キャピタリストが陥った“出がらし”状態と、3年間の修行で見つけた、新たなスタートアップ支援の形【元サムライインキュベート長野英章氏】
日本のスタートアップエコシステムは、成熟の時を迎えた──そんなイメージをなんとなく持つ読者も、きっと増えているだろう。
多くのベンチャーキャピタル(VC)が生まれ、いくつものファンドが組成されている。大企業がユニークなコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を立ち上げる例も明らかに増えている。そして、そうした資金供給者たちから、多くの起業家が、日々、数億~数十億円を調達し、事業を急成長させようと挑戦を続けている。
そんな世界に、2011年に先駆けて飛び込み、試行錯誤を続けていたベンチャーキャピタリストの一人に、長野英章氏がいる。あのサムライインキュベートに2017年から共同経営パートナー兼Chef Strategy Officerとして参画し、それ以前の起業・新規事業の経験も交え、独自のフレームワークを生み出し続けていた。
だが、もしかしたら、ここ数年の間にスタートアップの世界に飛び込んだ若き起業家・事業家たちは、長野氏の存在をあまり知らないかもしれない。それもそのはず、2021年にサムライインキュベートを退社して以降、表に出て発信する機会がほとんどなくなっていたからだ。
だが一方で、実は今や、知る人ぞ知る「事業の立ち上げ・グロースのフレームワークといえば、長野氏」という存在に、改めて進化している。
FastGrowでも2019年に、起業家向けのイベントを共催。それ以来、久しぶりに今回、取材そしてイベント企画を進めている。本記事では、長野氏がVCから離れた後の3年間、どのような状態にあったのか。そして、今どのように事業のフレームワークをアップデートし、世の中に還元しようとしているのか。こうした点について、満遍なく聞かせてもらった。
オプトインキュベートやサムライインキュベート時代の長野氏を知る人はもちろんのこと、むしろ長野氏について詳しく知らなかった若き起業家・事業家たちに、わかりやすく、今のスタートアップエコシステムについて解説をいただく形にもなっている。自分たちの立ち位置や、今後の挑戦について考える際の参考になる部分も多くあると思う。じっくり読みこんでほしい。
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
「お湯しか出ません」──ベンチャーキャピタリストが“出がらし”になった日
長野自分の成長が止まってしまった……そんな感覚がめちゃくちゃ強くなっていたんです。もう最後の方は“出がらし”にすごい近い感覚で、なんか、お湯を注いでも、そのままのお湯しか出ませんみたいな。
自身の内側からは、新たな知見や価値を生み出せず、過去の経験をそのまま切り売りしているだけではないか──。
真剣な表情で振り返るのが、ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」で共同経営パートナーを務めていた長野英章氏。2021年にその職を辞してからは、旺盛だった対外発信もすべてストップし、自らを成長させる事業に邁進していたという。
そして約3年の月日が経ち、沈黙を破ったのが2024年10月のこと。自己資本で経営するMaxeff(マクゼフ)社の代表としてnoteを更新。その子会社としてデータサイエンスを使ったFintech事業を行うENOLAの経営に加え、2025年8月には支援先の1社である伊藤忠商事において新規事業創出プログラム「バーチャルオフィス」を実施(プレスリリースはこちら)するなど、新たな事業・施策を連続的に起こしている。
自らが起業家としてキャリアをスタートした後、まだ黎明期ともいえるベンチャーキャピタル業界に身を投じた。その最前線で生きてきたビジネスエリートのようにも見える長野氏だが、本人のメンタリティはむしろ、完全に「非エリート」だ。そんなパーソナルな部分から改めて触れていきたい。
長野これまでの起業やVCなどのキャリアとか、最近の伊藤忠さんとの取り組みだとか、こういう話だけを見た人はたぶん、私を高学歴のエリートだとみなしてしまうのですが、ぜんぜんそうじゃないんですよね。
プロのバスケットボールプレイヤーを目指してカナダに留学して、挫折して、ホテルにあるフィットネスジムの掃除の仕事からキャリアがスタートしているくらいですから。
それに、これまでメディアに出た中では「私が上手くいった話」ばかり取り上げていただいていたわけですが、当然、失敗したことも多くあるわけです。これからは、失敗談も含めてさらけ出し、それをプラスに捉えて頑張ってくれる人が増えることにも期待したい。
