ベンチャーデット、日本上陸──低金利・株式希薄化なしで資金調達。5つの最新事例に見る、スタートアップ金融の新時代

日本のスタートアップ業界は、2023年を境に大きな転換点を迎えた。コロナ禍からの社会活動の再開や、政府主導のスタートアップ支援策の本格化により、これまでとは一変した追い風が吹き始めたのだ。

なかでも特筆すべきは、ベンチャーデットの台頭だろう。ベンチャーデットとは、投資(エクイティ)と融資(デット)のハイブリッド型とも言える資金調達手法だ。例えば、株式転換権が付与された社債である「転換社債」や、新株予約権が付与された「新株予約権付融資」の活用などがその代表格だ。一見すると通常の借入れに近い印象を受けるが、将来の企業価値向上を見込んで借入金利を低めに設定するなど、スタートアップ側に有利な条件、あるいはスタートアップだからこそ利用しやすい条件が用意されているのが特徴だ。

ベンチャーデットが注目を集める理由は、何と言ってもその柔軟性にある。ミドル〜レイターステージのスタートアップに対して低金利で資金を提供し、将来的に株式に転換することで高いリターンを狙うことができる。一方で、スタートアップは当座の資金繰りを低コストで賄いつつ、将来の成長に向けた投資も呼び込める。まさに一石二鳥のスキームと言えるだろう。

特に重要視されているのが、株式の希薄化リスクを低減できる点だ。創業者にとって、経営権の維持は死活問題だ。エクイティファイナンスでは投資家への株式発行が避けられず、議決権比率の低下につながりかねない。しかしベンチャーデットなら、資金調達時点では借入れの形を取るため、そうした懸念から解放されるのだ。

こうした背景に加え、スタートアップ投資に対する税制優遇措置の後押しもあり、2023年はベンチャーデット元年と呼ぶにふさわしい1年となった。その夜明けを告げる狼煙は、すでに各所で上がり始めている。本稿では、その先駆的な5つの事例を紹介したい。ベンチャーデット最盛期を迎えんとする今、ぜひともその全貌を理解していただきたい。

  • TEXT BY REI ICHINOSE
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日本初のベンチャーデットファンドを運営するあおぞら企業投資が切り開いてきた軌跡

日本で始めてベンチャーデットのファンドを設立したのはあおぞら銀行の子会社、あおぞら企業投資だとされている(Coral Capital「日本でも広がる「ベンチャーデット」のメリットは? 第一人者に聞いてみた」を参照)。

1号ファンドの設立は2019年11月。2024年と比較すれば、未上場企業のエクイティファイナンスですら日本ではまだ主流とは言いがたい時期かもしれない。しかも、税制優遇措置がない頃から、先駆的に「ベンチャーデットによる融資」をかたちづくってきたというわけだ。

そんなあおぞら企業投資は2023年7月「あおぞらHYBRID3号投資事業有限責任組合」の設立を発表した(リリースはこちら)。老舗ベンチャーデットファンドとしての実績と経験が存分に注がれていることだろう。

1号ファンドは総額20億円からスタートしたが、2号ファンドは総額100億円、今回の3号ファンドも同規模の総額90億円にのぼる。カケハシやキャスター、テックタッチなど、これまでの投資先は非常に豪華な顔ぶれだ。ファンドに集まる金額と投資先を見るだけでも、あおぞら企業投資のこれまでの実績、そしてこれまでの国内スタートアップの飛躍さえも感じられるほど。

さらに特筆すべきは、アーリーからレイターまでを広く投資対象としている点だ。ほかのベンチャーデットファンドとは異なり、「IPOを志向する」「ベンチャーデットの商品性に関心が高い」といった国内スタートアップであれば、あおぞら企業投資はステージを問わず支援を行うエクイティファイナンスの要素も組み込まれているという。

