連載あの執念の正体
「子どもがいるだけ」で、優秀な人材が埋もれていく──全国46拠点・1,500人の雇用を生んだ、ママスクエア藤代聡氏の信念とは
「君は、なぜそれをやるの?」──ある著名な投資家は、出資前の面談で藤代氏にそう問いかけた。彼が用意した分厚い資料の数字や計画よりも、その投資家が耳を傾けたのは、「なぜこの事業をやるのか」という、藤代氏の信念の部分だった。同じ時期、藤代氏がほかに相談していた複数の投資家も、計画書の細部より藤代氏が熱く語る事業への思いを重視して出資を決めたという。
ママスクエア代表・藤代聡氏。託児機能付きワーキングスペースや事業所内保育などを全国46拠点で運営し(2026年4月時点)、約1,500名の母親が活躍する企業を築き上げてきた事業家だ。
2025年には日本サービス大賞で優秀賞・審査員特別賞のW受賞を果たした。連携協定を結ぶのは横浜市・福岡市・仙台市など8つの市で、各市の助成金などを活用して連携した拠点は14に上る。大和ハウス工業や三菱地所グループなど大手企業との事業提携も着実に積み上げてきた。だが藤代氏にとって、この現在地は「創業10年のスナップショット」に過ぎない。
なぜ、コロナ禍で多くの関係者が「事業を縮小しよう」と言う中、藤代氏だけが首を縦に振らなかったのか。なぜ、全国46拠点の多くを、自治体や企業との連携・支援によって展開してきたのか。そして、次にどんな絵図を描いているのか。藤代氏に迫った。
面接で泣き出した主婦──“不”の体積を測れ。拾われてこなかった巨大ブルーオーシャン
ママスクエアの出発点には、強烈な原体験があったと伺いました。
藤代そもそも、私の事業の出発点は親子カフェだったんです。育児ストレスで疲弊した母親たちが、子どもと一緒に駆け込めるリフレッシュの場を作りたくて、2004年に立ち上げました。
20拠点まで広げる過程で多くの主婦の方に応募いただいたのですが、面接の最中に泣き出す方が何人もいたんです。そのうちの一人に理由を聞くと、「12回電話で落とされ続けた」と。子どもがいると伝えた瞬間に「定員が埋まりました」と切られる。しかし、翌週には同じ求人が出ている。子どもがいるという情報だけで弾かれていた。
その方は、英語でビジネスができる高いスキルをお持ちでした。実力を伝える機会すらなく断られ続けると、「自分は世の中に必要とされていない」とまで思い込んでいたそうです。だからこそ、面接してもらえるだけで感極まって泣き出したのです。いざ実際に働いてもらうと、皆さん本当に優秀でした。これだけ意欲のある優秀な人たちが、活躍できる場を得られないまま埋もれている。「ここはブルーオーシャンだ」と確信したんです。能力のある人が門前払いされ、「自分は世の中に必要とされていない」とまで思い込まされることがある。この“不”の大きさを、私はどうしても放っておけなかった。なぜこの事業をやるのか、と問われれば、答えはここにあります。
そこから、現在の事業にどう繋げたのでしょうか。
藤代起業前のリクルート時代に叩き込まれたのが、マーケットを「対象の数 × “不”の強度」で捉える考え方です。“不”とは、不満・不便・不自由のこと。対象の数を底面積、“不”の強度を高さと見て、その掛け算=体積で捉えるんです。“不”が大きいほど、それをひっくり返せばチャンスになる。
ママスクエア(託児機能付きワーキングスペース)の立ち上げ時、ほとんどの人が「物を売らない店なんてショッピングモールに入れるわけがない」と言いました。でも実際は、ショッピングモール側から「うちにも出店してくれ」と引く手あまたになった。みんなが「ダメだ」と言う領域こそ、“不”が分厚く溜まったチャンスの塊なんです。
「縮小したくない」──震災とコロナが教えた、思いを軸に構想で動く経営
藤代さんは、事業を運営する中で東日本大震災とコロナという2つの試練を経験されています。
藤代親子カフェ時代、震災で全店が営業不能になりました。当時は内装を全て自前で作っていたので、資金体力的にも厳しい状況に追い込まれました。