そして今、以前よりもさらに大きなインパクトを残そうと新たな挑戦をしているんです。
私の等身大の姿を見て「長野がやれるなら、私だって、もっとがんばれる!」と思ってもらえると嬉しいんです(笑)。そのために、今日も、これからも、いろいろ話して発信していこうと思っています。
長野氏を突き動かすのは、「課題解決を、ひたすら追求していきたい」という想いだ。これは、若き日に高揚感を覚えていたバスケットボールとも通じることなのだという。
長野同じサイズのゴールに向かって、何度も何度も、シュートの反復練習をすることで、試合での成功確率を高める。これがバスケットボールにおいて昔も今もブレることのない、一つの成功法則です。同じ事を、ビジネスの世界でもやっている感覚なんですよね。
事業や施策の一つひとつだけを見ると、何が起こるかわからない不確実なものばかりです。ですが、すべてに通じるような核となる部分があって、それは反復することで、成功確率を高めることができるはず。
その仕組みになるようなフレームワークを創り込むことで、事業の成功確率を高めることに、サムライインキュベート時代から取り組んでいました。
ですがベンチャーキャピタリストという投資家の立場が続く中で、「フィードバックを受けない期間」が長くなり、“出がらし”状態になりました。より良いアウトプットを出し続けることが、できなくなっていったんです。
成長に必要な「フィードバックのシャワー」
グルーポン・ジャパンやRocket Internetといったベンチャー企業の立ち上げ期を経験した後、ダイマーズラボというベンチャーを自ら立ち上げ、その一貫でオプトインキュベートを設立(当時のオプトホールディングとの共同事業)。日本経済新聞社などの大企業と組んで新規事業をいくつも起こしてきた現場で活動してきた。
その後、前述のとおり、サムライインキュベートに共同経営パートナーとして参画。サムライインキュベートと言えば、2008年に設立された、日本のベンチャーキャピタルの走りともいえる存在。国内のITベンチャー投資で存在感を放つのみならず、イスラエルにオフィスを構えるなど、先進的な取り組みを進めていた。
また、オープンイノベーション実現に向けた取り組みが多かったのも長野氏のユニークなところだ。日本郵便や東京電力といった大企業との共創プログラムを実現。単にアクセラレータープログラムのような一過性のイベントで終わることなく、事業化まで見据えた支援を広げてきた。
その中心で4年ほど活動してきた。
長野大企業さんも含め、多くの人たちとさまざまな挑戦ができました。とても楽しい日々でした。
なのですが、ベンチャーキャピタルは、常に「ベンチャー・スタートアップの事業を評価してお金を出す側」なので、フィードバックをもらう機会がとにかく全然ないんですよ。
例えば私が起業家や事業責任者の方に対して「こうした方がいいんじゃないですか?」と言ったら、必ずと言っていいほどその場では「なるほど、そうですね。考えてみます!」と素直に受け止められて、終わりです。そこで「いや、あなたの考え方は間違っています!」なんていう人は存在しません。
その前のオプトインキュベート時代は、常にオプト共同創業者の大先輩が近くの席にいたので、フィードバックのシャワーを受け続けていました。その時は、本当に毎日、成長できている感覚が強かったですね。それが懐かしくなっていって……。
成長が止まった「出がらし」の状態で、未来を賭けて戦う起業家たちに伴走し続けることに耐えられず、新たな道を探り始めた長野氏。再び「プレイヤー」としてフィードバックのシャワーを浴びるため、自らを追い込むような形で、再度、起業へと歩を進めた。
長野「お金を提供する側」ではなく、全く反対側の「お金をもらう側」になることにしたんです。それも、自分一人だけで。
私自身の実力だけでどこまで通用するのか、徹底的に試そうと思ったんです。
だから敢えて、まずは自分が知っている相手だけに営業をして、そこから「満足いただけたら、他のお客様をご紹介いただけませんか?」とリファラルだけで拡大させるというルールにしました。
目の前の仕事の価値で、次へと繋いでいく。もしも期待に応えられなければ、紹介どころか、足元の契約も揺らぎ、稼ぎが失われる。そんな状況に自らを追い込むことで、本質的なフィードバックのシャワーを受け続けるキャリアがまた始まりました。
経営コンサルとして自信を持って助言をしても「長野さん、ここ全然ダメでした」と言われたり、事業内容を必死で分析して解決策を持ち込んだら「期待してたのはそこじゃないです」と言われたり……。そこでへこむのではなくむしろ、本当にありがたかったですね。その日々で、新たな血肉を得られている感覚です。
