三井物産アフリカ駐在中の退職、そして整備業界へ──20兆円市場に挑む起業家、Seibii 千村代表の挑戦

千村 真希
  • 株式会社Seibii  代表取締役社長 

1987年チュニジア生まれ。日本人の母とチュニジア人の父を持ち、7歳で日本に移住。2011年に三井物産に入社し、資源ビジネス(貿易・投資)を担当。南アフリカへの海外駐在も経験するなど、8年間グローバルビジネスの最前線で活躍。2019年1月、自動車整備業界のDXを目指しSeibiiを創業し、創業後は自ら整備士資格を取得し、業界現場への深い理解をもとに変革を推進している。

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南山大学から三井物産に30年ぶりに内定を勝ち取り、南アフリカ駐在という恵まれたキャリアの只中で、彼はあえて起業という次のチャレンジへと舵を切った。

「チュニジア」で生まれ育ち、「ウガンダ」人と再婚した母を持つ──そんな特異で野性的なルーツを持つ男が、人生の次なる標的に選んだのは、20兆円の「自動車アフターマーケット」だった。

株式会社Seibii代表・千村真希。

分業や効率化がセオリーとされる現代において、彼のやり方は一線を画している。創業期には整備現場に足繁く通い、整備士の作業補助を行なったり、寝食を共にしたりしながら事業を立ち上げた。従業員70名を抱える社長となった今でも、夜間の整備学校に通い詰め、自ら「3級自動車整備士」の国家資格まで取得したという。

一体、何がこの男をそこまで突き動かすのか? 三井物産の資源部門という看板を捨ててまでレガシー産業に飛び込んだ、型破りな事業家の奥底で煮えたぎる「純粋衝動」と、アフリカの血が騒ぐ「今を生きる不退転の覚悟」の正体に迫る。

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効率重視のセオリーを捨てよ。自ら資金を投じて整備士を支え、力技で市場を穿つアセットゼロの「出張整備」

商社で資源領域を担当されていた立場から、なぜ20兆円の自動車アフターマーケット、その中でも「整備」の領域に参入されたのでしょうか。

千村7兆円という巨大なマーケットに全国9万社もの工場がひしめき合っているにも関わらず、マーケットを独占する企業が存在せず、全産業においてもDX化が最も遅れていたからです。

実はSeibiiを創業する前の2018年ごろから、海外向けの中古部品の越境ECサービスを立ち上げたのですが、スケールが困難と判断し、2019年4月に撤退しました。国家規模のビジネスを商社で経験してきた私だからこそ、ITプラットフォームよりも、こうした地に足のついた実業の領域に可能性を感じたんです。

提供:株式会社Seibii

最初はアセットを持たず「出張整備」を選ばれましたが、創業期の現場の立ち上げは相当な力技だったと伺っています。具体的にはどのような行動をとられていたのでしょうか。

千村創業期は1年半以上、僕自身がほぼ毎日現場に出向いて、ありとあらゆる現場業務を巻き取っていました。部品が届いていなければ自分で届けに行くし、作業も手伝うし、お客様のところへ謝りにも行きました。

さらに、サービスを回すためなら、時には自分の資金を切り崩して整備士の活動を支えたこともあります。この「出張整備」領域での成長こそ、当社が整備業界をリードする存在になる最短の道だと確信していたので、力技で回し切っていました。

出張整備という現場の裏側で、車業界と整備業界の構造的な乖離を巨大な勝機と捉えられているそうですが、どのような歪みがあるのでしょうか。

千村車業界と整備業界には10年のタイムラグがあるんです。

車業界は自動運転やEVなど未来を見据えて進化していますが、整備業界は高齢化と人手不足でむしろスピードが落ちている。車の保有台数8千万台はさほど減らないし、働く車やシェア市場が拡大する中で、増え続けるメンテナンスを誰がやるのか。テクノロジーと仕組みを使って誰もやっていなかったことをやる、そこに勝機があるんです。

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南アフリカ駐在中での退職。三井物産を離れ、起業へ踏み出した決断

チュニジアで生まれ育ち、南山大学から三井物産へ入社。そして資源部門で南アフリカに駐在されました。そこから自動車整備の領域へ飛び込むという決断はどこから来るのでしょうか。

千村チュニジアで育ったことや、そこで培ったアイデンティティは間違いなく影響しています。

就活の時も、あえて単身チュニジアに渡って語学や文化を学び、「他の誰にも言えないストーリー」を意図的に作り出しました。自分という存在を歴史に刻めるチャンスがあるなら、躊躇する必要なんてない。だからこそ、南アフリカ駐在中というタイミングでの退職にも、迷いはありませんでした。

