INTERVIEW

「就活生諸君、おもちゃ舐めたらいかんぜよ!」
マーケ志望者必見。“たまごっち”仕掛け人が語る、玩具ビジネス進化論

少年少女の夢を育む業界として、採用市場でも長年人気を集めてきたおもちゃ業界。
だが、今や大人たちばかりでなく、子どもたちの娯楽もデジタルワールドが引き受けようとしている印象は強い。
老舗としてブランドを築き上げたおもちゃメーカーの名は、
むしろ「過去のもの」として捉えられかねない。
少子化による国内市場のシュリンクも避けては通れない。

そんな中、2020年に創立70周年を迎えるおもちゃメーカーの代名詞・バンダイは、
数々のネガティブファクターに「NO」を突きつけ、変革を志す人材の採用に積極姿勢を示している。
そこで、同社の看板商品の1つである「たまごっち」を入社4年目で担当した木次佳織氏に話を聞いた。
世の中のイメージと、バンダイの実態の何が違うのか。
おもちゃメーカーで働くことに、どのようなポジティブファクターがあるのか。本音を聞かせてもらった。

  • TEXT BY NAOKI MORIKAWA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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インタビュイー

木次 佳織 (きつぎ・かおり)

株式会社バンダイ ガールズ事業部 キャラクター2チーム アシスタントマネージャー

木次 佳織

きつぎ・かおり

株式会社バンダイ ガールズ事業部 キャラクター2チーム アシスタントマネージャー

慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2006年に新卒でバンダイ入社。ガールズトイ部門で企画職に就くと、入社4年目で同社を支える看板製品の1つ「たまごっち」の担当者に抜擢され「第3次ブーム」と言われる大ヒット期の基礎を作り上げた。その後、ボーイズトイ部門を経て2013年に渡米。約1年半の米国法人赴任を経験して帰国をすると、リニューアル直後であった「たまごっち」を再び担当し、同製品シリーズのヒットを牽引。現在に至っている。

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企画者としてのはじまりは、辞退したくてたまらなかった「たまごっち」の企画職

「オマエが何をしたいのか、ではなく、俺たちがオマエに何をやらせたいか、なんだ」

木次が入社3年目に「たまごっち」の企画担当を任された時、GM(ゼネラルマネージャー)に言われたセリフだ。受け止め方は人それぞれだろう。「若手に大仕事を任せる社風なんだな」と思う者もいるだろうし、「なんて前時代的な押しつけがましい社風だろう」と受け止める者もいるはずだ。だが、10年前を振り返って、木次は言う。「あのセリフのおかげで成長できた」と。

木次バンダイにはいくつもの大ヒット商品があります。その1つが「たまごっち」です。しかも、1990年代に社会現象まで起こした商品であり、2004年に復活後、また小学生を中心に大ヒットしています。テレビアニメ(『たまごっち!』。テレビ東京で2009〜2015年放映)の展開も控えていました。

また、私の前任者は10年以上のキャリアを持つ大先輩でもありましたから、もう私としては「無理です。カンベンしてください」というのが、偽らざる本音でした。

SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で学び、「クリエイティブな仕事を通じて、自分のしたことが形(モノ)として残る仕事をしたい」という理想を抱えてメディア産業やモノ作り産業を対象に就活をしていく中、バンダイに特別な何かを感じて入社した木次。

特におもちゃというモノへ強い思い入れがあったわけではなく、「出会う人が皆、他のメーカーとは違う雰囲気を持っていた。この人たちと仕事がしてみたい」と感じたのが入社理由だという。

いわゆる大手メーカーとは異なり、企画担当者がR&D分野にも、マーケティング分野にも目を向けながら、製品開発の責任を背負っていくという「仕事の幅の広さ」にも魅力を感じ、希望通りその職務に就き、順風満帆な日々を過ごしていた。

だが、本人としてみれば「3年目の私には荷が重すぎる」というわけだ。肩書きに関わりなく、言いたいことが言える社風なのはすでに理解していたため、「無理です」と正直に応えた木次だったが、GMは冒頭のセリフを口にしたのだ。

木次GMにこんなことを言われたら、やるしかないですよね。完全にビビりながらですけど(笑)、引き受けたんです。

それまでに担当していた商品とは予算規模が何桁も違いましたし、過去にブームを築いた商品でありながらも、いくつも新しい試みをしようとしていたので、すべてが、毎日が試行錯誤の連続。プレッシャーは大きかったのですが、とても良い経験ができました。

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「売って終わり」など昔の話。現代のおもちゃは「PDCAサイクルが必要なネットサービス」

今、バンダイでは「たまごっち」の系譜を3つに分けて捉えている。1996年に発売された初代商品群が築いたのが第1次ブーム。2004年に復活し、通信機能を備えた商品群で築いたのが第2次ブーム。そして、木次が担当した2009年から今に至るシリーズのヒットが第3次ブームと言われている。

