「届かなければ、事業家の罪だ」──有用な選択肢を獣医療の現場へ届け切る、HACHIの事業設計論
Sponsored良いものが、社会を変えるとは限らない。
技術がある。ニーズもある。目の前には、有用な選択肢を必要としている人たちがいる。それでも、既存の商慣習、情報の分断、複雑な流通構造、専門家との接点不足によって、本来届くべきものが現場に届かないことは少なくない。
社会インフラを変える事業家に問われるのは、単に「良いもの」をつくる力ではない。研究成果を読み解き、現場に伝わる言葉へと翻訳し、マーケティング、セールス、商流、組織づくりにまで落とし込み、社会に定着する仕組みとして設計し切る力である。
本記事で解剖するのは、旧来の商慣習も色濃く残る獣医療の領域で挑戦を始め、外部資本ゼロで全国3,000の動物病院に広がる販売・情報接点を築き上げた、株式会社HACHIの事業創造論だ。
HACHIの成長について、その概要だけを見てしまうと、「良い素材に出会った結果、良い製品を開発できた」と早合点してしまう。だが、そこに本質はない。躍進を裏で支えていたのは、「売上を追うな、動物を救え」という考え方。あるパートナー院の院長からの言葉を長谷氏は大切に扱い、その思想を事業のあらゆるレイヤーへと実装していく執念につなげてきた。
「素晴らしい研究成果が目の前にあるのに、ビジネス設計のミスで現場に届かず、救えない命が生まれたら──、それは完全に私の経営者としての罪です」
代表・長谷和俊氏のこの言葉通り、HACHIは、動画を活用したデジタルマーケティング、業界未経験者でも成果を出せる営業・マーケティング構造、継続購入を見据えた商流再設計、そして獣医師との泥臭い共創関係構築を組み合わせ、多層的な競争優位性を築いてきた。
良いプロダクトが、なぜ社会に浸透していかないのか。それを届け切る事業家は、どのように市場を見立て、どのように事業を設計しているのか。
自らの手で巨大な産業変革を起こしたい若手BizDev層にとって、HACHIの軌跡は、事業創造の本質を考える格好のケースとなるはずだ。
使命感は“美談”ではない──事業設計に落とし込まれてこそ、競争優位になる
「なぜ、その事業をやるのか?」
スタートアップの世界において、この問いへの答えは往々にして陳腐化しやすい。「市場が伸びているから」「最新の技術を活用して変革できそうだから」そして「スマートにスケールしていきそうな戦略を描けたから」。
確かにそれらは重要な要素だが、歴史を振り返れば、大事な論点は別にあると言えよう。強固な産業の壁を打ち破り、不可逆な「社会インフラ」を築き上げてきた偉大な企業たちの根底には、もっと深く本質的な「使命感」が存在していたのである。
例えば、就職情報の非対称性を解消し、個人と企業の出会いを繋ぎ直したリクルート。あるいは、企業規模や関係値によって価格が変わるBtoB流通の不透明性を打破し、フェアな購買インフラを創り上げたモノタロウ。そして、MR(医薬情報担当者)の属人的な営業による医療情報の滞留を解消し、医師への情報伝達をインターネットプラットフォームへと置き換えたエムスリー。
これらの企業が市場に不可逆な変革を起こし続けている理由は、単なる市場機会の発見ではない。彼らは、構造的な違和感に向き合う使命感を起点に、プロダクト開発、マーケティング、セールス、流通網といった事業の各レイヤーに落とし込み、他社が容易には模倣できない「多層的な競争優位性」を築き上げたのだ。
取材内容等に基づいてFastGrowにて作成
そして今、我々は「獣医療」というドメインにおいて、エムスリーやモノタロウにも通じる構造変革の文脈で読み解ける戦略で、産業変革に向けて突き進む企業に出会った。
長谷有用な選択肢が目の前にあるのに、自分たちのビジネス設計のミスでそれが現場に届かず、結果として救えない命が生まれたとしたら──。それはもう単なる「新規事業の失敗」という次元の話ではない。完全に、私の経営者としての罪です。
