なぜベネッセが、TikTokのインフルエンサーマーケに投資?
Nateeが挑戦するミッションドリブンな経営と、両社で仕掛ける共同事業の裏側を聞く

インタビュイー
橋本 英知
  • 株式会社ベネッセホールディングス 専務執行役員 CDXO 兼 Digital Innovation Partners本部長 

岡山大学卒業後にベネッセへ新卒入社。商品開発、新規事業開発、経営企画を経験すると、CMO補佐として幅広い業務を担う。グローバル教育事業やこどもちゃれんじ事業、進研ゼミ事業の責任者も務めたのち、2020年からデジタル管掌役員、2021年からはChief DX Officerとなり、スタートアップ投資の責任者も務めつつ、ベネッセホールディングス全体のDXを推進する。

小島 領剣
  • 株式会社Natee 代表取締役 

早稲田大学国際教養学部卒業後、2016年に株式会社ビズリーチ(現ビジョナル)に新卒入社し、新規事業のプロダクト開発にエンジニアとして携わる。ショートムービーの勃興と、個がメディアになり活躍する未来を強く信じ、2018年に株式会社Nateeを創業。累計約4.8億円の資金調達を実施しながら、事業拡大に挑む。

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あのベネッセが、インフルエンサーマーケティング事業に投資を……?一体、どのような戦略が……?そう思ったFastGrow読者も一定数いるだろう。そんなあなたにこそ、伝えたい。これこそ、スタートアップシーンの面白さの一つなのだと。

日本でも多くの大企業がスタートアップ投資を進めるようになった。意外な投資や意外なM&Aも目に付く。その中でも特に興味深い案件の一つとして注目を集めるかもしれない。

Nateeは、TikTokを活用したマーケティング事業を、数多くの大企業に提供し、着実に成長してきた。だが、「企業の支援」は、同社の本質ではない。ミッション「人類をタレントに。」に基づいて見据える未来が、ベネッセの目指す未来と合致したわけなのだ。具体的な事業としても、クリエイター向けのスクールを共同創出していく。

互いにどのような思惑を持ち、どのような調整を経て、この「資本業務提携」というスタートラインに立つに至ったのか。ベネッセホールディングス専務執行役員Chief DX Officerの橋本英知氏と、Natee代表取締役の小島領剣氏の、想いがほとばしる対談でお届けしたい。

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事業成長は「全然物足りない」。
だからこそ期待は膨らみ、理想の展開に

橋本クリエイターがより多く生まれ、より多く活躍する。そんな社会がしっかり創られていくことが、教育という側面からも重要です。だから、Nateeとベネッセは同じ志を持って一緒にやっていくのが良いと思ったんです。

ベネッセホールディングスで、専務執行役員Chief DX Officerを務める橋本氏。以前から若き起業家らとの交流を大切にしている中でNateeに出会い、未来へのビジョンを評価していた。

橋本かっこいいビジョンなら、コピーライターに頼めばつくれます。語るだけでは事業も組織も伸びません。でもNateeは、着実に伸ばしてきた。特に「人がしっかり集まっている」というのがいいですよね。目指す姿に向けて、誠実に進めている証です。

クリエイターエコノミー関連市場全体の成長を考えれば、Nateeの成長角度自体はまだ物足りない部分も正直あります(笑)。でもそれは、今後への期待が大きく膨らむということ。

小島ちょっと耳が痛い部分もありますが、橋本さんはいつもこのように率直にご意見をくれますよね、ありがたいです(笑)。

橋本さんに響いていた創業時のビジョンを、今は「人類をタレントに。」というミッションとして掲げています。常にこのことだけを考えていますね。

そう、「TikTokといえばNatee」というブランディングもこれまでしてきたが、それは長い旅の入り口でしかない。以前の取材で、ベネッセ同様に株主となっているXTech Venturesの手嶋氏が「僕たちが投資したのは、NateeをただのTikTokインフルエンサーの事務所として考えているわけではないから」と話している(手嶋氏と小島氏の対談記事より)。

小島新たな自社事業として、コミュニティサービスのプロダクトをつくっているところです。同時に、ベネッセさんと一緒にスクール型の事業も展開していきます。

ミッションの実現に向けては、ベネッセさんのような企業さんと一緒に事業を広げていくことが不可欠だと思っていました。TikTokといったチャネルを活用して若者にしっかりリーチしつつ、人生をアップデートするという大義をしっかり背負った骨太な事業をこれからやっていきたいんです。