あおぞら企業投資は、国内ベンチャーデットファンドの先駆者として長年に渡り活動を続けてきた。3号ファンドの設立を通じ、さらなるスタートアップ支援の拡大に向けた意欲が見て取れる。同社の経験と実績は今後もスタートアップに大きな力を与えてくれるはずだ。

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全国19の金融機関から出資を受けるSDFキャピタルのファンド、42億円でファイナルクローズ

続くSDFキャピタルは2022年5月に「スタートアップ・デットファンド1号投資事業有限責任組合」を設立した(リリース)。「スタートアップ専門の独立系デットファンド」という点ではこちらも日本初だったという。

特に注目すべき点は2つある。

1つ目は「ファンド創設メンバー」である。トパーズ・キャピタルにおいて累積60社、250億円の融資実績のある福田拓実氏が代表取締役を務める。その他、スタートアップの経営者や財務戦略の課題をサポートしてきたマネーフォワードベンチャーパートナーズ出身の金坂直哉氏と光井香織氏、ベンチャー企業のコーポレート領域をサポートするWARCの共同創業者・石倉壱彦氏など、経験豊富な面々が名を連ねる。

金坂氏はマネーフォワードの現CFOであり、マネーフォワードベンチャーパートナーズが運営するHIRAC FUNDの共同代表を務めた経験を持つ。光井氏もそのHIRAC FUNDのメンバーの一員だった。石倉壱彦氏はアカツキ取締役を務める公認会計士・税理士であり、Akatsuki VenturesとDawnCapitalファンドを創設した経験を持つ。

つまり、メンバー全員が既にファンドの運営経験を有しており、かつ一部は事業会社での経営経験もある。その上で、低コストでの一時的な資金調達や、赤字継続等で金融機関からの借入が難しい状況での成長のための先行投資など、エクイティでは対応できないベンチャーデットの領域に踏み込んだのである。2022年5月と、比較的早いベンチャーデットのファンド創設にも納得だ。

もうひとつ注目したいのが「出資元」である。

2022年5月に第一回クロージングを、2023年12月に総額42億円でファイナルクローズを迎えたのだが、INTLOOPやSBI新生銀行、肥後銀行、横浜銀行など19もの金融機関がファンドの出資者である。スタートアップへの資金調達機会の創出、ひいては、地域経済の活性化と発展を見越した出資だ。

同社のスタートアップエコシステムに地域経済を巻き込む姿勢に、日本全体でのさらなるスタートアップの繁栄を期待してしまう。スタートアップ界隈で耳にする地方金融機関といえば静岡銀行という印象だったが、その印象が薄れる日も近いかもしれない。

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UPSIDERとみずほ銀行が創り出すスタートアップ支援の新潮流

「これまでのノウハウをふんだんに生かしてベンチャーデットファンドを設立する」といえば、スタートアップ向けの法人カードなどを提供するUPSIDERみずほ銀行との業務提携に関してもお伝えしたい。

この提携により、みずほフィナンシャルグループ傘下の投資専門会社、みずほイノベーション・フロンティアとUPSIDERの子会社UPSIDER Capitalが合弁事業を運営することになった。目的は「スタートアップのサステナブルな成長に資する新たな金融サービスの開発と提供」である。ファンドは「UPSIDER BLUE DREAM Fund」と名づけられた。

現在の主な融資対象は、グロースステージで飛躍的な成長が見込まれるスタートアップが中心で、最大融資額は10億円となっている。しかし、今後はグロースステージに限らず、幅広いステージのスタートアップへと対象を広げる予定だ。このファンドのキャッチコピーは「ともに、速く、遠くに」。この通り、最短1週間での融資実行を掲げる。

第一号の出資先として、2024年1月にリファレンス/コンプライアンスチェックサービス「back check」を提供するROXXに融資が実行された。

UPSIDER Capitalは、ROXXがテクノロジーを駆使し、これまで対象となっていなかった方々へのサービス提供や既存サービスにはない着眼点でのサービス展開を進めていくことは、日本が抱える人手不足や早期離職の課題解決に繋がるものであると高く評価し、同社の事業、組織の発展に強く期待しています。

