連載事業成長を生むShaperたち

専門領域の枠を越え、経営の中枢へ──急成長ヘルステックLinc’wellを支える経営者の右腕

嶋崎 和人

メガバンクにて法人営業やM&Aファイナンス、事業会社や証券会社への出向を経験。2021年からBtoB ベンチャーに転身、経理を中心に労務・法務・総務を含むコーポレート業務全般に従事し、2022年より当社参画。 経営戦略部にて事業KPIの設定やモニタリング環境の整備、事業計画策定、M&Aや他社との協業検討などに従事。

関連タグ

創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers新産業をつくる思考法』にて)。

Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。

連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。

今回紹介するのは、テクノロジーで人と医療の関係性に変革を起こそうとしているヘルスケアIT企業Linc'wellで経営戦略を担う嶋崎和人氏だ。銀行員としてのキャリアを積んだ彼は、2022年にLinc'wellへ。職能の枠にとらわれず、Linc’wellに必要とされる領域に柔軟に飛び込み、未経験でも挑戦を重ねた結果、指折りのBP&A・戦略実行のスキルを身につけ、マーケティング投資の意思決定から顧客獲得戦略まで、事業の根幹を支える存在感になっている。

「自分が提示したCPAなどの数字が、事業経営の意思決定の判断材料になっているのが大きなやりがい」と語る嶋崎氏。未経験のことでも事業成長に必要と判断すれば、自ら率先してゼロから独学で学び、LTV計算含む当社の事業運営上、鍵となる事業KPIの開発をリードしてきた嶋崎氏の思考法と行動原理に迫る。

  • TEXT BY NORIKO KOYAMA
  • EDIT BY TAKASHI OKUBO
SECTION
/

データで事業の舵を取る。スピード感ある意思決定を支えるダッシュボード構築

クリニックに行きたいのになかなか予約がとれない。ようやく行けたと思ったら待ち時間が長い。そんな“患者体験”に不満を持ったことがある人は多いだろう。こうした不満の要因の一つに、医療業界における深刻なデジタル化の遅れがある。

Linc'wellは2018年の創業以来、「テクノロジーを通じて医療を一歩前へ」をミッションに、デジタル化された医療体験をゼロからつくることに挑戦している。テクノロジーを活用した医療を身近にすることで、病気に悩む人が減る世界を目指して事業展開しているのだ。

(出典:https://speakerdeck.com/lincwellhr/lw-brochure-business

その象徴が、同社が支援するプライマリ・ケアの医療機関グループであるクリニックフォア。全国主要都市に13院を展開(2025年5月時点)しており、診療予約から薬の処方までスマホ一つで完結、最短30分後でも受診できるオンライン診療サービスや最短翌日に処方薬が届くオンライン処方など、働く世代にとって利便性の高いクリニックとして立ち位置を確立している。

(出典:https://speakerdeck.com/lincwellhr/lw-brochure-business

クリニックフォアのオンライン診療実績は610万件を突破*。同社発のプロダクトの累計登録者数は150万名以上(2023年11月末時点の、クリニックフォア及びLinc'wellの提供するサービスの累計登録者数)まで増え、今後もさらなる事業の拡大が期待される。

嶋崎コロナ禍になった2020年はLinc’wellにとって、医療DXを大きく前進させる年となりました。不要不急の外出を避ける行動や、二次感染リスクから対面のクリニックを受診する人が減り、医療DXの必要性が大きく浮き彫りになったんです。

当社は支援するクリニックフォアといち早く連携を取り、どのような形であれば、コロナ禍であっても「最高の医療体験を提供することができるのか?」と考え、医療現場の課題、患者さんの課題に広く深く入り込むことで、医療DXを推進させてきました。その結果が今の診療実績やユニークユーザー数にも現れているのかなと思います。

対面・オンラインでの医療体験をより良いものにしていくことに加え、今後は未病・予防医療の領域でも、医療をより身近で便利なものにしていきたいと考えているところです。

そう話す嶋崎氏は、銀行員からキャリアをスタートしている。大学卒業後、三菱UFJ銀行に入行。7年間で2つの部署と2回の出向を経験したのち、ユーザベースの子会社でコーポレート部門を1年ほど経験。その後、Linc'wellにジョインした。

嶋崎氏が2022年5月の入社以来、担当業務で一番大きく職域を超えて挑んだのが事業KPIの可視化だ。部署の数字や各診療科を支援するためのデータが可視化されたダッシュボードをゼロから構築し、事業の重要な意思決定を支えている。そのほか、クリニックの立ち上げ支援や新規事業の開発などにも携わってきた。