「自分という存在を歴史に刻む」という野心は、チュニジア人の亡きお父様の影響が大きいと伺っています。

千村そうですね。僕の根底には「世に残る仕事をしたい」という強い思いがあります。

僕が16歳の時、建築家だった父親が亡くなったんですが、日本にあるチュニジア大使館など彼が建てた建物は今も残っています。何者でもない自分が人生を終えた後も、インフラとして何か残せるかもしれないということに強い衝撃を受けました。商社で資源を選んだのも、起業して自動車整備の市場に挑むのも、世の中で当たり前に使われるインフラを創りたいからなんです。

さらに、ウガンダ人のお義父様とお母様の生き方から学んだ哲学が、その野心に強いコミットメントを与えているのですね。

千村はい。彼らの生き方を見て学んだのは、「過去も未来も変えられないが、唯一変えられるのは『今』だけ」という哲学です。

将来を完全に予測して生きることなんて誰にもできませんが、今この瞬間に全力を投下することはできる。だからこそ、三井物産のポジションを捨ててでも、今自分が本気で熱狂できるこの市場に振り切れたんです。今を幸せにすることが、結果として将来に繋がるという思考回路ですね。

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ドメインの壁を言い訳にするな。社長自ら「3級整備士」を取得し、現場の解像度を極限まで高める

組織が拡大した現在も、多忙な社長業の傍らで夜間の整備学校に通い詰め、3級自動車整備士の資格を取得されました。なぜそこまでして現場の解像度にこだわるのでしょうか。

千村サービスを支える整備士やお客様のことを、誰よりも分かっている人間でなければならないからです。経営判断で現場を離れることはあっても、創業者として現場を分からなくなってしまうことほど致命的なことはありません。

だからこそ、彼らが使う専門的な言葉を理解し、どういう環境で働き、何を学んでいるのかを自ら体感する必要がありました。現役で働く人たちと一緒に実技をやり、会話を重ねたことで、現場の解像度が圧倒的に上がったと思います。

提供:株式会社Seibii

自動車整備の知識を一から身につけるのは容易ではないはず。未経験のドメインに飛び込む際、知識がないことを不安に思う人材も多いと思いますが、千村さんはどうお考えですか。

千村よく採用候補者にも言いますが、医療系サービスに行く人が薬の名前を全部知っているわけではないですよね。僕も商社時代、鉱物資源のことを最初は知りませんでしたし、現場に入って覚えればいいんです。

専門用語が分からないと言って挑戦をためらうのは、ビジネスの面白さを見失っています。僕の場合は今回の資格取得にあたって、過去12年分の問題を印刷して10周し、直前の3連休は1日14時間勉強しました。

実際に現場の解像度を極限まで引き上げたことで、この産業が抱える本質的な課題と、Seibiiが目指すトータルソリューションの姿はどのように見えてきたのでしょうか。

千村最大の課題は「車の医者」たる整備士の社会的評価が低すぎることです。そして我々が目指すのは、自動車産業が持つ大きなバリューチェーン全体に関わるプレイヤーになることです。

整備学校で、20代の若者が「10年後は辞めていると思う」と語る現実に直面し、複雑な故障を直す彼らの技術への評価が全く追いついていないことを痛感しました。だからこそ、テクノロジーと仕組みを使ってこの産業にITを実装していく必要がある。

整備、保険、中古車販売まで幅広く手がけ、市場全体でトータルソリューションを提供していく。それが自分たちの目指す姿だと思っています。

【FastGrowの見解】

千村氏と対峙し驚かされるのは、20兆円市場を狙う壮大な野心と、夜間学校に通い整備士資格を取得する現場への強いこだわり。この二面性こそが、巨大産業の変革を推し進める原動力と言えるだろう。

だが、我々の知的好奇心はこれでは満たされない。彼が率いるSeibiiは、出張整備のイメージとは裏腹に月間1万2千件を回し、売上の7〜8割を大手法人から生み出す強靭なB2Bプラットフォームへと変貌を遂げている。

今回の取材で感じた純度100%の熱狂の裏側で、千村氏らは一体どんなシステムを実装し、約9万社の工場が乱立する市場を変えようとしているのか──。その事業メカニズムの深淵を覗きたい読者は、ぜひこの記事を拡散して彼にその思いを届けてほしい。

こちらの記事は2026年05月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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