橋本ご存知の通りベネッセには、教育という文脈で非常に多くの接点を持っているという大きな強みがあります。そうした積み重ねに、今の時代のテクノロジーやビジネスモデルをかけ合わせ、最良の商品やサービスを提供し続けられる会社へと進化する必要がある。それがCDXOとしての私のミッションです。

その一つが、Nateeの力を借りて一緒につくる、クリエイターアカデミーのような新たなスクール事業になります。

提供:株式会社ベネッセホールディングス

大きなアセットを持つ事業会社から投資を受け、資本業務提携を結び、新たな柱になるであろう共同事業の構想をスタートさせる。このような展開を検討したいスタートアップも少なくないことだろう。

次のセクションから、この動きが実現した背景や、今後どのように進めていくのか、といった部分を確認していきたい。学びの得られる内容にもなりつつ、この2社への期待もさらに膨らむ内容となるはずだ。

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「先を見据える組織」の構築が、提携実現の決め手

先ほども触れた通り、橋本氏とNateeの出会いは創業期にまでさかのぼる。ベネッセがファンドを組成してスタートアップ投資を進め始めたのは2021年であり、そのかなり前からその関係性は構築されていた。

橋本私は新卒から同じ会社で働き続けているサラリーマンですが、いわゆるサラリーマンとして生きていきたいとは思っていません。そもそも企業にだって入りたくなかったくらいです(笑)。ただ、地元・岡山に貢献できるという点で、ベネッセという企業はいいなと思って入社し、今も楽しんで働いています。

そんな中で40代になり、社内の先輩から学ぶだけでなく、社外の若者から学びを得る必要性を強く感じるようになりました。新しい物事は、年下から教えてもらえる事のほうがずっと多いのではないかなと。

小島さんにはBrave Groupの野口さんの紹介で初めてお会いしました。「マーケティングについて教えてほしい」と言ってもらい、まだ薄暗いマンションの一室だったNateeさんのオフィスにお邪魔して研修をしたこともありましたね。

小島橋本さんはベネッセの事業でマーケティングを広く推進されていて、海外のトレンドから見たデジタル広告の趨勢についての知見共有だけでなく、僕らの提案書の赤ペン先生までその場でやってくれました。マクロからミクロまで非常につぶさに教えていただけたので、当時の研修はものすごくありがたかったですね。

橋本と言っても、むしろ私のほうがインプットさせていただいている部分も少なからずありますね。Nateeに限らず、いろいろなスタートアップから知見をお借りしているうちに、ベネッセ全体のDXを私が担うようになりました。スタートアップ投資もそのための手段の一つです。

Nateeの成長の裏に、橋本氏の支援が大きく影響しているのは間違いない。だが一方で、ベネッセにおいてもNateeのようなスタートアップの持つ知見や情報が活きていたというのはなんとも意外に思える。

橋本ちょっと前までは、どちらかといえば「閉ざされた企業」というイメージになってしまっていたのがベネッセです。そんな風土を変えていかなければという機運が盛り上がり、それなら私も貢献できそうだということで、スタートアップとの協業や提携を急ピッチで検討しています。

小島2年ほど前からベネッセさんの進研ゼミのマーケティング支援を請け負わせていただく関係性はありました。もっと強いつながりを持てないだろうかと思っていたところで、ファンド組成といったお話をお聞きしたので、思い切ってアプローチしました。

橋本個人的には、資本関係がないくらいのほうがいろいろとアドバイスもしやすいと感じていたのですが(笑)、ファンドのほかのメンバーが「Nateeとは中長期的に必ず良い事業ができるはず!」と熱い想いを持って取り組んでくれたんです。

それなら、と改めて状況を聞かせてもらうと、力強い組織体制になりつつあった。誤解を恐れずに言えば、「インフルエンサーマーケティングが儲かるからやっています」みたいなメンバーではなく、その先をしっかり見据えて取り組んでいる人たちがしっかり集まっていたんです。

良いミッションや戦略があっても、実行できなかったら意味がありません。Nateeのメンバーには、実行力がある。だから、一緒に事業をつくっていくイメージも湧きました。

小島僕たちは収益性がものすごく高かったり、事業内容がものすごくユニークだったりといった企業ではありません。ミッションに向かって愚直に取り組んでいくのが特徴です。なので、創業期にも、投資に至る過程でも、この点を評価いただけたのはすごくうれしかったですね。