株式会社HACHIの代表取締役である長谷和俊氏は、自らに突きつけるような鋭い眼差しでそう語った。
思い付きレベルのソリューションや、表面的なビジネスモデルの転換だけで、社会に革新をもたらすことなどできない。この社会はそう甘くはない。きっと長谷氏もそのことを熟知しているのだろう。だからこそ、使命感を、事業設計の徹底した試行錯誤へとつなげ、マーケティング、セールス、商流、組織設計に至るすべての領域において、前例のないアプローチに妥協せず挑戦し続けてきた。
各領域における試行錯誤が重なり合うことで完成した「多層的な競争優位性」。これこそが、無名のスタートアップであったHACHIを外部資本ゼロのまま全国3,000院の接点を構築する存在にまで押し上げ、今後の展開への期待を高め続けている原動力なのだ。
グローバルで3,000億ドル規模とも言われるペットヘルスケア市場での壮大な挑戦。その第一ステージとも表現できそうな「国内ペット向けサプリ市場」での躍進において、起業家の使命感がどう作用し、どのように強固な競争優位性を築いていったのか。
ここから、HACHIの事業創造論の全貌を解剖していく。
なぜHACHIだったのか──“動物医療の内側”と“デジタルマーケの外側”を知る起業家
どれほど優れたプロダクトであっても、市場への流通経路とコミュニケーションの構造設計を間違えれば、社会に浸透していくことなどない。有用な選択肢が現場に定着しないのは、市場の無理解でも営業の怠慢でもなく、間を取り持つ事業開発側の「ビジネス設計の敗北」に起因している。
長谷氏は、動画マーケティング会社をゼロから立ち上げて成長させ、データ駆動型のD2C事業など複数の会社を連続で軌道に乗せてきた確かな実績を持つ。同時に、実家が動物病院であるという、現場のリアルを知る感性を併せ持っている。
つまり、長谷氏は、「動物医療の内側」と「デジタルマーケティングの外側」の両方を知る、稀有な事業家だったのだ。
だからこそ、世界的な権威を持つ医学専門誌『GUT』に論文が掲載され、有用性に関する研究報告がある「フアイア」という素材に出会った際、彼はこれを単なる一過性の商機ではなく、極めて重い責任として受け止めたのである。
長谷私たちがビジネスの核に据えている「フアイア」という成分は、ゼロから自社で莫大なコストと時間をかけて研究開発したものではありません。すでに人向け医療の領域において、多くの資金と歳月が投下され、海外の医学専門誌『GUT』でも有用性に関する研究成果が報告されています。
事業家としてこの素材に出会い、その展開を担うことができるとわかったとき、私は「勝てる」という確信と同時に、とてつもなく大きな責任感・使命感を覚えました。
これほどの可能性を持つ成分を使ったプロダクトが、もし日本の市場で普及しなかったとしたら、それはもう完全に私たち「届ける側」の設計責任であり、経営者としての罪になってしまう。
実は創業初期、長谷氏は投資家たちから何度も問われたという。「なぜHACHIなのか」「なぜあなたが、その素材を扱えるのか」と。
当初、長谷氏は「もともとの信頼関係があったからです」と答えていたという。だが、「フアイア」の展開を長谷氏に託した投資家からその後、こう指摘された。「そんな単純な話ではない。あなたには、動物医療の現場感覚と、事業家としての実行力と、デジタルマーケティングの武器があった。だから託したのだ」と。
いざとなれば自ら売って歩くような気合い・根性を持ちながら、広告モデルやマーケティングオートメーションによるビジネス拡大施策の経験もある。これら複数の要素が重なっていたからこそ、HACHIに白羽の矢が立ったのだ。
また、長谷氏も知っていた。過去に獣医療の領域でも、使い方やエビデンスといった高度な情報を現場に歪みなく伝えきれなかったがために、市場に定着しなかった研究成果が、実はいくつも存在していることを。
