このPdMがすごい!【第2弾】──時代をつくるエースPdMと、エースを束ねるトップ層のマネジメントに迫る

第1弾「このPdMがすごい!」でも言及したように、スタートアップにおけるプロダクトは社会の変革を巻き起こせるものであり、それでいて社会に受け入れられるものでなくてはならない。そうしたバランス感のあるプロダクトこそが自社を成長させ、自らが掲げるミッション・ビジョンを実現させるコアとなる。そしてそのプロダクトづくりの要となる存在がPdMだ。

今回は第1弾と同様に注目度が高く、成長を見せているプロダクトをピックアップ。プロダクト開発において大きな役割を果たすPdMたちが、それらのプロダクトをいかにして成長へ導いているのかに迫る。

加えて本記事では、さらに上流のレイヤーで活躍する人物も取り上げる。複数名のPdMを束ね、どのようにマネジメントしているのかを紐解き、その取り組み方やマインドセットから骨太な開発組織をつくるための肝を伝えよう。現在PdMとして活躍する人々に今後の選択肢や、身につけるべきスキルへの示唆を与えられればうれしい。

  • TEXT BY ENARI KANNA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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Cloudbase・大峠 和基氏──「未踏事業スーパークリエータ」出身者。起業→メルカリを経て挑むはパブリッククラウド市場

大峠氏、FastGrowでの取材時に撮影

2026年には5兆円を超えると予測されている国内のパブリッククラウド市場。これは2022年の市場規模の2.5倍に相当する。この市場のセキュリティ領域にアプローチするスタートアップがCloudbaseだ。

Cloudbaseは、AWSやMicrosoft Azure、Google Cloud、Oracle Cloudなどのパブリッククラウドサービス利用時のリスクを管理するためのセキュリティプラットフォーム『Cloudbase』を提供している。

このプロダクトはユーザーにセキュリティリスクを知らせるだけでなく、大量のアラートの優先順位を瞬時に見極め、それに応じた対策を示してくれる。2022年3月のベータ版発表から数ヶ月で大企業からのオファーが相次ぎ、リリース時からエンタープライズ領域で注目を集めている。

では、なぜこれほどの躍進ができたのか。その背景には日本の大手企業におけるセキュリティエンジニアの不足がある。

海外であれば一社に複数名存在するセキュリティ人材だが、日本の特に大手企業にいたってはその数が1〜2名と極めて少ない。そのため、顧客自身がセキュリティを改善できる『Cloudbase』のようなプロダクトが強く求められているというわけだ。

そんな同社でプロダクト開発を率いるのが大峠 和基氏。学生時代に自動生成AIサービスを開発し起業した経験を持ち、経済産業省からIT関連の発掘人材として、過去には落合 陽一氏や登 大遊氏、またFastGrowでもお馴染みのLayerX・福島氏なども得た「未踏事業スーパークリエータ」の称号を持つ。その後、新卒でメルカリでの勤務経験を経た後にCloudbaseに入社した。

彼はCTOの宮川 竜太朗氏と共にクラウド環境を可視化しリスクを特定する「スキャナチーム」と、検出されたリスクに対する運用フローを最適化する「アプリケーションチーム」を横断的に管掌。特に大峠氏はプロダクトの意思決定や優先順位付け、今後のロードマップの策定を担う。

「クラウドの種類だけでなく、検知できるセキュリティリスクの幅も広げたい」と先のFastGrowでのインタビューでは語っていた。具体的にはセキュリティの“設定ミス”を始め、“脆弱性の判定”や“異常検知”など解くべき課題は多い。

現在の『Cloudbase』はAWSへの対応こそ進んでいるが、他のクラウドサービスへの対応はこれから強化していく段階。これらの課題にアプローチし、より大きなインパクトを市場に与えるべく、大峠氏は強固な開発組織の構築に挑戦している最中だ。

彼は「スイミー」の物語のように、個々の結束で一つの巨大な集合体を形成し、全員で同じ方向に邁進できる開発組織を目指している。大峠氏を中心に形成された“大きな魚”によって、パブリッククラウド市場の生態系がどう変わっていくのか。彼がこれから起こす変化に注目していきたい。

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Linc'well・原悠貴氏──ステークホルダーとの合意形成を重視したプロダクトマネジメント

最初に紹介するのは、2018年の創業から6年の間に累積122.3億円の資金調達を実施し、医療のIT化の先陣を切るLinc’wellでプロダクト統括を務める原 悠貴氏だ。

