“睡眠”で生き方が変わる──国内SleepTechの先駆者ニューロスペースが語るSleepTechの可能性

インタビュイー
小林 孝徳

自身の睡眠障害の経験をきっかけに、この社会問題を解決すべく2013年にニューロスペースを設立。企業向け睡眠改善プログラムで健康経営や働き方改革を推進し、のべ1万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善をサポートしている。人々が最高の笑顔で毎日の睡眠を楽しみ仕事とプライベートを120%充実できる社会の創出を目指す。

北畠 勝太

2004年 大阪府立大学工学部卒業。新卒でアクセンチュア株式会社に入社し、BPR/大規模システム構築プロジェクトを経験。その後、独立系コンサルティングファームに転じ、戦略策定・実行の支援、新規事業創出・実行の支援等に従事。2011年に事業の当事者として意思決定や経営を担うことを志し、医療×ITのベンチャーであるエムスリー株式会社に入社。製薬企業・医療機器メーカー向けのデータ事業でリーダーを担い、カンパニー制移行に伴いカンパニープレジデントに就任。事業責任者としてリードした6年間で、売上数十億円規模の事業へと成長を牽引。小林・佐藤との出会いを通じて当社のミッションに共感、睡眠に関するサイエンス・テクノロジー・ビジネスの全てに大きなポテンシャルを感じ、スタートアップ経営へのチャレンジを決意。2017年11月、取締役COOとして参画。2児の父。

佐藤 牧人

生物学の知見と技術の融合で、「睡眠」に新たなPathwayを切り拓くことをテーマとしている。博士課程〜ポスドクでは、マウス脳波・筋電図用電極埋込手術の最適化から睡眠自動判定ソフトウェア開発まで、また1万匹のマウス睡眠データベースの構築から次世代ゲノムシークエンスまでの技術プラットフォームすべてを網羅した大規模マウス睡眠測定/自動解析システムの新規開発に従事した。「なぜ眠るのか」といった未だ解明されていない問いに答えを導くことを、技術的にサポートしたい。睡眠をより楽しんでもらうために、技術と研究で何か社会に役立てることは無いか?そんな想いから、2017年ニューロスペースに参画した。二人の娘を持つ飛行機/鉄道とApple好きの父。

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2017ユーキャン新語・流行語大賞で、寝不足の積み重ねを意味する“睡眠負債”という言葉がトップテン入りを果たした。

睡眠記録アプリを利用している人も珍しくなく、“睡眠”への関心は年々高まっている。

そんな中、睡眠解析テクノロジーベンチャーであるニューロスペースでは、企業現場の睡眠改善に特化したプログラムの提供や、同社が持つ睡眠ビッグデータとテクノロジーを応用し睡眠ビジネスを行う企業と共同開発・業務提携を行っている。

睡眠に関わる問題をテクノロジーで解決する“SleepTech”(スリープテック)の領域に秘められた可能性を、ニューロスペースのメンバーたちが語った。

  • TEXT BY MISA HARADA
  • PHOTO BY YUTA KOMA
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世界的に認知され始めたばかりのSleepTechの巨大市場

そもそも睡眠×ITのビジネスはいつから始まったものなのでしょう?

小林2012年頃からヘルスケア関連のスマホアプリがリリースされ始めた中で、ジャイロセンサーによって寝返りを検知する、簡易的な睡眠計測アプリが誕生しました。そこから、レム睡眠のときを見計らってアラームで起こしたり、入眠時に心地いい音楽を流したりといった機能が付帯されていきました。

翌2013年には、「UP by Jawbone」や「Fitbit」など、リストバンド型の活動量計が発売されます。さらに、より高度に睡眠をセンシングしようと、マットレスの上に敷いて寝返りを検知するデバイスや、音・光・香の3要素で快眠にいざなう「Sleepion」も出ました。

当時はSleepTechとも呼ばれていなかったと思いますが、SleepTechと一口に言っても、その時々でホットトレンドがいろいろあるんです。

株式会社ニューロスペース 代表取締役CEO 小林孝徳氏

佐藤現行のサービスは大まかに2種類に分けらます。ひとつは、何らかの方法で睡眠を計測するもの、もうひとつは、睡眠をより良くするためのサポートをするものです。「Fitbit」などは前者、「Sleepion」などは後者に分類されます。