大規模な商品リリースのタイミングに合わせた分類とも言えるが、第3次ブームの始まった2009年前後は、「おもちゃ」そのものの役割や機能が大きく変わり、ビジネスのあり方までが大きく転換した時期でもあった。つまり、インターネットを通じたサービス提供によって、「おもちゃ」の商品価値を発売後に変化させられる時代が到来したのだ。

木次によれば、「第2次ブームの商品群にも通信機能は付与されていたが、あくまでも発売時の商品内に事前に組み込まれた機能だけで完結するものだった」という。

木次要するに、発売段階で決まっていた遊び方しか提供できないでいたのが、第2次の商品群でした。

ところが2009年に発売する「たまごっち」からは、発売後にPDCAが回せるように変化しました。言ってしまえば、「おもちゃという専用端末が必要なオンラインゲーム」と同じです。例えば「今週のアニメに登場したあのアイテムが、携帯電話でダウンロードできますよ」というアナウンスをして、発売時には想定していなかった付加価値を、どんどん提供できるスタイルに変わったんです。

2009年に発売されたTamagotchi iD(たまごっちアイディー)、携帯電話などを使って、アイテムやミニゲームなどをダウンロードできるようになった。
提供:株式会社バンダイ

このビジネスモデルの変化の大きさにお気づきだろうか?おもちゃ業界は昭和の時代からマスメディア連動が盛んな業界だった。「バンダイはTV CM本数が日本一多い企業だ」という通り、業界自体のCMの多さも他業界を圧倒していたし、アニメ番組等との連動も珍しくなかったが、あくまでも完結した商品をシンプルに告知し、「買ってもらったら終わり」というビジネスモデルに終始していた。

ところが、インターネット通信による商品価値の追加、すなわちスマホゲームやソーシャルゲームにも通ずる機能が加わったことにより、マスメディアやネットメディアとの連携と、商品発売後の運用施策が、ダイレクトに商品の売上を左右する時代になったのである。

Web2.0がもたらした、顧客データを元に商品やサービスをチューニングし続ける販売手法への移行。おもちゃ業界においてその先駆者となったのが、まぎれもない、木次がビビりながら手がけた「たまごっち」だったのだ。

木次当時は、もう本当に冷や汗をかきながら、試行錯誤を繰り返していました。例えば「今週のアニメの視聴率はXX%だったけど、番組内で告知したアイテムのダウンロード数はこうだった。その関連性はどうなんだ?」みたいな分析も、今のようにノウハウはありませんから、毎週がトライ&エラーです。

今までならば、宣伝をして発売をした商品が、一定の時期までに目標販売数に到達することが目標となっていて、そこで振り返りをして次へ、というサイクルだったんです。それが一転、データを元にしたPDCAが可能になったおかげで、1つの商品を担当した時に背負う責任もまた長期化するようになりました。

おもちゃ業界はそれまでにも、子どもたちの足を「おもちゃ屋さん」に向けるため、今では「O2O」(Online to Offlineの略)と呼ばれるような、流通との連動を盛んに行ってもきた。それに加え、この時期より企画担当は、商品と店舗の関係性に「リアル店舗でだけダウンロードできる特典や情報を用意する」というバリューを加える選択肢も活用できるようになったのだ。

言ってみれば、リアルとネットを融合した、オムニチャンネルへのトライとも言えるようなアプローチも加わっていったという。

木次店舗に巨大な「たまごっち」を設置して、それとの通信でしか手に入らないアイテム、みたいな仕掛けも積極的に採り入れていきました。

子どもたちは、1個の「たまごっち」を購入するだけで、アニメを見ながらお母さんに頼んで携帯電話でアイテムをダウンロードしてもらうこともできるし、また他のアイテムが欲しい子は、おもちゃ屋さんまで直接足を運んで、店舗限定アイテムもゲットできるようになりました。

販売・運営を担当する私たちも担う作業が増えて、複雑になって、正直当時は大変でしたけれども、その後の私にとっては1つひとつがとても価値ある体験になっていったんです。

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日本だけでなく、世界へ。子どもだけでなく、大人へ。

木次が担った「たまごっち」は売れた。2011年発売の次世代商品も売れた。そうして、新たなチャレンジを志し、ハイパーヨーヨーや戦隊モノ商品に代表される、男の子向け商品の企画職に挑んでいた矢先、またしても驚くような内示が届く。スタートしたばかりの海外トレーニー制度の一環で「1年半、アメリカへ行け」という通達だった。

そもそも、同業他社にはない「積極的に変化していこうとする社風」に魅力を感じて入社した木次だったが、その会社が何か大きな変化をしようとするタイミングで、また声がかかった。

