連載米航空会社「JetBlue」の投資ファンドが描くデジタル航空戦略

[全12投資先を紹介]
米国「JetBlue」がリードする次世代のデジタル航空戦略

航空会社は大きな変革のときを迎えている。

人々の働き方が変わり、遠距離移動から短距離移動の需要が増える傾向にある。たとえば東京とニューヨーク間で会議がある場合、よほどなことでないかぎりビデオ電話で済ませるだろう。こうしたワークスタイルの変化から、扱う運用機体も変わってきている。

テクノロジーの進歩も航空会社の業態を大きく変えている。IoT市場の成長により、航空部品の不具合を一元管理したり、AIチャットボットの活用が一般化され始めて来たりすることから、顧客との対話手法にも変化が起きつつある。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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変わりつつある航空会社の戦略

従来、航空会社はロングスパンの戦略を求められていた。飛行機の製造には5-10年の期間を費やすため、遠い未来の移動需要を見定める経営手腕が必要となっていたのだ。たとえば今年、ある航空会社が数十機の機体を発注しても、10年後に需要のある機体であるかは不確かであり、簡単に大量発注する決断はできないだろう。

しかし3Dプリント技術の発展に伴い、製造コストの削減に成功、高性能航空機を安価に生産できるようになってきた。また、“エアータクシー”というコンセプトの登場と共に、新たな航空市場が形成されつつある。こうしたトレンドから、旧来の戦略思考が大きく変わりつつある。

航空会社が生き残るには、緻密な長期戦略だけでなく、顧客満足度と飛行機の運用方法の2つも重要な要素となる。

昨年に発生した、「United Airlines(ユナイテッドエアラインズ)」が起こしたアジア人乗客に対して差別的待遇をした事件は、大きな波紋を呼び、膨大な顧客離れを起こしてしまった。これは顧客満足の重要性を認識せず、優先度の高い戦略として組み込まなかった証左である。

多数の飛行機を巧みに運用する術も大切だ。飛行機を短時間に多く運用する手法を構築することで、地上での待機時間を減らし、飛行回数を増やすことにより、多くの乗客を輸送することが可能となる。回数が増えれば、1顧客当たりの航空券代金が安くなり、低価格化戦略へと結びつけることができる。

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LCCの先駆け「Southwest Airlines」。追いかけるデジタル時代の航空会社「JetBlue」

写真:Flickr ©Tomás Del Coro

飛行機の優れた運用術を用いた低価格化戦略と顧客満足度の両立を実現し、米国航空市場の第一線を走っている会社が「Southwest Airlines(サウスウェストエアラインズ)」だ。

同社は、LCC(ローコストキャリア)の先駆けとして登場し、画期的な飛行機の運用戦略を提唱した第一人者である。顧客満足度向上にどこよりも力を入れている企業でもある。

客室乗務員は顧客を楽しませるために徹底的に教育されており、筆者が利用した際には、機内アナウンスをラップ調で放送したりして、ユニークで楽しいフライト時間を提供することを心がけている印象であった。

「Southwest Airlines」が提唱した運用戦略の普及は、LCCの参入を促したが、皮肉なことに競合を増やす結果をもたらしてしまった。また、同社の顧客満足度は未だに非常に高いが、テクノロジーではなく、良質な人材に頼らざるを得ない脆弱性がある。

そこで「Southwest Airlines」を追い越す勢いで成長している航空会社「JetBlue(ジェットブルー)」に注目が集まっている。「J.D.Power」の記事によると、2017年度の航空会社における顧客満足度ランキングで、「JetBlue」は第1位の「Southwest Airlines」と4ポイントの僅差で2位に付けた。

同社は、200万フォロワーを抱える「Twitter」を通じた顧客とのカンバセーション戦略や、2015年には「Amazon」と提携することでプライム会員が機内で「Amazon Video」や「Amazon Music」を楽しめるサービスを展開したことで有名である。

創業から20年たつ新興航空会社らしく、積極的なデジタル戦略を採用。

最新テクノロジー企業への投資を積極的に行い、ブロックチェーンやIoTを駆使した飛行機の次世代運用化を図ると同時に、デジタル戦略を基盤にした顧客満足向上の仕組み化を行っている企業だ。いち早く新たな技術を採用することで、顧客満足度と飛行機の運用方法の2点で大きな差別化を図り、長期戦略においても優れた未来志向を用いて他社をリードする。

こうした流れを汲んで登場したのが、2016年に設立された投資ファンド「JetBlue Technology Ventures(ジェットブルーテクノロジーベンチャーズ)」だ。すでに計12社への投資を行っている。

本記事では、全12投資先を次の3つのカテゴリーに分け、「JetBlue」が目指す次世代デジタル戦略を紐解き、これからの航空市場の行方を考察してきたい。

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輸送インフラ/テクノロジー

写真:Flickr ©Luke,Ma

“リージョナルジェット”、“エアータクシー”時代を見据えて ──「Zunum Aero」、「Joby Aviation」

航空会社がロングスパンの戦略を描く際、大きく2つのシナリオを考える。

1つは、航空機メーカー「Airbus(エアバス)」が提唱した長距離移動客を狙うハブ・アンド・スポーク戦略。顧客を最初の利用空港から目的地まで運ぶエンド・トゥ・エンドの考えに基づいている。