医療のIT化というと、なかなか進んでいない印象を持つ読者もいるのではないだろうか。厚生労働省の調査を見るとまだまだ道半ばだとわかる。2020年度時点での電子カルテの普及率は、400床以上を抱える大規模病院では9割を超える一方で、200床未満の小規模病院や一般診療所では50%にすら満たない。このように業界全体のIT化まではまだまだ長い道のりではあるが、その分、ポテンシャルとインパクトの大きい領域とも言える。

原氏、FastGrowでの取材時に撮影

IT化を成し遂げ“医療を一歩前へ”進めるべく、Linc’wellでは「予約」や「決済」など医療機関における一部の領域ではなく、すべての業務に対してデジタル化を促進している。また、全国主要都市にて11院を展開するクリニックフォアと提携し、単なるパートナーというよりももはや一心同体と言えるほど近い距離で支援を行っているのも、同社のユニークなポイントと言えるだろう。

そんななかで原氏は、執行役員 プロダクト統括担当としてプロダクトマネジメント部およびデザイン部を統括する。外資系化粧品メーカー、コンサルティングファーム、リクルートなどの企業で、無形商材と有形商材双方のサービス立ち上げやグロースに関わってきた経験を活かして、難易度の高い医療業界でのプロダクト開発に取り組む。

医療機関を受診する人々は、予約や会計などの煩わしさから解放されることと、誠実で信頼できる場所で医療を受けることを重視している。同社のプロダクトでは、このふたつを実現できる医療体験を設計しつつ、医師や看護師などの医療従事者も煩雑な業務に追われることなく、より快適に働ける環境の整備も目指す。

プロダクト開発は事業サイドの意見から始まることもあれば、クリニックからの要望を起点にスタートすることもある。クリニックの内部まで深く入り込んでいる同社だからこそ、より生々しく切実な要望を知ることができるのだ。また時には、顧客価値を高めるためにPdM側から提案することもある。

開発する際、同社は看護師、医者、医療事務などステークホルダーの要望を吸い上げてプロダクトのロードマップに反映し、その上で関係者全員での議論などを通じて合意形成を行う。すべてのステークホルダーが納得できる形で改善を進めることを徹底しているのが、同社のプロダクトマネジメントの特徴と言えるだろう。言い換えれば、これはプロダクトを統括する原氏の信条なのかもしれない。

DXを進める場合、業界問わず現場からの抵抗が発生することも多い。医療業界とて例外ではないはずだ。しかし上記のような方法を取ることで、円滑に進められており、それが同社の成長要因のひとつとなっているのではないだろうか。

とはいえ、この記事でも語ってもらったように、Linc’wellの挑戦はまだまだ始まったばかり。今後、原氏が中心となって現場との対話を深めながら開発するプロダクトを通じて、Linc’wellがどのように医療を変えるのか。FastGrowとしても注目したい。

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エクスプラザ・内田 寛氏──mini CEOとして、プロダクトづくりに取り組む

2024年5月13日(米国時間)、OpenAIの新たな人工知能モデル「GPT-4o」が発表された。この新モデルが搭載された「ChatGPT」では、より自然な音声会話が可能となったほか、感情豊かな表現も行えるようになり話題となっている。読者の中にも業務で生成AIを活用している人は多いのではないだろうか。

この生成AIの進化に沿って、企業の生成AI活用をサポートするのがエクスプラザだ。続いては、同社COO兼CPOの内田 寛氏を紹介する。

内田氏は2019年に「プロダクトマネジメント(PM)についての、学術的研究の歴史と定義」というnoteを公開。その中で、プロダクトマネジメントで達成するべきは、「全社戦略と個別プロジェクトにおける活動の一致」であり、「スタートアップにおいては、経営=プロダクトマネジメント」だと内田氏は述べている。

組織の規模が大きくなればなるほど、経営者の把握できる範囲は相対的に少なくなる。そのフェーズを迎えると、PdMには、経営者と同じ目線で戦略と実装を一致させることが求められる。それこそがPdMの役割だと、彼は考える。

また、一口にPdMといっても、組織規模によって役割は異なる。前職メルペイでもPdMとして活躍した同氏は以前、別のnoteで組織規模別のPdMの役割についても書いている。

組織が成長し、エンジニアやデザイナー、マーケター、広報、営業などそれぞれの職種にプロフェッショナルが在籍するメガベンチャーのPdMに求められるのは、まず、「なぜ・何を作るのか」を決めること。そして、社内の各プロフェッショナルと協力して顧客に届けるための調整を行うのが、PdMの役割だ。

