連載FastGrow Conference 2021

「ユーザーのニーズを満たす」だけでは不十分!
激戦市場で戦うスタートアップに必要な「戦略」と「責任」とは?

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登壇者
緒方 憲太郎
  • 株式会社Voicy 代表取締役CEO 

監査法人で公認会計士としてIPOアドバイザリーや、アメリカで現地採用で監査業務、その他、医療系NPOの立ち上げや、オーケストラのマネジメント、ニューヨークで1200人を超える日本人団体の立ち上げなど、多岐にわたって挑戦。その後、トーマツベンチャーサポートにてベンチャー企業のハンズオンチームとして、ベンチャーのCEOのメンターアドバイザリーとして支援。また顧問アドバイザリーとしてもベンチャー企業10社ほどに参画。事業計画、資金調達、組織戦略、PR戦略、社内リーダー育成、採用、VC対応、大企業連携、その他社長のメンターや、ネットワーク構築を行っていた。2016年より、株式会社Voicyを設立し代表取締役を務める。

奥田 健太

2013年、Retty株式会社の創業フェーズにCFO兼人事統括として入社、現在は社長室室長として、人事採用、広報、IR、経営企画、新規事業を統括。スタートアップによくある何でも屋を上場した後も続ける純然たる何でも屋。Retty入社前は、三菱商事株式会社リスクマネジメント部(事業投資総括部)にて大型投融資案件のDD業務に従事。

住吉 政一郎

2012年DeNAに新卒入社。 ゲームのサーバーエンジニア、運用ゲームのプロデューサー、新規 ゲームのプロデューサー/ディレクター、新規サービスのプロダクトオー ナー、ゲームのコミュニティマネジメント経験と、コミュニティマネジメント 組織の立ち上げなどを経て、現在ソーシャルライブ事業部の事業責任者を務める。

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競合のひしめくレッドオーシャンではなく、ブルーオーシャンの市場を開拓していく。事業戦略を考えるにあたって、誰しもがそんな夢物語を描くだろう。

もちろん、そんな手つかずの市場は簡単には見つからない。また、たとえ手つかずの市場を開拓したとしても、後から参入してくる競合企業に対して立ち向かっていく必要がある。

FastGrowは2021年1月、次なる偉大な事業家を生み出すため、道を開拓してきた現役事業家の経験に学ぶ「FastGrow Conference 2021」を開催。その中のセッション「勝負はマーケット選定の『後』にあり!激戦市場を勝ち抜くマーケット生存戦略」に登壇したのは、音声メディア『Voicy』を運営するVoicy代表取締役の緒方憲太郎氏、グルメサービス『Retty』を手がけるRetty社長室室長の奥田健太氏、そしてディー・エヌ・エーでライブコミュニケーションアプリ『Pococha』を手がける執行役員の住吉政一郎氏だ。

それぞれ異なる市場を選択してサバイブしてきた彼らの背後には、いったいどのような戦略があるのだろうか?だが、そんな彼らの戦い方に焦点を当てたセッションは、予定されていたアジェンダから逸脱し、彼らの戦略の根本を支える「ネット企業の果たすべき責任」の議論へと発展していった──。

  • TEXT BY YUTA HAGIWARA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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スタートアップなら「戦略的なマーケット選定」なんてしない

音声メディア、グルメ、ライブ配信と、全く異なった市場で戦っている3人の登壇者たち。いったい、彼らはどのような経緯からそれぞれの市場で戦うことを選んだのだろうか?

しかし、Voicyの緒方氏は開口一番、その問いそのものへの疑問を投げかける。スタートアップが事業を立ち上げるにあたって、「戦略的なマーケット選定」という言葉を使うことへの違和感を語った。

緒方リソースが十分にある大企業ならともかく、多くのスタートアップは戦略的に事業をつくっているわけではありません。スタートアップに対して「どんな戦略でマーケットを選んだのか?」を聞くのは、『ONE PIECE』のルフィに対して「船を出すにあたってどういう戦略を立てているんですか?」と尋ねるようなもの。ルフィには熱意こそあっても、緻密な戦略はありませんよね。自分自身の経験を振り返っても、マーケットを戦略的に選んだというわけではなく、「行く」と決めたらそこがマーケットだったという感覚です。

しかし、「戦略のない船出」がスタートアップのリアリティだとしても、出資するベンチャーキャピタル(VC)に対しては、その戦略を言語化して伝えなければならないのではないか?

緒方VCって「儲かるから出資する」っていう人だけじゃないんですよ。「未来を作るために必要な事業だから出資する」と、信念に溢れた人もいます。戦略が緻密でなくとも、自分たちの描く未来を一緒に信じられるVCを見つければいいんです。

とはいえ、「儲けること」の優先度が高いVCが少なくないこともまた事実。そのため、すぐに売上が立つサービスや確実に需要があるマーケットを選択してしまいがちです。音声配信には、まだどれだけの需要があるかは定かではなく、VCと話をしても「マーケットがわからない……」と渋い顔をされてしまうこともあります。でも、VCを納得させるために儲け主義に走っていたら、新しい産業なんて作れませんよね。

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「戦略よりも熱意」とは異なるリアリティ
──レッドオーシャン市場、社内ベンチャーにおける勝ち筋とは?

