「若さゆえの無謀さ」が、急成長SaaSを生んだ?ラクス中村・Chatwork山本の両CEOが語る裏物語

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登壇者
山本 正喜

電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現Chatwork株式会社)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供開始。2018年6月、代表取締役CEOに就任。

中村 崇則

神戸大学経営学部を卒業後、1996年4月に日本電信電話株式会社(NTT)入社。同社退職後にメーリングリストサービスを提供する株式会社インフォキャストを設立し、取締役に就任。株式会社インフォキャストを楽天株式会社に売却。2000年11月に株式会社アイティーブースト(現株式会社ラクス)を設立し、代表取締役社長に就任。2010年1月に株式会社ラクスに社名を変更。

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CEO──それは経営方針の決定や事業戦略の策定に関して責任を持つ最高経営責任者。組織へ大きな影響を与えるCEOは、どのように思考し、どのように事業を成長させるのだろうか。今回は、CEOの知られざる脳内を紐解き、思考の裏側を通じて彼らが見ている世界を伝えるイベントを開催。

登壇するのは、SaaS黎明期から数多の修羅場を潜り抜けてきたChatwork代表取締役CEO山本正喜氏と、ラクス代表取締役社長の中村崇則氏だ。両名とも、まだ起業やスタートアップで働くという選択肢が非常に珍しく、かつインターネットの黎明期と言える時代に創業した共通点を持つ。

Chatworkはこれまでに数々の事業立ち上げと社名変更を経験。現在の主力事業である『Chatwork』は、他のビジネスチャットツールを凌ぎ、国内利用者数No.1*を誇っている。

ラクスは、『楽楽精算』など業界トップクラスのシェアを誇る複数のクラウドサービスを展開しつつ1,000人を超える規模へと拡大し、新たな“大企業”の一つとなるべく採用をさらに加速させている。

彼らは、当時まだ珍しかった“起業”という選択肢を選んだが、それが「なりゆき」だった山本氏と、「もともと興味を持っていた」という中村氏には、実は共通している思想がいくつもあった。上場を経て華々しい業績を上げる両社が事業の限界を感じたタイミングなど、数々の壁にぶつかったリアルな経験談も交えながら、その思考と実践の軌跡を紐解いていく。

*……Nielsen NetView 及びNielsen Mobile NetView 2021年4月度調べ月次利用者(MAU:Monthly Active User)調査。調査対象47サービスはChatwork株式会社にて選定。

  • EDIT BY YUI MURAO
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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それぞれの「得意」を役割分担できる共同創業のメリットを活かして起業

対談は、それぞれが起業に至った経緯と当時の心境を語り合うところから始まった。

山本氏は、学生時代の2000年に兄と共同創業。当初の肩書はCTOだった。起業のきっかけは、ロサンゼルスに留学していた兄がインターネットに出会ったことからだ。

見よう見まねでHTMLを覚えながらホームページを作成し、Googleの検索サービスも存在しない時代に試行錯誤して集客をしていった。そうするうちに、ホームページ作成代行や集客支援などの依頼が舞い込むようになった。

山本氏は当時、情報系の大学に通っていたため「プログラムを書けるなら事業を手伝ってくれないか」と兄から誘われたそうだ。かくして山本氏は、起業家人生の道を歩み始めることとなる。しかしそれは、彼にとって想定外の出来事だった。

山本実は当時、起業するつもりはなかったんですよ。親世代はみな「とにかく大企業に行っておけ」と言うような時代でしたし、会社の作り方も全くわかりませんでしたから。ですがそれなりにうまくいき、ビジネスが成り立っていくにつれ、上場企業から業務提携の話を持ちかけられることも増えてきていました。

創業に至った決定的な理由は、当時一緒に仕事をしていたフリーランスのデザイナーから「社員として雇ってくれ」と言われたことです。「もう自分のビジネスを畳んできた、パートナーも地元の九州から連れてきた」と(笑)。

それまでは正直、学業の傍らアルバイト感覚でやっていたようなものだったんですが、こちらも腹をくくって法人化するかということで。兄が社長として、「有限会社EC studio」という社名で会社を設立しました。フルコミットで事業を始めたのはそのときからですね。

Chatwork代表取締役CEO 山本正喜氏(提供:Chatwork株式会社)

