“流行”という概念はもう古い?アルゴリズムが加速させる、これからのファッションカルチャーとは──FABRIC TOKYOとニューロープに聞く

インタビュイー
森 雄一郎
  • 株式会社FABRIC TOKYO 代表取締役CEO 

大学卒業後、ファッションイベントプロデュースを手がける企画会社にてファッションショー、イベント企画・プロデュースに従事。その後、創業期の不動産ベンチャーに参画した他、メルカリの立ち上げ参画を経て、2014年2月、カスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO(旧・LaFabric)」をリリース。

酒井 聡

九州大学卒業後、マイナビにてプロモーション、情報誌の編集、市場調査等を担当。その後中小企業診断士取得し、ランチェスター(現: メグリ)にてウェブアプリ、スマホアプリ開発のプランニング、デザイン、プロジェクト管理等の業務に従事。2014年にニューロープを設立し、代表取締役就任。大阪文化服装学院の講師なども務める。

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少子高齢化、ファストファッションの台頭、二次流通サービスの普及などを背景に、日本アパレル市場は長期的に見て縮小傾向に。90年代には約15兆円あった市場規模も、近年は9兆円前後を推移している。さらに、ここ数年はコロナや円安の影響を受け、各プレイヤーは変革を求められている。

そうしたなか、業界に新しい風を吹き込む“ファッションテック”に注目が集まっている。今回は、オーダーメイドスーツのD2Cブランドを運営している株式会社FABRIC TOKYOの森雄一郎氏と、AIを用いたEC接客ツールやトレンド分析サービスを提供する株式会社ニューロープの酒井聡氏をゲストに招き、ファッションに関する様々なテーマについて話を聞いてきた。彼らのインタビューから浮かび上がってきたのは、マーケティングの変遷が、流行を意識した大量生産・大量消費の一人勝ちから、個性を重視したファッションカルチャーへの大きなパラダイムシフトを相対的に生んでいるという現状だ。

  • TEXT BY TEPPEI EITO
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流行商品の大量生産・大量消費から、個性を重視した
スモールブランドが存在感を拡大

新型コロナウイルス感染拡大防止を目的とした実店舗の休業要請や円安による原料高など、アパレル業界がここ数年に受けた打撃が大きいのは事実だが、先に述べたとおりその前から業界としては市場の縮小が進んでいた。

その原因は、消費者のマインドの変化に一因がありそうだ。

“流行”というものが画一的だったものから多様化してきていると思います。「まだその服着てるの?ださ!」という会話って最近もう聞かないですよね。それぞれが好きなものを着て当たり前なので。

最初に切り出したのは森氏だ。かつてトレンドを生み出していた仕組みが崩壊しつつあるという指摘に、酒井氏はこう続ける。

酒井確かに一昔前までは、コレクションがあって、展示会があって、雑誌に載って、トレンドが形成される仕組みの中で「昨シーズンのアイテムはださいよね」という計画的な陳腐化がマーケティング手法として一般的でした。

しかし、今やファッション雑誌のパワーが失われて、トレンドのメリハリが薄れています。ギャルも、森ガールも、夢かわいいも、一度一世を風靡したカテゴリーは淘汰されることなくどれも今に息づいています。

流行の商品を大量生産・大量消費するだけのビジネスモデルではうまくいかなくなってきているというのだ。さまざまな変数に影響を受けるトレンドを読むのが年々難しくなり、消費されるアイテムも分散する。

この“流行“という概念が衰退しつつあることで、逆説的に「価値観の多様化」という新しいトレンドが生まれている。

酒井パーソナルカラー診断や骨格診断がここ数年で流行っているのも1つのわかりやすい例だと思います。「モデルやアイテムに対する憧れ」よりも「正解や最適化」を重視する価値観です。スタイリングがInstagramなどのSNSに残り続けることから自分を客観視しやすく、また「失敗」が嫌われているために生まれた潮流なのではないかと個人的には考えています。

他にも「推し活」や「ミニマル」、「エシカル」、「ジェンダーレス」など、思想に根付く、一時的なトレンドとは明らかに一線を画すムーブメントが波紋を生んでいます。

需要が潰えたわけではもちろんないものの、相対的に安い値段でトレンドアイテムを手に入れる意味が薄れてきているんです。

多様性や個性が重視される時代になったというのもあるかもしれないですね。

コロナ前から徐々に変わってきたファッションにおけるプライオリティ。そうした消費者の変化に従来のビジネスモデルが変化を強いられているというわけである。

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ストーリーに価値がある。
スモールブランドの台頭は
マーケティングの変容にあり

ファッション市場の現状は「ユニクロだけでも市場の1割から2割を占めている」。

片や勢力を拡大し始めたのが、スモールブランドの数々だ。その背景には、マーケティングの在り方のパラダイムシフトが大きく関係している。

SNSのアルゴリズムによって、ターゲットユーザーに情報が届きやすくなったのは大きな変化です。ブランドが持つ固有のストーリーを発信することで、共感してくれるユーザーを呼び込むことができるようになってきました。価格やデザインに加えてストーリーの価値も重視されるようになってきたと言えます。

現にFABRIC TOKYOでは、「STORY」ページにて、ターゲットユーザー向けに素材や製法の逸話『OUR Craftman ship』、スーツを軸にした働き方や生き方のインタビュー『はたら区』という独自のコンテンツを発信している。これが、集客に効果を発揮しているのだという。