大規模空港間を結ぶ長距離移動だけでなく、大規模空港から地方空港を結ぶ中距離移動までをもカバーし、乗り継ぎを前提とした移動サービスを提供する。国際線を使った移動で適用される戦略だ。

もう1つは「Airbus」の競合メーカー「Boeing(ボーイング)」が提唱するポイント・トゥー・ポイント戦略。主要空港から地方都市までを直接結ぶ中短距離間の輸送に特化した考えである。日本は地理的に小国であることもあり、Boeing社製の飛行機の運用シェアが大半を占め、同戦略が一般的となっている。

どちらの戦略を採用するかで、10年後の会社経営を左右されるが、世界市場ではポイント・トゥー・ポイント戦略が優勢であると判断されている場合が多い。理由は2つある。

まず、航空機の機能が上がり、中短距離用飛行機であっても、十分な距離を飛行できるようになった点が挙げられる。こうした飛行機は「リージョナルジェット」と呼ばれ、米国の主要都市間を飛行できる能力を有するまでに機能が向上している。実際こちらのデータによると、世界のリージョナルジェット市場のうち、米国が50%を占めるまでに成長した。

次に第三世界の発展。東南アジアや南米、アフリカ地域の発展に伴い、中短距離移動の需要が高まってきた。たとえば、東南アジアの島々を結ぶ航空路線需要の高まりが挙げられる。かつてのように、日本とアメリカを繋ぐような長距離移動は必要無くなってきたのだ。

Zunum Aero(ズナムエアロ)

「JetBlue」と「Boeing」が投資した、次世代電動飛行機を開発する「Zunum Aero(ズナムエアロ)」は昨今のリージョナルジェット需要を掴んでいる。同社は2020年までのローンチを目指す航空機メーカーで、10-50席の小型機を製造する予定である。

製造当初は700マイル(約1,100km)の飛行能力を有し、2030年までに1,000マイル(約1,600km)まで性能を向上させる予定。ちょうど日本の新幹線の稼働区間を高速移動する具合だ。

現状、飛行機の平均稼働率は30%ほどしかない。言い換えれば、70%が地上での整備待機時間に充てられてしまう。また、米国では1,000マイル以下の移動の96%が自動車である。

こうした飛行機の非効率運用や、短距離移動の低コスト化かつ高速化を狙っているのが「Zunum Aero」である。電気充電などの簡単な整備で済み、運用コストを抑えられるため、従来の航空運賃より40-80%の低価格化も図れる。

Joby Aviation(ジョビーエビエーション)

「JetBlue」は超短距離輸送にも手を伸ばす。「Joby Aviation(ジョビーエビエーション)」は15マイル(約25km)を飛行する小型航空機を製造するメーカー。“エアータクシー”市場への参入を目指すスタートアップであり、2009年に創業され、累計1.3億ドルの資金調達を行った。

15分以内に垂直離陸が可能であり、東京駅-新宿駅間ほどの距離を高頻度に飛行する機体を製造する。未だローンチ時期や公式に製品写真を発表していないが、競合企業に「Kitty Hawk(キティーホーク)」、「Terrafugia(テラフギア)」、「Volocopter(ボロコプター)」が登場したことから、2020年頃までには正式なお披露目が期待される。

「Zunum Aero」や「Joby Aviation」への投資をみると、「JetBlue」が少人数をなるべく多く運ぶ輸送手段を見据えていることが想像できる。まさに前述したポイント・トゥー・ポイント戦略に合致する。従来の戦略概念と唯一異なる点は、飛行距離が徐々に短くなっている点。空港間だけではなく、空港設備のない都市間を直接結ぶ航路開拓へ動いている。

「Skype」や「appear.in」に代表されるビデオ会議ツールの登場と共に、遠隔コミュニケーションが当たり前になった時代、人の輸送は近距離都市間の移動に限られるといった長期戦略が伺える。地方空港間や、都市郊外に設けられた小スペースの飛行場を直接結ぶ航路開拓戦略に打って出るトレンドが2020-2030年までにやってくることが予想されるだろう。

ブロックチェーンを使った航空機材のIoT化を支える ──「Filament」

Filament(フィラメント)

第四次産業革命が叫ばれて以来、IoTの導入が各分野で起きている。「JetBlue」も航空機や周辺機器への導入を本格的に検討している。

Filament(フィラメント)」はブロックチェーン技術をIoTに活かす専用チップ「Blocklet Chip™(ブロックレットチップ)」とソフトフェア「Blocklet™(ブロックレット)」を提供。2012年にネバダ州で創業され、累計2,200万ドルの資金調達を行った。

従来、IoT同士がデータ通信を行う際にはクラウドを通じるなど、インターネット接続を必要とした。しかし、「Blocklet Chip™」にはBluetooth通信機能が組み込まれているため、端末同士で直接データ取引をできるようになった。

