【独白】自己変容なくして巨大企業は創れない──M&Aクラウド及川氏、代表取締役退任の真相と“起業家としての葛藤”の軌跡を語る

及川 厚博

大学在学中にマクロパス株式会社を創業。東南アジアの開発拠点を中心としたオフショアでのアプリ開発事業を展開し、4年で年商数億円規模まで成長。別の事業に集中するため、2015年に同事業を数億円で事業譲渡。その際の売却価格や買い手探しの苦労などから課題意識を覚え、株式会社M&Aクラウドを設立。2026年4月まで代表取締役としてグロースを牽引し、退任。2019年にForbes NEXT UNDER 30選出。

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M&A業界にテクノロジーを持ち込み、「スタートアップM&A」という新たな市場を切り拓いてきた株式会社M&Aクラウド創業者の及川厚博氏。2026年4月、同氏は創業から10年、CEO就任してから約8年務めた同社からの退任を発表した。

なぜ、確固たる地位と10年分のトラクションを自ら手放すのか?その裏には、共同代表制という経営スタイルが迎えた限界からの「凄まじい自己変容」の軌跡があった。綺麗事だけからはわからないスタートアップ経営のリアルと、次世代の経営人材がスケールする事業を創るための普遍的な学びを、独占インタビューでお届けする。

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「信長」型トップダウン経営の限界

退任時に公表したnoteでは、「Willの変化」や「AIの進化」を退任の理由として語られていますが、FastGrowの読者である次世代の経営者たちには、もっと生々しい「経営のリアル」を共有していただきたいです。本当のところ、なぜ「今」だったのでしょうか。

及川あくまでも自分の目線ですが、ぶっちゃけて言えば、会社をさらに大きくしていくフェーズにおいて、私自身の経営者としての「器」と、これまでの「共同代表制」という構造が限界を迎えていた、というのが最大の理由です。

M&Aクラウドが「時価総額1000億円、1兆円」という圧倒的なスケールを目指すビジョンを掲げる中で、経営陣同士の思想のズレが解消されないまま進むのは、組織にとって致命的なマイナスに働きます。大きいビジョンを掲げているので最高の経営陣、最高のチームを作らなければならない中、多様なカルチャーをまとめるためには、強力なリーダーシップを持つ「1人代表」にシフトするのがベストだと考えるようになりました。

結果として、この課題を解消し、自分自身は新しい場所でゼロから挑戦する決断をしました。

起業家にとって、10年間血肉を削って築き上げたトラクション(実績・勢い)を手放すというのは、大きな決断だと思います。その葛藤はどう乗り越えたのでしょうか?

及川確かに、10年かけて積み上げてきたM&Aクラウドのトラクションを失うことは、起業家として1つの大きなダメージかもしれません。しかし、起業家というのは地位や名誉ではなく「進化のエンジン」で動いている生き物です。

次の挑戦で、今の会社よりもさらに大きい社会的なインパクトを与えられるのではないか。「自分はもっと巨大な会社をゼロから創れるはずだ」という、これまで以上の「大きな期待」を自分自身で明確に描けた瞬間、それが新しいエンジンになったんです。だからこそ、未練よりも次へのモチベーションが上回って踏ん切りがつきました。

とはいえ、及川さんのこれまでのマネジメントスタイルが合わなくなっていた、というのは具体的にどういうことなのでしょうか。

及川私は本来、織田信長やスティーブ・ジョブズ、イーロン・マスクのような、強烈なビジョンを掲げてトップダウンで引っ張る経営スタイルがすごく好きだったんです。「俺のビジョンはこうだ!ついてこい!」というスタイルですね。しかし、当たり前ですが共同代表制をとっている会社でそれを突き詰めすぎると、こと組織に軋轢が出るということに気づきました。

本当に歴史に名を残すような巨大な企業を創ろうと思った瞬間、信長ではなく「徳川家康」の役回りにシフトしていく必要があったんだなと感じています。私はこれまで、合理主義や資本主義を象徴するように「巨大な会社を創るぞ」と言い続けてきましたが、振り返ってみると、組織をまとめるための感情に配慮する「人間力」や「徳」が足りていなかったように思えます。

「信長から家康」へご自身をアップデートしなければならないと気づいた背景には、どのようなインプットや学びがあったのでしょうか?