一方で、スタートアップ、とりわけシード期においてはエンジニアやデザイナーはいても、マーケターや広報、営業などのビジネスサイドは人材が不足していることも多い。このフェーズでは、こうした領域外の役割も学びながら進めていく必要がある。

事実、内田氏はエクスプラザが立ち上げ時に提供していたアウトドアギアの口コミ投稿サービスのリリースに向け、ユーザーインタビューやキャンペーン企画はもちろんのこと、問い合わせフローの構築、アフィリエイトサービスのシステム仕様の把握や法務、商標に関する手続きなどを行ったという。

こうしてさまざまな領域に挑戦しつつ、シード期から内田氏が開発を率いてきたエクスプラザは、2023年よりこれまでは取り組んでこなかった生成AIへ舵を切ることを決心した。生成AI×プロダクトという方向性のもと、一人ひとりがオーナーシップを持ちつつ、プロジェクトの度にモダンな技術を取り入れながら開発を進めている。新しい技術の積極的な取り入れには次のプロジェクトに応用を効かせたいという意図があり、次々に新しいプロダクトを開発するエクスプラザらしい発想だ。

実際に、2023年に「Pluto」と「EXPLAZA 生成AI Chatbot」を提供開始しており、後者のサービスは「AIsmiley AI PRODUCTS AWARD 2024 Spring ChatGPT連携サービス部門」で表彰されている。ピボットから1年足らずで複数のプロダクトをリリースし、かつ実績も出してきた同社の今後の新たなサービス展開、それによるエクスプラザの成長を期待したい。

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Sansan・西場 正浩氏──自由なアウトプットを融合させ、よりよいプロダクト開発につなげる

名刺管理を軸にした営業DXサービス『Sansan』、名刺管理アプリ『Eight』を中心に、データとテクノロジーの掛け合わせによる多くのサービスを生み出すSansan。そんな同社において、執行役員/VPoP/VPoEとして、プロダクト開発組織の強化に取り組むのが、西場 正浩氏だ。

出典:https://note.com/sansan_cpo/n/n3156d4eb7137

上図の通り、同社は各プロダクトごとの事業組織とPdMなどの機能組織のマトリックス体制がベースとなっている。

機能単位で役割は決めずに、誰が何をやってもいい状態だという。そのため、一人ひとりのPdMが自らユーザビリティテストを企画し、それを徹底的に行うことで、ユーザーの潜在的な課題を特定することからスタートする。そして彼らから上がってきた課題に、西場氏が優先順位をつけ開発を進めていくといったスタイルだ。

こうした組織体制について、西場氏は過去のインタビューにて、「市場でプロダクトに求められていることが明確ならば、そちらに偏っても問題がないため、自由ゆえの偏りは気にしていない」と話している。

それぞれのPdMはバックグラウンドもスキルも異なれば、ユーザビリティテストで対象とするユーザーも異なる。彼らの判断に委ねても、まったく同じ企画を考えて、まったく同じ結果になることはないと考えているのだ。「そうして出てきた複数のアウトプットを融合させてよりよいアウトプットを作りたい」との考えから、自由な状況を敢えて作っている。

一方、バラバラにならないように共通言語も用意している。『INSPIRED』や『EMPOWERED』などプロダクトマネジメントの手法を紹介した書籍を読むことを推奨するほか、ジョブ理論も活用している。

これらの組織体系のもと開発を率いるPdMたちは、果たしてどのようにプロダクトと向き合っているのだろうか。

例えばSansan事業部のPdMである川瀬 圭亮氏は、入社後すぐに数十件のユーザーインタビューを実施したという。現在はそこで知ったユーザーの課題や期待をもとに、ユーザビリティ含めさまざまな改善に向けてデザイナーやエンジニアと一緒に企画を進めている。

また、あらゆる請求書のデータ化を実現する『Bill One』を扱うBill One事業部にてPdMを務める木口 知之氏は、社内のSlackにCSが顧客からの要望や意見を投稿する専用チャンネルがあり、その投稿内容を深掘りすることが多いという。深掘りを通じて、日々CSと開発サイドで真に顧客が解決したい課題の特定を進める。それらの課題に、『Bill One』のもっとも重要な目的である「企業の月次決算を加速させる」ことにつながるのかとの観点のもと、優先順位をつけて取り組んでいるのだ。

Sansanが提供するサービスのように、PMF・GTMを達成し、市場の変化に合わせてプロダクトを成長させる10→100フェーズにあるプロダクトにおいては、要望やユースケースが非常に多様化する。