長谷素晴らしい研究成果が、社会に広まることなく消えていく。もちろん、私たちのようなプロダクト開発・販売会社の努力が不可欠なのは当然なのですが、それだけでなく、業界・産業構造にも伸びしろがある話です。問題の根本を見直すことなく放置してしまっては、業界の進歩・社会の進化を遅らせてしまい、救えるはずの命が救えなくなってしまう。
そこで、私が他の事業で培ってきたノウハウを活用し、専門家と消費者の間に横たわる「情報の非対称性」の解消までやっていけたら、それが業界構造を変革していく突破口になるかもしれない……そう思ったんです。
この気付き、そして、責任感・使命感があったから、HACHIの事業は、単なるモノ売りではなく、持続可能なプラットフォーム型の事業構造へと向かっていけたのだと、今、振り返っています。
「どうすれば情報の歪みをなくし、現場の先生方と飼い主さんを正しく繋げるか」。この問いを強く意識し続けることで、長谷氏はあらゆる領域において事業設計を推し進めていくことができたのだ。
では、無名のスタートアップが、いかにしてこの多層的なインフラを築き上げたのか。
ここからは、HACHIが現場で構築してきた事業設計を、「戦略」「経済性」「組織」「共創」の4つの視点から紐解いていく。
長谷氏の適任性と使命感は、具体的な事業設計へと変換されていった。その全体像を整理すれば、次のようになる。
取材内容等に基づいてFastGrowにて作成
【注釈】※本記事内で言及している「フアイア」に関する研究報告は、主成分に関する海外の学術的な研究報告を指すものであり、製品の動物に対する特定の効能・効果を保証するものではありません
多忙な専門家の扉を、どう開くか──CPA高騰の胃痛を乗り越えた「BtoBtoC戦術」
獣医療領域において有用な選択肢を現場に届けるための最初の壁は、「多忙を極める専門家の扉をどう開くか」だという。どの事業領域でもこうした課題はあるだろう。いかにしてキーパーソンの懐に潜り込むか、という話だ。
この領域において、製品の価値を届ける手段は長らく「訪問営業」が主流だった。日々の診療に追われる専門家たちと営業担当者との間には「時間のミスマッチ」が生じてしまう。無名のベンチャー企業が訪問営業を仕掛けたところで、忙しい現場で新たな扉を開くことはできない。
長谷氏がこだわった設計は、いくつもある。たとえば、『アニミューン』のパッケージや広告のデザインはわかりやすい例だ。当初、デザイナーに依頼してつくってもらったスタイリッシュな案を、敢えてほとんど却下したのだという。そして「昔からあったような既視感のある、少し野暮ったく見えるかもしれないような、数十年前から変わらず存在する製品」のようなデザインを要望したのだ。これは、現場の獣医師に「怪しい新参者」と警戒させないためのしたたかな計算だった。
そんな仕掛けを施した上で、長谷氏が目をつけたのが、「非同期コミュニケーション」だ。
長谷忙しい獣医師の先生方に対して、従来通りの飛び込み営業を仕掛けたところで、お互いにすれ違うだけで何の価値も生み出さないと思いました。
そこで、貴重な時間を奪うことなく、研究報告に基づく情報を劣化なく届けるために、動画を活用したマーケティングオートメーション(以下、MA)をつくり込んでみることにしたんです。
HACHIが構築した動画MAの真価は、動画再生機能を駆使し、見込み客の関心度合いを測るフィルターとして機能させたことにある。動画を熱心に視聴した相手だけをホットなリードと定義し、そこから初めて商談へと引き継ぐ。
長谷相手の温度感が低い状態で営業が接触してしまうのは、お互いにとって不幸な時間になることが多い。これはどの業界でも同じことでしょう。だから、動画を通じて科学的根拠を正しくインプットしていただき、温度感が高まるようなプロセスを徹底的に磨き込みました。
動画をしっかりつくるのは大変だったのですが、狙い通り、先生方は少しずつ、スキマ時間に見てくれるようになりました。そうして、効率的な営業を進められるようになっていったんです。