何も、創業期から関係性を構築できていたからこの投資が実現したというわけではないのだ。それはきっかけの一つに過ぎない。

Nateeが創業当初のミッションからブレることなく突き進んできたこと、事業を着実に成長させてきたこと、ベネッセが顧客の1社として良い関係性を築いていたこと、そして、ベネッセのファンドのメンバーもNateeのミッションに共感したこと。これらが重なり合い、ある意味「スタートアップの理想の展開」が実を結んだのだ。

いや、もちろんまだスタートラインに過ぎない。協業の構想を高々と掲げつつも、実践の段階でうまくいかなくなるケースは少なくない。むしろ「オープンイノベーションあるある」と言った形で揶揄されるくらいである。

この2社の関係性にどのような期待ができるのか、もう少し詳しく見てみよう。

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「学びと仕事の変革」を一緒に描ける、だから意義深い提携になる

橋本氏は、これからのマーケティングを考えるうえでNateeのような存在が非常に重要になるとみる。この考えを、もう少し詳しく聞いていこう。

橋本私はさまざまな広告媒体を活用して、『進研ゼミ』や『こどもちゃれんじ』といったベネッセの主要事業を広げる仕事をしてきました。こうした「広告予算をふりまいて露出を増やす」というマーケティングは早晩、主流ではなくなることが目に見えています。

これからは、「口コミ」と「マイクロインフルエンサー」の時代でしょう。世界を見れば明白です。ベネッセも本気で取り組まなければ、という危機感があります。

小島でも、どこかに委託してTikTokをただ運用できればいいというわけでもないのが難しいんですよね。

橋本そう。TikTokだけやれればいいわけじゃない。複数のSNSを使いこなしつつ、根幹となる自社メディアをつくり込めるようになる必要がある。そのために、Nateeが蓄積している知見やデータは非常に魅力的なものですよ。

小島クッキー規制を代表に、トラッキングデータがどんどん取得しにくくなるプライバシー保護の流れは日本でも待ったなしです。そんな中でエンドユーザーに強い影響力を持っているクリエイターのデータベースを持つことは、長期的に大きな価値を発揮していくための、非常に強いアセットになるはずです。

そしてもう1点、ベネッセの主要事業領域である教育の面でも、クリエイター育成の知見が必要不可欠になっていく。「教育それ自体の変革」を実現していけるのだ。この背景についても、橋本氏が熱く語る。

橋本一緒に目指していくのが、「Learn to Earn」というビジョンです。今、子どもたちが「将来はYouTuberになりたい」と当たり前に言う時代です。いや、それももう変わっているかもしれないくらいですよね(笑)。

「みんなが同じくらいに勉強できる」という社会をつくるような教育は、あまり求められなくなるかもしれない。それよりも「一人ひとりが個性を活かしてクリエイターになる」という社会を目指すべき時代と言えます。

だから、Nateeのミッションはものすごく重要で、一緒に取り組みたい。ベネッセの発展に、かならず繋がってくるからです。

小島僕らが教育事業とのつながりを増やしていきたいのも、同じような考えからです。最近、若い人ほど「将来に希望が持てない」と感じており、むしろ「安定」を求めてすらいるんです。

でもその一方で、クリエイターへのあこがれは強まっています。大人からは少し怪訝な顔をされるゲーム配信者やクリエイターの動画を見て、唯一と言っていいほど「自分が輝ける、一発逆転できるとしたらここしかない!」と感じているんです。

ただ、クリエイターを職業として目指すための教育はほとんど存在していません。「Nateeだからできる新しいクリエイター向けの事業」を間違いなく生み出していけると思っています。そのためにもベネッセさんとの提携は、非常に意義深いものになっていきますね。

Nateeのプレスリリース「創業4周年でクリエイター還元総額が総額5億円を突破」から抜粋

なお、Nateeの事業が教育と高い親和性を持つ理由に、上図に示されるような「ミドルクリエイターを生み出している」という特徴がある。インフルエンサーマーケティングと聞くと、一部のクリエイターに収益が集中している印象を持つ読者も少なくないだろう。そんな社会イメージを抜本的に変えようとしているのだ。

クリエイティブ支援や案件紹介をしているだけではない。より多くの人がクリエイターとして生きていけるようになるために、案件情報のデータベース構築とテクノロジー活用を通して、全体最適を達成する案件アサインを実現していく。

その先にあるのが、ベネッセとのクリエイタースクール事業をはじめとした、「人生をアップデートする企業」の姿になる。

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Goodな企業では、世界は変えられない。
Greatのためのマインドセット