このフェーズにおいては、BtoCアプリであればMAU1,000万人以上を記録するサービスも珍しくない。この人数は、たとえばスウェーデン1,052万人(外務省まとめ・IMFによる2022年のデータ)やギリシャ1,046万人(外務省まとめ・2023年)といった小国の人口と同じ規模である。

国づくり、街づくりと同じように多様なニーズに応えていくことが求められることから、このフェーズにある組織のPdMのことを、シリコンバレーではタウンビルダーとも呼ぶそうだ。同社ではまさにそれを実践していると言えるだろう。

まだこのステージに達していない多くのスタートアップにとっても、近い未来にあるべき姿として、Sansanの組織から学ぶことは多いのではないだろうか。編集部としても、同社のプロダクトマネジメントに今後も注目したい。

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RevComm・重城 聡美氏──バイアスを除くべく、一次情報にあたることで成し遂げる意思決定

トーク解析AI『MiiTel』をはじめとするコミュニケーションを最適化するためのAIサービスを提供するRevComm。同社のCPOを務める重城 聡美氏は多くの起業家や経営人材を輩出するマッキンゼー・アンド・カンパニーの出身だ。

同社が公開したインタビュー記事によると、彼女がビジネスに初めて興味を持ったのは、精密機械工学専攻で研究をするかたわら、大手の家電量販店で白物家電の販売員をしていた大学生の頃だった。他の販売員の提案の仕方を分析して真似ていくと、弱気で口下手な自分でも成果が出たことに面白みを感じたのだという。授業後に他店の販売員を観察しに出かけて、学んだことを売り場で試すというサイクルを回し続けた結果、数カ月で売上10倍を達成した。

こうして学生時代からビジネスパーソンとしての素質の片鱗を見せていた彼女は、技術職よりもビジネスを成長させたり、専門性の高い人たちを支援したりする役割の方が自分には合っていると考え、マッキンゼーに新卒入社。4年間勤務し、クライアントの成長戦略やM&A後の組織設計、海外展開のパートナー検討などに取り組んだ。

そしてフランス・シンガポールにMBA留学したのち、Googleや英国FinTech企業のシンガポール支社にてプロダクト職に従事。2020年7月よりRevCommに参画している。

CPOを務める重城氏が重視しているのが、手間を惜しまず顧客の声などの一次情報に触れることだ。誰かからの伝達となると、人間の持つ無意識のバイアスがどうしても入ってしまう。仕方のないこととはいえ、重城氏に入ってくる情報が歪んでいれば、意思決定の精度にも影響する。それを防ぐために、自ら情報を取りに行くのだ。

重城氏が新卒入社したコンサルティングファームでは、案件が変わるたびに、情報を新たにゼロからキャッチアップしなければならない場面も多いはず。そうして得た情報をもとに、抽象度も難度も高い課題に取り組んできたのだろう。キャリア初期にこうした環境でスキルを磨いた重城氏だからこそ、正しい情報を得ることの大切さを身に沁みて感じているのかもしれない。

そして、こうした重城氏の思考は組織全体にも波及しているように思う。顧客調査に注力しており、CSだけでなく、プロダクトチームでも顧客インタビューを実施。複数の顧客に共通する根本的なインサイトの抽出をCSチームと一緒に行う。顧客の声やアイデアを集めるために「Customer Requestボード」を作ったり、Slackで投票したりと、できる限り気軽にアイデアを出せる環境で意見を集める。その上でプロダクトチームは、俯瞰的かつ網羅的にそれらを検討し、ビジョンや事業計画に基づいた優先順位を決めながら開発を進めているという。

CSチームからも重視したい要望をプロダクトチームに共有する場を設けており、背景を含めて伝えつつ、ディスカッションを行っている。さらに月に1度、開発の進捗を共有する場もあるとのことで、密な連携のもとプロダクト改善・開発を進めていることが窺える。

また、2023年12月に投稿されたPdM吉井氏のnoteによると、「Customer Requestボード」は現在、Notionで管理されている。Notionへの切り替え後、投稿は月3倍以上に増加しており、より一層、社員のアイデアや顧客の声を収集しやすい環境となったと言える。

こうしたある種の集合知を活かし、他部署との強い連携のもと行われているのが、RevCommの開発だ。「課題を洗い出し、優先順位を決めるファンクションを全うすることがプロダクトチームの仕事だ」と語っていた重城氏が、一次情報をいかにして分析して課題を特定し、今後どのようにビジネスコミュニケーションを変えていくのか、引き続き注目したい。

こちらの記事は2024年08月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

えなり かんな

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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