半ば「なりゆき」でスタートアップ経営に飛び込んだ山本氏。一方で、経営学部出身のラクス中村氏は、“起業”という選択肢にもともと興味を持っていた。

新卒でNTTという大企業に就職。社会人になってインターネットを初めて知り、その可能性にたちまち魅了されていった。そして数年後に同期5名と共同創業を果たすこととなる。当時の心情についても、軽やかにこう語った。

中村今ほど起業という選択肢がメジャーではなかったですし、サポート体制もそんなに整っていませんでしたが、「ダメだったらアルバイトでもするか」くらいのカジュアルな気持ちでこの世界に飛び込みましたね。

おそらく、当時に戻ったとしても起業はすると思いますが、今の自分が声をかけるなら「そんなに何も考えてなくて大丈夫?」とたしなめるとは思います(笑)。

山本起業って、若さゆえの無謀さでできちゃうところもありますよね(笑)。

両者に共通するエピソードは「共同創業」であるという点だ。「志を共にする仲間と事業を立ち上げたい」と考える未来の起業家は少なくないだろう。実際のところ、2人はそのメリットやデメリットについてどのように感じたのだろうか。当時を振り返ってもらった。

山本1人では決して実現できないような相乗効果を得られるのが、共同創業の良いところですね。

というのも、私と兄はタイプが真逆で。アイデアマンで前に出るのが好きな兄に対して、私は家でずっとパソコンをいじっていたいという、もの作りが大好きな人間なんです。そのため、兄がビジネスの実務や営業を、私がデジタルをといった形でお互いの得意な領域を任せ合えました。

デメリットとしてよく聞くのが、創業者同士で最初はフラットだった関係が、事業フェーズやそれぞれの価値観の変遷とともに崩れてしまうということ。やっぱり、周りを見ても揉めてしまうケースは多いような気がします。

その点、私たちには最初から「兄弟」という、ある意味での序列があったので、兄の実現したいビジョンを私がサポートするという形でうまく走れたかなと思います。

中村やっぱり、一緒にやれる仲間がいるのは心強いですよね。また、役割分担を最初からできるのも共同創業のメリットだと思います。

私も5人で最初の会社を立ち上げた際は、社長ではなくCTO的な立ち位置でコーディングや今で言うカスタマーサクセスを担当していました。

先ほど山本さんもおっしゃっていましたが、やっぱり創業者同士のズレやすれ違いは生まれてしまうものではないでしょうか。その点はデメリットになり得ます。会社が前に進めば進むほど、それぞれの考えるゴールは異なってくる。そうすると、誰かが卒業で抜けてしまうといったことはどうしても起きてくると思います。

ラクス代表取締役社長 中村崇則氏(提供:株式会社ラクス)

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主力ドメインにたどり着くまでに経験した数々の失敗

今では国内のSaaS市場でトップを走る2社。Chatworkならビジネスチャットツールの『Chatwork』、ラクスなら企業の業務効率化サービス『楽楽精算』『楽楽明細』など、主力プロダクトへとたどり着くまでの話も伺った。

チャットツールではなく、もともと集客支援のWebマーケティングサービスを提供していたChatworkは、その創業事業で順調に売り上げを伸ばしていた。外部リンクの数を増やすなどの、“古典的”なSEO施策が十分に効果を発揮していた時期である。ところがGoogleのアルゴリズムの急激な進化により、従来のテクニックでは通用しない場面も増えてきた。

そろそろ、違う事業を私たちの強みにしたほうがいいかもしれない。そう考えたときに、目を付けたのが自社の「業務課題」だった。

山本私たちは学生起業から始まったので、お客様へのサポート体制が全くない状態。申し込みから解約まで全ての工程を自動化し、社内で使用するツールも自分たちが作りこむことで乗り切っていたんです。

そのうちいろいろな企業からコンサルティングの依頼やツール作成の依頼が来るようになりました。そこで、提供するプロダクトも、企業のIT化を支援する領域で勝負してみてはどうかと考え、ピボットすることにしました。

当時から自社内で常に自作のチャットツールを使ってコミュニケーションをしていました。もはや我々には手放せないものでしたが、一般的には全く普及していなくて。これをクラウド化してビジネス向けのチャットツールにしようと発想したのが『Chatwork』です。

まだ世には広まっていないものの、自分たちが必要としているものだから、似たフェーズの企業であれば売れるのではないかという考えでしたね。

そこから一気にグロース──とはいかない。社内で企画をプレゼンしたところ、見事に却下されてしまったという。最終的には、山本氏の熱意に社内が押される形でプロジェクト化した。

