連載あの執念の正体
触覚を、次の世界標準にする──東北大発ディープテックで客員起業家の成功モデルをつくるTouchStar代表石田氏
スマートフォンをかざすだけで、花火の振動が手のひらで弾ける。刀が風を切り、ぶつかり合う衝撃が、画面の向こうから返ってくる──。実際に手のひらで体感すると、その生々しさに驚かされる。
東北大学の研究室で生まれた触覚信号変換技術を用いて、特別な専用ハードなしに、スマートフォンなど身近なデバイスで触覚体験を可能にする。それがTouchStarだ。法人化前の東北大学発事業化プロジェクトとして、2025年10月にCEATEC AWARD 2025 ネクストジェネレーション部門賞を受賞。その後、同月に株式会社TouchStarとして創業した。関連特許は日本に加え、米国・中国など海外でも成立しており、現在は複数社への試験提供を進めている。
だが、この会社を率いる石田健太氏は、技術者ではない。東北大学の文学部を出て、10年近くIT業界でキャリアを積み、主にマーケティングに携わってきた、いわば“文系の人”である。その彼が、大学の研究成果を事業に変える「EIR(客員起業家/Entrepreneur in Residence)」という肩書きで起業に至った。
「起業したい。でも、やりたいことが見つからない」──そんな人は、少なくない。アイデアが尽きてきたとき、大学に眠る研究という未開拓の鉱脈を選ぶ。EIRは、まだ日本に事例の少ない、新しい起業の入り口だ。なぜ、マーケターが研究の世界に飛び込んだのか。なぜ、あえて「大学発の研究技術」を選んだのか。その道を最初に歩く一人に迫った。
文系で、研究者でもない。母校の卒業生コミュニティで知った「客員起業家」という入り口
まず、TouchStarがどんな技術の会社なのか教えてください。
石田触覚の変換技術がベースの大学発スタートアップです。音が周波数で表せるのと同じで、触覚も周波数帯で表現できる。ただ、たとえば朝のアラームでスマホが震える、ああいう通常のバイブレーターは、再現できる幅が非常に狭いんです。一定の単調な振動しか出せない。
その狭さが、ずっと当たり前だったわけですね。
石田はい。東北大学の昆陽(こんよう)研究室では、人間が触覚をどのように感じ取るのかを研究し、その知見をもとに触覚信号を変換・編集する技術を磨いてきました。その成果として、本来は再現が難しかった幅広い周波数成分を含む触覚を、デバイスの特性に合わせて新たな波形へ変換することで、普通のスマートフォンでもリアルな触覚体験として再現できるようになった。しかも専用アプリは要らず、QRコードやURLを開くだけで体感できる。触覚が、リンクで飛んでくる。そんな時代にしたいんです。
それは、なぜ大きな可能性につながるのでしょうか。
石田触覚は「触れば分かる」ものだからです。説明がいらない。言葉も国境も関係なく、誰が触っても分かる。だから世界中に広めやすい。さらに映像や音と違って、まだ世界の標準が定まっていない領域でもある。そうした未開拓市場に、最初から入っていける。
その技術を、石田さんご自身は開発していない。文系のご出身だと伺いました。
石田はい、文学部を2014年に卒業して、それから10年、都内のベンチャーで働いてきました。最初はエンジニア、その後はずっとマーケティングです。2023年に独立してフリーランスになった時期に、母校の卒業生コミュニティに入ったんです。そのコミュニティは大学のスタートアップ創出の部門としっかり関わっていて、月に一度、大学のスタートアップ支援の取り組みを紹介する場があった。そこで「EIR」──客員起業家という制度を知ったんです。
研究者でない人が、大学の研究で起業する。そういう制度なんですね。
石田そうです。大学の研究シーズを持って起業する人を、大学が支援する仕組みです。研究者でない自分が、研究の世界に賭けられる場がある。その一点に引かれて、応募しました。
EIRに応募して、研究の世界に飛び込んだ。ただ、そもそも安定したキャリアを手放して独立すること自体が、大きな決断だったはずです。やりたいことが見つかったから、会社を辞めたのでしょうか。
石田いえ、逆なんです。やりたい事業が具体的に決まったから辞めたのではなく、先に「辞める」と決めました。自分の人生を想像した時に、その先の姿が見えてしまった瞬間に冷めてしまうんです。「このまま行けばこうなる」と読めた瞬間、興味が消えてしまう。それなら、不確実性の高いゾーンに飛び込んだ方が人生は面白い。
だから、何の事業をやるかも決めないうちにまず辞めることだけを決めました。ただ、何も持たずに飛び込んだわけではありません。これだけは賭ける価値がある、という一つの確信だけは、すでに自分の中にあったんです。
「広告で売れたものは、広告で抜かれる」──マーケターが掴んだ、"真似されない価値"の条件
数ある研究の中で、なぜ触覚だったのか。そもそも、なぜ研究シーズという領域に賭けようと思ったんですか。
石田マーケティングを10年やってきて、ある確信がありました。価値のあるものを、価値があるように見せて広めるのは正直難しくない。でも、ある時立ち上げたばかりの商品で、本来の価値以上によく見せなければいけない場面があったんです。そこに、強い疑問を感じました。受け皿のないものをマーケティングするのは限界がある、と。なので、その“受け皿”そのもの──真似されない価値を持つものに賭けたいと思ったんです。
その“真似されない価値”が大事だと、確信するきっかけがあったのでしょうか。
石田はい、原体験があります。会社員時代、大きな広告予算をかけていた消費財の商品がありました。その商品は企業の研究開発部門が特許を取って作ったもので、爆発的に売れて何年も伸び続けました。普通、広告をかければかけるほど、似たような商品や似たような語り口の広告が後から出てきて、最終的にみんな見慣れてどれも売れなくなるんです。インターネット広告業界では、よくある話ですよね。