実践/実線の中で磨き上げ続ける、事業・経営のフレームワーク
3年間の潜伏期間を経て、長野氏は満を持して、再びスタートアップエコシステムの中に帰還したと言えるだろう。しかしそれは、以前と同じ「資金供給者として支援する立場」では全くない。「自らも起業家・事業家として、エコシステムの進化を牽引しながら、他社(他者)の支援も進める」という、壮大な挑戦の日々の始まりともいえる。
既に知り尽くしていた大企業内での新規事業創造手法や、エクイティファイナンスを活用した急成長思想(いわば外部資本経営)に加え、「内部資本経営」という経済圏・経営思想の解像度も高めた上で今、いくつもの事業やプロジェクトに邁進している。
長野何らかの形で資金を確保し、それを的確に投資することで、事業を前に進める。さまざまな手法を用いて、それぞれの起業家・事業家が試行錯誤し、失敗と成功を繰り返すのがビジネスであり、その波が激しいのがスタートアップやベンチャー企業の現場だと思います。
その現場では結局、外部資本経営であろうが内部資本経営であろうが、同じように重要な考え方やフレームワークが存在していることも事実です。私がこの3~4年間で実践から学び、血肉にしてきたことを、そのような観点からこの社会に還元したい。
たとえば長野氏がこちらのnoteでも具体的に紹介していた「経営ステージング」について。ほとんどの経営者が、経営という仕事をするのは“初めて”になるはずだからこそ、「大きく間違わない登り方や地図」が示される重要性が大きいと考えたわけだ。
とはいえ、似たようなフレームあるいは関連するノウハウが、今では世の中に多く存在している──と感じる読者もいるだろう。それはそうなのだが、本当に実践的なフレームワークに出会えることは、意外と少ない。
長野氏が注力しているポイントに、「不確実性のコントロール」がある。
長野事業の課題感の話って、組織規模で50人だからとか100人を超えたから、とかで変わるものじゃないですよね。そもそも新規事業(企業含む)って、不確実性の高いチャレンジの連続です。そんな大変な登山を、「こうやって登るのが、最低限の正攻法ですよ」というのを頑張ってつくったんです。
なぜこれをつくろうと思ったか。それは、ものすごく優秀なメンバーがそろった会社でもうまくグロースできないということがよく起こってしまっているからです。その原因を大雑把にですがまとめてしまえば、「適切な“選択と集中”ができていない」ということに尽きるんです。
起業家や経営者は、「不確実性の高いテーマ」に常に囲まれています。それらを同時並行でやろうとしすぎてしまう雰囲気・風潮がある。それがリソースの分散に繋がり、理想的な成長ができない、ということにつながるんです。
長野氏が作成した「経営ステージング」のモデル図(提供:株式会社Maxeff)
こう整理して聞くのでは、「当たり前のことだろう」と感じる読者も多いかもしれない。だが、実際に起業や経営の現場では、このワナにはまってしまうことがよくあるものなのだ。
長野こんな想いから、このほかにもいくつものフレームワークを一生懸命つくり込んできました。これを示しつつ、経営者の皆さんと壁打ちをすると「これのおかげで、“選択と集中”ができていませんでした。ちゃんと気づけました」と、よく言っていただくんです。
こう整理されたものがインストールされていない状態で、先輩経営者の成功事例を聞いたら、たぶんいろいろ飛びついちゃうんですよね。それを後で振り返ってみたら、あと3ターンくらい先で実施すべき施策だった、みたいなこともよく起こります。そういう「防げたはずの失敗」は、やっぱり防ぎたいですよね。
新規事業に関する社会課題に向き合い、ソリューションを地道に開発しつつ、フィードバックを受け、また改善する。そのサイクルの中で、フレームワークには一定の手ごたえを感じ、事業も軌道に乗り始めた段階という。まさに有言実行、大企業からベンチャー企業まで、長野氏の顧客企業は広がっている。
「ビジネスの“型”がわからない」と感じるベンチャーパーソンへ!長野氏とFastGrowが、困っている皆さんの助けになります
長野今の私は、MaxeffやENOLAという事業会社の経営者として自ら事業を伸ばしながら、エコシステムが発展する支援も同時に行うという、なかなか難しい挑戦を進めているところです。一人の事業家としての新たな挑戦です。
なぜ今も、難しいチャレンジに自ら乗り出しているのか?そう改めて問うと、長野氏は笑顔でこう答えた。
長野「番狂わせ」って、面白くないですか?