山本最初は、本当に1人でコードを書いて完成させました。当時社内で使っていた既存のチャットツールを、この新たなプロダクトに置き換えたところ、「これいいじゃないか」と納得してもらえて、やっと事業化のOKが出たんです。

ただ、フリーミアムのビジネスモデルをとっていたので、利用が広がり始めても、その後に収益化できるかという点では不安もしばらくありましたね。

有料プランは1ユーザーあたり月額200円という低めの単価設定だったので、実際に事業が単月黒字化するまでは結構時間がかかったと記憶しています。

イベント中の様子

ラクスは今でこそSaaSプロダクトの印象が強いが、もともとはITエンジニアの教育・人材事業からビジネスを始めている。創業当初はシステム開発の受託を行いつつ自社サービスを育てていく企業が多い中、特異な存在だと言えるだろう。こうした事業展開に、具体的にどのようなシナジーを思い描いていたのか聞いてみたところ、意外な苦労話を打ち明けた。

中村当初はエンジニア向けビジネススクールを運営していました。その傍ら、育てたエンジニアの派遣サービスを始めたら、そちらの事業がうまくいき始めたんです。

一方で、2001年にローンチして以来、現在も提供を続けているメール共有・管理システム『メールディーラー』などはなかなか軌道に乗らずで……。スクール運営と派遣事業で得た収益をSaaSビジネスに突っ込む、という形が何年か続きましたね。

数年後にようやくSaaSのほうも立ち上がってきて、SaaSと人材派遣事業に絞り込むことにしたんです。

『Chatwork』が自社の「業務課題」発、というプロダクトアウト的な思想で誕生したのに対し、ラクスが開発したプロダクトは市場を緻密に分析して生み出されていったマーケットイン的な成り立ちだったわけだ。

中村とにかくいろいろなツールを作っては世に出して反応を見てみる。その繰り返しでしたね。失敗を重ねながらも、成功したプロダクトは何が要因だったのかを分析して、再現性を持たせられるように突き詰めてきました。

2015年の上場に向けて準備を始めた頃からは、ターゲットや競合関係などかなり市場を分析し、ポジショニングを取ろうと意識するようになって。そこで生まれたのが『楽楽精算』です。

さまざまな事業を立ち上げる中で、そもそもドメインや撤退基準をどのように定めるか悩む起業家は多いだろう。スーパーアプリ構想の基となるチャットサービスのワンプロダクトに、ここまでは集中させているイメージの強いChatwork。だが、実はいくつもの事業を立ち上げ、手放していった経緯がある。

山本プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントはかなり意識していました。一つの事業で収益が出ているうちに、そのアセットを活かして次の事業を作るというふうに。その中で『Chatwork』が大当たりし、社運を賭けようと社名変更へと踏み切ったんです。

なので、最初にドメインを決めて集中的に事業開発したというより、ケイパビリティの延長線上で事業を作っていました。

一方で、中村氏はターゲットやドメインよりも、そもそものビジネスモデルに目を向けるべきだと述べる。

中村事業においては、LTV(Life Time Value)とCAC(Customer Acquisition Cost)の方程式を解き明かすことが大切だと思います。SaaSに限らず、あらゆるサービスはLTVが、CACを10円でも上回れば、極論ビジネスとして成り立つはずですから。

とりわけ国内の中小企業から熱狂的に支持されるプロダクトを手掛ける2人ならではだろうか。「顧客に対する解像度」というトピックにも自然と話題が広がる。

山本ターゲットに関しても最初から絞り込んでいたわけではありません。「自分たちが欲しいものを作る」というテーマで取り組んでいたら、自然と似たフェーズの企業から特に価値を感じてもらえるプロダクトになっていったんです。結果、中小企業をターゲットに定めることになりました。

自分自身がすごく課題感を持っていたり、強烈な原体験を持っていたりする領域であれば、少なくとも自分たちに近しい属性は外さないのかなと思います。

中村顧客理解の解像度は、自分たちの実体験から得られることも多いですよね。ラクスも当初のメインターゲットは中小企業でした。デジタル化の推進において、予算やITリテラシーの面で課題を抱えやすいだろうという悩みは、私たちにとっても非常にリアルに感じられる悩みなので。

