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2018年のM&A総括。米中貿易摩擦、スタートアップの大胆施策からみえる新たな兆し

インタビュイー
井田 明一
  • GCA株式会社 執行役員 マネージングディレクター 

主にテクノロジー、メディア分野でのM&Aを担当すると共に、スタートアップの資金調達やM&Aを手がける子会社であるGCAテクノベーションの取締役を兼務。UBS証券にて7年間、日本におけるTMT(テクノロジー・メディア・テレコム)グループのヘッドとしてセクターチームを統括。通算30年以上、テクノロジー・通信分野の業界を経験。14年間に亘るグローバル投資銀行でのキャリアにおいて、TMTバンカーとして国内主要企業のカバレッジに従事、M&Aを中心に案件のオリジネーションとエクゼキューションをプロジェクト責任者としてリードした実績を有する。直近2年間はGCA株式会社のCFOを兼務し、経営メンバーとして財務・経営管理・IRを統括した。

及川 厚博
  • 株式会社M&Aクラウド 代表取締役CEO 

大学在学中にマクロパス株式会社を創業。東南アジアの開発拠点を中心としたオフショアでのアプリ開発事業を展開し、4年で年商数億円規模まで成長。別の事業に集中するため、2015年に同事業を数億円で事業譲渡。その際に、売却価格の算定と買い手探しのアナログな点に非常に苦労した。また、自分自身が事業承継問題の当事者であり、中小ベンチャーのM&Aに興味を持った。これらの課題をテクノロジーの力で解決したいという思いから、株式会社M&Aクラウドを設立。Forbes NEXT UNDER 30選出。

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2018年度を彩るM&Aを、様々なバックグラウンドの方からピックアップして解説してもらう企画です。今回は、クロスボーダーのM&Aや大型のM&Aで高い実績を持つGCAの執行役員マネージングディレクターであり、スタートアップの資金調達やM&Aを手がけるGCAテクノベーションの代表取締役でもある井田氏に注目のM&Aや今後のトレンドなど語っていただきました。

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2018年の注目トレンド①:CFIUSの権限強化―米中貿易摩擦がM&Aにも影響

及川早速ですが、2018年のM&Aトレンドの総括をお願いいたします。

井田グローバルな観点での大きなニュースとしては、米国のCFIUS(Committee on Foreign Investment in the United States、対米外国投資委員会)がトランプ政権下で権限強化されることが決まったことが挙げられます。米国企業を買収する際にはCFIUSの承認が必要で、米国の国益に反する案件にはNGが出されます。今回の権限強化の目的は、チャイナマネーの流入阻止であることは明らかです。

日本は友好国ですから基本的には問題無いと長く理解されてきましたが、今後は留意する必要があります。実際に、日本企業が米国市場での売り上げの大きい欧州法人を中国企業に売却しようとしたところ、CFIUSにブロックされた例もあります。米中貿易摩擦は日本企業のM&Aにも影響を及ぼしているのです。

及川スタートアップ案件でも対象になるのですか?

井田米中がらみの案件なら、スタートアップであっても介入される可能性はあります。特に新技術や社会的事業を手掛けている会社、個人情報を持っている会社などはマークされやすいので、注意が必要ですね。

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2018年の注目トレンド②:大型M&Aで進む業界再編

及川大型M&Aによる業界再編の流れは、2018年も続きましたね。

井田固定費の大きな業界では、リソースの統合は大きな強みとなりますから、今後も同様の動きは出てくるとみています。2018年には武田薬品工業のシャイアー買収、ルネサス エレクトロニクスのIntegrated Device Technology買収がありましたが、製薬、半導体はまさに巨額のR&Dと設備投資を必要とする業界の代表例です。また、2018年は、メディア業界でも、ウォルト・ディズニー・カンパニーと21世紀フォックスの統合、コムキャストのスカイ買収があり、規模の競争が激化してきました。ベンチャーの方には馴染みがないかもしれませんが、スケールメリットが単純に出る業界はまだまだあり、今後業界再編のM&Aは加速するでしょう。

スタートアップにとっては、業界のメインプレーヤーが巨大化することは脅威でしょうが、一方では、小回りの利く規模感を逆手にとり、スピード感ある施策を打つチャンスともなり得るでしょう。とらえ方次第では、面白い時代だと思います。

及川IT業界でも、2018年はさまざまな動きがありましたが、どのようにご覧になりましたか?