木次新しいことができるのは嬉しいんです。でも、この時もやっぱり「えー、無理ですよー」が本音(笑)。英語も話せないし、クルマの運転もペーパードライバーだし、絶対アメリカでは生きていけない。そう思いました。

提供:株式会社バンダイ

若くして「たまごっち」の第3次ブームを仕掛けたヤリ手プロデューサー、となれば自信満々のキャラクターをイメージするだろうが、インタビューに応える木次からは謙虚で温和な印象しか感じない。それを伝えると本人も「そうなんですよ。ウチは意外に、ピュアで、真面目で、こつこつタイプの人間が多いんです」と返答。ところが、こうも言う。

木次ただ、大なり小なり、何かしら尖っている人も多い(笑)。もうおわかりかと思いますが、無茶ぶりも珍しくありません。でもだからこそ、「若いくせに生意気言うな」といったようなことを言われたことは一度もありません。それに、現場の人間も確かに見た目は「真面目にこつこつ」風なんですが、野球で言うとバントが上手い人よりも、圧倒的にホームラン狙いの選手が多いんです(笑)。

「木次さんもそうなんですね?」と尋ねた時には返答を濁していたが、結局、米国法人のR&D部門へ異動することを決めた木次。そこで得たモノは、グローバルなプロデューサー、マーケター人材として活躍するために役立つ、グローバル市場における多様性への認識だったという。

木次私たちって、「欧米」とひとまとめに語ったりしますよね。でも、「欧」と「米」では子どもたちのニーズも、そもそものカルチャーや価値観も全く違うんです。日本にいたころは国内市場がすごく多様だから難しいと感じていたんですが、それとは次元の違う多様性が待っていました。

それと、仲間の働き方も全然違いましたね。日本のバンダイは、「やりたいことを言った者勝ち」みたいなカルチャーがあって、「自分で手を挙げたんだから何でもやるぞ」というのが当たり前だったのに対して、米国で出会った人たちの多くは「私の責任はここからここまで」という、分業を前提とした発想。

どちらが良いか悪いか、という話ではなくて、そういう価値観の人とどううまく連携していけばいいのか、という挑戦をしたことが、私自身の成長にもつながったんです。

もともと語学力に自信がなかった木次は、コミュニケーションで苦労をしたという。加えて、こうした多様な価値観の中で働くことにも悩みを抱えていたというが、1人の新しい仲間がチームを変え、木次の考え方も変えていく。

木次それまで、英語のコミュニケーションのスピードについていけなくて、言いたいことも言えないうちに物事が進む状況に悩んでいたんですが、1人の外国人女性がマーケティング部門に加わって、聞き役をしてくれるようになったんです。おかげで、私なりの意見をチームの皆に知ってもらえることで、ようやく米国での仕事にやりがいを感じられるようになりました。

グローバルやダイバーシティという単語を口にするのは簡単だが、文化の違う市場で、多様な仲間と尊重し合いながら働いていく、ということがいかに難しいのかを知り、そこでどう立ち振る舞えば自己の価値を出していけるのかを実体験で知ったこと。それは木次にとって大きかった。帰国後、再び任された「たまごっち」は、すでにグローバルな人気商品になっていたという。

そして、前回担当した時とはまた違う、時代の新しい波を踏まえ、年代を超えた支持基盤の確立という多様性のあるテーマも背負うことになったのだ。

木次初代の「たまごっち」発売からは、もう20年以上が経過しています。ですから、当時遊んでいた子どもは大人になっているわけですが、この人たちの中にも「また遊びたい」と感じてくれる人がいるはず。じゃあ、そういう大人がハードウエアとしての「たまごっち」をまた購入するかというと、皆が皆、そうではないだろうと考えました。昔遊んだ「たまごっち」とは異なる新規性もまた、重要になるはずです。

一方で、今の子どもたちは2009年当時の子どもとは確実に違う価値観を持っています。一度入手したおもちゃが、その後の追加サービス、運用で変化していくことは、今の子どもにとっては当たり前。ですから、ハードウエア版の「たまごっち」も、0ベースで検討していきました。

ネット上で完結するエンターテイメントに慣れている世代をターゲットにするからこそ、「モノである意味」を持たせなければなりません。

コンテンツとしての「たまごっち」の魅力、モノとしての「たまごっち」の魅力。はたまた、大人が楽しむ「たまごっち」のあり方、今の子どもたちを虜にするための「たまごっち」のあり方。それらを追求する中で、デバイスの違いによるUI/UX(顧客への伝え方、顧客体験)の設計や、リアル店舗との連動、SNSの活用など、商品やそのビジネスに関わるあらゆる事象に、企画担当者は関わっていく。

