.1の人材が集まる──。この信念に基づく独自の人材育成・採用方針が、出前館の目指す「プロフェッショナル」の人材像を形作っている。

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期待を超え続ける矢野流プロフェッショナリズムの真髄

では、矢野氏が描く“プロフェッショナルの定義”とは何か。

それは単に専門的なスキルや知識を持つ人材ではない。自分が提供するサービスやプロダクトに誇りと責任を持ち、常にユーザーの期待を超える価値創造に挑み続ける覚悟を持つ人材だ。

矢野氏はプロフェッショナリズムの要素を次のように語る。

矢野重要なのは、すべてを成功への過程だと捉える姿勢です。失敗は誰にでもありますが、それを恐れずに大きなチャレンジができること。組織としても、失敗を成長の機会と捉え、メンバーが安心して挑戦できる環境を整えています。

また、どんな意思決定においても多面的に検討し、最善の選択をすること。そして決定した以上はコミットしてやり切ることが大切です。

矢野氏のキャリアは、まさにプロフェッショナリズムを体現している。彼はJPモルガン証券でのM&Aアドバイザリー経験を経て、2016年にIPO責任者として当時のLINEに参画。注目イベントの一つである日米同時上場の現場を牽引し、約1兆円もの時価総額をつけるに至った。

その後もLINEにてM&Aやコーポレートファイナンス業務を担当し、2019年にはLINEとヤフーの統合に至るM&Aの責任者を務めた。

出前館との関わりは2016年、M&Aを通じてLINEが出前館の株式を取得したことに始まる。2020年3月にはLINEが主導する約300億円の第三者割当増資を通じて、出前館は「第二創業期」を迎え、2021年1月に矢野氏は出前館の執行役員CFOに就任。同年9月にZホールディングス(現LINEヤフー)や海外投資家から約830億円の大規模な資金調達を実現し出前館の成長基盤を強化した。

直近「2024年8月期通期決算説明会資料」のスライドにおける、第二創業期についての振り返り

矢野私はこれまでの職務経験の中で、困難ではありながら、大胆な案件に数多く携わる機会に恵まれました。LINEでの経験を含め、資本市場からの資金調達実績は約5,000億円に上ります。

特にLINEでは、業界No.1になるためには大胆な決断が不可欠だということを学びました。もちろんリスクは伴いますが、それを綿密に分析したうえで、一度決めたことは最後までやり切る──。この姿勢が、現在の大胆な意思決定にも活きています。

それが顕著に現れたのが2022年ごろの経営判断だろう。前期2021年8月期通期の売上290億円・営業損失179億円から、2022年8月期通期の売上473億円(前期比+183億円)・営業損失364億円(前期比-185億円)と、売上成長分を超えるほどの赤字幅拡大となっている。もちろん、矢野氏含めた経営陣が戦略的・意図的な投資判断を行った結果であり、フードデリバリーアプリ市場におけるシェア奪取や配達員数の急増といった大きな成果を得た。

矢野まだ売上が500億円もないタイミングで、300億円の赤字に拡大させるというのは、非常に大胆な決断でした。

しかし、この時の投資が広告展開や配達員の増強を実現し、現在そして今後の成長を支える重要な基盤となっています。この成功体験は私個人のものではなく、チーム全体のものです。出前館のメンバーには誇りを持って自身の糧にしてほしい。

また、LINEでは業界No.1を目指し、同じ船で同じ方向を向いて一緒に仕事ができたというのは一つの成功体験です。出前館もチームメンバー全員で成長し、サービスに誇りを持てる組織にしたい。それには「成長」への強い信念と本当に価値のあるサービスを提供しつづけることが大事だと考えています。

赤字拡大期の2020年~2022年における主要KPIの伸び(「2022年8月期通期決算説明会資料」から引用)

矢野氏も、多様な経験を積み重ねた自身のキャリアを「自己を強くした」と振り返る。そして、それを一つのロールモデルとしてメンバーたちに新たな視点を提供したいと考えている。こうしたプロフェッショナリズムを土台に、出前館は大胆なビジョンの実現と事業の推進に果敢に挑んでいるのだ。

