連載米航空会社「JetBlue」の投資ファンドが描くデジタル航空戦略

オーバーブッキング防止からフレンドファンディングまで。
「JetBlue」が考える最高のデジタル体験とは?

前編では航空市場の概要と、「JetBlue」が目指す輸送インフラに関して説明をしてきた。ここからは予約プロセスにおける顧客との対話に目を向けていきたい。

顧客体験はチケットを購入する段階から始まっているという認識のもと、「JetBlue」は積極的にAIチャットボットや価格の事前予測分野へと投資を進めている。具体的には、AIを使った航空券の価格決定や、空港到着時に航空会社とのコミュニケーションを円滑進めるためのチャットボットの活用が挙げられる。

本記事では「フライト予約体験」の最大化をおこなうため、「JetBlue」が投資した5社のスタートアップを説明しながら、どのような顧客体験の変化がテクノロジーの進歩によって起こっているのかをみていきたい。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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フライト予約

航空会社の2大課題“ダブルブッキング”と“航空券の価格変動”を解決 ──「Volantio」、「FLYR」

顧客満足度を上げるには、機内サービスの充実化だけでは差別化できない。客室乗務員のサービスレベルを上げることは重要ではあるが、デジタル戦略からは遠のいてしまう。そこで「JetBlue」が着目するのが、搭乗前の顧客体験だ。

『Bloomberg』の記事によると、2017年12月だけで、全米5,324機のフライトがキャンセルされた。また、同年第4四半期では、全米12航空会社の合計値で7.5万人が何らかの理由で搭乗を拒否されてしまっている。過去2年間を四半期ごとに分析すると、一四半期で最大10万人の顧客が搭乗拒否されているという。

搭乗予定顧客のフライトスケジュールを変更せざる得ない事態は2種類に分けられる。1つは、整備不良や天候不順などに代表される不測の事態。もう1つは、オーバーブッキングを主な原因とする航空会社側の都合だ。

いずれのケースでも、スムーズなスケジュール変更を行うことが、顧客満足度を最低限維持するために必要となる。しかし、窓口にいる担当者がマニュアル操作で変更作業を行っているのが現状。冒頭で述べた、「United Airlines」の事件も、顧客データ管理を100%デジタル化していれば、搭乗してから顧客を引きずり下ろす事態には至らなかっただろう。

Volantio(ボランティオ)

Volantio(ボランティオ)」は、AIを使って顧客のフライトスケジュール変更を自動化させるサービスを展開する。同社は2014年に創業され、累計260万ドルの資金調達を行った。

同社が開発したAI「Yana(ヤナ)」は、フライトがキャンセルされたり、オーバーブッキングが高確率で発生したりする機体を事前予測。「Yana」は、多少の金銭報酬やホテル手配によって搭乗を代わってくれるボランティア顧客や、十分な余裕を持ってフライトスケジュールを組んでいる顧客を名簿化しておく。

実際にオーバーブッキングなどが生じた際には、名簿にある顧客へSMS(ショートメッセージ)を送信し、速やかに代替移動手段の提案を行う。スケジュール変更を承認してもらった際には、自動で航空券の再発行を行い、乗客を目的地にまで送り届ける。

キャンセル顧客が発生する可能性を事前予測したり、離陸直前になって搭乗を諦めてくれるボランティア顧客のリストアップする工程を、AIを通じて自動化したりすることで、マニュアルからデジタルへと運用手法を変更しているのである。

完全デジタル化されたプロセス上では、顧客が航空会社の窓口に並ぶ必要がなくなるため、運用効率化を図れるだけでなく、顧客満足度の向上にもつながる。

全米150の航空会社の平均稼働率は85%。言い換えれば15%の空きが常に発生している状態だ。「Volantio」は、フライト変更を余儀なくされた顧客だけでなく、空きが発生するであろう機体の事前予測にも使える。

オーバーブッキングだけでなく、利用客の少ないレスブッキング機体へ顧客を誘導することで、稼働率をかぎりなく100%へ近づけることも可能となる。こうして80億ドルに及ぶ不稼働市場の効率化を目指しているのだ。

FLYR(フライヤー)

「Volantio」はスケジュール変更にAIを用いていたが、航空券販売にAIを使っている投資先企業として「FLYR(フライヤー)」が挙げられる。2013年に創業し、著名投資家「Peter Thiel」の支援も受け、累計1,500万ドルの資金調達を行った。

「FLYR」は航空券の価格変動を事前予測するAPIを開発、提供。事業提携先には「JetBlue」に代表される航空会社から、「TripAdvisor(トリップアドバイザー)」や「CheapTickets(チープチケッツ)」のような代理店が挙げられる。

こちらの記事によると、顧客は航空券の購入を考える際、29日間価格変動を随時チェックし、合計6.5時間もの時間を費やすという。しかし、海外旅行をされた方ならわかるだろうが、購入した次の日には数十ドル安くなっていたり、買わずに待っていたら値段が上がっていたりということはしばしば起こる。