酒井もともとブランドを始めるにはリアル出店に伴うリスクを取る必要がありましたが、SNSなど新しいチャネルを利用したマーケティングによって、小規模なブランドが存続しやすい状況になってきましたね。

SNSをファッショントレンドの分析に活用した代表例が、ニューロープが提供する『#CBK forecast』だ。最上流であるビッグメゾンのコレクションはもちろん、SNSや実店舗など多様なソースからデータを収集し画像分析にかけたトレンドを数値化することで、どんなアイテムが伸びていてどんなアイテムがダウントレンドなのかをまとめ、企業に提供している。

縮小するマーケット状況において、売上高そのものを大きくし続けることは難しい。しかし、データを活用することによって、MDや販促を最適化し、利益率を高めていくというアプローチが可能になったのだ。これはサステナビリティという観点でも、持続性の高いビジネスモデルに貢献しつつある。

昔からアパレルは利益率を上げるのが難しい業態でしたからね。何かちょっとでも問題が生じるとすぐに赤字になるというギリギリの状態だったんです。だからこそ、コロナや円安の影響で次々と倒産に追い込まれている。

酒井そうした裏には在庫問題もあるんです。作ったけど売れないとなると、その分処分せざるを得ず、顧客から支持されているブランドでさえもキャッシュフローを一気に悪化させます。環境的な社会問題を解決することが、アパレル業界の収益性の改善にも直結するものと私たちは考えています。

サステナビリティの観点は消費者目線でも意識されるようになってきていますよね。FABRIC TOKYOもそうですが、古着市場などの二次流通もサステナブルファッションですもんね。

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服を軽んじていないか?
個性に根ざしたファッションをまとうことが、
より豊かなカルチャーを創る

ここまでの話の流れだと、両氏は大量生産やファストファッションを否定する考えを持っていると思うかもしれないが、そういうわけではない。

酒井アパレル業界の人たちと話をしても、ユニクロをディスる人はほとんどいなくて、むしろ「勘弁してくれ」という笑話になります。あの価格であの品質を実現しているというのは素晴らしいことだと思います。「ユニクロやジーユーのアイテムと類似した商品は売れ行きが悪くなる」という話をうかがったこともあります。

そうですね、私もユニクロで服を購入することはありますし。いろいろな人に選択肢を与えているという点でも素晴らしいと思っています。

低価格と高品質のバランスを高い水準で実現し続けているのは、他社には真似できない圧倒的な強みといえよう。しかし、ただファッションに関心を払わないことには両氏とも警鐘を鳴らす。「ただ、もう全部これでいいや、という考えで自分の視野を狭めてしまうのは、勿体ないなと思います」。森氏はファッションはアイデンティティの1つであると説明する。

服って布で出来ていますよね。ですが、ファッションというのは単なる布を纏うこと以上に、自分の立ち位置やパーソナリティを表す“情報”を纏っているともいえるんです。探求するのも服の魅力。様々な服を見た上で、ファストファッションを選択するのも良いかと思います。知らないのにこれでいいや、という考えは自分で選択肢を狭めてしまい感性を磨く機会を失っていくかもしれません。知った上で、自分はこれを選ぶ、という考えを持つ。それが成熟した社会における豊かな暮らしを生むことなのかなと感じます。

森氏の話に「わかります」と相槌を打つ酒井氏。ファッションの魅力が軽んじられてしまう例を挙げた。

酒井ファッションに気を遣わないまま大人になる人がたくさんいます。「トレンドに踊らされることは愚かしい」というような意見もたくさん耳にしました。その結果、例えばお金を持って消費を謳歌できるというときに、「好き嫌い」ではなく「お金持ちが身につけるブランドかどうか」でしか買うべきアイテムを判断できない人たちが生み出されています。

その上で、ファッションへの無関心がカルチャーの崩壊につながると指摘する。

酒井ファッションへの無関心はカルチャーの崩壊も招きかねません。

このブランドいいな、このデザインかっこいいなというような評価は、集団のコンセンサスの上に成り立っています。音楽でもアートでもそうですが、「何がかっこいいか」というコンセンサスが薄れてくると、途端にクリエイションが発展する拠り所を失います。トム・ヨークの格好良さを誰も理解できなくなったときに、どこまでロック音楽が後退するものか、想像もしたくありません。

トレンド自体は悪いものではないと僕は思っています。打ち出されたトレンドに基づいて生地屋さんたちが研究開発に心血を注ぎ、デザイナーさんたちが頭をひねる。コストをかける一方で量産することで手に取りやすい価格を実現する。それを享受するのもとても素敵な選択です。

テクノロジーは日々効率化を推進します。FastGrowのようなメディアもインプットにかかる時間を削減してくれる。そうやって空いた時間や浮いたお金を何に使うのか。服であるべきとは言わないですが、文化的な、一見効率とは縁遠いように思える、でも価値のあるものに目を向けても良いのではないでしょうか。

カルチャーが淘汰された世界を望む人は稀ではないだろうか。意図せずそれに加担してしまっている人が増えていくことを二人は危惧しているのだ。

好きなブランドを持ち、好きな服を買う。それは見方を変えればクリエイションを支援するということでもある。その資金をもとに、また面白いクリエイションが生まれてくるのだ。

日本のファッションカルチャーを守り、盛り上げていくためには、業界としての変革と、消費者側の意識変化の両方が必要ということかもなのかもしれない。

こちらの記事は2022年11月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

栄藤 徹平

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