──プレスリリース「「UPSIDER BLUE DREAM Fund」 第一号案件として株式会社ROXXへの融資を実行」より引用

続く2024年2月にはアソビューに対して本ファンド最大規模の10億円の融資を実行した。アソビューがUPSIDERの法人カードを利用していたことから、スムーズな調達が可能となった。

また、このファンドの取り組みが評価され、UPSIDERとみずほFGは「Japan Financial Innovation Award 2024」コラボレーション部門で「優秀賞」を受賞した。このアワードは日本初のFinTech拠点FINOLABが主催するもので、先進性・成長性・金融業界変革の可能性などが審査基準となっている。「UPSIDER BLUE DREAM Fund」のスタートアップ向けの機動的な仕組みが高く評価された。

UPSIDERは2020年創業以来、独自のAI与信モデルで累計5,000億円の与信枠を提供してきた実績がある。一方のみずほ銀行はメガバンクとしての融資ノウハウと金融ソリューションを有している。エクイティとデットの特徴を併せ持つベンチャーデットにおいて、この提携はまさにそれぞれを代表する企業同士の連携といえる。

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第一生命、融資に近いプライベートデットを行うトパーズ・キャピタルを子会社化

冒頭でもお伝えしたようにベンチャーデットは、エクイティとデットの中間的な性格を持つ。一方で、株式を発行することなく、銀行融資に近い形態のベンチャーデットも存在する。通常の銀行融資と比べ高金利にすることで、一般的な融資ではリスクが高く貸付が難しい状況であっても、資金提供できるのがプライベートデットだ。「株式なしベンチャーデット」と呼ばれることもある。

トパーズ・キャピタルは2012年の設立以来プライベートデットに注力し、2023年10月に第一生命の子会社となった(リリースはこちら)。第一生命はこの買収を通じて、成長期待が高い国内プライベート・デット運用に本格的に進出した。政府が掲げる「資産運用立国」の戦略にも合致するオルタナティブ投資領域の運用体制を強化し、国内機関投資家の運用高度化ニーズに応えるべく、プライベート・デットでの運用機会の提供を拡大することが目的だ。

トパーズ・キャピタルはスタートアップ専門で融資を行っているというわけではない。しかし、2012年の設立以来、スタートアップへの融資実績は複数あるという。その事例は先に紹介したトパーズ・キャピタル出身、現SDFキャピタルの代表・福田氏のnoteに見つかる。

私が2014年に携わったYCP Holdings(当時:ヤマトキャピタルパートナーズ)への融資案件もその1つです。YCP Holdingsは、コンサルティング事業中心にいくつかの事業を立ち上げあるいはM&Aを行っていました。代表の石田さん中心に大変優秀なメンバーで構成されており、コンサルティング事業は既に収益化していました。しかし「M&Aで買収するお金の調達ができない、トパーズ・キャピタルでどうにか貸してくれないか」という相談を受けたのです。

一般的に、買収資金を使途とするファイナンスはLBOファイナンスと呼ばれ、数十億規模以上の買収はメガバンクを中心に専門部署が対応しています。しかし、数億レベルではなかなか担い手がいないのが実情です。当時のYCP Holdingsはまだスタートアップでしたので、その点でも難しかったのでしょう。

──note「スタートアップ・デットファンドを設立しました。」より引用

ベンチャーデットとはプライベートデットのノウハウが詰まった企業を大手金融機関が子会社化するほど、関心が高まっていることがわかる。

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Fundsの子会社が運営する「金融機関共同研究型」ファンド、福岡銀行と三井住友信託銀行が参画

これまでの事例からも金融機関のベンチャーデットへの関心は非常に高いことは十分おわかりいただけるだろう。しかし、スタートアップへの融資に関する知見の不足や、専門の審査チームが不十分といった課題は存在する。

