COOの独白「離職率40%の地獄」──NEXTユニコーン・ビットキーが、あえて「泥臭い再生」を選んだ理由
Sponsored逆境の先に飛躍がある──、だからスタートアップは面白い。
「NEXTユニコーン」「大型資金調達」。華やかな見出しの裏で、株式会社ビットキー(以下、ビットキー)は静かに、しかし確実に崩壊していた。
2021年、離職率は40%を超え、2023年には社長交代も発生。「あそこはやばい」「事業が止まるのではないか」。市場ではそんな噂さえ囁かれた。一体、内部では何が起きていたのか。
本連載は、その「空白の期間」の記録である。これまで外部に語られなかった真実は、「売れすぎたがゆえに組織が壊れる」という、スタートアップにとって最も贅沢で、最も残酷なパラドックスだった。
だが、これを「成功へのステップ」として美化するのは間違いだ。 取材班が目にしたのは、己の力量を過信した経営陣の「敗北」であり、現場をカオスに突き落としたことへの深い「絶望」なのだ。
COO石政健人氏が初めて明かすのは、輝かしい成功譚ではない。急成長の歪みが生んだ機能不全と、仲間の離脱。そして、地獄の淵から這い上がった泥臭い再建劇の全貌だ。
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
崩壊の正体は、需要爆発に溺れた「経営の過信」だった
ビットキー。2018年の創業以来、このスタートアップが挑み続けてきたのは、単なる「カギのデジタル化」ではない。
挑戦のテーマは、デジタルとリアルの融合。建物という物理インフラを、ソフトウェアのようにアップデート可能な存在へと書き換えることだ。物理空間における体験をハックし、その定義を根本から塗り替えていく。
スマートロックは、構想の「入り口」に過ぎない。真の狙いは、オフィスや住宅における「建物まるごとDX」にある。空間の不自由を取り払い、これまでの日常をもっと自由なものへ。この桁外れの事業スケールに、多くの投資家や大企業が熱狂した。
だが、その華やかな急成長の裏側で、崩壊の足音は静かに、かつ決定的に忍び寄っていた。
急成長という名の「猛毒」
創業から3年後の2021年当時。オフィスに漂っていたのは、イノベーションの熱気などではなかった。理想と現実の乖離が生んだ、底知れぬ絶望感。終わりの見えないタスクと、行き場のない怒りによって、組織は限界まで疲弊していたのだ。
当時、ビットキーはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いにあった。女優の今田美桜さんを起用したタクシーCMが街中をジャックし、名だたる大手企業とのアライアンスが次々と決定。売上高は文字通り「倍々」のペースで積み上がっていた。世間から見れば、それは絵に描いたような成功の体現。
だが、石政健人氏(COO)は、この「成功」こそが組織を蝕む「猛毒」だったと断じる。
石政当時はとにかく全方位、全速力。オフィス、店舗、住宅、ホテル、データセンター……。果ては新築マンションのカスタマイズ提案からAmazon.comでのEC販売まで、10以上の領域を同時に、全力で回していました。
誰もが知る大企業からの引き合いが止まらず、現場には「期待」という名の重圧が降り注ぐ。普通なら喉から手が出るほど欲しいはずの需要が、皮肉にも、組織を内部から壊す「毒」へと姿を変えていたんです。
一般論として、多くのスタートアップが突き当たるのは売上成長の壁だ。しかし、当時のビットキーが直面したのは、その真逆の事態だった。プロダクトのポテンシャルが、組織の成熟度を置き去りにして加速してしまったのだ。
営業が死力を尽くし、本来なら手が届かないはずのマンモス級案件を、執念で手繰り寄せてくる。しかし、それを支えるデリバリー体制は整っておらず、開発リソースはすでに枯渇。導入現場では予期せぬトラブルが頻発し、CS(カスタマーサクセス)はその対応で文字通り土日も返上で奔走した。
離職率40%の断末魔
Slackの通知音に怯え、謝罪のためにスーツを着る日々。疲弊したメンバーが一人、また一人とオフィスを去っていく。当時、転職口コミサイトに並んだのは、ビジョンに共感して入社したはずの社員たちによる、血を吐くような「叫び」だった。