オートメーションの対象となったのは、新規顧客候補の獲得だけでなく、そのナーチャリングやインサイドセールスとも表現できる部分まで含まれていたのだ。この細やかな戦術と、それを実行し切るアイデアや推進力も、長谷氏の強みだ。
さらに、これらを加速させる作戦として手掛けたのが「BtoBtoC戦略」だった。SNSを活用して一般の飼い主に向けて広告を配信し、「アニミューンに少しでも興味が湧いたら、かかりつけの動物病院で『取り扱いはありますか?』と聞いてみてください」と問い合わせを誘発したのだ。
そんなことで本当に問い合わせが増えるのか……?と疑問を持つ読者ももちろんいるだろう。さすがに、すぐに効果が表れたわけではないという。細かくデータを追う長谷氏は、1病院あたりの顧客獲得単価(CPA)が跳ね上がり、胃が痛む思いもしていたそうだ。それでも過去の経験を活かし、クリエイティブの検証と改善を繰り返し、CPAを劇的に下げることに成功した。
長谷どんな獣医師でも、目の前にいる飼い主さんが「これを使いたい」と求めている事実を無視することなど、普通はできません。飼い主さんからの声こそが、病院の扉を開く大きなきっかけになると確信していました。
すると、これらの作戦は見事に噛み合い始める。結果論になってしまうが、「噛み合うまで試行錯誤を続ける」ことも、事業のセンスということができるだろう。
取材内容等に基づいてFastGrowにて作成
MAによる情報伝達と、BtoBtoC戦略として飼い主起点の問い合わせ導線を設計したこと。これらが、全国の動物病院との接点を広げる、大きなインパクトを生むこととなったのである。
サブスクリプションが創る新たな経済圏──多重構造の商流を、解き尽くす
マーケティング・セールス部分のつくり込みの中で、長谷氏は「もっと根本の部分にアプローチできないだろうか?」と考えるようになる。『アニミューン』だけが広がればよいわけではなく、『アニミューン』のような新しいプロダクトが適切に広がるような業界構造をつくっていきたい。そうしてアプローチ先に選んだのが「商流」だった。
BtoBビジネスを手掛けるベンチャー企業・スタートアップの多くが、そのスケールの過程で、既存の「中間流通(卸)」によってつくられる壁にぶつかると言われている。複雑な多重構造の販路に製品を載せて広く流通させる際に、直販とは異なる論理の商慣習があることを知る。販路開拓の効率性や販売単価のコントロールが従前どおりにはいかなくなり、売上成長率や利益率といった指標に小さくない影響が出始める。
動物病院に『アニミューン』を卸していくビジネス構造で戦うHACHIが、こうした壁に直面するのは時間の問題だった。
長谷動物病院の獣医師の先生方から、『アニミューン』を紹介いただき、その場でまず売っていただく。そのためには、継続的・安定的に製品を納入できる状態を構築する必要がある。やはり既存の卸・流通業者さんたちの協力をいただければ、ここは一気に進みます。
ですが、すべてにおいて従来の商慣習通りに対応する必要はないのではないかとも感じていました。たとえば、我々のビジネスモデルでは、『アニミューン』を継続購入いただける飼い主さんを多く抱えることを目指しています。継続いただく中で、動物病院にいちいち通って購入する必要はありません。サブスクリプション契約を、飼い主さんと私たちHACHIとの間で直接結ぶ形にするのが、最も明朗で、効率的なはずなんです。
ところが従来の商慣習では、そうした継続利用における売上からも、初めのきっかけをつくった卸・流通業者さんたちにマージン支払いが発生し続けることになっていました。
ここで妥協してしまえば、HACHIの今後に影響が出てしまい、結果として「良い製品を、適正価格で提供し続けること」ができなくなってしまう恐れがあると感じました。
さまざまなアイデアを考え、諦めずに交渉を進める中で、継続契約における役割と収益配分を再設計したのだ。「オンライン契約での継続売上に関する役割はHACHIが担い、卸・流通業者さんに対しては、新規開拓の営業ノルマのようなものも一切求めない」と。
