これからの「駅」をどう変える?
JR東日本がスタートアップとの“共創”で目指す未来

インタビュイー
柴田 裕
  • JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長 

1991年、東日本旅客鉄道株式会社入社。駅での勤務を手始めに、財務や経営企画、小売(出向)などに従事。2018年2月、JR東日本スタートアップ株式会社代表取締役社長に就任。「JR東日本スタートアッププログラム」の開催などを通じて、ベンチャー企業とJR東日本とをつなぐ、橋渡し役を担う。

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2018年12月のJR大宮駅構内に、スタートアップによる大規模な展示スペースが現れた。 無人カフェやIoTパーソナルスタイリングの体験ブース、再生可能新素材を使った傘の展示、AIを活用した年末年始の新幹線混雑予想の表示──。7つの「駅にまつわる未来のサービス」がお披露目された。 これらの出店に携わるのは、「JR東日本スタートアッププログラム」の採択企業だ。東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)が駅や鉄道など自社が持つ資産を活用したビジネスの創出を目的に、プログラムを実施。182件の応募から、23件の提案が採択された。

CAMPFIRE、Showcase Gig、エアークローゼット、TBMなど、ユニークな事業を展開する顔ぶれで、新たな価値を生む期待を覚える企業ばかりだ。 JR東日本の取り組みはプログラム実施に留まらない。2018年には、JR東日本スタートアップ株式会社というCVCを立ち上げ、テクノロジーを活用した駅や鉄道の改革に本腰を入れている。数多くの企業がオープンイノベーションを旗印にスタートアップ連携を模索する中、JRは駅の未来をどのように描いているのか。代表の柴田裕氏にお話を伺った。

  • TEXT BY RYOKO WANIBUCHI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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変わらないことは最大のリスク。JR東日本がスタートアップと組む理由

JR東日本がスタートアップとの協業に乗り出したのは2017年。当初は、出資・協業するスタートアップを見つけるための単発プログラムとしてスタートした。

「人口減少や高齢化が深刻化するこの国で、鉄道というビジネス一本で生き残っていくのは難しい」

日本のインフラを古くから支えてきた同社でさえ、トップから現場まで共通した危機感を持っていた。時代に取り残されまいと“脱・自前主義”を掲げ、新たな価値作りを本気で考え始めたのだ。

柴田2017年のプログラムへ寄せられた事業アイデアに、我々は衝撃を受けました。アセットを持たずにビジネスをするシェアリングエコノミーなど、自分たちになかった発想の数々は、まさに「未知との遭遇」でした。僕らの弱みを抉り出すほどの勢いで取り組めば、新たな価値や事業を生み出せるかも知れない。その手応えを感じたんです。

ただ、JR東日本として動かすには、どうしても動きが悪くなってしまう。そこで、まずはスタートアップと自社内の橋渡しをする“出島”を作ろうと、CVCを立ち上げたんです。この“出島”がハブとなり、スタートアップの情報をさながら“江戸”の町へ送り込むことで、江戸の町民を豊かにする。我々のような企業の場合、今までにないスピード感をもって新しいことを手がけるためには、この仕組みが必要だったんです。

事業においても「安全第一主義」であるJR東日本がスタートアップとの協業を模索するには、相当なハードルがあったのではないか。そう問うと、柴田氏は「私もそう思っていました」と笑顔で切り出しつつも、意外な言葉を続けた。

柴田保守的な企業なので、難航する覚悟でCVC立ち上げに挑みました。しかし、上からは「早くやれ、今すぐに進めろ」と後押しされ、上層部になればなるほどその声は大きくなっていったんです。

その理由は、当社が他と違うのは、会社が一度潰れているからだと思うんです。あくまで私の推論ですが、経営陣は皆、国鉄が事実上破綻に至った時代を経験し、問題を認識しながらも様々なしがらみから変革へ足を進められなかった、苦い実体験がある。だからこそ経営陣の言う、「変わらないことが最大のリスクだ」という言葉には異様な迫力がありました。

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“鉄道”を知り尽くした7人で目指す、共創型CVC

2018年2月、JR東日本スタートアップは3名のメンバーによってスタートした。現在は7名体制でスタートアップとJR東日本の橋渡しを担っている。いずれも、JR東日本で経験を重ねた駅や鉄道のプロフェッショナルが揃う。ただ、彼らはあくまでVCではない。一般的なVCと比べ、ファイナンスの知識や土地勘、事業作りの経験などは決して多くない。ゆえに彼らは、それを割り切り独自のスタイルで戦っている。

柴田会社を立ち上げるにあたり複数のVCに話を聞きましたが、彼らのような知識や経験をこれから身につけていくのは難しい。そこで自分たちしかできないことをしようと考えました。

まずは、JR東日本でも縦横無尽に経験を積んできたメンバーを揃えました。JR東日本のアセットを使った事業づくりなら、高いレベルで助言できる。駅や鉄道、お客様のことを知り尽くすメンバーなら、とことん現場主義で一緒に事業を作れるCVCになれるはずだと。泥臭く「共創」することにこだわるようになりました。

物理的な設備はもちろん、各種データや駅・鉄道のオペレーションノウハウなども含めれば、提供できるアセットは山のように存在する。

柴田スピード感やアイデアではスタートアップとは張り合えないかもしれません。ですが、僕らは膨大なアセットを持っています。対極にいる存在だからこそ、N極とS極のようにうまく作用し、新しいサービスを生み出すことができる。お互いにないものを補完し合える関係こそ、オープンイノベーションの醍醐味だと感じますね。