【当時の口コミサイトに刻まれた言葉(要旨)】
- 「手を広げすぎている。全職種がリソースの限界。現場は火の車どころではない」
- 「次々に新しいことが決まるが、現場は常に置いてけぼり。説明もない。経営陣が見ている世界と、泥沼の現場との乖離が激しすぎて、不信感がある」
- 「不具合対応で一日が終わる。本来やりたい『新しい価値創造』はできない。このままでは組織が持たない」
※投稿者の特定等を避けるため、FastGrow編集部にて、文意が変わらない範囲で表現を調整しています
「離職率40%」という数字は、単なる統計データではない。仕組みなき暴走によって、仲間たちが次々と力尽きていった結果だった。
石政今振り返れば、あれは経営の完全な敗北でした。
当時、私はCS部門のマネージャーとして現場を見ていましたが、経営陣は自分たちの力を完全に過信していた。今はCOOとして経営の立場にいるからこそ、当時の判断の背景は理解できます。ですが、やはり市場からの強烈な引き合いを「自分たちの実力だ」と勘違いし、アクセルを思い切り踏み間違えてしまったんです。
石政氏は、当時をこう自省する。
石政SaaSブームの真っ只中でしたが、私たちは飲食店やスモールオフィスといった、いわゆるSMB案件で手堅く数字を作る道を選びませんでした。「エンプラ全集中」だぞ、と。
最初から、数万人単位が利用するようなエンプラ案件、その先にある巨大な社会課題の解決という「マンモス攻略」に挑んだんです。ですが、当時の私たちには、マンモスと対峙できるだけの組織の「覚悟」も、一糸乱れぬ連携体制も備わっていなかった。
大してレベルが上がっていない勇者が、こん棒一本でいきなりラスボス戦に臨むような、無謀な地獄絵図でした。
「こん棒」を捨て、真のエンプラ全集中へ。12の領域を3つに研ぎ澄ます「勇気ある撤退」
なぜ、彼らの装備は「こん棒」に過ぎなかったのか。その理由は、当時のビットキーが抱えていた、ある根深い「矛盾」に隠されていた。
「エンプラ全集中」を標榜しながら、実態は短期利益や中小案件への未練を捨てきれずにいた。EC販売まで手を広げる全方位への「欲」が、戦略の純度を濁らせ、組織を歪めていたのだ。
石政口では格好いいことを言っておきながら、リソースを散らし、自らの首を絞めている。この自己矛盾こそが、現場の不信感を生む病巣でした。
当時を振り返る石政氏の言葉には、強い自戒が入り混じる。そんな組織の閉塞感を打ち破るきっかけは、あまりに唐突に、そして決定的な形で訪れた。
青天の霹靂。経営体制の刷新と「領域集約」の断行
2023年。ビットキーに創業以来最大の転換期が訪れる。トップとして牽引してきた共同創業者が離脱し、同じく共同創業者である寳槻氏が新社長に就任。組織を根底から塗り替える経営体制の刷新だ。現場責任者の一人であった石政氏にとって、それはまさに「青天の霹靂」と呼ぶにふさわしい展開だった。
さらに、新社長となった寳槻氏の主導により、組織には「大なた」が振るわれた。執行役員制の導入と、意思決定を極限まで加速させる大規模な再編。その象徴ともいえるのが、当時は部門長の一人に過ぎなかった石政氏をCOOへと一気に引き上げる、異例のサプライズ人事だった。
そして、新社長が石政氏に対して示した改革方針は、現場にとってあまりに冷徹で、かつ痛烈なものだった。
「いままでの12の事業領域を、わずか『3つ』に集約する」という──。
選択と集中
ターゲットとして定めたのは、「既築の集合住宅」「ビルオーナー」「オフィステナント」の3つ。
提供:株式会社ビットキー
EC販売といった「横道」からは完全撤退。ホテルやデータセンターなどの領域も既存顧客の保守のみに絞り、新規受注はすべて凍結。開発も営業も、リソースのすべてを「3つ」へ全投下する。
いわゆる「選択と集中」だ。だが、いま振り返れば極めて合理的に映るこの戦略も、当時の社内には安堵ではなく、凍りつくような巨大な不安をもたらした。
石政経営陣が下した「選択」は、現場にとっては耐え難い「切り捨て」に他なりませんでした。
