悪口を分析してブラック企業を改善する──匿名アプリ「Blind」のデータ戦略とは
匿名アプリが一時期流行した。
切り口はそれぞれ違えども、自由に発言できるプラットフォームとして注目を集めた。
しかし、今ではそのほとんどが人権保護団体からの圧力や社会のニーズにマッチしないことからサービスを閉じている。 数百万ユーザーを集めた匿名アプリでも、生き残っているのは数種類ほどである。
そのひとつが、社会からの強い批判を受けつつも成長を続けている「Blind(ブラインド)」だ。
- TEXT BY TAKASHI FUKE
- EDIT BY TOMOAKI SHOJI
次なるシェアは「社内の悪口」だ

飲み会や喫煙室で会社への不満が聞こえてくるのはよくある話だろう。「Blind」はこうした悪口を、アプリ上に匿名形式で書き込めるコミュニケーションの場を作った。話題は、上司からのセクハラや同僚の悪口にはじまり、給与に対する不満まで、さまざまだ。
各企業の内部事情が外部へ漏れないよう、登録時にユーザーは会社ごとに設けられた専用のコミュニティに割り振られる。社外の人とのやり取りは一切できない。登録後は同じ会社で働く社員ユーザーたちのコミュニティへと参加し、各々のトピックについて語り合う。
ターゲットユーザーは大手IT企業で働く従業員だ。2016年の『Forbes』の記事によると、Yahoo!では15%、LinkedInでは12%、Microsoftでは10%の従業員がBlindを使っていると報じられている。また、公式サイトによると、登録企業数は5万件以上、最もユーザー数の多いMicrosoftで4万人、次いでAmazonで2.5万人が利用しているという。
かつてサービス終了に追い込まれた匿名アプリは、「オープンプラットフォーム」の形式を採用したり、思春期の若い子供をターゲットにしたことから強く非難を受けた。
たとえば、学生を中心に人気を集めた「YikYak(イクヤック)」は、深刻なネットいじめ問題が起こり、2017年に閉鎖を余儀なくされた。友人間で秘密を共有する匿名アプリ「Secret(シークレット)」はアンチ・ハラスメント団体から非難を受けてサービスを終了した。
一方で、Blindは企業を対象にした事業モデルを選び、教育関係者やハラスメント団体などからのセンシティブな意見を回避している。巧みな戦略で長く生き残り、従業員向け匿名アプリというポジションで市場を独占したのだ。
ブラック企業情報を提供するメディアへと成長

Blind上でやり取りされる発言は、過去にバッシングを受けたYikYakやSecret同様ポジティブなものではない。しかし、Blindは単に悪口を発散するだけのネガティブなコミュニティではなく、悪口を通じて各企業の働きやすさを露わにする受け皿となっている。
Blindはユーザー同士のコミュニケーションを分析して、企業の働きやすさランキングを公表するデータプラットフォームとしての役割を果たす戦略を打ち出したのだ。
『BusinessInsider』の記事によると、Blindは大手IT企業30社に勤める約1万人のユーザーに匿名の調査をおこなった。調査内容は、残業の状況、与えられた仕事が前もって伝えられていたものと同じか、燃え尽き症候群におちいっていないか、というもの。
同調査で1位になったのがクレジットスコアの試算をするCredit Karma(クレジットカルマ)であった。約70%の従業員が過剰労働によって燃え尽き症候群におちいっていると回答した。同社は2007年に創業し、累計8.6億ドルもの資金調達に成功した大型スタートアップだ。また、著名ゲーム実況プラットフォームTwitch(ツイッチ)の従業員は68%、大手半導体メーカーNvidia(エヌビディア)でも65%が同様の症状を訴えているという。
ほかにも、配車サービスLyft(リフト)や民泊プラットフォームAirbnbでは、社員の60%が同じ不満を口にしており、表には出てこない労働環境の実態が浮き彫りになった。
社員の悪口を共有する匿名プラットフォームは、一見良い印象を持たれない。しかし、企業の悪質な体制を統計化して開示することは、単なる悪口を共有するアプリとは一線を画す。企業データを配信するメディア戦略を通して、明らかにほかの匿名アプリでは見られなかった、社会をよりよく改善するサービスとしての立場が明確になったのだ。
日本市場での大きな可能性 ── 二度と過労死が起きないように

Blindのアプローチに対して、企業側から批判が噴出するこは想像に容易い。実際、Uber(ウーバー)やYahoo!(ヤフー)は同アプリを利用しないように社員に呼びかけている。
しかし、人事担当が活用すれば、社内調査をおこなっても出てこない課題を知るきっかけになり、何かしらの改善施策が打ち出せるかもしれない。また、会社に理不尽な対応をされている社員にとっては、救いの場になるかもしれない。
見方を変えれば、Blindは労働環境を改善する最適なツールとなり得るだろう。
過労死や自殺といった悲しい事件が発生する前のセーフティーネットとして、Blindのアイデアは活用できるはずだ。企業にとっては、そのような大問題が起これば、ブランド力や取引先からの信用が落ちる大きなリスクを抱えることになるが、これを回避することができる。
日本では燃え尽き症候群になった従業員を「自己責任だから」「そもそもメンタルが強くないならくるな」と揶揄する傾向もある。会社の中で疎外されている人たちの声を、匿名コンテンツという形で集約し、社会へフィードバックする一環した流れを作ることが、解決策のひとつになるかもしれない。
議論を呼ぶ方法ではあるが、こうした米国でのトレンドが近い将来日本へやってくる可能性は十分にある。そのときに社会や企業、そして人事担当は何を考え、どう対応すべきなのか心構えをしておく必要があるはずだ。
こちらの記事は2018年08月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
福家 隆
1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。
編集
庄司 智昭
ライター・編集者。東京にこだわらない働き方を支援するシビレと、編集デザインファームのinquireに所属。2015年アイティメディアに入社し、2年間製造業関連のWebメディアで編集記者を務めた。ローカルやテクノロジー関連の取材に関心があります。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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