井田マーケティングオートメーションのマルケトがアドビシステムズの傘下に、オープンソースソフトウエアで知られるレッドハットがIBMの傘下にそれぞれ入り、大きな話題になりました。いずれも独立心旺盛な企業が大手と組んだことは、業界再編の潮流を印象付けました。

焦点はやはり、クラウドビジネスの覇権をどこが取るか。マルケトとアドビの組み合わせは、それぞれBtoBとBtoCに強いサービスを持っており、シナジーの見えやすい構図です。一方、レッドハットとIBMについては、ドメインの重複感もあり、今回の買収が本当に武器になるかどうか、今後の戦略が問われると思います。

及川IT基盤のクラウド化の流れが鮮明になった今、ユーザーボリュームをグローバルに取り合う戦いは、ますます熾烈になっていきますね。

井田ソフトウエアはそもそも商品の性質上、グローバルでなければ勝てないビジネスです。ある国でしか使えないソフトではマーケットが限られ、開発コストを回収するのは厳しいですからね。

サービス面ではもちろん、ローカルニーズに応えられる柔軟性が必要ですが、プロダクトはグローバルな発想で設計されていることが必要です。米国と異なり、日本では大きなソフトウエア会社はなかなか出てきていませんが、最近、起業している若い世代は、国際感覚豊かな人も多いですから、今後に期待したいですね。

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2018年の注目案件①:栗田工業✖フラクタ 老舗事業会社がアーリーのスタートアップを買収

及川日本ではスタートアップの出口がIPO市場に依存しています。欧米に比べて規模が小さくてもIPOがしやすいからです。小規模な買い手企業が多いためか、大型のM&Aが進みづらい面があります。

井田米国や中国に比べ、スタートアップに投入されるリスクマネーの量が圧倒的に少ないですね。年間ベースで、米国では8兆円、中国は6兆円程度に上っているのに対し、日本では3,000億程度に留まっています。私たちがGCAテクノベーションを立ち上げたのも、そこを活性化したいためです。特にリアルテックのミドルステージのベンチャーなど、いよいよ量産体制を構築したいといったフェーズで、必要な資金調達をしづらい現状がみられます。

ただ、投資意欲そのものが低いわけではないと思います。大手の事業会社の中には、自社発のイノベーション創出に苦戦して、有望なスタートアップの発掘に期待をかけているところも少なくありません。私たちは今、そうした買い手と売り手をつなぐことに注力しています。

及川事業会社の反応はいかがですか?

井田2018年に成立した案件で、トレンドの変化を感じたのが、米国でAIを活用した水道管の経年劣化予測を行っているフラクタを、栗田工業が買収した案件です。われわれはフラクタ側について、サポートを行いました。国内のM&Aでは、まだ売上のないベンチャー企業を、老舗の工業会社が買収したというのは、ほぼ前例のないケースです。

フラクタは、ロボット開発のシャフトの創業者として知られる加藤崇氏が、同社のグーグルへの売却後に新たに立ち上げた会社です。米国では水道管の老朽化が問題となっていますが、現状、早期の対策が必要な個所を特定するには、道路を掘り返してみるしかありません。フラクタはこの問題を解決するため、土壌や気候、交通量などのデータをAIで分析し、危険予知につなげる技術を開発中。カリフォルニア州で実証実験を進めています。

栗田工業はご存じの通り、水ビジネスを専門にしていますから、フラクタの予知技術と栗田の関連機械・サービスが今後シナジーを出していけるというストーリーで、買収検討を持ちかけました。

及川売上も十分に立っておらず、かつこれまでにない技術だけに、企業価値評価が難しかったでしょうね。

井田本件では、栗田工業の役員の方が将来性を高く評価し、後押ししてくださいました。こうした局面でのリーダーシップは重要です。一般に、事業部の責任者の皆さんは日々の業績を追わなくてはならず、大胆な判断をしづらい面がありますから。

及川フラクタの加藤社長は、M&A後も実務に携わっていらっしゃるのですか?

井田しっかり携わっていますよ。彼は今、水ビジネスの実績豊富な栗田工業から刺激を受け、次のアイディアがどんどん沸いてきているようです。活き活きした姿に接すると私たちもやりがいを感じますし、本件のように、両社にとっても社会にとっても意義の大きいM&Aを、今後もサポートし続けたいと思います。新たな価値の創出に挑む若い才能を外部から取り込み、老舗企業のリソースを駆使してバックアップする――いわば「イノベーションを買ってくる」ムーブメントを大企業の中に起こしていきたいですね。

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2018年の注目案件②:ユーザベース✖クオーツ 日本発メガベンチャーによるクロスボーダーM&A

及川最近は、スタートアップ同士のM&Aも活性化してきました。スピーディーな事業成長の切り札として、検討する起業家が増えていると感じます。

井田2018年の案件では、ソーシャル経済メディア「NewsPicks」を運営するユーザベースによる米国のクオーツ買収があり、日本よりもむしろ米国のメディアでかなり話題になりました。あれは、スタートアップの先輩格がスタートアップを買いに行った形ですね。

及川私も「NewsPicks」に掲載された買収の裏側の解説記事を見て、注目していました。

井田本件は、当社が買い手のユーザベースのアドバイザーを務めた案件です。クオーツは、米国の若手ビジネスマンの間では注目株のメディアですから、「日本のスタートアップが買収? いったいどんな会社なのか?」とたちまち関心を集めたわけです。クオーツは広告モデルなのに対し、「NewsPicks」は日本においてサブスクリプションモデルを成功させてきたということがあり、そうした意味でもこの買収は興味深いのでしょう。

及川M&Aのサポートにあたって、スタートアップ同士の案件ならではの難しさを感じた点はありますか?