実は卸・流通業者さんたちは、各地の動物病院の獣医師とのつながりがありますから、私たちのようなスタートアップでは取り合ってくれないような相手まで開拓していただけたかもしれないんです。これは、事業立ち上げ期には魅力的な話です。
しかし、販路開拓は非常に重要な仕事です。外部に任せきりにしてしまう部分が出ると、短期的な成長にはつながるかもしれませんが、中長期の成長に影響が出る可能性もある。だから、多くの同業とは異なる道として、販路開拓は自分たちで取り組み続けようと決めたんです。
これは、前のセクションで紹介したマーケティング・セールス面での手ごたえがあったからこそ、意思決定できたことでもあった。
取材内容等に基づいてFastGrowにて作成
加えて、長谷氏がWebマーケティングの確かな経験を持っていたことも、この意思決定をその後の成功につなげる大事な要素となった。動物病院では、『アニミューン』そのものを物理的に多く売り渡さずとも、飼い主に対して「動物病院固有の特別コード」を伝えることで、継続購入後も動物病院に適切な収益が還元される仕組みまでも、あっという間に構築した。システム自体はシンプルだが、これを保守的な卸や病院のオペレーションに「当たり前」のものとして組み込ませた実行力も、長谷氏の使命感ゆえのものと言えるだろう。
長谷私たちが『アニミューン』を始めとした事業を通じて実現したいのは、獣医師が日々向き合うケアを、より納得感のある形で継続的に支えることなんです。
獣医師という専門家が、信頼をもって『アニミューン』を推奨してくれるからこそ、飼い主さんは継続して使ってくださる。私たちはサブスクリプション(定期購入)という形を通じて、動物病院がより良い医療を提供し続けるための「新しい経済圏」を生み出しているような自負まで持っているつもりです。そしてそれをさらに拡大していきたいんです。
その結果として、HACHIのプロダクトは一度導入されれば継続的に使われ続ける状態を構築。LTVで10万円ほどにもなる、業界ではトップクラスと言えそうな状態をすでに確立しているという。ただしこれも、あくまで、使命感に基づく試行錯誤による“結果論”だろう。LTVの向上にばかり執着して実現できるものではない、と捉えるべきなのだと考えさせられる。
「取り扱い病院数」より「新規ユーザー数」を追え──実は、SaaS系人材らが牽引する、獣医療領域でのPDCA高速回転
さて、ここまでは意識的に、長谷氏という起業家・経営者に強くフォーカスしてきた。だが、長谷氏の目指す未来を実現するためには、当然、力強い仲間・チームの存在も不可欠だ。いくら完璧な戦略を描いても、実行し続ける組織がなければ、スケールに至ることなどない。
その組織づくりも非常にユニークなのが、HACHIの面白い点だ。
新規事業を立ち上げる際、企業は多くの場合、経験豊かなメンバーを集めようとするだろう。HACHIの場合なら、動物向け医薬品やサプリメントを開発したり販売したりした経験を持つ者を採用していく形を想像しやすい。先ほど触れた、獣医療領域の卸・流通業者の出身者もよいかもしれない。あるいは、隣接領域と言えそうな病院向け営業も活躍しやすそうだ。
だが、そうした経験者を、実はあまり採用してこなかったという。その理由はシンプルだ。
長谷この業界・領域にいた経験があると、既存の常識や過去の成功体験に強く縛られてしまい、私がやろうとしてきたアプローチにはあまり共感してもらえないのではないかという懸念があったんです。
私たちが目指してきたのは、「獣医療領域での事業」というよりもむしろ、「新たな構造をつくって勝ち続ける事業」だという意識だったんです。なので、SaaSスタートアップでひと通りの立ち上げ・グロースを経験した方だったり、Webマーケティングの経験を積み重ねてきた方だったりと、この業界・領域では珍しい面々を採用しようとしてきました。