ただ最近、組織が拡大する中で千人単位の企業がどんな課題に直面しているかという実態もわかってきました。それをプロダクトに反映できたら、ターゲットは広がっていくと思っています。

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企業フェーズの変化に伴うCEOの思考・役割の変化

続いて、話題は企業規模の拡大に伴う組織内の変化に移る。フェーズが変わるにつれて、自分自身がやるべきことや見える景色にどのような違いがあったのだろうか。

山本代表のポジションを兄から引き継いで、CTOからCEOになった私にとっては、そのタイミングでの役割変更が最も大きなものですね(笑)。もともと兄がビジネスの構想を考えて私が手を動かして実現していくという形から、プロダクト全体の責任者としての立場も私が務めるようになったんです。

それと、やっぱり、人数が増えるにつれて、組織のロジックや意思決定者が変わってくるというのは、実感するところですよね。

中村30人、100人、1000人、それぞれの規模で抱える組織のペインってやっぱり全く違いますもんね。私が最初に感じたのは、社員との距離感が変わったことです。

会社も自分の年齢も若い頃は、皆と同じノリで接していても問題ありませんでした。

それが会社が大きくなるにつれ、たとえば飲み会で「社長の隣は緊張してしまう」と言われることも増えてきてしまって……(笑)。“社長”としてのふるまいや、社員との接し方が変わっていったような気がします。

イベント中の様子

日常の中でそうした変化を感じつつも、CEOとしてブレない役割もあると言う。

山本CEOに求められる重要な業務は、ヒト・モノ・カネのリソース配分に関する意思決定でしょうか。経営資源をどこにどれだけ振り分けていくか。

中村私は、CEOは船長のようなポジションだと思っています。行き先を示して、船員であるメンバーの役割や船のコンディションを見ながら、目的地まで連れていくというのが経営者の仕事なのではないかと。

表現こそ少し異なるが、両者に共通するのは、経営資源の采配をCEOの重要な任務だと捉えている点だ。創業間もないスタートアップであれば、自らがトッププレーヤーとなってフロントに立つ場面も多いが、上場を経た今、明確な変化がみられるようにも思う。

中長期的な組織の拡大を見据えるのであれば、やはりそのような俯瞰的な視点は欠かせないのだろう。

山本もちろん、フェーズによるとは思います。0→1のフェーズでは、やはりCEO自身がトッププレーヤーであるべき。一方で、1→10以降、特に会社のメンバーが100人を超えてもCEOがプレーヤーを担っていると組織がスケールしなくなってきてしまいます。

そのために必要なのが、意思決定の分散。何もかも自分ひとりで決めるのではなく、それぞれのチームで決定する仕組みに変えていかなければなりません。自分の意思決定プロセスや判断軸を言語化して浸透させたり、ミッション・ビジョン・バリューの制定をしたり、会議体の再設計をしたりと、システマチックな采配も求められるようになります。

中村非常に共感します。組織をスケールさせようと思うと、CEOがプレーヤーを務めるのは限界がある。その分、どのように権限委譲していくか、どのように組織の仕組みを整えるかが重要です。取り組まないと、成長の限界点が訪れてしまいますよね。

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成長鈍感、組織崩壊……壁にぶつかったときの乗り越え方

組織拡大における意思決定の難しさが語られたところで、失敗談ももう少し具体的に聞いてみたい。2人のCEOが会社を経営する中で、壁にぶつかった場面として思い出されるのは、どのようなエピソードだろうか。

ここでも両者には共通点が見られるのが興味深い。それは、「外部の知見を借りる」ということだ。

中村組織が成長していく中で、常に「今の自分にはもうここまでが限界かもしれない」と思わされていますね。たとえば、創業して2~3年目の頃には、売り上げ20億円の組織を経営している自分が全くイメージできませんでした。その限界をいかにブレイクしていくか、今ももがいている最中です。

乗り越えるためにやっていることは、自分たちより大きな事業体の研究です。自分の才能を信じるよりも、明らかに私より優れている人のやり方をインプットして実践してみるほうが、能力の拡張につながると思うので。

優秀な経営者が何を考え、どのように行動したのか。その歴史を著書を読むなどしてたどることで、自分の中にインストールするようにしています。とにかく、先人たちの知恵を借りるのが大事ですね。

山本中村さんと同じく、外部の知見を得るのは重要だと感じています。私たちの組織では、リンクアンドモチベーションさんに入っていただいて組織改善のためのエンゲージメントサーベイを実施しました。