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テクノロジーで社会インフラを再定義する出前館のビジョン

繰り返しのようだが、出前館が目指すのは、フードデリバリーサービスを超えた、生活のあらゆるシーンを支える「社会インフラ」の一翼を担うことだ。

矢野我々のミッションは「テクノロジーで時間価値を高める」ことです。人々がより価値ある活動に時間を使えるように支援します。例えば、家族と過ごす時間や大切な用事に充てられるよう、デリバリーを通じて消費者や配達員それぞれの人生の質を向上させることを目指しています。

このビジョンを実現するため、出前館は既存事業の強化と新規事業の展開を推進している。2024年8月に始動した新規事業『クイックマート』はその代表例だ。

このサービスは半径5km以内の「ライフインフラ」として機能する。従来のフードデリバリーサービスに加え、生鮮食品や日用品を最短30分で届けるものだ。これにより、日本特有の社会課題に対するソリューションを提供し、利用者(消費者)と働き手(配達員や小売事業者)の双方に恩恵をもたらす。

利用者にとっては、買い物や家事の時間を削減することで時間的余裕が生まれ、キャリアと家庭の両立をサポートできる。また、育児中の親が外出せずに必要なものをすぐに調達できる利便性を提供する。さらに、買い物弱者となりがちな高齢者の課題解決に貢献し、自立した生活をサポートすることで生活の質の向上を実現していくのだ。

一方、働き手である配達員にとっては、新たな雇用機会の創出や多様な働き方の実現が期待される。配達の時間や頻度を柔軟に選択できるため、育児や介護に携わる方、定年後の新たなキャリアを模索する方など、さまざまな背景を持つ人たちに柔軟な就業機会を提供する。

そしてもちろん、小売事業者にとっては、実店舗以外の新たな販路開拓や売上機会の創出につながり、ビジネスの拡大が期待できる。

そんな出前館の中長期戦略について、矢野氏はこう語る──。

矢野過疎地域でのサービス提供による地域経済の活性化や、ドローンやロボットを活用した新たな地域インフラの構築を目指しています(2023年4月プレスリリース「ドローンと陸上運送を組み合わせた新しい物流システムを導入」)。

海外ではすでに自動運転車やロボット配送が実用化されており、日本でも近い将来、実現可能だと考えています。出前館では、こうした新たなテクノロジーを駆使し、より豊かな社会を実現する担い手となることを目指しています。

出前館が目指す「社会インフラ」の構築には、サービスの利便性と地域社会との強いつながりを生む「オンラインとオフラインの融合」が不可欠だ。この点で、出前館は一般的なeコマースサービスとは一線を画す独自の強みを持っている。

矢野日本に数多く存在するeコマースサービスの中で、当社はユーザーに「今すぐ届く」という時間的価値を提供できるだけでなく、地域の特性に合わせたきめ細かいサービスを提供しています。また、地元の方々を配達パートナーとして迎え入れることで雇用創出にも貢献しています。

こうした取り組みにより、当社のサービスは単なるデリバリーのプラットフォームではなく、地域コミュニティの一部として機能し始めています。サービスがユーザーの日常生活に組み込まれることで継続的な利用を促し、結果として持続可能なビジネスモデルを構築できているのです。

出前館がデリバリーを通じて描く社会インフラの構築。そのビジョン達成には地域社会とテクノロジーを融合させた大胆な成長戦略が必要だ。矢野氏は、こうした挑戦的な取り組みをどのように推進していくのだろうか。

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未来を見据えた非連続な成長戦略と投資判断

矢野おかげさまで出前館のプラットフォームは、加盟店舗数10万店以上、アクティブユーザー数500万人以上、配達員数は数十万人以上という巨大なエコシステムに成長しています。2020年3月のLINEとの資本業務提携以降、この5年間で急速な成長を遂げたことになります。

この広がった顧客基盤や加盟店舗、配達員とのタッチポイント(接点)を活用し、さまざまな新サービスの開発につなげていくのは、インターネット企業として当然の戦略です。既存のデリバリー事業には依然として大きな成長余地が残っている一方で、将来を見据えた「次の種まき」も並行して進めています。

直近「2024年8月期通期決算説明会資料」のスライドにおける、第二創業期についての振り返り(再掲)