各IoTがハッキングの恐れのあるインターネット接続を介する必要がなくなったのだ。特定サーバーを介した通信を必要とすることがなくなり、サーバーに不具合が生じたとしても問題なく運用が可能となる。

「Blocklet™ソフトウェア」を組み込むことで、分散型台帳技術を活用できるようになり、非中央集権的なデータ管理システムの構築につながる。

分散型台帳技術のメリットは、各関係者がデータベースの一部を共通保有する概念を適用できる点にある。

これまでは、各担当企業が別々にデータ管理運用を行なっていた。各企業が独自のデータベースを持つデメリットは2つある。1つはデータ連携。たとえば、親本社と小会社で違うデータベース管理ソフトウェアを導入している場合、データの集約が容易にできない。

もう1つのデメリットはデータの信頼性。誰か一人が情報操作を行えば、データ改ざんの影響が関係者全員に及ぶ。意図的に改ざんされたデータが子会社から親会社に伝えられた場合、誰がどこで改ざんを行ったのかすぐに確かめられないし、虚偽申告が横行してしまう。たとえば、神戸製鋼がアルミ製品データを改ざんし、三菱重工業へ納品していた事例などが挙げられる。加えて、データ保守運用コストのかけられない子会社のデータベースにハッカーが侵入したら、大量のデータ流出を招くだろう。

一方、「Blocklet™ソフトウェア」を導入することで、IoTの取引データが記載された台帳を各企業が共通して持つことになるため、データ連携が容易になる。

誰かが不正に情報操作をしても、すぐに気付くことができるし、仮に情報変更が必要となった場合は、ステークホルダー全員の合意を得る仕組みになっているため、常にデータの信頼性を担保できる。

写真:Flickr ©Tomás Del Coro

ただでさえ部品の多い航空機や、顧客管理システムを扱う航空会社。

今後IoT航空部品の導入を増やすとき、「Filament」の導入を同時に進めていれば、IoT端末間のデータ取引を安全に管理・監視することが可能になる。何か故障が起きた際も、担当者全員が特定の部品からエラーが出ていることが瞬時に分かる共通理解につながる。

次世代のデータ取引管理につながるブロックチェーン技術のIoT活用は、部品数が多く、たった1つの欠陥が非常に重大な事案につながる航空会社での需要は高いと思われる。

「JetBlue」のグループ企業規模を拡大する際、データ管理の安全運用は必須要素であるため、早めの投資と事業連携を模索していたことが伺える。

無線Wifiを使った天気予報 ──「ClimaCell」

ClimaCell(クリマセル)

Taylor & Francis」のデータによると、米国航空市場で発生する事故・故障損失額は16.4億-46.4億ドルに上る。

25%が天候不順によって発生するとも報告されており、航路上の天候を的確に予測することで、4.1億-11.6億ドルの損失をカバーできる計算になる。

ClimaCell(クリマセル)」は無線Wifiの回線状況を解析することで、全米各地の天候情報を把握するサービスを提供。2015年にボストンで創業され、累計2,000万ドルの資金調達を行った。

わたしたちがTV番組の気象予報で見かける情報源は気象衛星やレーダーからのもの。地域ごとの大雑把な天気予報を得るには十分だろう。しかし、高精度機器を搭載した航空機になると話が変わってくる。

そこで「ClimaCell」は、各地の天候を緑・黄・赤色のドットで表示し、どの場所の通信と天候が良いのかを一目でわかるマップAPIを開発(詳細はこちらの動画から)。確実に通信環境と天候の良いスポットだけをリアルタイム、かつ的確に把握できるようになった。

無線Wifiを解析して得られた気象データは、気象衛星から送られてくるデータと比較して、低コストかつ高精度なデータソースとなり得ることから、非常に高い提供価値を持っている。

写真:Flickr ©NASA Goddard Space Flight Center

天候不順による損失は、航空市場だけでなく自動運転車市場へも影響を及ぼす。

自動運転車に搭載されるセンサー「LiDAR」やネットワーク機器は天候の影響を著しく受けてしまう。しかし、「ClimaCell」を使うことで、自動運転技術を高い水準で安全に活用できるルートを算出し、誘導することが可能となる。

たとえば、「Google Map」と「ClimaCell」が連携することで、単に最短ルートを表示するのではなく、ネットワーク障害を起こさない最適なルートを提案することができるだろう。

Yコンビネータ出身のLiDar開発企業「Zendar(ゼンダー)」に代表されるように、たしかにどんな気象条件でも的確に路面状況を把握する技術も確立されつつあるが、「ClimaCell」のサービスの方がより低コストである。それを考慮すれば、次世代移動社会で必要とされるソリューションとして幅広く使える。

こうした天候とネットワークの両方を担保するリアルタイム解析技術への投資が、次世代の輸送を支えると「JetBlue」は考えている。エアータクシーは、まさに“空飛ぶ自動運転車”を目指しており、天候とネットワークアクセスの両方が重要な要素となる。

こちらの記事は2018年07月20日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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