クリエイタースクールに期待が膨らむ中、橋本氏はNateeの課題についても厳しく指摘する。特に「組織のスケール」に関連したものが今は多いとみているようだ。

橋本大きく三つの課題がありますね。一つは組織の多様性。大きな事業を創り上げていくためには、メンバー一人ひとりの多様性が不可欠です。Nateeにはまだまだ伸びしろがあるので、組織づくりは時に意識が必要かもしれません。

もう一つは、社外の力をもっと借りていくということ。今回、ベネッセが協力するという形をつくることができましたが、これだけでは目指す姿に到底足りません。ベネッセ以外にこうした関係性をどれだけ広げられるか。大きな課題ですね。

そして最後に、小島さん自身の成長という観点で、緻密な事業計画力が挙げられます。戦略性や博打性といった要素を、これからもっと意識して取り入れていくべき。今はまだ、良くも悪くもけっこう堅実なんですよね(笑)。

提供:株式会社ベネッセホールディングス

相次ぐ指摘に小島氏は苦笑いも見せつつ、「まさにそうだ」とつぶやきながら危機感について率直に話す。

小島戦略性は本当に難しいですね(笑)。ですが事業面では、マーケットに大きな波が来ているというのが明らかなので、チャンスと見てしっかり攻めなければならないと思っています。攻めることができなければ、競合が増えてピンチになってしまうだけ。この2023年に伸ばしきれるかどうかで、今後の伸びしろの大きさも決まっていく、そんな危機感を持って臨んでいるところです。

また、事業一つひとつには、必ず限界があります。どんなGreat Companyも創業時からの一つの事業だけで伸び続けている例はまずありません。ここから二つ目、三つ目の事業を必ずヒットさせていきます。

また、組織面では特に橋本さんのおっしゃる通りで、「やり切る文化」をもっと突き詰めることができたかもしれません。個性的で、優しいメンバーが多いのですが、弱みの克服よりも強みの向上を目指したり、互いに傷つけることのないコミュニケーションを意識し過ぎたりしてきた可能性もあります。

Goodは、Greatの敵だと言います。ここまで実直かつ丁寧にやってきたのが、むしろ小さくまとまって単にGoodな組織となってしまっていた部分が少なからずある。そうではなく、基準を高く持ち、一つひとつのアクションの精度を突き詰めていき、Greatな企業を間違いなく目指す。そういうカルチャーをしっかりつくっていこうと気を引き締めています。

ベネッセのような、いや、ベネッセを超えるくらいのGreatな企業になることを目指すNatee。もちろんFastGrowもそれを心から応援したいし、期待できるとも感じている。小島氏もNateeも、これから進化を繰り返し、課題をどんどんクリアしていくはずだ。そんな道筋について、最後に改めて聞いた。

小島ベネッセホールディングスという、日本を代表する企業と共同でプロジェクトを推進できることに感謝して、今の想定以上に大きな価値を創出できるように邁進するのみだと感じています。

橋本ベネッセがDXという言葉を使って推進しようとしているいくつもの事業は、いずれも日本社会にとって間違いなく必要だと感じていることです。Nateeとのクリエイタースクール事業も当然その一つ。中長期的な話ではありますが、この先の日本社会になくてはならない大きなものになるはず。

そしてこの事業だけでなく、Nateeは事業をどんどん増やしながら大きな企業になっていき、その過程でさらなる資金調達や上場も果たしていくのだと思います。

私たちがこのファンドで目指すのは、大きく育つ可能性のあるスタートアップをきちんと応援してあげることです。キャピタルゲインももちろん大事ですが、それと同じかそれ以上に、日本から大きなイノベーションが生まれていくように、Great Companyになっていく過程を一緒に歩んでいければと思っています。

小島Great Companyへの道のりでいえば、まだ始まってすらないと言ってもいいくらいに小さなフェーズです。上場して初めて公式戦の打席に立てる、くらいのイメージで、まずはそれを一つのマイルストーンにして進んでいます。

ただもちろん、上場が目的になるようではいけません。視座を高く持ち、ミッションに忠実に、多様な仲間を集め、事業を創出していく。そんな企業であり続けることで、自然とGreatになっていくのだと思います。

ベネッセがインフルエンサーマーケティングの企業に投資をした──というわけではないことが、いくらか伝わっただろうか。

これからの時代を表す「クリエイターエコノミー」という世界観を、日本で最もピュアに推進しようとしている存在がNateeである。そんな存在が、教育事業で日本随一の強さを持つベネッセの、将来構想の重要な一つのパーツになるのだという見方ができる。それくらいに、楽しみな展開だと言えよう。

実直に取り組んでいく小島氏の、これからの進化が楽しみだ。

こちらの記事は2022年12月07日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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