そのタイミングで、ある駅ビルから「内装は全額こちらで負担しますので、出店してくれませんか」という打診をいただいたんです。正直、最初は「そんなうまい話が本当にあるのか」と疑って、リクルート時代の元上司に相談しに行ったほどです。そこから何度か相談・検討を重ねていると、さらに条件を良くしてくれて、「家賃は完全歩合でいい」とまで言ってくれた。
その時に確信したんです。思いを軸に構想を語れば、相手は応えてくれる。過度な固定費を抱え込まなければ、事業を回せる──そう気づいた瞬間でした。震災以降、ママスクエアは46拠点まで展開していますが、自前で内装投資して建てたのは茅ヶ崎の1拠点だけです。残りの拠点はすべて、私たちの志に賛同した企業や自治体が「ぜひここでやってほしい」と、場所や資金を提供してくれたものです。
コロナ禍でも大きな打撃を受けたと伺っています。
藤代コロナ直前は上場準備が順調に進み、従業員も1,500名規模まで拡大していました。ところが、そこで売上が大幅に落ち込んだんです。
その時、取締役も株主も幹部も、ほとんどが「拠点を閉じよう、規模を縮小しよう」という考えでした。それでも閉じない判断をしたのは、私です。ママスクエアは雇用を守るために作った会社です。それを閉じてしまったら、存在理由がなくなってしまいますから。
あの「閉じない」判断があったからこそ、コロナを乗り越えた今、雇用を守り抜いた仲間とともに、次の10年に向けた絵図を描き始められる位置まで戻ってこられたと思っています。
託児付きオフィスは“創業10年の通過点“──プレママから介護期まで、ママのライフスタイル全体に伴走する
ママスクエアが今、最も力を入れて挑もうとしている領域はどこですか。
藤代「“不”の体積」のロジックを、もう一段大きいスケールで適用しようとしています。
ママの人生は、大きく4つのフェーズに分けられると考えています。妊娠・出産を迎えるプレママ期、0〜5歳の子育て期、小学校・中学校期、そして親の介護期。私たちがいま向き合えているのは、このうち真ん中の「子育て期」です。どのフェーズも「ママがやって当たり前」とされ、出産・子育て・介護というライフイベントに、人生そのものが振り回されてしまう。ここに、“不”が分厚く溜まっている。しかも、まだまだ十分に向き合われていない。
「子どもとお母さん」を中心軸に置いた瞬間、ママスクエアは託児付きオフィスを超えた、もっと社会的にもスケールの大きな事業会社になれる。これが次の10年で実現したい姿です。
具体的には、どの領域に狙いを定めているんですか。
藤代今、特に強く狙っているのは2つあります。
一つは、人生の入口側、プレママ期です。少子化は国としても致命的な課題で、「この国で子どもを産み育てたい」という意欲を回復させる仕組みを作れた会社が、巨大なマーケットを取れる。
もう一つは、出口側の介護期です。介護業界には、本気で取り組む企業がすでに数多くあります。ただ、「介護の負担がお母さんに集中する」という切り口はまだ手薄なんです。前提を変えるのは難しいから、テクノロジーで負担を軽くするほうが早い。
入口と出口、どちらもマーケットが大きく、“不”が強い領域でありながら、まだビジネスとして確立されていない。だからこそ、先回りする価値があります。
2つの注力領域は、どんな考え方で事業構想を描かれているのですか。
藤代重要なのは、「世の中のためになること」と「マネタイズ」が必ずセットで設計されていることです。思いだけでは伸びない。儲かるだけでも続かない。両方ないと、スケールしない。私はそう考えています。
プレママ期で言えば、複数の大手企業を巻き込んだコンソーシアム型の事業を構想しています。詳細は控えますが、利用者は無料で使える一方、参画企業にとっては合理的なマーケティング投資になる。そうした三方良しの構造を設計しています。これが組み上がれば、経営者の皆さんは前向きに「やろう」と言ってくれる。