これらの業務について、特に入社前から見識があったわけではない。そのときのLinc'wellにとって必要なことを捉え、ゼロから独学で学び、愚直なまでに推進してきただけだ。未経験の領域に挑戦することも多いようだが、そんなとき嶋崎氏は「プロでやっている人たちの見よう見まねでまず触ってみて理解を深める」と言う。

*……2020年4月~2025年3月当クリニックのオンライン診療実績(薬の発送実績込み。発送集約時は集約前の発送回数に転換して計算)

SECTION
/

ゼロからのダッシュボード構築とSQLキャッチアップ。いまでは社内随一の使い手に

嶋崎氏が入社した当時のLinc'wellは、事業の進捗を管理するためのKPIは設計済みだったものの、それらをタイムリーに把握したり未来のKPI変化を予測したりといった可視化はまだ不十分だった。使用しているCRM(顧客関係管理)システムや、開発しているアプリケーション、そして現場での日々の具体的なアクションとの紐づけがなされていなかったのだ。

そんななか、嶋崎氏は「このままでは、的確な事業管理につながらない」と重要性をCxO陣とも議論し、ゼロからダッシュボードの構築に取り組み始めた。

と言うのは簡単だが、当時の嶋崎氏は知識ゼロ。実際はまず独学で学ぶ必要があり、それはひたすら手を動かし続ける日々の始まりだった。

ダッシュボードには元データをデータベースから引っ張ってくる必要があるが、その際にはSQLというリレーショナルデータベース(RDB)を操作するための言語を書く必要がある。しかし嶋崎氏は、Linc'wellに入社するまでSQLには一切触れたことがなかった。

嶋崎最初はPdMの岩佐さんに都度お願いしていたのですが、岩佐さんも実務がある中で自身でもできないか?と考えたのがきっかけです。それで岩佐さんが書いたSQLクエリ(データベースに対する命令)を見て、その定義を調べながら自分でいじってみるようになりました。分からないことがあれば都度ネットで調べながら基礎知識を補完。徐々に複雑なSQLクエリも描けるようになり、データ抽出の幅が広がりました。

いまでは複雑なSQLクエリもゼロベースで書けるようになりました。これぞスタートアップの面白さですよね(笑)。環境が成長を促してくれました。

当然、データベースはつくって終わりではない。どの数字をどのように見られるようにするのかも重要だ。その判断において嶋崎氏が意識したのは、この数字を求める人は何のために見て、その後どういう意思決定をしたのか。実際に数字を見る事業部門のメンバーとコミュニケーションをとりながら確認し、常に趣旨をしっかりと捉えた上でアウトプットしていった。

次第に、事業を語る上での各種数字が見えるようになってくると、どの診療科に投資を増やすか、あるいはセーブして様子を見るかなど、嶋崎氏がつくったダッシュボードから事業投資や運営に関する意思決定がされるようになった。

嶋崎前職でも事業運営の判断に関わる数字を提示していましたが、それが事業運営に使われている様子を目の当たりにしたことはありませんでした。もともと会社の重要な意思決定に携わりたいと思っていまのキャリアを選んでいたので、この経験は大きなやりがいになっています。

そしてこのダッシュボードは現在、あとから入社したメンバーが驚くほど精密で一気通貫したデータ基盤となっており、意思決定を迅速に推進する根拠としてLinc'wellの重要な財産となっている。基盤活用のイメージは下記インタビューにて詳しく聞いたので、ぜひ合わせて参照いただきたい。

SECTION
/

教科書はあくまで一般論。自分たちのビジネスにマッチしたLTV設計なしに事業は成長しない

嶋崎いまの時代、ウェブで検索すればLTV(顧客生涯価値)の計算方法はすぐにわかります。けれど、それが必ずしも自分たちの事業にフィットするとは限りません。大事なのは、自分たちのビジネスの特性を正確に理解した上で、経営判断に役立つ数値は何かを見極めることです。

世の中にある種の革命を起こそうとしているLinc'wellに「一般」が当てはまらないのは、当然のことなのかもしれない。そうでなくても「一般」とは教科書的な平均値に過ぎず、そこから「自分たちの場合はどうか」を考えなければ、事業成長の持続にはなかなかつながらないだろう。