井田買い手もスタートアップだけに、支払いは全額キャッシュではなく、キャッシュと株の組み合わせになっているほか、アーンアウトも付いています。ディールストラクチャーはかなり複雑になりました。

及川それを売り手に納得してもらえるよう、交渉されたのですね。

井田ユーザベース 梅田社長の熱意が通じたのだと思います。彼はクオーツとの交渉を始める前から、「NewsPicksのようなサービスを米国でも展開したい。サブスクリプションモデルは絶対に成功する」と信念を持ち、自宅もニューヨークに移して準備を進めていました。クオーツとの交渉に入ってからは、先方オーナーの自宅を訪ねて語り合ったりする中で、経営陣の心をつかんだようです。クオーツ側もこのディールに新たな可能性を感じ、熱い思いを持っていることが伝わってきました。

複雑なストラクチャーを成立させられたのは、ユーザベース担当者の理解力、行動力に負うところも大きかったと思います。同社は本件に絡んで資金調達も行っており、すべてをタイミングを合わせて進めるためには、柔軟な対応力が求められました。当社ももちろん、サポートには細心の注意を払いましたが、同社の能力の高さがあってこそ、実現できた案件だと思います。

及川案件発表の際も鮮やかな伝え方で、さすがメディア運営のプロだなと感じさせられました。

井田発表時のプレゼンテーションは、梅田社長が自ら書いたものです。思い入れの強さが、あれだけのインパクトにつながったのでしょう。

8月の買収後、11月には新バージョンのアプリをリリースし、サブスクリプションモデルをスタートさせたスピード感もさすがでした。プロピッカーが付き、どんどんコメントしていくスタイルがすでに始まっています。ぜひとも成功させ、米国メディア界に革命を起こしてほしいと期待しています。

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スタートアップへのアドバイス:世界市場を視野に、戦略的な人材採用を

及川海外展開を検討しているスタートアップ経営者に向けて、アドバイスをお願いいたします。

井田1つには、今もお話ししたように、起業時から世界のマーケットを意識することが大切だと思います。身近な社会課題を起点にする発想ももちろん素晴らしいですが、グローバル展開のポテンシャルもあわせて検討したうえで、ビジネスモデルを設計しておくことをお勧めします。

また、事業がある程度成長すると、多彩な能力を持つ人材が必要になります。創業当初は、経営者個人の牽引力で走るケースも少なくないと思いますが、海外展開も検討するようなステージになると、優秀なCFOとそのチームが機能しなくてはなりません。

幸い、最近では投資銀行などからスタートアップへ行く人も増えており、人材の流動性が高まっています。経営者には、こうした人材マーケットの状況にもアンテナを張り、プロフェッショナルの登用によるパワーアップを図っていただきたいと思います。

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スタートアップM&A市場の活性化に向けて

及川日本のスタートアップは、大型M&Aのエコシステムがないこともあり、上場が目標になりがちです。上場の先に、より大きな夢を描ける人が増えてくると面白いと思うのですが……。

井田小さな規模で上場し、そこで目標達成というのは少し残念ですね。上場企業のM&Aももっと増えてよいと思います。米国では上場企業が買われるのは当たり前ですし、スタートアップ経営者も、上場よりも売却を目指す人が多いですね。

及川日本で上場企業のM&Aというと、敵対的買収のように捉えられがちです。

井田上場企業イコール一国一城の主という意識が強いのでしょう。本来、上場したということは、プライスタグがついたということですから、M&Aは常に選択肢であるべきなのですが、文化的な問題ですね。また、1社売却したら次を手掛けるシリアルアントレプレナーも、もっと増えてくるとよいと思います。日本でも、起業の熱量はかなり高まってきていますが、この炎をさらに大きくしていきたいですね。

すでに息吹は感じています。たとえば、2018年12月には、家計簿アプリなどを手掛けるマネーフォワードが海外投資家向けの公募増資で大型調達に乗り出しました。日本のスタートアップもあのような大胆な施策をどんどん打つようになれば、M&Aも活性化し、大型ビジネスが生まれてくることと思います。

及川当社もM&A市場活性化の一翼を担うべく、事業展開を加速していきたいと思います。

井田2019年は、スタートアップの皆さんにとってチャンスの年だと思います。選択肢としては、資金調達もM&Aも検討可能になっており、もはやタブーはありません。

材料工学、医療、アグリテックなど、リアルテックのスタートアップが増えていることも注目に値します。AIやビッグデータのビジネスに比べ、一見地味に見えるかもしれませんが、社会に大きな希望をもたらしてくれる可能性を秘めています。

当社も、依頼各社の状況に合わせ、あらゆる手法を駆使して応援していきます。スタートアップの熱意と柔軟な発想を最大限に開花させ、日本発のイノベーションを育てていきましょう!

こちらの記事は2019年01月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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1記事 | 最終更新 2019.01.17

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