やるべきことはこれまでよりも格段に増え、多様になり、多層化した。しかし、木次は言う。「この進化の早さが面白いんじゃないですか」と。

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「少子化だから、おもちゃ業界はオワコン?もうちょっと、頭使って考えよう!」

木次3年目に「無理です」と言いましたし、8年目の米国行きの時も「無理です」と言いましたけど、私のキャリアにとっては、2回とも(私の)「NO」を聞いてもらえなくて良かったと思っています(笑)。

バンダイは、やりたいことをはっきり口にする社風ですし、前向きな人間が多いとは思うんですが、「あの若手をどう育てれば最適か?」をきちんと考え、その子たちの背中を強く押してくれる人たちがいます。

少なくとも、それがなければ今の私はこんなに仕事を面白がっていないと思うんですよ。それに、おもちゃに関わるマーケティングは、ものすごく奥が深く、幅も広く進化していることは、1人でも多くの皆さんに知って欲しいですね。

たとえば最新の「たまごっち」のように、「子供が減っているなら、大人も巻き込んでターゲットを広げよう」と考えて、これまで活用できていなかったスマホという新しいプラットフォームでトライしてみたり、「無料アプリで目の肥えた子どもたちに舐められない商品にしようね」と、みんなで徹底的に子どもたちの実情をリサーチして開発をしていったり。

1つの商品を作る上で、「親世代」と「子世代」という、2つの異なるターゲットへのマーケティングが必要なんです。マーケティングというと、やっぱり消費財やネット系サービスに若いときは目が行きがちですが、「世代を超えたニーズを満たすために、1つの商品を色んな側面でマーケティングできる夢のような業界、他にある?」ということです。

しかし、「マーケティングを工夫しているとは言っても少子化だから、おもちゃ業界はオワコンなんじゃないか?」という、読者の仮説について木次に尋ねてみると、「それは違いますよ」と笑い、「例えば、『大人が遊んでみた』系の、おもちゃを実況するYouTuberも大勢いて支持されています」。

「遊ぶ」という世界共通の不変の娯楽への欲求は、世代・年代を問わずまったく衰えていないわけであり、「社会変化とともに変わりゆくその欲求に適応するおもちゃを、どう創造できるか?」がバンダイ社の企画職として解くべき課題だ。

マーケット、チャネル、デバイス、UI/UX、O2Oといった、ビジネス手法およびテクノロジーの多様化と進化に、いかに対応していくかが問われているのだという。

木次童心を持った素朴な人間も、もちろんバンダイにはたくさんいますが、マーケティングの最前線に通じた人間から、尖ったビジネス戦略を踏まえた「どんな企画でも通してしまう」プレゼン名人まで、多様性ある方々がたくさん在籍しています。

この(おもちゃ)業界はなんといっても、取り扱うアイテムの数が違いますから、商品ごとの少数精鋭のチームを組成し、若手でもマーケター・企画者として、次々にチャレンジをしていくことが出来ます。私自身が面白いと感じるのは、こんな風に違った価値観や目線の持ち主が、「おもちゃ」を媒介にして一緒に働ける環境です。

アメリカで覚えた「聞く耳を持った人間の重要性」を意識して、社内にいる色々な人たちの意見を吸い上げていくだけでも学びが多いですし、この多様性こそが、何十年にも渡ってヒット企画を生み出し続けられているバンダイの強さだと思っています。ですからこれからも、色々な考えをもった若い方たちに興味をもってほしいんです。

やっぱり、マーケター・企画者としてヒットを生み出すためには、ひらめきも必要だし、ロジックもまた必要。みなさんの得意領域は活かしていただきつつ、苦手な難題を課されたとき、「それは無理です」と言って躊躇してしまう若者の背中を、今度は私が押して、未来のおもちゃを一緒に創っていきたいと思っています。

インタビュイー

木次 佳織 (きつぎ・かおり)

株式会社バンダイ ガールズ事業部 キャラクター2チーム アシスタントマネージャー

木次 佳織

きつぎ・かおり

株式会社バンダイ ガールズ事業部 キャラクター2チーム アシスタントマネージャー

慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2006年に新卒でバンダイ入社。ガールズトイ部門で企画職に就くと、入社4年目で同社を支える看板製品の1つ「たまごっち」の担当者に抜擢され「第3次ブーム」と言われる大ヒット期の基礎を作り上げた。その後、ボーイズトイ部門を経て2013年に渡米。約1年半の米国法人赴任を経験して帰国をすると、リニューアル直後であった「たまごっち」を再び担当し、同製品シリーズのヒットを牽引。現在に至っている。

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執筆

森川 直樹

写真

藤田 慎一郎

こちらの記事は2019年01月31日に公開しており、記載されている情報が異なる場合がございます。