こうした急な価格変動で顧客が損をする課題を解決するため、「FLYR」は各航空券を販売するEコマース事業社向けに機械学習をベースに開発したAPIを提供することで、高精度の価格予測サービスを顧客に提供。

顧客が最適なタイミングで航空券を購入できるようなサービス設計を促す。また、「FLYR」のAPIを使っているEコマースサイトを通じて予約をした際、購入から7日間は航空券をキャンセルしたとしても、罰金を取られることはない。

FLYR(フライヤー)

航空券を購入する顧客側からみれば、確かに価格変動が起こったとしても、キャンセル料金を取られることなく安い航空券へ変更できるのは大きな魅力だ。しかし、販売代理店や直接航空券を販売する航空会社にとって、容易に変更されるとオペレーションコストがかかり、フライトの稼働率が予測できない課題を抱える。

事実、こちらの記事によると、米国では1時間に9万以上の航空券が売買されていると報告されている。しかし、20%の航空券が事前にキャンセルか変更されてしまうという。

今や市場には価格変動を予測し、購入後も低い罰金で手軽にキャンセルできるサービスは多数登場。たとえば、航空券の価格予測および予約ができるアプリ「Hopper」などが挙げられる。しかし、顧客が急な価格変動による損を抱える問題を解決できていても、未だ販売側の課題は解決できていない。

大切なのは、単に価格変動を予測するサービスを展開するのではなく、価格を決める判断プロセスにまで介入することである。

どんな顧客が、どのタイミングで航空券を購入し、いつ航空券のキャンセルか変更を行ったのかまで、購入後データを獲得し、学習を繰り返す。こうしてキャンセルや変更の発生しない価格帯と、航空券を売り出すタイミング情報を販売側に共有し、完全に売り切る設計が必要なのだ。

そこで「FLYR」は、航空券を購入した後の顧客活動をトラッキングし、ビックデータをAIへ学習させる“インテリジェンス企業”の戦略を採用した。

顧客属性、航空券を購入したタイミング、キャンセルした率などの顧客の購買後データをAI解析。そこで得た結果を航空会社と販売代理店に共有することで、キャンセルが極力発生しない価格を決定する段階にまで影響を及ぼすサービスへと昇華させたのである。

顧客が航空券を最適なタイミングで購入でき、キャンセルも行わないと事前にわかっていれば、航空会社の負担は減り、前述したオーバーブッキングなどの問題阻止にもつながる。

川下にいるわたしたち消費者のデータを得ることで、川上にいる販売側の意思決定にまで入り込む仕組みを作ったのが「FLYR」だ。

「JetBlue」はAIを通じて、無駄な航空券を顧客に買わせない、高い購買体験を作り出そうとしている。航空券の変更が行われない世界がやってくれば、運用戦略の構築もより確実に行うことにつながる。

写真:Flickr ©Gerald Pereira

AIチャットボットを活用したデジタルコミュニケーション戦略 ──「30SecondsToFly」、「Gladly」

30SecondsToFly(サーティーセカンドトゥーフライ)

航空会社と顧客の対話手法がマルチチャネル化しつつある。ウェブサイトを通じて買う場合や、アプリを通じて購入する場合もある。そして昨今注目されているのが、「Messenger」や「Slack」、「Whatsapp」のようなコミュニケーションツールを通じた購入方法である。

30SecondsToFly(サーティーセカンドトゥーフライ)」は、中小規模の企業向けにAIチャットボットを通じたトラベルマネージメントツールを提供。創業は2015年。

大企業の人が出張をする際、長く付き合いのある特定旅行代理店を通じて航空券を購入するケースが珍しくないだろう。しかし、中小規模となると、個人で航空券を手配する場合がほとんだ。この場合、適切な価格で購入したのか不確実であり、かつ日程調整や領収書管理に苦労する。

こうした課題を解決した「30SecondsToFly」の強みは、中小企業の出張手配から管理までを全て自動化させたことだ。

同社が開発したAIチャットボット「Claire(クレア)」は、企業が活用する社内Slackチャンネルや、その他の主要コミュニケーシツールを通じて、航空券の予約からフォローアップまでの自動化サービスを提供する。

たとえば、ある社員が「Claire」のボットに対して、「ニューヨークからボストンへ行きたい」と入力すれば、提携航空会社の中から最適な航空券を提案する。都合が合えばその場で購入。空港に着いたら、「Claire」が搭乗手続きやフライトスケジュールの確認メッセージを随時送信してくれる。

