「市場規模算出」なんてするから、GAFA超えが生まれない──Voicy緒方憲太郎に学ぶ、社会を変える起業術

インタビュイー
緒方 憲太郎
  • 株式会社Voicy 代表取締役CEO 

監査法人で公認会計士としてIPOアドバイザリーや、アメリカで現地採用で監査業務、その他、医療系NPOの立ち上げや、オーケストラのマネジメント、ニューヨークで1200人を超える日本人団体の立ち上げなど、多岐にわたって挑戦。その後、トーマツベンチャーサポートにてベンチャー企業のハンズオンチームとして、ベンチャーのCEOのメンターアドバイザリーとして支援。また顧問アドバイザリーとしてもベンチャー企業10社ほどに参画。事業計画、資金調達、組織戦略、PR戦略、社内リーダー育成、採用、VC対応、大企業連携、その他社長のメンターや、ネットワーク構築を行っていた。2016年より、株式会社Voicyを設立し代表取締役を務める。

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Facebookの創業は2004年、Twitterは2006年、Instagramは2010年。約15年でSNSは世界中の人々の日常に欠かせない「文化」となった。「なりたい職業ランキング」で上位に食い込むほど日本でも市民権を得たYouTubeの創業は、2005年。文字や画像、映像コンテンツの成長は近年著しい。

そして今、新たな文化を創りつつあるのが「音声コンテンツ」だ。2021年初頭、日本でも音声SNS『Clubhouse』が熱狂を引き起こしたのは記憶に新しい。アメリカでは、2020年にアメリカ総人口の58%にあたる1億9,200万人が音声コンテンツを毎月聴くという予測データもある

この新たな市場を日本で創っているのが、Voicyだ。ボイスメディア『Voicy』は西野亮廣氏や茂木健一郎氏など著名人のコンテンツのほか、ビジネス関連情報や音楽情報など多彩なコンテンツを音声で提供する。前人未到の「音声×テクノロジー」市場の開拓に取り組む代表取締役CEO・緒方憲太郎氏が語る、市場創造の要諦とは? 彼の話から見えてきたのは、「とりあえず起業」とは一線を画す、“限界”に挑み続ける覚悟だった──。

  • TEXT BY YUKI KAMINUMA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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「市場規模の算出」は“スタートアップ”のやることではない

“Clubhouse旋風”で一躍注目を集めたとはいえ、「音声」はまだまだ未知数なマーケットだ。ただ、その「未知数さ」こそが、スタートアップが取り組むべき理由だと緒方氏は切り出す。

起業家が事業計画を引く際に、必ず求められる「市場規模の算出」。しかし、緒方氏はそもそも「市場規模を測る」こと自体に疑問を呈す。もともとは存在しない市場を創っていくのが、スタートアップの使命だからだ。

株式会社Voicy 代表取締役CEO 緒方憲太郎氏

緒方事前に市場規模を算出したって、その通りになるわけがありません。市場規模なんて、「コンサルの人が必要としている数字かな?」くらいに捉えています(笑)。TwitterやFacebook、Instagramは、創業時に市場規模を正確に算出できていたでしょうか? 新しい文化を創っていくうえで、市場規模なんてどうでもいいんですよ。

事業を創る方法は、「既存市場でのマーケットシェアを勝ち取る」アプローチと、「潜在的価値から市場自体を創っていく」アプローチに大別されると緒方氏。Voicyは後者だ。ときには新しい市場への理解を示さない人間もいるだろうが、緒方氏は「全員に納得してもらう必要はない」と語る。

緒方ほとんどの人に理解してもらえない状況は、むしろチャンスです。まだ受け入れられていないにもかかわらず、どう考えても価値があるものを“市場規模”に変えるプロセスこそが、エキサイティングなんです。既存の市場の中で、急成長させてパイを奪いあうのは、“スタートアップ”の役目ではない。ゲームチェンジをしていって、赤字を出しながらも炭鉱を掘り当ててこそスタートアップだと思っています。

「ない市場を創る」。そこには市場を切り拓く面白さと、目に見える結果がなかなか現れない難しさが併存するという。

緒方価値自体を創っていくプロセスでは、最初は成果物がよく見えない。めちゃめちゃしんどくて、心が折れかけることもあります。がんばったことが目に見えて結果にならないので、組織のやる気を維持させるのも難しい。

