ヒット作はデータから生まれる。
巨大エンタメ企業「Netflix」、
“テクノロジー企業”としての顔

  • TEXT BY HARUKA MUKAI
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA

2018年5月、Netflixが時価総額で一時的にディズニーを超えた。今年、彼らはオリジナル作品に80億ドル(約8,800億円)を費やし、700ものオリジナル作品を配信する予定だという。

つい10年前までDVDの宅配レンタル企業だった彼らは、正真正銘の巨大エンタメ企業としての地位を確立したといえる。

しかし、同社バイスプレジデントのTodd Yellin氏が『ハリウッドとシリコンバレーの融合』と形容するとおり、Netflixは最先端のテクノロジー企業でもある。

快適な視聴体験は、優秀なデータサイエンティストによって開発された精緻なアルゴリズムが支えているのだ。

今や1億4,000万人を超えるユーザーに最適な体験を届けるために、Netflixはいかに技術を駆使しているのか、エンターテイメント企業ではなく、“テクノロジー企業”としての彼らの側面に迫りたい。

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レコメンド機能とパーソナライゼーション

Netflixが膨大なユーザーデータを活用しもっとも注力しているのがレコメンデーション機能だ。再生される作品のおよそ80%は検索ではなく、レコメンデーションを経由して選択された作品だという。

同社は2007年にストリーミングサービスをローンチする以前から、作品に対する評価を予測するマシンラーニングの大会「Netflix Prize」を開催するなど、レコメンドに必要なアルゴリズム開発に積極的に取り組んでいた。

ストリーミングサービスへの移行によって取得できる視聴データが圧倒的に増えると、レコメンド機能の改善を加速させていった。

Netflixは視聴した作品や視聴時間、視聴した日時、利用したデバイス、検索やページのスクロールの様子を細かくトラッキング。膨大なユーザーデータを複数のアルゴリズムによって処理し、トップページに表示する作品やジャンル、それらの並び順を決定しているという。

トップページの「Top Picks(あなたにイチオシ!)」や「Trending Now(話題の作品)」などは、各ユーザーの視聴データや作品評価など、複数のユーザーデータにもとづいて選ばれているのだ。

Learning a Personalized Homepage – Netflix TechBlog – Medium

また、最近では作品の配置だけでなく、表示される作品のアートワーク画像もユーザーに合わせて、カスタマイズしている

例えば、同じ恋愛映画であっても、近いジャンルを多数視聴しているユーザーには、より恋愛映画だとわかりやすい画像を、出演俳優の過去作をよく観ているユーザーには、その俳優がアップで映っている画像を表示している。

Artwork Personalization at Netflix – Netflix TechBlog – Medium

Netflixでは公開年や出演者だけでなく、作品の内容にもとづく独自のタグ付けが行われている。

例えば、恋愛関係が出てくる作品でも「doomed love(悲恋)」「unrequited love(報われぬ恋)」「first love(初恋)」など、描かれている恋愛関係のジャンルにもとづき細かく分類される。

The Atlanticが2014年に行った調査によると、Netflixではおよそ76,897もの独自ジャンルが設定。こうした独自のタグづけは「Netflix tagger」と呼ばれるスタッフが担当している

Netflixはレコメンデーション機能を「ユーザーの好みにあった作品を提案すると同時に、多様性に富み、新しい作品/ジャンルとの出会いを生み出す」ものだと述べている。精緻なレコメンデーション機能は、ユーザーに豊かな視聴体験を提供するための試行錯誤の賜物だ。

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ストレスレスな視聴を実現する映像配信技術

レコメンデーション機能と同様に、Netflixは映像配信技術にも注力してきた。

現在製作されているオリジナル作品のほとんどは6Kで撮影され、配信するデータ量も増えている。同時視聴のピーク時においては毎秒数十テラビットものトラフィック量がやりとりされているという。最近ではスマートフォンから視聴するユーザーや、インターネット接続の安定しない地域からのアクセスも拡大している。

大容量のデータに耐えうるインフラを整備するだけでなく、ユーザーに負荷のかかりすぎないよう効率的に映像を配信し、モバイルデバイスや回線の安定しない地域からの視聴体験を改善しようと取り組んできた。

なかでも注力しているのがエンコーディング技術だ。今年には「Dynamic Optimizer」と呼ばれるエンコーディングシステムにより、270Kbpsで作品の視聴が可能になったと発表された。

例えば、Netflixのオリジナル作品「ジェシカ・ジョーンズ」の圧縮前のデータ量は293GBに上り、受信には750Mbpsが必要になる。しかし新たなエンコーディング技術があれば270Kbpsで視聴できるため、4GBのデータプランでも、およそ26時間に渡り作品を楽しめる。

またエンコーディング技術だけでなく、ネットワーク品質の“パーソナライズ”も行っている。各ユーザーのネットワーク状況はリアルタイムでトラッキングされ、デバイスやロケーション、再生までにかかった時間、バッファー処理が中断された回数などを分析し、配信する映像の品質をリアルタイムで調整するという。

また、ユーザーの視聴履歴や行動データから次に観る作品を予測し、一部をあらかじめキャッシュする「Predictive Caching」も実装。再生までにかかる時間は大幅に削減されたそうだ。

上図のようにネットワークの品質に応じて映像の品質を調整している
Using Machine Learning to Improve Streaming Quality at Netflix

またNetflixは2012年よりインターネット接続事業者を対象に、独自のコンテンツ配信ネットワーク「OpenConnect」を提供してきた。事業者はNetflixに関わる大量のトラフィックを自社のインフラで処理する代わりに、Netflixから提供されるサーバーを設置、あるいはOpen Connectネットワークと自社のネットワークを相互に接続し、直接トラフィック情報をやりとりできる。すでに東京を含む世界1000ヶ所にNetflixのサーバーが導入され、「最高のNetflix視聴体験を保証」しているという。

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“データ”を駆使して確実にヒット作品を生む

Netflixのオリジナル作品のヒットにおいても、データが果たした役割は大きい。

2013年に米国で社会現象を巻き起こしたNetflixオリジナル作品「ハウス・オブ・カード 野望の階段」では、「BBC制作の番組が好きなユーザーは、ケビン・スペイシーが出演している、あるいはデビット・フィンチャーが監督をしている作品を好む」というデータが企画のヒントになったという。(ハウス・オブ・カードはBBCで90年代に放映されていた番組のリメイク)

またHarvard Business Reviewは、Netflixの強みについて「データにもとづいてオリジナル作品を企画できる点だけでなく、それを好む層を的確に把握できている点にある」と分析する。ニッチな作品であっても、確実に好む層に向けてレコメンドし、熱烈なファンを獲得できる。彼らが“マス受け”を狙わない尖ったコンテンツを発表できている一つの理由かもしれない。

近年ではAmazonやApple、Facebookといった巨大テクノロジー企業も、自社の動画配信サービス上でオリジナル番組を公開し、他社との差別化を試みている。

これからもNetflixはエンターテイメント×テクノロジーの領域で最先端を走りつづけるのか。その行く末を左右するのは、決してオリジナル作品の出来の良さだけではなく、そのコンテンツを視聴するプラットフォームで得られる体験をいかにアップデートしていけるか、そのテクノロジーに懸かっているはずだ。

こちらの記事は2018年06月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

向 晴香

inquire所属の編集者・ライター。関心領域はメディアビジネスとジャーナリズム。ソフトウェアの翻訳アルバイトを経て、テクノロジーやソーシャルビジネスに関するメディアに携わる。教育系ベンチャーでオウンドメディア施策を担当した後、独立。趣味はTBSラジオとハロプロ

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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