JR東日本が持つインフラは、毎日の生活に欠かせない。すなわち、駅や鉄道が変わることで、人々の暮らしそのものを変えられることでもある。JR東日本スタートアップは「事業共創による社会の変革」を目指すという。

柴田皆さんの生活にJR東日本のサービスが必ず食い込んでいるというほど、提供しているものは幅広い。手前味噌で恐縮ですが、大きな影響力を持つ究極のBtoCカンパニーだと思っています。この強みを存分に生かして新しい体験を共に作る。それが我々の使命なのです。

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JR事業部、CVC、スタートアップ。3人4脚で行うビジネス創出

スタートアップの速度に負けず、スピード感をもった事業共創の実現に向け、同社はあくまで競争に向けた“媒介者であり伴走者”であるスタンスを持つ。それを象徴するのが、支援に当たっての体制だ。

常にスタートアップとJR東日本事業部の間に、自分たちCVCが入る3人4脚の体制で進めてきた。

柴田たとえば、2018年のスタートアッププログラム採択企業のひとつに、LIMEXというプラスチックに代替可能な新素材を作っているTBMというスタートアップがあります。

彼らの技術を使おうとすると、「吊り広告にLIMEXを使う」といったすぐに思いつくアイデアもありますが、事業部が知る現場の悩みから着想すると、「ゲリラ豪雨で傘の使い捨てが増えているから、傘に新素材を使えないか」というリアルな案が浮かびます。さらに「駅には毎日来るのだから、シェアリングにすればゴミも減らせるのでは」というスタートアップのアイデアが入り、どんどん事業としてブラッシュアップされていったんです。

このように、我々はプロジェクトを円滑に進めるべく、事業部とスタートアップの間に入ってコミュニケーションを取っていきます。化学反応を起こす役割として双方の連鎖を促す。TBMの場合、どこが欠けてもこのユニークな新事業は実現しなかったと思います。

2018年12月に大宮駅で行われた実証実験「STARTUP_STATION」の様子
提供:JR東日本スタートアップ株式会社

インフラを持てる者の強みと、アイデアを持てる者の強み。両社をとことん繋げていくのが、CVCとしてのJR東日本スタートアップの役割だ。スタートアッププログラムの採択企業も、相互作用をしっかり考えているがゆえの結果だ。

柴田企業を採択するうえで重視しているのは、「そのスタートアップの技術・アイデアとJR東日本のアセットを結びつけることで、今までにない斬新な事業を生み出せるか」ということです。お客様が驚くようなサービスに、何よりこだわっています。

スタートアップの皆さんには、うちのフィールドを使って思いっきり暴れてほしい。そのためのアセット提供と事業創造のサポートが我々の役割ですから。

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“黄色い線の内側”から、ギリギリまで歩み寄る

駅も鉄道もまるで違うものになる未来を見据えている彼らにとって、今のステージは発車ベルが鳴り、動きだしたくらいにすぎない。現場第一主義のCVCとして、地に足のついたチャレンジを重ねていくと意気込む。

柴田スタートアップと大企業が組むのは、“国際結婚”のようなところがあります。お互いまったく異なる文化でやってきた者同士が急に一緒になるのだから、一歩間違えば離婚してしまう。30年間ずっとこのスタイルで成長してきた当社が、いきなりスタートアップにすべてを合わせるのは難しい。一方で、向こうも向こうでやりきれないこともあるでしょう。お互いをリスペクトして、やり方を認め合うことが我々を含めて日々挑戦だと思っています。

支援をはじめて、柴田氏が何より驚いたのは「スタートアップ時間」のスピードだったという。たとえば、運営する店舗で何か問題が発生したら、まずは解決のための要件定義からはじめるのがJRのやり方だ。しかし、スタートアップはその日のうちにシステムを変え、次の日から新たなオペレーションを試してしまう。

スタートアッププログラムや実証実験など含め、柴田氏はこの速さを身をもって感じた。それと同時に、その変化を志向し続ける熱量に魅了され、自分たちが寄せていけないかと日々考えているという。

柴田JR流に言うと、「黄色い線の内側でやんちゃする」。安全第一のDNAはこれからも失うことはありません。ただ、スタートアップの熱意にこたえるためには、「黄色い線」を超えない範囲でリスクを取る覚悟は必要だと思うんです。

僕たち7人とも、ここまでスタートアップが好きになるとは思ってもいませんでした。大企業で「仕事が好きですか」と聞いてもYESと即答する人がどれほどいるかわかりませんが、スタートアップにそれは愚問です。熱量の塊のような彼らを見ていると、やりたいという熱い気持ちは固定概念をも取り払うのだなと感心させられます。我々も精一杯やっていくので、お互いに歩み寄って良いサービスを作っていけたらいいですね。

大企業とスタートアップが一緒に動けば、衝突や食い違いは避けられない。それは素直に受け止めつつ、両者をつなぐ“媒介者であり伴走者”として、双方にとって価値ある落としどころを模索し続けている。

今回の取材も、JR東日本スタートアップとしての熱量を伝えたいと応じてくれた柴田氏。彼のようなイノベーターがこの国の土台を支える企業の改革を率いているのだから、日本の「駅」の未来は明るいに違いない。

こちらの記事は2019年02月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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雪山と旅を愛するPRコーディネーター。PR会社→フリーランス→スタートアップ→いま。情報開発や企画、編集・ライティングをやってきて、今は少しお休みしつつ無拠点生活中。PRSJ認定PRプランナー。何かしら書いてます

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藤田 慎一郎

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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