一つの例ではあるが、嶋崎氏は複数のビジネス分析ツールを組み合わせ、特定期間における購入パターンの精緻な分析を可能とするLTV計算方法を検討し、マーケティング投資の指針を確立した。その過程で嶋崎氏は、ビジネスサイドのメンバーと議論しながら定義づけることに注力した。入社したばかりのころはこの定義に曖昧な部分が多かったが、議論を積み重ねていくうちに次第にクリアになると同時に、定義づけをすることの大切さを嶋崎氏は実感していった。

嶋崎ビジネスを数値で管理する上で、LTVは重要な指標です。ただ、私たちはBtoBtoCのようなモデルで、SaaS型・EC型などを組み合わせた複雑な事業形態をとっているため、一般的なLTV計算をそのまま適用できないという課題がありました。

通常、LTVはシンプルなサブスクリプション型ビジネスで使われ、「月額単価÷月間解約率」といった単純計算でも十分役に立つ数値を得られるんです。

他方、私たちの事業モデルは異なる特色を持っています。定期的な購買と単発での購買が混在しているハイブリッド型。さらにオンライン以外にも対面という二つの異なるチャネルがあります。この複雑な構造の中で患者さんが得る真の価値を算出するのは容易ではありませんでした。

LTVを知ることの重要性は、事前に一人の顧客を獲得するのにいくらかけられるかの判断基準をつくることにある。例えばLTVが3万円だった場合、一人の顧客を獲得すると将来的に3万円の収益が得られる。しかしその計測を誤ると「実は一人の顧客から1万5,000円しか得られないのに、2万円かけて顧客獲得している」という事態になりかねない。正確に事業を理解し、最適な投資判断をするうえでも、LTVを正確に把握しておくことは極めて重要な事項だ。

Linc'wellの場合、嶋崎氏が複数のビジネス分析ツールを用いて算出方法の定義や方法、どのような数字を取得するかも含めて何人ものメンバーと議論。自分たちが求める数字の計算方法を設計したのだ。

そうしてひたすら自らに問い続け手を動かした結果、現在はこのLTV計算方法で算出された指標がマーケティング投資額の基準として、事業運営上重要な役割を果たしている。新規事業の検討にも活用されており、直近では2025年にLinc'wellとして初めて実施したM&Aにおいても大きく貢献した。

SECTION
/

法学部出身の視点で読み解くルールの本質。
銀行とヘルスケアの意外な共通点は「規制」

ここまで見てきたように、嶋崎氏は成長過渡期のLinc'wellでSQLからLTV計算まで、必要に迫られたスキルを次々と習得し事業貢献を続けてきた。しかし誰もがこのようにカオスな環境で躍動できるわけではない。なぜ嶋崎氏はこれほどまで活躍しているのだろうか。そのカギは意外にも、大企業の代表格ともいえるメガバンク、三菱UFJ銀行でのユニークな7年間にあった。

法人営業を3年間経験したあと、事業会社の経理部に1年間出向。次に、LBOファイナンス(プライベートエクイティファンド等への貸出)を行う部署に3年間在籍。うち半年はグループの証券会社へ出向し、M&Aアドバイザリー業務も経験した。

そして現在、ヘルスケア業界にいるわけだが、金融とは一見共通点のない業界に感じる。事業理解が困難だったのではないかと想像するが、嶋崎氏は「実は共通点がある」と語る。

嶋崎金融もヘルスケアも、いろいろなルールに縛られている規制業種なんですよ。対面診療もオンライン診療も事業運営上、遵守すべきルールがありますし、そこにあるルールをしっかり読み解く上では自身が法学部出身だというのが役立っている感覚を持っています。

法律の勉強って、ただ条文を覚えるのではなく常に解釈の話をするんです。あの裁判官はこういう解釈だけど、あの学者はこういう説を推奨しているとか。こうした判例と学説の対立があったときに、どっちが正しいのかを判断する際に重要になるのが「立法趣旨」です。これを見ることで、なぜその法律が作られたのか、どんな社会課題を解決しようとしたのかが理解できます。

なぜそのルールがつくられたのかという狙いや社会背景をきちんと汲み取って、どこまでやって良いのか/悪いのかの判断をすることは、前職でもずっとやってきたこと。個人的にとても馴染みのあることですし、事業運営においても、何のためのルールなのか、何のための事業なのかという趣旨に立ち戻るというのはとても大事なことだと思っています。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