そして、このようなチーム組成だったからこそ、先ほど紹介した動画MAでのナーチャリングの仕組みもさらに進んでいった。知識・経験がものを言うような温度感の低い商談をできるだけ少なくし、業界未経験者でもクロージングまでスムーズに進めやすい商談を増やすことに集中してこれたわけである。
また、KPIの考え方にも、このチーム組成ゆえの特徴が見える。
長谷当初は、「『アニミューン』取り扱い病院数」という指標をとにかく追っていました。もちろん、まず重要なのはやはりこの指標だったと思います。
しかしこれは、あくまでも営業力によって追いかけていくKPIです。ずっと最重視すべきものではないと思っていました。それで、今のフェーズで最も重要視しているのは、「新規ユーザー獲得数」なんです。
これは「1病院あたり、何人の飼い主さんに製品を紹介し、契約をとってくれたか」です。どうすれば現場の先生方が自信を持って飼い主さんに推奨できるのか。マーケティングやブランディングが重要になっていきます。より効率的にPDCAを回しやすいところでもあるため、良い改善がどんどん進んでいる感覚があります。
そんな現場で、私たち一人ひとりが「BtoBtoCマーケターとしての事業家」として経験を積み重ねていくような成長をしていっています。BtoBとBtoCの二つの視点を掛け合わせながら、事業をグロースさせていく。そんな環境は、ほかになかなかないユニークなものだとも感じます。
「売上を追うな、動物を救え」──現場の獣医師を“販売先”と見るな。“信頼のパートナー”として連携せよ
『アニミューン』事業の戦略性についてさまざまな角度から考察してきたわけだが、このあたりで、聡明な読者は感じ始めているだろう。「これは、『アニミューン』以外の事業への拡張も想像できる」と。
そう、HACHIはすでに、獣医師とのつながりという観点で、『アニミューン』事業だけでなく今後新たに手掛けていくさまざまな事業においても強固な参入障壁を築いていると言える。マーケティング・セールスの構造も、商流変革のアプローチも、BtoBtoCマーケターとしてのグロースも、これらすべてが、「全国の動物病院の獣医師が“共創パートナー”として存在する」という状態を形づくっている。
HACHIのメンバーたちの合言葉は、「売上を追うな、動物を救え」。本記事冒頭でも紹介したこの考え方は、何よりも、獣医師との信頼関係につながっている。
長谷私たちは、動物病院にただモノを売りに行っているわけでは決してないのです。獣医師の先生方に対しては「この『アニミューン』を、どんな子に使ってあげたいと感じますか?」と問いかけていく。そうして、飼い主さんとそのペットの実情を、対話とデータで捕捉し続けながら、活用知見を積み上げていく。そんなパートナー関係なんです。
信頼し合うパートナー関係により、『アニミューン』のさらなる改善や拡販はもちろんのこと、今後は、まだ広がっていない有用な研究成果を、日本・世界に広げていく事業にまで手を広げていける。
長谷現場の先生方が丁寧に積み上げてくださった「臨床の真実」を、歪めることなく正しく繋いでいく。それが、本来のメーカーの役割だと思うんです。
効率化のために、メーカーと先生方との間の距離が広がってしまったという課題が今、あります。そこに、HACHIは新たなアプローチで、信頼関係をつくることができ始めています。
先生方が、純粋に専門家としての判断にコミットできる環境をつくり、その現場の知見・データから新たな薬やサプリを開発する。実際、現場の獣医師からは日々、活用シーンや相談内容に関するフィードバックが寄せられており、それらが製品理解の深化や今後の開発検討の土台になっているという。
このサイクルを今一度、理想的な形で生み出していく。これができる存在に、HACHIはなっていける。私自身、とてもワクワクしているんです。
海外展開、AI、データプラットフォームへ──「測定・評価・解決」から描く、グローバル40兆円市場での未来