介護期も同じ考え方です。AIやウェアラブル、IoTといった新技術は、医療・金融・物流のような領域から先に投入される。子育てや介護のような「ケア領域」には、技術が回ってくるのが、どうしても後になりがちです。だからこそ先回りすれば、社会的意義の高いポジションを取れる。
1,500名のママネットワーク自体も、新しい事業の起点になると伺いました。
藤代これがママスクエアの隠れた資産です。
全国46拠点で約1,500名の母親が日々働いている。彼女たちは、商品開発・マーケティング・サービス設計を行ううえで「最も近い生活者の声」そのものです。単なる労働力ではなく、生活者のリサーチ&共創ネットワークとして捉え直すと、まったく新しいビジネスが立ち上がる。
たとえば、ママたちが日々消費する生活必需品を、AIによる需給予測と組み合わせて共同購入する仕組み。あるいは、忙しいママに最適化された少額・低リスクの資産形成サービス。生活者起点で立ち上げられる新しいサービスは、いくらでも構想できます。
「託児付きオフィスを運営する会社」というのは、創業10年時点のスナップショットに過ぎません。最終的に目指すのは、「ママをずっと支援し続けられる会社」です。
毎週舞い込む構想と、実行フェーズをどう前に進めるか
ここまで伺ってきた構想群ですが、社外からの反応はどうなのでしょうか。
藤代ありがたいことに、引き合いだけで言えば毎週のように舞い込んでくる状況が続いています。物流デベロッパー、不動産デベロッパー、損害保険、住宅設備、製薬、自治体──業界も領域も様々で、これまではこちらからアプローチしなくても、向こうから「一緒に何かできませんか」とお声がけいただける場面が多かったんです。
ただ、構想を一緒に作り、相手と握り、実行フェーズまで持っていく動きが、私のキャパシティを超えて詰まっている。社内からは「もうこれ以上構想を広げないでくれ」と言われるくらいです(笑)。
ある著名な株主の方が、初期にうちと一緒にやりたいと持ってきてくれた事業がありました。でも、こちらの実行スピードが追いつかなくて、結局その方は自社で立ち上げることになった。「藤代さん、いつになります?」と何度も聞かれていたのに、お渡しできなかった。あれは本当に悔しい経験です。
事業家として、一番大切にしている価値観は何ですか。
藤代思いがあるかどうか、それだけです。
冒頭の出資の話──あれが私の経営観の原点です。出資してくれた方々は、数字や計画書の細かい部分よりも、「なぜこの事業をやるのか」という思いの部分に、最も耳を傾けてくれた。
私自身、好きなことをやっているから、ずっと楽しい。震災もコロナも、こちらに何の過失もないのに甚大なダメージを受けるようなことが続いてきました。それでも乗り越えられたのは、思いを共にしてくれる仲間がいたから。
「ダメだ」と言われた時に「本当にそうなのか?」と問い直せる人は、本当に少ない。困難を困難と思わず、「どう乗り越えるか考えること」自体を楽しめる。そういう人と一緒なら、これからの10年はきっと楽しい。そう心から信じています。
FastGrowの見解
思いを軸に構想を語り、相手の課題を起点にアライアンスを設計することで、全国の拠点網と巨大企業との連携を築き上げてきた藤代氏の手腕は、再現性ある事業開発の教科書として読み解ける部分が大きい。だが、プレママ期から介護期まで、ママのライフスタイル全体を射程に入れる絵図は、現在の託児付きオフィス事業からの飛距離が大きい。次々と生まれる構想を、誰がどう前に進めていくのか。ママスクエアの次の10年の真価は、この壮大な絵図を担う人材が集まるかどうかに、文字通り懸かっている。
こちらの記事は2026年07月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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