でも、そこには常に新しいことに挑戦できる面白さがあります。無人島で道なき道を進み、自分たちの踏み出した一歩が、市場の一歩になるんです。

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歴史的に、デバイスの普及が市場拡大を後押しする

では、いかにして「道なき道」を切り拓いていくのか。

そもそも、Voicyが取り組む「音声コンテンツ市場」には、マーケットの拡大を後押しする要因が多くある。その一つが、スマートスピーカーやワイヤレスイヤフォンといったデバイスの普及だと緒方氏は指摘。Voicyでもスマートスピーカー向け配信を行なっているが、再生回数が2020年初頭に比べて2倍に伸びているという。

緒方デバイスが伸びる産業は、その後コンテンツや市場が伸びるんです。もともと「これは音声の時代が来るな」と思ってVoicyを創業したのは、Siriが出てきて、「IoT」がトレンドワードになったときです。

画面がなくても情報に触れられ、IoTでさまざまな場所をインターネットに接続できる。さらに、イヤホン、スマートスピーカーなど、“何かしながら聴ける”ガジェットが増えていて、画面の前にずっと座ってコンテンツを楽しむ時代ではなくなってきています。

ガジェットが伸びている産業で、ソフトが伸びないわけがないです。これからは、移動しながら情報が得られるソフトが必要になってくると考えました。それに最適なのが音声コンテンツです。

また、テキストや動画とは異なり、音声コンテンツは「寝ているとき以外がほぼ全て可処分時間になる」という特徴もある。「子育て中はもちろん、就寝前や運動中など、頭をそこまで使わずに“ながら聴き”で情報をインプットしたいというニーズがあるということが、Voicyを提供してきてわかった」と語った。

緒方あらゆる人が忙しくなっていき、「いろいろなことを同時にしたい」というニーズが高まる中で、情報を得るために、じっと画面の前に座って時間を費やすことは減っていくでしょう。「パソコンから得られる情報を耳から得られるとしたら、その間に他のことをしたい」と思っている人がほとんど。いま、自分のやりたいことをしながら情報を得られる世界にシフトしているので、テキストや動画コンテンツよりもマーケットが大きくなる可能性もあると思っています。

音声コンテンツは、発信側にとってもメリットが大きい。発信の手間を省けるからだ。たとえば5分間かけて楽しむコンテンツを用意しようとしたとき、文字であれば数千字、画像であれば何十枚も用意する必要があるほか、動画を作ろうとしても編集に何時間もかかる。しかし、音声であれば編集作業はきわめて簡易で、ほぼ収録時間だけだと緒方氏は分析する。

これは単に作業効率だけの問題ではない。これまで忙しさゆえに発信する時間を割けなかった「人生を豊かに生きている人」が発信者になれることを意味する。

緒方つまり、発信できるプレイヤーが増えるということです。おもしろい人の中でも、発信をしている人は一握りです。なぜなら、手間がかかるから。でも、手間の少ない音声コンテンツであれば、発信のハードルがはるかに低くなる。発信者革命が起こるんです。

たとえば、Voicyで人気の発信者に「ワーママはる」さんという女性がいて、いま西野亮廣さんの次に人気があります。発信する暇がなかった忙しいワーキングママが、情報収集する時間がなかったワーキングママ向けに、生活の考え方を発信している。これは、少ない手間で発信し、受け手も“ながら聴き”で楽しめる音声コンテンツだからこそ実現したのだと思います。

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「音声での発信は稼げない」という常識を覆す

デバイスの普及や“ながら聴き”ニーズの増加といった社会背景にも後押しされ、Voicyは順調に事業を成長させている。

Voicyでは、「毎週音声コンテンツを聴く」ユーザー数が、2019年から2020年にかけて4倍に成長。「日本でも2020年になって音声の波が来た」という。Voicyが重視するのは、「感情」がそのまま伝わるという音声ならではの魅力だ。

緒方文字は発信者の本人性が出づらく、別の人が書いたとしても分かりません。でも、声なら話すスピードや間の取り方などを通じて、その人が緊張しているのか、怒っているのか、嬉しいのかが伝わってくる。頭の回転の速さもにじみ出ます。

声はこれまでインターネットに乗ったことがなかったのですが、本当はみんなが求めていたものだと思うんです。ライブ配信が流行っているのも、加工の度合いが少ないからでしょう。無加工に近いものが受け入れられる時代に、どんどん移り変わっていると思います。

緒方氏によれば、これまでは「お気に入りのコンテンツを習慣的に聴く」というリスナーが多かったが、最近では「たくさんの音声コンテンツを聴きたい」という要望が高まっているという。Voicyでは、こうしたユーザーの変化に合わせて、ホーム画面で人気が急上昇している放送やおすすめ放送が一覧できる機能を搭載、新たなコンテンツに出会える導線を用意した。