小林今、睡眠というテーマへの社会的な関心がどんどん高まっています。まさに佐藤が実験に関わったのですが、約1年前に筑波大学の柳沢正史教授たちが、睡眠と覚醒を制御する2つの遺伝子を発見したことが大きく話題をよびました。

他にも“睡眠負債”が流行語になりましたし、「スタンフォード式最高の睡眠」という本も注目を集めています。

北畠まだ世界的にもSleepTechは市場が作られ始めている段階ではあります。でもアメリカでは、世界最大の家電見本市「CES」において、昨年初めて“SleepTech”が独立した1カテゴリとして扱われました。それまでは、あくまでHealthTech(ヘルステック)の一環でしかなかったんです。

株式会社ニューロスペース 取締役COO 北畠勝太氏

なぜ、それだけ睡眠というものへの関心が高まっているとお考えですか?

佐藤今まで注目されていなかった方がおかしかった、と言う方が正しいかもしれません。その背景には、睡眠というものが学術的にも解明されていない部分が多く、手を付けようにもよくわからなかったということもあるでしょう。しかし、今少しずつ睡眠についてわかることが増えてきた。それが今のニーズに繋がっているんじゃないでしょうか。

日本では長時間労働が当たり前になっていて、短い睡眠時間で疲れをとりたいというニーズがあるのではないか思います。

株式会社ニューロスペース 取締役CTO 佐藤牧人氏

小林面白い統計データがあるのですが、睡眠時間を削ろうとする国って日本と韓国くらいなんです。1日数時間の睡眠で大丈夫になると謳ったデバイスは、約8割の売上が日本と韓国で、アメリカでは売れなかったと聞きます。睡眠時間を削って活動時間を増やそうとする考えは、世界でも少数派なんですよ。

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睡眠で悩まない社会人はほぼいない

まだ、SleepTechという領域の存在意義に懐疑的な人も多いかと思います。

小林誰もが一度は睡眠に関して悩んだことがあるのではないでしょうか。人間の体内時計が犠牲になることが避けられない社会になり、国内でも25%近い人が睡眠で悩みを抱えているというデータがあります。朝起きて太陽の光を浴びて、夜暗くなったら帰るという生活を誰もが毎日できる時代ではありません。

私がよく言っているのは、“睡眠は技術”ということです。睡眠はコントロールできないものだと諦める人が多いですが、入眠前の体温調整など知識をつければ、睡眠は改善できるものなんです。

佐藤睡眠を減らしたぶん働こうとする、「24時間、戦えますか」的な価値観が当たり前になっていた昔の習慣を未だ完全にはやめられず、その借金が溜まって爆発しそうになっているのが今の日本です。

ニューロスペースとしては、良質な睡眠をとることで、社会はいい方向に進んで行くということを示したい。そのためのデータを集めている段階です。

良質な睡眠をとることで、社会はどのような方向に進んでいくとお考えですか?

小林今は、人と働き方のミスマッチがあまりにも大きくなっています。本当は10時間の睡眠が必要な人が、残業で睡眠時間を削ったら、心身に不調をきたすのは当然ですよね。

誰もが自分にとって快適な睡眠環境を重視した上で働ける世の中を作りたいですし、その方が生産性も向上するはずです。人間が環境に無理やり合わせるのでなく、人それぞれ自分の睡眠に合った働き方や生き方をトータルデザインできるようになれば、ダイバーシティの実現にも繋がっていくはずです。

SleepTechは、人々の健康を促進するだけでなく、今ある価値観を革新する可能性を秘めた事業なんです。

その他にSleepTech領域のビジネスとしての魅力はありますか?

北畠SleepTechの盛り上がりは、長時間労働を賛美するような古い考えを是正するムーブメントに、技術が追いついてきたとも言えます。

また、今までは計測精度とUXがトレードオフになっていて、使いやすいけど精度が低い製品、もしくは精度は高いけど寝るときにこんなもの身につけるの?と思わせるような製品の2択でした。しかし、そこの両立も技術的に可能になってきている。ビジネスとして、“まさにこれから”という空気を感じています。

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サイエンスベンチャーとして「人がなぜ眠るのか」も解明する

佐藤さんと北畠さんは、2017年からニューロスペースに参画したそうですね。その理由を教えてください。

佐藤私は生粋の乗り物好きで、飛行機を作りたくてテキサスに渡ったのですが、ひょんなことから当時テキサス大学にいた柳沢教授に出会い、睡眠の研究室に飛び込みました。その後、小林と学会で知り合い、「睡眠」を通して社会を変えたいという強い意思を感じ、昨年ニューロスペースにジョインしました。