サーベイで指摘された点を素直に受け入れ改善を図ってみたら、次回以降のスコアが劇的に改善したんです。その後、2年連続でスコアが日本一になり、テレビでも取り上げられました。

今までマネジメントの型がまったくなかったのですが、第三者の力をお借りしたことで「こうすればいいのか」と発見がたくさんあって。以来、壁にぶつかったときには、うまくいっている他社さんによくお話を聞きに行くようにしています。

組織におけるエンゲージメント向上の重要性を知る山本氏。その背景には、事業の失敗による組織崩壊という苦い経験があった。

山本創業してしばらくは、インターネット黎明期の波に乗ってイケイケだったんですよ。出す事業が次々にヒットして、何もかもがうまくいっていました。

しかし、市場が成熟するにつれてビジネス環境もどんどん変わります。会社の勢いが鈍化してきた危機感から、社運を賭けた新サービスを始めたところ、これが大失敗してしまって。

初めて会社の成長が止まったときに、組織全体のコンディションや士気も停滞していくさまをリアルに経験しました。スタートアップ界隈では、「成長や売り上げが全てを癒す」とよく言われます。事業が伸びている間は、組織が活気づく魔法がかかっているようなもので、多少しんどいことがあっても頑張れるもの。

ところが、成長が止まるとその魔法も解けてしまいます。実際に、「会社のビジョンがわからない」「どうして給料が上がらないのか」と、組織に対する不安や不満が一気に噴出しました。要するに、今までは勢いだけで事業を推進してきて、組織のマネジメントが全くできていなかったんです。

この経験から学んだのは、事業が調子の悪いときにこそ、組織の力が試されるということ。カルチャーやブランディングなど、組織づくりをコツコツと行っていく重要性を痛感しました。

成長の鈍化をきっかけに起こったChatworkの組織崩壊。インターネット産業のように次から次へと新たなサービスが世の中に登場する競合の激しい市場において、会社がずっと成長し続けることは容易ではない。

特にSaaSプロダクトは、莫大な資本を持つ海外勢力の存在も脅威だ。海外プロダクトが国内に乗り込んでくる中で、2社はどのように戦ってきたのだろうか。

中村ラクスがサービスを提供する市場には、すでに経費管理の大手サービスがいました。そこで私たちは、明らかに「戦わない」というポジションを取りましたね。具体的に言うと、そのサービスが強みを発揮する領域とはズラして、私たちが勝てそうな独自の領域にリソースを集中させました。

グローバル規模のエンタープライズ企業がメインターゲットである彼らに対して、最初は国内の中小企業向けに絞ったのもそのためです。ターゲットやポジションを意識的に切るようにしていました。

市場で100回戦って100回勝つためには、自分たちより強い敵とまともに戦うべきではありません。現時点での自分たちの力量を冷静に分析して、競合他社との差を明らかにすることが重要だと考えています。

山本Chatworkの場合は、とにかく「先行者優位」の立場で走っていくやり方でした。ビジネスチャットのマーケットは、グローバル企業が次々に参入しやすい領域なんです。Chatworkをローンチしたのが2011年、他社サービスが日本国内に登場し始めたのが2014年。他社にパイを取られる前に、ユーザーを獲得していこうと、とにかく前を向いて走るしかない、という状況でした。

海外企業は、やはり資本力がものすごく大きい、はっきり言って天地ほどの差があります。社内で諦めムードが漂う時期もありましたが、走り続けた結果、中小企業の市場基盤がしっかりと構築され、ユーザーもほとんど離れなかった。ビジネスチャットは、スイッチコストが高くチャーンしにくいという面もありますからね。

ターゲットを絞ったことで「きちんと勝ち切ることはできる」と実感し、自信につながりました。

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常にミッションドリブンであれ。MVVに込めた想い

ターゲットを定めた結果、大きな成功を収め、さらに市場を拡大していく予定の両社。その過程で、企業のフェーズが変わるゆえの苦労やどのように乗り越えてきたかを聞いてきた。

変化の激しい環境において、個人としてどうあるべきか。組織としてどのような行動をすべきか、ビジネスの場は常に意思決定の連続である。そこで会社の「船長」であるCEOをはじめ、社内のあらゆるメンバーが原点に立ち返ったり、心のよりどころにしたりするのが企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)だ。対談の最後には、両氏にMVV策定の経緯とそこに込めた想いを聞いた。