その「種まき」の中核となるのが、LINEヤフーグループとのシナジー戦略だ。

矢野LINEヤフーグループとの連携は、これから大きなシナジーを生み出すと確信しています。

LINEヤフーの持つ大きな顧客基盤やマーケティング力、データ活用の可能性により、多くのユーザーに価値を提供できる機会が広がります。これらの強みと出前館のデリバリーインフラを組み合わせることで、従来にない革新的なサービスを創出していけると考えています。

さらに、矢野氏は豊富な財務経験を活かし、M&Aを通じた非連続的成長も視野に入れている。

矢野出前館だからこそできる新しいサービスの開発を進めていますが、それは必ずしも当社が単独で行う必要はありません。我々のオンラインとオフラインを融合した唯一無二の高い利便性は、他社にとっても魅力的な価値になるはずです。

この強みを活かし、非連続的な成長を実現するための手段として他社との協業やM&Aを積極的に検討しています。こうした機会を有効活用することで、デリバリーの枠を超えた社会インフラ企業として飛躍的な成長を目指しています。

一方で、財務基盤の強化にも注力している。2020年3月の増資を機に始まった出前館の「第2の創業期」は来年で5年目を迎える。2025年8月期での黒字化をマイルストーンとして掲げ、当初300億円以上の赤字を抱える中での挑戦に市場からは懐疑的な見方もあったが、計画は順調に進んでいる。

実際に、2024年8月期の連結最終損益は前期の121億円の赤字から37億円へと赤字幅が大きく縮小。新たなプロダクトのリリースやクイックコマース市場への参入により、2025年8月期は営業利益の黒字化を公表している。矢野氏はこの黒字化を次の成長ステージへの重要な足がかりと位置付けている。(参考:日経新聞の特集記事<出前館、苦心の変動価格制 「宅配すると赤字」なくせるか - 日本経済新聞 参考記事出前館、苦心の変動価格制 「宅配すると赤字」なくせるか>)

矢野今後プラットフォームの拡大に伴い、さらに多くの成長機会が生まれていきます。特に多面的に事業を推進できる経営人材などの育成が重要です。これらの機会を最大限に活かすために、優秀な人材に適切な権限を与え、責任と覚悟を持ってサービスの成長を牽引できる組織体制を整えていきます。

業界No.1の地位の確立に向け、矢野氏は強固な組織文化の醸成を通じて成長を加速させようとしている。そんな出前館が参入しているデリバリー市場は今、マーケティング理論でいう「キャズム」を超えようとしている。サービスが初期の熱心な利用者層を超え、一般消費者へと普及し始める転換点に立っているのだ。

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日本のデリバリー市場に眠る巨大なポテンシャル

矢野氏は、日本市場におけるデリバリーのポテンシャルの高さについてこう語る。ここで言う「デリバリー」とは、オンラインで食事(フードデリバリー)や日用品(クイックコマース)を注文し数十分以内に届く“即時配送サービス”を指す。

矢野皆さんも実感されていると思いますが、もはや注文した商品が1週間後に届くなんて待つことはできなくなっています。スマートフォンで注文したら翌日に届いて当たり前。多くの人は、一度便利な生活を体験するともう元には戻れないんです。

これはインターネットサービス全般に言えることで、eコマースの急速な普及がその好例です。特に、こうしたサービスの利用率は一度上がると、その便利さゆえに後退することはほとんどありません。

外食産業全体の市場規模はコロナ禍以降、変化が大きい中、フードデリバリー市場の浸透率は2%台にとどまり続けている。

出前館が過去に調査したところでは、2021年ごろに韓国では26%、中国では24%、アメリカでも10%ほどの浸透率があるようだ(2023年8月期通期決算説明会資料より)。つまり日本では大きな伸びしろがある──、矢野氏はそう考えているわけだ。

矢野eコマースが日常生活に浸透すると、次にクイックコマースが台頭してくるというのが世界共通の流れです。例えば、インドではeコマース市場の成長に続いて、クイックコマース市場が急拡大しています。2023年に約28億ドルだったGMVが、2025年には60億ドルまでに、つまりわずか2年で2倍以上になると予測されています(インドのコンサルティングファーム・Redseerのレポートより)。