そうした状況下で新たに存在感を示そうとしているのがFunds Startupsだ。ミドル・レイターステージのスタートアップ向けに、「金融機関共同研究型ベンチャーデット」として2024年、発足した。

これはFintechスタートアップ・ファンズが立ち上げた新たな事業だ。同社は、企業が事業資金調達のために組成したファンドに個人が投資できる貸付オンラインマーケット『Funds』を運営することで知られる。この運営を通して、累積550億円を超える事業性評価に基づく融資審査やモニタリングを行ってきたという(リリース)。

Funds Startupsが運営する最初のファンド「Funds Venture Debt Fund 1号投資事業有限責任組合」では、初回の1stクロージングにおいて10億円の資金を集め、出資元に三井住友信託銀行と福岡銀行が名を連ねた。2024年中を目処に、総額50億円規模のファンド組成を目指している。

注目すべきはやはり、「金融機関共同研究型」としての位置づけにある。なんとベンチャーデットへの参入を検討・推進する全国の金融機関に対し、実践的な知見・ノウハウ、共同投融資機会などを体系的に提供する、としている。

Funds StartupsのHPより

ファンズの豊富な実績と、このデットファンドの運営を通じて得られた知見・ノウハウは、出資した金融機関に提供される。具体的には、案件分析会へのオブザーバー参加や出向の機会を設けるなど、金融機関がベンチャーデット事業の本格的な立ち上げを目指せるよう支援する。

単独では実践的なノウハウを蓄積するのが難しい金融機関にとって、本ファンドは貴重な機会になりうる。金融機関が主体的にベンチャーデットに参入できる下地が整備されることの意義は大きいだろう。

Funds StartupsのHPより

加えて、2024年4月1日付で、小島崇氏がFunds Startupsの執行役員兼ファンドパートナーに就任した(プレスリリースはこちら)。小島氏は新生銀行時代からベンチャーデットのパイオニアとして活躍し、ベンチャー・エコシステムの発展に情熱を注いできた人物だ。

このFunds Startupsの設立メンバーには、ファンズの取締役CFOである前川寛洋氏、同じくファンズの取締役CLOである髙尾知達氏がパートナーとして名を連ねる。この面々に加え、「日本におけるベンチャーデットの第一人者」とも言えそうな小島崇氏も新たにパートナーとして迎え入れられたというわけだ。

前川氏、髙尾氏、小島氏の3名がパートナー陣となったことで、法律、経営、金融の多角的な視点を備えた専門性の高い組織が誕生。ファンズで培ったスタートアップ支援のノウハウと、ベンチャーデットの深い知見が融合し、より強固なチームとなっている。

「社会的インパクトを創出するスタートアップが、最も理想的な成長を遂げられる仕組みを開発する」というミッションを掲げるFunds Startups。小島氏の加入により、その実現に向けて大きく前進したと言えるだろう。日本のスタートアップエコシステムの発展に向けて、同社の更なる活躍に期待が高まる。

ベンチャーデットの隆盛は、日本のスタートアップエコシステムの発展に大きな影響を与えるだろう。資金調達手段の多様化は、スタートアップの成長を加速させ、イノベーションを促進する原動力となる。

金融機関のベンチャーデットへの関心の高まりは、単なる投資先の拡大にとどまらない。スタートアップ支援のノウハウを蓄積し、エコシステムの一員として積極的に関与していく姿勢は、業界全体の成熟度を高めていくはずだ。

そして、ベンチャーデットのプロフェッショナルたちが結集し、専門性の高い組織を構築していることも見逃せない。彼らの知見とネットワークは、スタートアップの成長を多方面からサポートする強力な武器となるだろう。

日本におけるベンチャーデットは、まだ発展途上の領域だ。しかし、その可能性は計り知れない。今回紹介した事例は、ほんの一部に過ぎない。日本のスタートアップエコシステムが、ベンチャーデットを追い風に、さらなる進化を遂げていくことを期待したい。

こちらの記事は2024年04月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

いちのせ れい

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