及川自身のマネジメントを省みる中で、マキャベリの『君主論』などを徹底的に読み込みました。スタートアップ界隈では、どうしてもジャック・ウェルチのような米国式の合理的なマネジメントが教科書としてもてはやされますよね。しかし、日本人をマネジメントし、日本の歴史やカルチャーに根ざした組織を創る上で、米国式をそのまま取り入れても機能しないと悟ったんです。

だからこそ、自分の「人間力を上げる」というのが、まさに退任を決めた今の私のテーマになっています。

それに気づいてからは、月に1回は必ず神社に参拝するようになりました。緊張感ある場所に身を置き、「自分は神様に見られている」と強く自己を客観視することで、経営者としての強すぎる自我やアニマルスピリッツを意識的にコントロールし、指針を失わないように、次の挑戦に向けてまさに今、自己変容に努めているところです。

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【泥臭い生存競争】M&A×ITの荒野を開拓した「狂気」と「量」

ここからは、事業を立ち上げてから「勝ち切る」までの過程について伺います。M&Aクラウドがプラットフォームとしてシェアを取っていけた要因を「タイミングとアングル、そして徹底力」と語られていましたが、この「徹底力」について、立ち上げ期のリアルな裏側を教えてください。

及川プラットフォームビジネスというのは「Winner Takes All」に近い構造を持っています。だからこそ、最初は誰よりも早くシェアを取り切る「距離のゲーム(予選)」を戦わなければなりません。そこで勝つために必要だったのが、圧倒的な泥臭さと、既存業界を周回遅れにできるような、言葉通りの「グロースハック」でした。

当時の私たちは「共同代表制」を敷いていましたが、初期フェーズにおいてはこの体制が最大の武器になりました。M&Aの営業、特に売り手側へのアプローチは、相手が企業のトップである以上、こちらも社長が出ていく「トップ営業」が基本になります。相手も「社長が出てくるなら」と会ってくれやすい。だからこそ、社長が2人いることでトップ営業の馬力が単純に「2倍」になり、強烈なブーストが効きました。

スマートなITプラットフォームの裏側は、トップ営業2倍の泥臭さだったと。

及川ええ。そしてもう一つ、初期にシェアを取り切るための最大のハックは「ITスタートアップのコミュニティへのアクセス」でした。

当時、既存のM&A仲介会社にはエクイティファイナンスの概念がほぼありませんでした。そこに私たちはスタートアップのモデルを持ち込み、初期からエンジェル投資家や上場企業の社長に株主として入ってもらったんです。さらにVCが入ったことで、IVSやICCといった「IT系のコミュニティ」にいち早くアクセスできるようになりました。

既存の仲介会社がそうしたITコミュニティに入り込んでくるのはずっと後になってからです。私たちはこのハックによって、IT系のM&Aという領域において、既存の巨大なプレイヤーたちを完全に追い抜くことができたんです。

最初の一歩でシェアを取り切った後、どうやって成長を継続させたのでしょうか。追いつこうとする競合も出てきたはずです。

及川最初はシェアを奪い合う「距離のゲーム」ですが、似たようなプレイヤーが出てくる「2回戦」になると、今度は「改善速度のゲーム」になります。他社よりも圧倒的に早いスピードでPDCAを回し続ければ、決して追いつかれません。

ただし、改善を早く回すこと以上に重要なのが、「解くべき課題(問い)を間違えないこと」です。間違った場所でどれだけ高速に改善を回しても、的を外しているわけですから意味がありません。

筋の良い問いを立てるために、そして競合の動きを見るために、どんなことに気をつけましたか?

及川競合がどういう施策を打っているかを見れば、その会社の顧客に対する「解像度」が一発で分かります。ある時、競合他社が「買い手との事業シナジー率がわかります」という機能を実装したり、「数億円で売れます」といったサービスLPを作ったりしているのを見ました。

それを見た瞬間、「これらの競合は、解くべき課題を完全に間違えているな」とすぐに見抜きました。M&Aを真剣に考えている経営者が、そのような表面的な機能やうたい文句を求めているわけがないと思ったからです。

では、M&Aクラウドが「筋の良い問い」を立て続けられたのはなぜでしょうか?

及川理由は2つあります。1つ目は、「提供者の論理」を徹底的に排除したことです。M&A業界出身の人がプラットフォームを作ろうとすると、どうしても「自分たちが欲しい機能」や「M&Aのプロセスをそのまま載せただけのシステム」になりがちです。私たちはそれを捨て、徹底的に「エンドユーザー(売り手と買い手)の論理」を満たせるサービスはなにか?という視点でヒアリングを重ねました。当たり前のことですが、当たり前ができていない業界でそれを徹底することが最大の差別化になります。

2つ目は、他業界からの「アナロジー」です。私は常に、人材業界(ビズリーチ等)や不動産業界の進化の歴史を1つのロードマップとしてM&A業界に当てはめていました。「他業界で起きた進化が、なぜM&A業界ではまだ起きていないのか」「今、M&A業界のIT化は何合目にあるのか」を意識し、そこから逆算して次に作るべき機能を定めていたのです。

なるほど。そうした「筋の良い問い」を立てて、他社よりも圧倒的に早いスピードで改善を回し続けるためには、それを実行する現場の強力なメンバーの存在が不可欠ですよね。実際に事業がスケールしていく過程で、社内で「この人は伸びる」と突き抜けていった若手人材には、どんな共通点がありましたか?