これは日本でも同じことが起こる可能性が高いと考えています。日本のeコマース市場は着実に成長しており、消費者のオンライン購入は当たり前になってきている。私たちが消費者の期待に応える良いサービスを提供できれば、日本のクイックコマース市場は数兆円規模の市場に成長する可能性は十分にあると考えています。

コロナ禍において、デリバリー市場には多くの企業が参入した。しかし、競争の激化により、その多くが撤退を余儀なくされている。

この淘汰の結果、現在の市場はUber Eatsと出前館による2社寡占の状態となっている。この市場構造は、Google、FacebookやAmazon.comといった米国テックジャイアントが支配する他のインターネットサービス市場とは異なる様相を呈している。検索エンジンやeコマースなどの分野では、特定の企業がほぼ独占的な地位を確立しているためだ。

このような寡占状態にあるデリバリー市場には、新たなビジネスチャンスが存在すると考えられる。

矢野「デリバリー市場こそ、日本企業がテックジャイアントに勝てる領域である」と私は確信しています。その理由は主に2つあります。

第一に、当社が日本市場に特化した戦略と組織体制を築いていることです。一般的に外資系企業はグローバルで開発拠点を持ち、各市場へのリソース配分もグローバル戦略に基づいて行います。しかし、日本のデリバリー市場は他の主要市場と比べて規模が相対的に小さく、必ずしも最優先の市場とはなりません。その結果、現地のニーズへの迅速な対応が難しくなる可能性があります。

一方、出前館では日本国内に開発拠点を持ち、各地に営業チームを配置しています。これにより、地域の声を直接プロダクトに反映し、日本特有の課題をテクノロジーで解決する体制を整えています。これが当社の大きな差別化要素となります。

第二に、LINEヤフーとの提携によるシナジーです。巨大なユーザー基盤、広告ネットワーク、さらに他サービスとの連携ノウハウを活用できることで、競合他社にない強力な事業基盤を形成しています。

確かにUber Eatsは世界的に強力な企業ですが、グローバルでの成功が必ずしも日本市場でのナンバーワンに直結するわけではありません。日本には独特の市場特性があり、当社はそこに特化したサービス開発と改善に注力しています。この地域ニーズへの深い理解と迅速な対応により、出前館は日本市場でNo.1の地位を確立できると確信しています。

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変革の担い手として出前館が求める次世代イノベーター像

出前館が次なる成長ステージを目指す中、矢野氏の描く人材像が鮮明になってきた。それは同社のサービスとプロダクトに深い愛着を持ち、さらなる成長への情熱を燃やすプロフェッショナルだ。

矢野当社では、新しいアイデアを積極的に評価し、チャレンジを奨励する環境を整えています。繰り返しになりますが、失敗を恐れるのではなく、むしろ失敗から学び、次に活かす姿勢が何より大切です。

自分が成長すれば会社も成長する。この信念のもと、常により良い方法を探し、自らの成長にコミットできる人材を求めています。

矢野氏の描く未来ビジョンは、現在の500万人のアクティブユーザー(1年以内に1回以上購入したユーザー数)を2,000万人にまで拡大するという壮大なものだ。この目標達成に向け、出前館は人材確保と育成に積極的な投資を行っている。

2022年には、子会社を含む全メンバーに譲渡制限付き株式(RS)を付与しメンバーと会社が共に成長する仕組みを導入した。さらに矢野氏は「報酬を業界史上最高水準にしたい」という意欲的な目標を掲げ、その実現に向けた報酬体系の整備を進めている。

矢野当社が求めているのは、プロフェッショナリズムと情熱を兼ね備えた人材です。出前館のNo.1ビジョンに共鳴し、その未来を共に創造したいと考える方の挑戦を、心からお待ちしています。

出前館が掲げるNo.1ビジョンの実現には、矢野氏が一貫して重視するプロフェッショナリズムに共鳴する次世代のイノベーターの存在が不可欠だ。こうした人材こそが、日本のデリバリー市場に潜む巨大なポテンシャルを引き出し、出前館の成長を加速させる原動力となる。

テクノロジーを通じて日本の生活インフラを変革する──。この挑戦的なビジョンに共感する方は、ぜひ出前館の門を叩いていただきたい。

こちらの記事は2024年11月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

山田 優子

写真

藤田 慎一郎

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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