昨日まで心血を注いだ開発が凍結され、愛着ある領域からの撤退を突きつけられる。それは「集中」という綺麗な言葉ではなく、会社の「敗北」を告げるネガティブな合図にしか聞こえなかった。作り込みの最中だった機能も、執念で掴んだリードも、すべて白紙にするのか。
現状維持バイアスが強く働く中で、「自分たちの積み上げを否定された」という憤りが、不気味な熱を持って組織に渦巻いていました。
「退路を断つ」という覚悟への共感
この不穏な空気を切り裂いたのは、新社長となった寳槻氏の、逃げ場のない「覚悟」だった。
誰よりもビットキーの可能性を信じ、自ら大風呂敷を広げた創業者が、それを畳み、過去の自分を否定してまで再起を誓う。その冷徹なまでの自己批判の奥に石政氏が見たのは、目先の数字を守るための縮小ではない。「建物まるごとDX」という巨大な理想を、単なる絵空事で終わらせないための、狂気にも似た執念だった。
プライドをかなぐり捨て、勝つための土台を一から作り直す。その剥き出しの意志に、石政氏の心は激しく揺さぶられた。
石政寳槻が「今のままでは勝てない。マンモス攻略のために、今は全てを捨てて武器を鍛え直すんだ」と、完全に腹を括ったのが伝わってきました。
それは、単なる事業の延命ではない。本気で理想を実現するために、泥を啜ってでも足場を固め直すという経営者の覚悟です。その執念に触れたとき、私の中の迷いも消えました。
「だったら、自分もこの会社の再生に全てを懸けよう。現場の混乱を一身に引き受けてでも、この『勇気ある撤退』を完遂してみせる」と。
かつて「こん棒」一本でラスボスに挑んでいた勇者は、ここで初めて足を止めた。そして、本気で「マンモス」を攻略するための、長く苦しい再建へと踏み出したのだ。
荒れ地を耕し、規律ある「騎士」へ。組織を再建した3人のプロフェッショナル
選択と集中。それは、ビットキーが「こん棒」を捨て、真の武器を鍛え直すための決意表明だった。しかし、嵐が去ったあとの静けさの中で石政氏が目にしたのは、事業という木が引き抜かれ、地面がひび割れたままの荒れ地だった。
石政戦う領域を絞っても、未熟な組織のままでは、事業というものは育ちません。必要なのは、文化を耕し直すこと。
会社という「勇者」が勢い任せに“こん棒”を振るうフェーズは終わりました。巨大なマンモスを仕留める「騎士」としての規律を持つ。そのために、私たちはまず足元の地面を耕すことから始めたのです。
社長の寳槻氏が断行したのは、事業整理以上にドラスティックな「組織文化の再建築」だった。ビットキーという勇者の「魂」を入れ替え、最高峰の武器を授けるために。総力戦で挑む再建劇に、変革の鍵を握る3人のプロフェッショナルが合流した。
1. 「土壌」を耕す:離職率を2年平均13%下げた、魂の刷新
組織文化の再構築にあたっては、外部から新たな専門人材を探した。寳槻氏が招き入れたのが、ココナラでCHROを務めた佐藤邦彦氏という「組織づくりのプロ」だった。
寳槻氏は佐藤氏と徹底的に壁打ちを重ね、自身の経営哲学である「Being経営(コトよりヒト)」を言語化。佐藤氏はその抽象的な概念を、評価制度や採用基準という「目に見える仕組み」へと落とし込んでいった。
石政効果は劇的でした。寳槻の「Being経営」が発信され、佐藤の手で組織の基盤が作り直されると、40%を超えていた離職率は2年平均13%まで激減、安定しました。
土壌が整えば、そこに集う人々の顔つきも変わります。職場での笑顔が増え、以前は「敗北」と感じていた事業撤退が、いつの間にか「筋肉質な組織への進化」へと意味を変えていました。創業当初からいる私から見ても、まったく別の会社に生まれ変わるプロセスを目の当たりにする、衝撃的な体験でした。
2. 「武器」を鍛える:異能のDNAがもたらした剣と盾
土壌が整い、ようやく強い個体が育つ準備ができた。次は、マンモスに立ち向かうための「武器」だ。こればかりは社内の人間だけでは到底作れない。
そこでビットキーが求めたのは、自分たちにはないDNAを持つ「異能の鍛冶職人(スペシャリスト)」たちだった。