及川ポテンシャルが高そうに見えても最初は苦労するメンバーもいれば、あるきっかけで一気に伸びるメンバーもいました。その中で、やはり一度自分で起業して失敗した経験のある個人事業主などは、そもそも「積んでいるエンジン」が違っていて、強烈に成果を出していましたね。

ただ、若手が突き抜けるための条件をあえてシンプルに言語化するなら、やはり「圧倒的な量」と「素直さ」に行き着きます。

若いうちというのは、経験やスキルで他者と差別化するのは不可能です。だからこそ、人よりも圧倒的に「量」をこなすしかない。量をこなすからこそ学習のPDCAが早く回り、結果的に誰よりも強くなる。そして何より、狂ったように量をこなしている気迫のある姿を見ると、周囲の人間も「あいつに任せてみよう」「支援してやろう」という気になります。

そしてもう一つが「素直さ」です。これはただ従順であるという意味ではありません。自分のやり方が間違っていたり、壁にぶつかったりした時に、これまでの自分を捨てて「自己変容」できる素直さです。

強烈な自我を持って圧倒的な量をこなしながらも、ダメだと気づけば瞬時に自分をアップデートできる。そういう人間は、どんな環境でも必ず突き抜けていきますね。

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【経営者としての未来像】「公益」と「徳」で日本を救う

及川さんは次の挑戦では、M&Aを軸に地元企業を支援していくことを掲げています。その背景にある思いについて教えてください。なぜ、そこまで「地方」にこだわるのでしょうか?

及川厳密に言うと、「地方創生」という言葉よりも、私の中では「地元を良くしたい」という感覚のほうが強いですね。

これまで数多くの経営者支援やM&Aに携わってきて気づいたのですが、人って年齢を重ねるとルーツに戻っていくんですよ。経営者は、事業成長や売上だけではなく、人生の後半になるほど地元に還元したいといった「感情報酬」を重視するようになります。

実際、身近な経営者たちにもその傾向は顕著で、ネオキャリアの西澤(亮一)さんがご出身の北海道・中標津で活動されていたり、スタートアップ界隈の友人でもある元3Sunnyの榎本さんが余市で起業したりしています。私自身も北海道出身として、「地元を良くしたい」という気持ちはすごく強い。どの経営者にも帰る場所や想い入れのある地域があって、その想いを形にしていくことに私自身も関わっていきたいんです。

なるほど。経営者にとっての「感情報酬」が地域に向かっているのですね。それが実際の地方企業の課題とどう結びつくのでしょうか?

及川地方企業の経営者って、本音では「できれば地元の人に会社を継いでほしい」という想いがすごく強いんです。でも実際には引き継ぎ手がおらず、東京の大企業やファンドに売却されるケースも多い。そうすると、地元からお金の流れや意思決定の構造が変わってしまうこともあるわけです。だから、自分も地元北海道で事業承継をしていきたいと考えています。

そうした地方企業を巻き込む公益性の高い構想だからこそ、冒頭で語られていた「織田信長型のトップダウン経営からの脱却」や「自己変容」の必要性が、これからの地方企業との連携に繋がってくるのですね。

及川その通りです。私が過去のマネジメントスタイルを猛省して学んだのは、多様なカルチャーや人を束ねていくための「人間力」や「器」の重要性です。ただ、経営における「徳」や「公益」というのは、単なる綺麗事ではありません。

日本のビジネスの歴史を冷静に観察してみてください。松下幸之助にせよ、今で言えばSBIの北尾吉孝氏にせよ、とてつもなく巨大な企業を創り上げた経営者たちは、皆一様に、「公益」や「徳」を前面に掲げています。

スタートアップ界隈では、どうしても「プロダクトの優位性」や「事業戦略のスマートさ」ばかりが持て囃されますが、もっと人間臭く、高度なバランス感覚が及川さんの次の勝負を決めるという意味だと理解しました。

及川これからの時代、特にAIが進化し、ロールアップのように多様な企業をまとめていくフェーズにおいては、そうしたイノベーターやエグゼキューターとしてのスキルだけでは必ず限界が来ます。

私が今、「真の経営者」の具体的なロールモデルとしてウォッチしているのが、SHIFTの丹下さんです。彼の立ち回りやセッションを見ていると、やはり事業戦略のスマートさ以上に、相手のモチベーションを落とさずにズバッと本質を突けるか、どれだけの人を惹きつけられるかという「人間力」が圧倒的だと感じます。これからの時代は、こうした真の経営者の器を持つ人間だけが勝ち残って、巨大な会社を創れる時代になるはずです。

最後に、これから経営人材を目指すFastGrow読者に向けてメッセージをお願いします。

及川これまで偉そうなことを言ってきましたが、私自身もまだ自己変容の途上にあります。しかし、もし本当に歴史に名を残すような、日本を救うような事業を創りたいのであれば、自分の「自我」や「過去の成功体験」に固執せず、素直に自分をアップデートし続けて欲しいなと思います。

私はこれから、M&AとAIの世界で、日本の地方経済を強く熱くしていくために再び走り出します。今はまだ「フラフラ期」ですが、次にお会いする時は、皆さんの想像を超えるような巨大な挑戦をお見せできると思います。

こちらの記事は2026年06月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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