従来からの「お気に入りのコンテンツを習慣的に聴く」ニーズに対しても、フォロータイムライン機能のほか、気になるコンテンツはあるがすぐに聴けない、後で聴きたいというリスナー向けの「あとで聴く」機能を追加することでカバーしている。

さらに、パーソナリティへの発信支援も強めている。従来ではラジオに多く見られた企業スポンサーからの課金、そしてメルマガやコミュニティの月額課金に加えて、今後はYouTubeなどの動画配信で提供されている再生数比例のプログラムを導入予定。配信者が最も活躍できる場所として、Voicyを展開していく構えだ。

緒方他の場所で活躍しながら、音声コンテンツも発信するプレイヤーの参加が増えており、認知度が上がってきている感覚はあります。音声がお金に変わるマーケットが少ない中、アメリカではPodcast番組が100億円で独占契約されるなど、非常に大きなマーケットになりつつある。日本はまだそこまで到達していませんが、私たちはユーザー課金や企業スポンサーをつけるなどして、月に100万円稼ぐプレイヤーも出てきています。

これまで、「音声は稼げないけれどおもしろい」「稼げなくてもやっていく意味がある」とされてきました。ラジオも、「大御所がギャラは安いけれどやる」ものでした。その“常識”が、変わりつつあるんです。

しっかり稼げる「声のヒーロー」を創るために、Voicyでは発信者に一定のプロフェッショナリズムを求めている。それは他の音声メディアとの棲み分けにもなる。

緒方音声は簡単に飛ばせず(早送りできず)、人をイライラさせることも簡単です。聴く側にとって、嬉しい時としんどい時の振れ幅が大きい側面があるんです。だから、いきなり誰でもできるサービスにしてしまうと、ユーザーが逃げてしまう。まずはYouTubeにおけるヒカキンさんのようなヒーローを生む必要があります。Voicyなら「誰も聴きたくないけど喋っている」という人がいない、そんな信頼を得ることが、この産業における私たちの役目だと認識しています。

音声産業といえば、古くからラジオが存在するが、緒方氏は「ラジオとも十分に棲み分けができている」と語る。むしろマネタイズが難しくなっているラジオ業界と組むことで、新たな価値を生み出していきたいという意欲も。

緒方Voicyは「人」を届けるメディアなので、台本がない。ですから、台本があってきちんとした構成物として出すラジオとは食い合わないんです。ディスラプトするのではなく、併存していきたいと思っています。

もっと言えば、ラジオの人たちも稼げるようにしないといけない。マネタイズのオプションが多い私たちと組むことで、ラジオのビジネスモデルをアップデートできるようにしたいですね。

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ユーザーからお中元やお歳暮も。
“人間味を感じられる”サービスを「共に創る」

「声のヒーローを創る」という緒方氏の野望は、日本国内だけでなく、世界にも向いている。

緒方せっかく起業するなら、日本から世界が使うようなインフラやプラットフォームを創りたいと思っています。日本は「お金を稼ぐため」に起業している人が多い印象がある。でも私は、青臭いかもしれないけれど、GAFAと戦えるレベルの会社を作りたいんです。

野望を果たすため、乗り越えるべきハードルはもちろん多い。とりわけ、今までになかったマーケットを創出しているがゆえ、理解促進のコストは小さくない。

現在、リスナーの課金のほか、企業スポンサーによるマネタイズモデルも併せ持っている。また企業の社内報を企業内で放送し、ユーザー管理機能も持つツールを月額課金でリリース。しかし日本企業の理解は思うように進んでいないと緒方氏。

緒方日本の企業は、数字が出ていないところにお金を出さないといいますか……。結果が出てから、はじめて動く性質が強いです。「今はまだ成長段階だけれど、ここを張っておくべきか」といった視点で、お金を投資してくれるクライアントが圧倒的に少ないんです。

新しいマーケットに対する日本企業の反応の遅さを体感していますね。未だに、前年度の踏襲でテレビに出稿していたり、いつまでも社内イントラにこだわっていてSaaSが入らなかったり。この壁を超えないことには、Voicyのグロースはないでしょう。

一方で、新しい「産業」として存在感を表しはじめている実感もある。西野亮廣氏やちきりん氏、勝間和代氏、茂木健一郎氏といった影響度の高い人物たちの利用開始もその一つだ。

緒方自分たちのニッチサービスを、日本中の誰もが知っている人たちが使いはじめた。巨人を動かしている実感を得ていますね。その人たちが使い続けるということは、何らかの意味があるということ。そこに挑戦できているのは、とてもエキサイティングに感じます。