そのルールがつくられた根幹の理由を見誤ると、ルールへの解釈に相違が出てきて間違った判断をしてしまうかもしれない。だからこそ「なぜ」を読み解くことが、事業成長を支える上で必要なのだ。こうした立法趣旨を見極めることもまた、重要な判断材料となっていることは言うまでもないだろう。

そしてルールの解釈を見誤らないコツと言えるのが、目的を見失わないために、何がそもそも重要なのか、自分はどういうところにいるのかという立ち位置を一歩引いて意識することだ。一見当たり前のように感じるが、意外とできていないのではないだろうか。嶋崎氏はKPI設計でも「何のためにこのデータを見るのか」を常に問い続けている。大事なのは表面的なルールや手法に囚われず、本質を見極めて最適解を導き出すことなのだ。

SECTION
/

キャッチアップして挑戦すれば、新たなチャンスを得られる。次に目指すは経営者の右腕

いまでこそ経営戦略担当として重要な役割を果たしている嶋崎氏だが、実はもともと経理職でLinc'wellに応募していた。前職で経理を中心にコーポレート全般を担っていたことから、転職エージェントに紹介されたのだ。しかしそのタイミングで同職種は、採用が決まってしまった。

ところが当時の人事担当者が「経歴が面白いから、こちらが想定していない活躍をしてくれるかもしれない。とりあえず会ってみませんか」と、現代表取締役社長の山本氏に掛け合って、無事に面談が成立。実際に面談を受けてみると、人事担当者とも山本氏とも、COOの氷熊氏とも話が盛り上がり入社が決まったのだ。

嶋崎実際にスタートアップのいい意味でカオスな環境に身を置いて仕事をしてみると、私のように事業会社の経理としてコーポレート領域を経験しつつ、法人営業も経験するなど、コーポレートとビジネスの両面に理解がある人が意外と少ないとわかりました。なので私のバックグラウンドから、ポテンシャルなどを感じて採用してくれたのかもしれません。

それもあってか、人手が足りていないところをとりあえず手伝うという形で入社後は働き始めました。これもスタートアップあるあるですよね(笑)。いまは主に経営戦略の担当として、事業現場とコーポレートの間を取り持つような役割を求められています。

役割の果たし方でも、教科書的なものに縛られないのはもはや嶋崎氏らしさかもしれない。必要に迫られた場所で事業貢献しており、その背景にあるのは、嶋崎氏の信念でもある「まずは手を動かしてみる」こと。未経験の領域や新しい事業でも、まずは行ってみて手を動かせば、次第に理解が深まり、結果的に良いアウトプットが出せて周りから早く信頼を得られるようになる。するともっとワクワクする仕事が回ってくる、と考えているのだ。

嶋崎幸い、新しい環境に適応するのは得意で、キャッチアップは早いと思います。それは前述のように「趣旨は何か」を考えて行動するというのを何度も繰り返してきたからでしょう。それが周囲からの信頼につながり「次はもう少し難しいのをやってもらおうかな」と思ってもらえるようで、良い循環が生まれています。その結果、私にとってLinc'wellが心地良い環境になっていますね。

そんな挑戦することで新たなチャンスを得られるLinc'wellでいま、嶋崎氏は経営者の右腕としてさらに研鑽を積んでいきたいと考えている。

銀行員時代に法人営業をしていたころ、中小企業の経営者の孤独と、うまくいっている会社には右腕となる人がいることを知った。自分はカリスマ性があったりトップに立って人々を引っ張ったりするようなタイプではない。それよりも、トップに立つ人を支えるような存在になりたい。そう考えた嶋崎氏がそもそも銀行員から転職したのは、銀行の外に出て誰かの右腕になりたいという思いがあったからだ。

嶋崎Linc'wellで、必要なデータの整備をする経験を経て経営の重要な意思決定に少しずつ関与できるようになりました。今後はここからステップアップして、経営者の右腕的存在として存在感を強めたいと思っています。

その先で、多くの人が医療をより便利に使うだけでなく、そもそも病気になる前や病気になったあとにより良い選択ができるような世界を構築することに、重要な立ち位置で大きく貢献したいです。

ヘルスケアや医療という分野は幅広く、いま現在Linc'wellが取り組めているのはごく一部でしかない。そこからどんどん広げて、トータルで人々の健康をサポートできるようになりたい。そんな想いを胸に、嶋崎氏はLinc'wellのビジョンである「全て人々に最高の医療体験の提供」という挑戦を経営面から支えていくため、今日も経験の有無や得手不得手を問わずに挑戦し続けている。

こちらの記事は2025年05月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

編集

大久保 崇

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。