Chatworkはミッション「働くをもっと楽しく、創造的に」、ビジョン「すべての人に一歩先の働き方を」を掲げている。この言葉には、一部の先進的な人だけではなく、あらゆる環境にいる人にとって新たな可能性を提供できるように、という同社の想いが込められているのだ。社会インフラとなるプロダクトの事業主らしい価値観が反映されていると言える。

イベント中の様子

山本なるつもりのなかったCEOに就任するとき、どんな会社だったら自分の人生を賭けられるかを考えて策定したのがこのミッションとビジョンです。最初に出てきた言葉が、当社のミッションである「働くをもっと楽しく、創造的に」でした。

私自身、仕事に人生を救ってもらったと感じています。学生時代は「何のために勉強しているんだろう」とずっとモヤモヤしていました。それが、インターネットとビジネスに出会い、周りの人に喜んでもらえて報酬をいただけるようになって「働くってこんなに面白いんだ」と思えた。それが原体験となっています。

世の中を見ると、必ずしも楽しく働いている人ばかりではありません。人生の大半を過ごす仕事の時間がつまらないのって、すごくもったいないと思うんです。今までよりも「働く」を創造的にできれば、楽しくなる人が増えるのではないでしょうか。ミッションドリブンで、その世界を実現していきたいといつも考えながら経営を行っています。

ビジネスチャットは、あくまでもミッションとビジョンを実現するための手段の一つ。そう断言する山本氏の想いは、「遊び心を忘れず、チャレンジを楽しもう」「速く学び、変わり続けよう」「チーム・顧客・社会に対して誠実に」という3つのバリューにも込められている。

ラクスのミッションは、「ITサービスで企業の成長を継続的に支援します」。日本においてDXを自分たちの力で成し遂げるという、壮大な使命である。

また、企業と個人の成長において何を守り続けていかなければならないかを経営陣と議論し、5つのバリューを制定した。それが、「応える、育成する、改善する、偽らない、進化する」だ。あえてシンプルな言葉を並べることで、愚直に成長を目指していく同社の姿勢がうかがえる。

ラクスでは2021年度だけでも300名ほどの社員が新たに組織に加わった。今期もそれ以上の増員を見込んでいる。そこで、マネジメントのあるべき姿も「リーダーシッププリンシプル」として示した。

中村社内の人数が増えたときに、2つの点が重要だと思っています。一つは、全員が見てわかるMVVを明示化すること。そしてもう一つが、CEOと経営陣がそれに従って率先して行動することです。

あらゆる変化の中にいてもそうやって組織のベクトルを揃えていけば、最終的に大きなインパクトを世の中にもたらすことができるのではないかと思っています。

せっかく優秀な人が会社に集まるなら、21世紀を代表するような企業になりたい。私たちのサービスで日本のDXを推進しながら、結果として会社の規模を拡大し、実現を目指していくつもりです。

成し遂げたい姿、進むべき方向性を言葉にする。そして社内に伝え続ける。多くの社員を率いるCEOとしての重要な任務であるのだろう。すでに大きな成功を収めたと周りから見られることも多いChatworkとラクスは、驚くべきことにまだ進化の通過点にいる。山本氏と中村氏が乗り越えてきた過去と見据えている未来を覗かせてもらう貴重な時間となった。

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現場のエース人材を、採用プロセスに巻き込むべし──視聴者とのQA

ここからは、視聴者から届いた質問で、イベント中に答え切れなかったものへの回答をいただけたので、記載したい。

──この人は仕事ができるなぁ、と感じる人はどのような人ですか?また、管理職に求めることや、物足りなさを感じることとして、どのようなことが多いですか?

山本合理的に追求したあるべき形をイメージしながらも、その形に至るまでの人の感情に配慮しながら段階的に調整し、状況を前に進めていける人。片方だけが得意な人は多いですが、両方ができる人は現実を動かす力があると思います。

管理職になると、全社の戦略や組織構造を理解した上で、管掌部門の持つべき役割や優先度を理解し、一つ上のレイヤーの目線で全体最適を見られるかどうかが大事になると思います。どうしても、評価や権限などを意識しすぎて自部署優先の個別最適になりがちな方が多いですね。

中村ラクスの管理職に求めることはリーダーシッププリンシプルの理解と実践ができているかどうか、ですね。また、管理職の職務をしっかりと担ってくれているので、物足りなさを感じることはありません。

仕事ができると思う人は、辿り着くのが難しいと思っていたことに対し、自ら考え、行動し、しっかりと実現できる人です。

──「PMFができたな」というのはどのようなタイミングでしょうか?今後ターゲットを広げていく中で、どんな軸でPMFを見ていくのでしょうか?