また緒方氏が徹底的に意識したのは、「ユーザーと共に産業を創っていく」こと。ブログやテレビ、ラジオ、YouTubeの創成期を徹底的に研究し、どうユーザーを巻き込み文化を創るか、戦略を組み立てていった。その結果、SNSとの連動性を強化し、ITサービスでありながら“ユーザーの人間味を感じられるサービス”に育った。

緒方ユーザーさんから、お中元やお歳暮がきたりするんです。Voicyを好きだと言ってくれる人、プラットフォーム側が好きだと言ってくれる人が多いことには驚きました。

産業をユーザーと一緒に作っている感覚には、震えるものがありますよね。「Voicyファンフェスタ」というイベントをやると、パーソナリティたちがこぞって出てくれて、そこにお金を払って来てくれる人がたくさんいる。ITサービスでやっているのにもかかわらず、リアルな人をこれだけ動かせているんだという手応えを感じています。

ユーザーの利用時間も、毎日何十万時間と長い。それだけたくさんの人数、たくさんの時間に、このサービスが触れているんだ、という肌感が面白いです。

Voicyファンフェスタでパーソナリティやユーザーから寄せられた、感謝のメッセージ。Voicyが利用者に愛されながら成長してきたことがうかがえる。

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「限界までやり切る」気がないなら、起業なんてしないほうがいい

Voicyが掲げる次の目標は、「パーソナライズされた音声メディア」。朝聴きたいもの、運動中に聴きたいもの、夜に聴きたいもの。シーン毎に合わせたレコメンド機能を実装していく予定だ。

緒方人の生活にもっとフィットした「ライフフィットメディア」を創りたい。世の中に全く新しい文化を生み、人の生活をリデザインしたいんです。個人発信、情報の収集方法をリデザインして、生活のあり方を変えていく。「音声×テクノロジーでわくわくする社会を作る」というミッションに向けて、いろいろなものを音声でリデザインしていきたいです。

黎明期である「音声×テクノロジー」市場を、怒涛の勢いで切り拓いていく緒方氏。彼の勢いには、つい圧倒されてしまうが、なぜここまでコミットし続けられるのだろうか?

緒方自分の脳をアスリートのように鍛えているんです。人間の体と脳みそは、どちらも使えば使うほど強くなって、どれだけ使っても無料です。体をものすごく鍛えたら、大谷翔平と僕らの投げる球のスピードくらい差が出ますよね。脳みそも、使っている人と使っていない人で、その何倍ものスピードの差が出るんです。

体で考えたら、どういう栄養素を摂るべきか、上手い人のプレーのどこを盗み、技術を自分のものにしていくべきか。それをシステマチックにやる人と、「とりあえず一日中ボールを蹴っている」という人とでは、成長度が違いますよね。

脳みそも同じです。どういう精神状態で脳みそを動かしつつ、どういうものに好奇心をもってインプットやアウトプットをしていくか。限界を突破するタイミングで筋繊維がプチプチと切れてさらに強い体ができるように、脳みそも、限界まで考えるということをするだけで成長度合いが違うんですね。そもそも限界まで考えるなんて、やったことがない人がほとんどです。

限界までやり切れる人は少ない。だからこそ、緒方氏は簡単に「誰でも起業できる」とは言わない。むしろ起業が気軽にできるこの時代に警鐘を鳴らす。

緒方日本からすごいサービスを出すとしたら、それに人生をかけて誰よりも全力で考えるぶっとんだ人がいて、それを支えるメンバーができてフォローしていくことが大事です。到達できないレベルで修業をしてきた人が到達できないレベルでやりきるからこそ、社会に新しいものを生み出せるんです。

今は簡単に起業する人が多すぎると思っています。日本の文化とメディアが「君たちにもできるよ」と、ハードルを下げすぎだと思うんですよね。中途半端な起業がたくさんあって、もうちょっと実力が必要な、事業もやったことがないような人がいつの間にかCTOになる例もよくある。

めちゃくちゃ尖ってやり切る気もないのに、「ちょっとだけやってうまくいきたい」というスタンスで起業する人の数が、ちょっと増えすぎている。そんなレベルでできると思うなよ、と思いますね。

こちらの記事は2021年04月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

上沼 祐樹

KADOKAWA、ミクシィ、朝日新聞などに所属しコンテンツ制作に携わる。複業生活10年目にして大学院入学。立教大学21世紀社会デザイン研究科にて、「スポーツインライフ」を研究中。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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