つまり、広告そのものが真似される、ということですか。
石田そう。広告は真似できるんです。だから、広告でつくった差は、同じ広告の土俵では追いつかれやすい。でも、その商品だけは追いつかれなかった。なぜかというと、特許という誰も真似できない土台があったからです。広告で広げた差は同じ土俵で追いつかれるけれど、真似できない本物は、広告に左右されずに残り続ける。これが私にとっての一つの法則になりました。
その法則が、研究シーズ探しにつながったわけですね。
石田はい。「真似できないものを探そう」と。お金を投じればどうにかなるものではなく、特許のように、他の人が真似できない土台があるもの。それでいて、まだ世に出ていない技術。そういうものを探し始めたんです。マーケターとして、商品・サービスを広めることには自信があった。価値のある土台さえあれば、それを世に広げるのは自分の仕事だ、と。だから、土台のほうを探しにいったわけです。
では、数ある研究の中で、なぜ昆陽教授の触覚だったんですか。
石田意外に思われるかもしれませんが、大学の数ある研究の中で、あえて「実用化に近い安定した技術」を選びました。もちろん前提として、真似されない土台は外せません。昆陽教授の技術には特許がある。
そのうえで重視したのが、社会に届くまでの距離です。最先端であるほど、技術的な不確実性が大きく、量産化やコストの面で、世の中に出るまでが遠くなる。同じ時期、別の有望なテーマもありました。でも、そちらは世に出るまでおそらく10年はかかる。一方、昆陽教授の技術は、すでに複数の企業と共同研究を重ね、ニーズを汲み取りながら磨かれてきた。世に出せる距離がはじめから近かったんです。自分が早く力を発揮できる。そこに賭けました。
その一つに、どうやって辿り着いたんですか。
石田EIRに応募してから2か月で、30人近い研究者に会いました。そこから半年かけて事業の形を探っていきました。EIRで一番難しいのは、この「種を探す」プロセスそのものなんです。研究者の方は本来研究に集中すべきで、事業がメインではない。だから、とにかく接点を増やす。種が見つかる確率は、ほぼ行動量に比例します。
別の会社経営と並走しながら、10年腰を据える──"鈴木敏夫"であるという選択
EIRという生き方は、あまり認知されていません。普段の生活はどうしているんですか。
石田実は、別の会社も経営しながら、TouchStarを経営しています。もう一つの会社のメンバーには、「僕が調達して事業を伸ばすタイミングで、チームを抜けるから」と、最初に合意してから始めました。
なぜ、そこまでするんですか。
石田研究をビジネスにするには、10年稼げなくても腰を据えられる覚悟が要るからです。僕は、1年で事業を作ろうとは思っておらず、5年はかかると見ています。だからその間は耐えられるように、と。このタイムラインが合わずにしびれを切らしてしまう人は少なくないと思っています。
強い意志で技術を引っ張る、という起業家像とは、ずいぶん違いますね。
石田僕は、こだわりが強いタイプではないんです。それが逆に良かったと思っています。自分に強くやりたいことがあって、そこに技術を無理に寄せていこうとしていたら、おそらくうまくはいきませんでした。技術そのものに価値があると信じられたから、サポーターのような形で事業に取り組めたのだと思います。
つまり、作り手を支える“仕立て役”ということですか。
石田宮崎駿さんに対する、鈴木敏夫さん。そういう関係だと思っています。作り手がいて、それを世に出す役がいる。大学の研究に対して、僕は鈴木敏夫さんの側でいたい。そういう仕立て役がいたら世界が変わる、というケースは、いろんな産業に眠っているはずなんです。それを掘り起こすのは、単純に面白い。僕のロールは、言ってみれば宣伝大臣ですね。あらゆる手を使って、この技術が使われる接点を増やしていきたいんです。
その先に、どんなビジョンを描いていますか。
石田触覚を、文字・音・映像に続くものにすることです。まずは配信、次に制作、その先に分析、という順番で広げていく想定です。技術があっても、それで作られたコンテンツがなければ産業としては広がらない。だからこそ、配信できる土台を作り、作り手を増やしていくんです。最終的にはプロダクトを広げるだけでなく、フォーマットの側、つまり世界の標準の側に入り込んでいきたいと思っています。
日本には、EIRの成功例がまだ少ないとも聞きます。
石田ロールモデルは、あまり知らないですね。海外には事例があると思うけれど、日本ではまだ見つからない。逆に言えば、自分がロールモデルになっていかないといけないのかな、と。正直リスクは高いです。それでも、まだ見ぬ世界を知りたいという期待のほうがずっと大きいですね。
FastGrowの見解
文系出身で、自身は研究者でもない石田氏が、大学発の研究技術を社会へ押し出していく。石田氏の「鈴木敏夫さんの役割」という一言が印象的だ。強い我を掲げる起業家像に慣れた目には、「こだわらない」という選択が、かえって揺るがない芯に映る。別の会社と並走しながら、10年腰を据える──その用意周到さは情熱の薄さではなく、覚悟の深さの裏返しだ。EIRという、日本でまだ歩く人の少ない生き方。彼がその最初の輪郭になったとき、後に続く者がどれだけ現れるか。その連なりを、見てみたい。
こちらの記事は2026年07月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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