一人は、営業という「剣」を鍛えた関原大輔氏。前職はセールスフォース・ドットコム ジャパンで、元・年収1億円プレイヤーという伝説的なトップセールスマンだ。彼はビットキーに、緻密なプロセスと、顧客の成功を科学する規律を持ち込んだ。
もう一人は、プロダクトという「盾」を研ぎ澄ませた五十嵐健氏。ソニーでPlayStation 5のコントローラー『DualSense』の開発責任者を務めた名匠だ。彼は、ベンチャー特有の「とりあえず動く」モノづくりを排し、社会インフラを担うハードウェアとしての確かな品質(盾)を定義した。
3. 野武士から、洗練された「騎士」へ
「組織づくりのプロによる土壌改良」と、「鍛冶職人による武器の鍛造」。外部の強力なDNAが注入されたことで、現場にはかつてない化学反応が起きていた。
石政正直に言えば、最初は戸惑いもありました。彼らの流儀は、かつて「こん棒」で戦っていた私たちの常識とはあまりに違いましたから。
しかし、彼らが作る仕組みは、現場を縛るものではなく、現場を『勝たせる』ためのものでした。
関原が営業の型を作り、五十嵐がハードウェアの品質を極める。その背中を見るうちに、現場の若手たちの顔つきが変わっていったんです。「気合いでなんとかする野武士」ではなく、「役割と技を持って戦う騎士」へと。 気がつけば、あれほど遠かったマンモスの背中が、射程圏内に捉えられるようになっていました。
こうしてビットキーは、痛みと引き換えに、ようやく戦うための装備――「剣と盾」をその手に取った。
もちろん、これで全てが完結したわけではない。依然として彼らはチャレンジャーだ。しかし、その手にはもう、無闇に振り回すだけの「こん棒」はない。豊かな土壌に根を張り、プロフェッショナルとしての規律と、社会インフラを担う覚悟を装備した彼らはいま、本当の意味でのスタートラインに立ったのだ。
エピローグ:未踏の「Chapter 3」へ。地平線の先に、本当のマンモスが待っている
「地獄」を抜け出し、ひび割れた大地を耕し直し、ようやく戦うための装備を整えたビットキー。創業期のカオス(Chapter 1)、痛みと再生の改革期(Chapter 2)を経て、彼らはいま、2026年という新たな地平に立っている。
いよいよ幕を開けるのは、「Chapter 3──真の“建物まるごとDX”を社会実装するフェーズ」だ。
かつては「スマートロックの会社」と見られていたビットキーは今、その枠を遥かに超えようとしている。デジタルプロダクトとハードウェアを縦横無尽に組み合わせ、オフィスや住宅のアクセス、さらには空間体験そのものをデジタルインフラへと昇華させている。名だたるエンタープライズ企業との共創は、もはや「夢」ではなく、動かしがたい「日常の景色」になりつつある。
その勢いは数字にも残酷なほど正直に現れている。2025年から続く大型受注の波は、従来のベンチャーの常識を塗り替える規模にまで膨らんだ。主力のスマートロック製品に続く、空間の価値を再定義する新ジャンルの製品展開も、すでに秒読み段階に入っている。
数年前、地獄の真っ只中にいた石政氏であれば「絵空事だ」と笑ってしまったかもしれない未来。それが、磨き上げられた剣と盾の重みとともに、確かな手触りを持って目の前に現れている。
石政地獄を見たからこそ、今の景色があります。でも、正直に言えば、まだ何も成し遂げてはいません。ようやく、世界を変えに行くための「最低限の装備」が整った。ただそれだけなんです。
そう語る石政氏の視線は、すでに目の前の戦果を通り越し、その先にある「新しい地平線」を見据えている。
石政だからこそ、まだまだ仲間が足りません。ビットキーの門は、いつでも開かれています。もし、あなたがこの「Chapter 3」という未踏の荒野を、共に駆け抜けたいと望むなら。さあ、本当のマンモスを狩りに行きましょう。
こちらの記事は2026年02月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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藤田 慎一郎
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