なぜ睡眠というテーマに惹かれたからというと、睡眠はメカニズムが解明されていない、数少ない「未知の領域」だからです。飛行機が好きになったのも実はそこで、大学で学び始めた当時は、「飛行機ってなんで飛ぶのか」の熱い議論が航空工学の学者の間でおこなわれていたのがとても魅力的に映ったんです。

“なぜ人は睡眠をとるのか”といったサイエンス的な命題を技術で解決へ導くというのが、ニューロスペースでの個人的なミッションです。私と同じような疑問を持つ、研究者の方にもぜひジョインしてもらいたいと思っています。

北畠私の前職は、医療×ITのベンチャー、エムスリーでして、7年弱働き、事業責任者も務めました。仕事自体はすごく楽しかったんですが、心のどこかに「自分の力でビジネスを創っているのではなく、企業が持つ資産をうまく使っているだけではないか」という疑問がありました。

ゼロイチを創りその事業を経営できる人材になりたいという思いが募っていったんです。

北畠小林さんとは、とある知人の紹介で出会ったのですが、そこで話してみて、「言われてみたら確かに睡眠は万人がとるし市場は限りなく広いのに、この市場の主たるソリューションって寝具くらい思いつくものがないな」と。

今って金融とか不動産とか市場が大きくて古くからある産業における非効率をテクノロジーで解決することに価値が出てきているじゃないですか。市場が大きい、昔から存在しているという点では、睡眠もまさに同じです。

サイエンス的なブレイクスルーのポテンシャルも、市場のポテンシャルも非常に高いところを切り開いていくのは、面白そうだと感じました。

資金調達も実施され、3人の経営チームも出来たニューロスペースですが、今後どんな人にジョインしてほしいですか?

小林資金調達先を見てもご理解いただける通り、ニューロスペースはサイエンスベンチャーと自認しています。科学に好奇心が持てる人、常に問いを持ち続けられる人がいいですね。

北畠“Webだけでは飽き足らない人”も向いているんじゃないでしょうか。これからの時代の課題解決には、Webだけで完結するものは少なく、リアルとWebのハイブリッドが求められてきます。

いわゆる“リアルテック”と言われる領域です。人々のリアルな生活や日常に入り込んで、より本質的な課題解決にテクノロジーで取り組みたい人にとっては面白い事業だと思います。

ニューロスペースは今まさにゼロイチのステージです。ビジネスサイドも開発サイドも、色々な業務にマルチファンクショナルに、自ら仕事を創り出すマインドで、私たちとゼロイチを一緒に取り組んでくれる方に参画いただきたいです。

これからSleepTech領域に大手企業が参入することもあると思います。ニューロスペースは、どのような勝ち筋を描いているのでしょうか?

北畠大手も市場に参入してきますが、睡眠領域に関する1つのパーツだけ切り取って参入してくるんです。だから、「睡眠計測センサーを作ったけれど、計測してどうしよう」とか「睡眠サプリはあるけれど、飲んだらいいとなぜ言えるんだろう?」という状態。

そこで、ニューロスペースが構築するSleepTechの情報プラットフォームがそれらの全体をつなぐ。だから“競合”というより“協業”として捉えていますし、その方向で実際に大手企業とも連携し始められています。

小林SleepTechは、基礎研究や臨床までわかっている人間と、ビジネスもわかっている人間がいないと難しい領域です。

ニューロスペースには研究のバックグラウンドがある人間も、ITビジネスの最前線にいた人間も両方おり、そのバランスを上手く取れている会社は少ないと思います。

最後に、ニューロスペースとしての今後の展望を教えてください。

北畠社内でよく「これからの時代のウォシュレットを作りたいね」というメタファーを語っています。昔は紙で拭くのが当たり前で、お尻に水当てて洗うなんて誰も考えていなかったし、アイデアが出てきた当初は「そんなの必要なの?」ときっと疑われたことだと思います。

でも今はウォシュレットなしでは生活できない人も多い。一つの新しい文化ですよね。

ニューロスペースが、睡眠において新しい市場を創り、新たな“当たり前”を生み出していくつもりです。

こちらの記事は2018年01月09日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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小間 優太

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