アメリカのバスケットボールの話に戻りますが、NBAで活躍したプロが、ストリートでアマチュアに負けることが実はあるんです。私はそういう番狂わせが面白いと思っていて、ビジネスの世界でもそういうことがより多く起こるような状態をつくることに貢献したいと考えているんです。
もちろんENOLAだけでなく、長野氏が運営する本体とも呼べるMaxeffにおいても、この思想は同様だ。noteでも「この3年間は、ノイズを避け、ほぼ誰とも合わず、徹底的に独自の分析ソフトウェアやフレームワークを開発、アップデートをしてきました」と熱くアピール。もはや「出がらし」では全くない。常に濃いエッセンスを提供し続ける、長野氏の全盛期が今、訪れているのだ。
長野「こんなすごいフレームワークを持つ長野さんと、壁打ちができるだけで、本当に経営や事業が変わり始める」といった声を、ありがたいことにいただけており、伴走支援の形での事業は順調に進んでいます。ですがそれだけでは、この世の中に対して私が貢献したい「課題解決」を広げきれないかもしれない、そんな想いがあります。
なのでこの2026年からFastGrowとも一緒に、記事やイベントの形で、より多くの起業家・事業家もしくはその予備軍と言える皆様に、積極的にフレームワークやノウハウ、そしてマインドセットについてお伝えしていきたいと思っています。
FastGrowも、多くのベンチャーパーソン・スタートアップパーソンと交流する中で、「再現性のある“型”を使って、事業開発を進めることが難しい」という声を聞くことが多い。どうやら、ベンチャー・スタートアップに身を置き、目の前の課題にひたすら挑戦する日々では、「中長期的な目線を持った事業づくりについて学んだり自信をつけたりするチャンス」が乏しいようだ。
そうして数年間、ベンチャー・スタートアップで成果を出しつつも、ある種のむなしさや行き詰まりを感じる人は少なくない。
だがそうした人たちこそ、これからの日本のスタートアップエコシステム発展を担う重要な人々であることに、疑いの余地はない。長野氏が持つフレームワークと、実践に向けたマインドを、今こそ学び、現場で活かし、キャリアを大きく前進させるチャンスにしてほしい。
長野より多くの人と、経営や事業について話し、一緒に学び、刺激し合い、もっと面白い挑戦をしていく。そんな仲間を増やしたい。このことも、バスケットボールチームで高みを目指すのと同じ感覚で、私がやっていきたいことなんです。
仲間と共に努力を重ねて、勝利という目標を達成した時の高揚感が忘れられない。そんな思いを持つ人が、私のほかにも、ビジネスの世界に少なからずいると思います。ぜひ、一緒に新たな挑戦をしていきませんか?
そして、できればそこで、私に対しては「ここがわからない」「もっと違う説明も欲しい」といったフィードバックも、どんどんいただきたい。先ほどもお伝えしたように、それを求めて、今の立場になっているわけですから(笑)。
お湯しか出ない状態だった──そう苦笑いで振り返った日々とは異なり、自信と楽しさを前面に出しながら、まるでスポーツの話をするかのように、ビジネスの挑戦を前のめりに語り続ける長野氏。そう、FastGrowとしても、こんな長野氏の姿を共に追いかけ、新たな挑戦を続ける仲間(ユーザー)を増やしていきたい。そうして、スタートアップエコシステムの発展や、新産業の創出に、もっと強く貢献していかなければならない。そんな想いが改めて強くなる取材となった。
長野氏に語っていただいた通り、さっそくイベントや連載記事の準備も進めているところ。少しでも興味があれば、ぜひFastGrowにお問い合わせなどもいただけると嬉しい。
こちらの記事は2026年03月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
写真
藤田 慎一郎
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