ダッシュボード管理も充実しており、担当者は誰がどの価格の航空券を購入したかを把握でき、フライトスケジュールおよび領収書まで手軽に管理できる。

「JetBlue」は、着実な収益源となるB2B向けの販売チャネルに特化しただけでなく、現代のデジタルコミュニケーションツールを巧みに活用した手法を使うことで、企業顧客の満足度向上も自動で行おうとしているわけだ。

Gladly(グラドリー)

クレーム対応や非常時の際への対話手法にもマルチチャネル化を推進している。

Gladly(グラドリー)」はAIチャットボットを使い、「Messenger」や「Twitter」を通じて直接航空会社へ連絡を取れるサービスを開発。たとえば、フライトの遅延情報を速やかに得たい場合などに利用できる。2015年に創業され、累計6,300万ドルの資金調達を行った。

冒頭で伝えたように、「JetBlue」はTwitterを顧客と直接対話できるコミュニケーションチャネルとして活用してきた。しかしSNS担当者がマニュアルで返信していたため、非常にコストのかかる顧客対応であった。そこで「Gladly」と連携することで、簡単な質問に関しては自動で返答できる仕組みを構築しようとしている。

「JetBlue」が顧客対応に力を注いでいる点は個人的に非常に評価できる。筆者はかつて「AirCanada(エアーカナダ)」を使って日本行きの航空券を購入した。ところが、チェックイン時間内ギリギリであったにもかかわらず、搭乗券の発行を窓口で拒否されてしまった経験がある。

代理店を通じて航空券を購入したため、苦情は直接代理店へ言ってくれの一点張りで最悪な顧客対応であった。もちろん同社はAIチャットボットや、SNSを使った顧客対応は行っていない。結局代理店へ電話した際、1時間以上の電話待ちを強いられ、オペレーターと話す頃には搭乗予定の飛行は飛び立ったあとであった。こうして1,500ドル相当の航空券を捨てた経験がある。

少しでも航空会社の担当と直接話す機会があれば、筆者の評価は違っていただろうが、今となっては二度と使いたくないエアーラインになってしまった。

「Gladly」の場合、簡易な質問は自動で返答し、オペレーターが必要な事案のみ速やかに直接電話で繋いでくれる仕組みになっている。

顧客にとって緊急性の高い事案が多く発生する分野だからこそ、「JetBlue」のコミュニケーションチャネルの多角化は非常に評価できる。たとえ根本的な問題解決に至らなかったとしても、すぐ誰かが対応してくれる場合と、筆者のように1時間以上待たされた場合では、安心感と顧客満足度が全く違ってくる。顧客満足やオペレーターの運用手法も、デジタル戦略化を目指すことで抜本的に改革できるようになるだろう。

旅を贈ろう!“旅行ギフトサービス” ──「SkyHour」

Skyhour(スカイアワー)

「モノ」から「コト消費」へ。巷ではしばしば使われるフレーズであるが、旅行市場に新たな「コト消費」の在り方を提案したのが「Skyhour(スカイアワー)」だ。

「Skyhour」のサービスはクラウドファンディングに似ている。ユーザーは出発地と目的地を設定すると、飛行時間が表示される。そして1時間当たり60ドルの固定料金で、ユーザーはギフトキャンペーンを展開できる。たとえば4時間の飛行時間を有する場合、合計240ドルのギフト支援金が必要となる。

支援者は1時間の飛行に相当する最低60ドルからお金を友人や同僚へ贈ることができる。日本のフレンドファンディングサービス「Polca(ポルカ)」の航空市場版とも呼べるだろう。家族旅行や新婚旅行を贈る、新たな航空券の販売手法として「JetBlue」は注目している。

現在、「Skyhour」は350の航空会社と提携。こちらの記事によると、95%のフライトが、1時間当たり60ドル以下のコストで運用するため、十分に利益を得ることができるという。また、マイルを使って顧客が航空券を買う場合、航空会社は多少の損失を被る仕組みになってしまう場合が多い。こうした分析データから導き出された60ドルという価格帯は適切であるらしい。

Skyhour(スカイアワー)

現在は、C2C向けのサービスとして展開する「Skyhour」が参入するパーソナルギフト市場は316億ドルの規模を誇る。

それだけでなく、筆者は企業の福利厚生としての活用も見出せると考える。B2B市場へと参入できれば、1310億ドル規模のギフト市場への展開も見据えられる。ミレニアルズの体験重視志向にも合致するため、従業員にとっては最高の贈りものになるだろう。

日本へ来て文化や芸術を勉強したい海外在住の人を支援するサービス拡大も可能であろう。観光業にクラウドファンディングの要素を取り入れることによって、より柔軟な渡航選択肢をもたせられる。

「JetBlue」がミレニアルズの価値観に沿った形で航空券の販売に努めている姿勢は、旧来型の経営手法を採用する航空会社と大きく差別化を図れる一歩となる。「旅を贈る」というコンセプトには、まだまだ展開余地がありそうだ。

こちらの記事は2018年07月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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