山本直接的な知り合いでない、熱狂的なファンのユーザーの方が複数いること。有料化率、解約率が安定してトレンドが読めるようになり、LTVを計算してCACを大きく上回ることが確信できること。このあたりが見えてきたときでしょうか。

中村安定した受注ができ、想定不可能な解約が発生しなくなり、通常の販売活動が担保できるようになったときです。そこからターゲットを広げていくと、そのタイミングでPMFしていない状態になるので、新しいターゲットに対しても、安定した受注と想定不可能な解約が発生しなくなったらPMFができたと考えています。

──事業の成長に対して、マネジメントの質、メンバーのアウトプット、人員数、MVVの浸透など組織が追いついてないと感じることはありましたでしょうか?そう感じられた際に何を実行されたか教えていただきたいです。

山本スタートアップは時間をお金で買って急成長させるので、常に事業成長に組織が追いついていないものです。事業・組織・資金のどれも大事ですが、会社全体のスピードを落とすボトルネックを見極めて最優先で解決すべきです。

中村組織が急成長をしているので、常に追いついていない状況が生じ続けると思っています。そのため、組織の拡張とともに、組織の強化を行わなければいけないと思っています。その都度、対策を講じ、事前にわかっている場合は、前もって対策を練ってきました。

一例としては、リーダーシッププリンシプルのように、曖昧なことを曖昧なままにせずに、言語化し形式知化することを行ってきました。

──採用活動の中で、一番苦労されたこと、特に、会社規模が大きくなった頃についてお聞きしたいです。会社規模が大きくなると、転職を検討して応募してくれる人材のマインドが、より安定志向に変化してしまい、本来は欲しいベンチャーマインドの強い人材を採りづらくなるのではないかと想像するのですが、どのように対応しているのでしょうか?

山本シリーズA調達をしてからの、ボードメンバーの採用が大変でした。優秀なだけではダメで、フェーズに合っており、カルチャーフィットし、経営チームとしてのケイパビリティを拡張できる人材が必要で、難易度と重要度が桁違いです。

規模が大きくなる中では、マネジメントが採用に強くコミットし、SNSでの発信やスカウトやカジュアル面談などこちらから働きかけることが重要。また、一緒に働きたいと思える現場のエース人材を面接プロセスに入れることも大事です。

中村会社規模拡大に伴い、中途採用数も拡大しており、多様な人材が入社してもらっています。ラクスとしては、安定志向の方も、責任をもってより成長していきたい方にも入社していただきたいと考えております(ベンチャーマインドとは少し違うかもしれません)。

さらなる企業成長を目指し、入社していただいたらさらに成長できる会社ということを打ち出して、それらに共感してもらうことが重要だと思っています。

──Chatworkが人員拡大の中でも離職率が少ない理由をお伺いしたいです。

山本ネガティブな退職理由のほとんどは人間関係。適切な頻度で心理的安全のある1on1ミーティングを各マネージャーが行い、そこで出た課題がエスカレーションされ解決していく仕組みを丁寧に回すことが大切です。

──Chatworkが人員拡大やオフィス移転、CM開始などをなぜ一気に行えたのか知りたいです。

山本働き方改革やDXのトレンドがあるところにコロナ禍となり、ここが勝負所と定めて赤字覚悟で大きな投資を行っています。そのためには社内外への戦略浸透と投資家の理解が必須で、中期経営計画を策定したことが非常に効果的でした。

──中村さん、楽楽精算のポジショニングの話もありましたが、中小企業をターゲットとした経費精算クラウドシステムが数多く出てきている中で、楽楽精算は今後どういったポジションで戦って行こうと考えられていますでしょうか?

中村現状一定のポジションは取れているので、競合サービスが多く出てきていることはあまり気にしていないです。サービス数が増えていることよりも、上位シェアの中に入っていること、その中でどういったポジションを取っていくかが重要だと考えています。

こちらの記事は2022年04月26日に公開しており、
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村尾 唯

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大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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