『アニミューン』事業で築き上げてきた、全国3,000院規模の販売チャネル、いや、ここは獣医師との信頼関係と表現しよう。この事業だけでもまだまだ大きく成長していきそうなのだが、HACHIそして長谷氏の目は、はるか先を見据えている。グローバルで3,000億ドル(約40兆円)とも言われる巨大なペット市場(※調査機関や為替レートにより変動)への事業展開だ。
長谷動物向け・人間向けを問わず、医療という行為は、「測定・評価・解決」に分けて捉えることができると考えています。
今後AIやIoTが普及していけば、この「測定」と「評価」の領域は、間違いなくコモディティ化していく、そう感じています。テクノロジーの進化によって、比較的簡単にサービス・プロダクトが生まれていくことになると思うんです。
取材内容等に基づいてFastGrowにて作成
長谷一方で、「解決」の部分は、人間つまり獣医師による介入や判断が必ず必要になります。「測定」「評価」がAIやIoTによって高度化・一般化し、非専門家の不安は増大していきかねず、獣医師の存在がより強く求められるようになるのではないかなと。
AIがどれだけ進化しても、全ての飼い主さんに安心・安全を提供することはできないと思います。データを基に、人間らしい温かみをもって接し、不安を取り除くような診断・判断のコミュニケーションを行う。これが、獣医師の存在意義になっていく。
そんな未来に向け、私たちは非常に面白い立ち位置にいると思います。『アニミューン』事業によって、すでに「解決」の部分で共創パートナーが多くいて、大量のデータも蓄積できている。そんなプレイヤーは、世界中を探してもいないのではないでしょうか。
実は、「アニミューン」という名前自体、当初から英語圏での展開を見据えて設計されていた。国内で一定の手応えを得たから、後から海外を目指し始めたわけではない。
むしろ長谷氏にとって、日本市場の開拓こそが難所だった。関連する研究報告の多くは英語で発信されている。英語圏では一次情報への距離が近い一方、日本ではその内容を読み解き、解釈し、獣医療の現場に伝わるコンテンツへと編集する力が求められる。
その難所を越え、全国3,000院に広がる接点を築いてきたことは、HACHIの実装力の証明でもある。アメリカ展開は、その延長線上にある次の挑戦だ。ここで得た利益や接点を、将来的なAI・データ領域へ投資していく構想もあるという。
長谷デバイス開発・提供による「測定」や、AIを活用して「評価」する獣医師支援プロダクトの開発・提供など、さまざまな構想が浮かびます。実はすでに、具体的な検討も進めているところです。
『アニミューン』自体も非常に画期的で社会的意義の強いプロダクトだという自負はありますが、一方で、これから大きな「医療データプラットフォーム」を、国内外で構築するための入口でもあると捉えています。
こう話していて、私自身、楽しみなことだらけです。
日本のスタートアップが、ヘルスケア市場に新たなプラットフォームを構築する挑戦。決して絵空事ではない。彼らはすでに、ゼロから、全国3,000院に広がるエコシステムを構築し、継続的なケアのモデルを現場に実装してきたのだから。
セクション1でも紹介したように、強い使命感を持って経営に臨むからこそ、マーケティング、セールス、ブランディング、プロダクト開発──そのほかも含めたすべてにおいて、前例のないアプローチに妥協せず取り組み続けている。そうして築き上げられた複雑で多層的な競争優位性が、今後の事業展開への期待をどこまでも高め続けている。きっとあなたも、そう感じたのではないだろうか。
既存の枠組みの中で機能的な役割を果たすだけでなく、自らの手で社会構造そのものをアップデートする。HACHIという環境には、その本質的な醍醐味がある。
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こちらの記事は2026年08月27日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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