一方、巨大プレイヤーがひしめき合うグルメサービスの世界で戦うRettyは、同じスタートアップとはいえ、音声メディアという新たな市場に飛び込んだVoicyと市場の捉え方が大きく異なっている。

奥田グルメサービスの場合、先人たちが数千億円規模の外食販促市場を切り拓いてくれています。だからVoicyのように「ここに市場があります」「この市場は拡大していきます」と説明していく必要はありません。

しかしこの市場には、『食べログ』『ぐるなび』『ホットペッパー』といった競合が立ちはだかっている。VCから資金を獲得するためにも「巨大プレイヤーに対しての戦略」を語り、説得していかなければならないんです。

また、ディー・エヌ・エーという大きな組織の中で2017年にスタートしたライブ配信サービス『Pococha』を成長させた住吉氏から見える、新規事業立ち上げのリアリティは異なるのだろうか?

住吉社内での説明では、スタートアップがVCに説明するのと同様に、事業プランや戦略などを伝える必要はあります。しかし、今まで手がけたサービスを振り返ってみると、当初立てていた戦略が当たることはまずない。仮説検証しながらどんどんと戦略を変更し、市場と対話しながらドメインを広げています。

また、ディー・エヌ・エーはPocochaに先行して、ライブ配信サービス『SHOWROOM』を運営してきた(※)。後発となるPocochaは、どのようにSHOWROOMとの差別化を図ってきたのだろうか?

住吉SHOWROOMはアイドルやインフルエンサーの配信も多いと思いますが、Pocochaは、誰でも配信を行える世界観になっています。SHOWROOMが採用している横長の画角が、スピーカーとオーディエンスという関係の表現が優れているのに対して、スマートフォンの縦長の画角はパーソナル空間に近く、コミュニケーションの深さや密度が変わるので、別のプロダクトを生むことができているんです。

ライブコミュニケーションの文化自体が世の中に広まっていかないと、それぞれのサービスのユーザーも広がっていきません。新しい文化や職種を世の中に理解してもらえるように、業界全体の発展を見据えてサービスを運営しています。

奥田Pocochaの配信を実際に見ると、優しい空間で、マイルドでハッピーな日常会話の延長のコミュニケーションが交わされていると感じます。

住吉Pocochaのプロデューサーである水田大輔は、もともとスタートアップでコミュニティサービスを作ってきた人間です。また僕自身も、ディー・エヌ・エーのゲーム事業においてコミュニティマネジメントを手がけたり、コミュニティサービスを作ったりしてきた。そうしたバックグラウンドもあり、Pocochaではいろいろな人の居場所になれる、居心地の良いコミュニティづくりを心がけているんです。

緒方サービスを続けた先に、どこかでSHOWROOMと競合することもあるのではないでしょうか?

住吉そうですね。そのときはお互い気にせず事業を伸ばしましょう、という話はしていました。

(※)2021年3月現在、SHOWROOM株式会社は、DeNAの持分法適用会社となっている。

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ユーザーのニーズに合わせながら、理想の未来を創ることは可能か?

それぞれのスタンスでサービスを生み出し、拡大させてきた3人。だが、どんなに熱意や個人的な想いを詰め込んでも、ユーザーに受け入れられなければサービスを続けていくことはできない。Voicyの緒方氏は、ユーザーが持つニーズにサービスを合わせていくことと、理想の未来を創っていくことを接続させる方法について、問いを投げかける。

緒方Voicyを立ち上げる際に考えていたのが「10年後の未来に必要だからVoicyを作る」ということ。僕らは「音声配信インフラを作ることで快適に情報を得る社会」や「人の温かさや感情価値を届けられるマスメディア」を目指しています。

Pocochaの場合は、未来よりも、変わっていく「今」を捉えることに注力しているように感じます。5年、10年という長期的な未来は、Pocochaが捉える今に、どのように関係しているのでしょうか?

住吉大きな時代の流れとして、ライブ配信のアイテムを使ったコミュニケーションがなぜこんなに受け入れられているかは考えます。SNSで行われる「いいね!」などのフィードバックが、誰でもできる行為であるため、価値が下がっていっている。そんな中、わざわざ時間を割いてライブ配信を見に来たり、お金をかけたアイテムを使ってコミュニケーションしたりすることが、オンラインであるにもかかわらず、オフラインに近いフィードバック、心が通じるコミュニケーションになってきています。インターネット上で心が通じるコミュニケーションを実現していくことは、今後のインターネットの歴史のメジャーになっていくと思うので、その設計を追究していきたいですね。

加えて、継続的な居場所になるために、ライブ配信をしている人が、実際にお金を稼いで生活できることが必要だと考えています。心が通じるコミュニケーションができて、継続的な居場所になる。それが、僕たちの目指しているところです。

また、Rettyの奥田氏が投げかける問いは、参加者に対するインセンティブの設計についてのものだ。課金を伴うものから、「いいね」のように承認欲求を満たすものまで、BtoCのプラットフォームには、ユーザーの参加意欲を掻き立てるためのインセンティブが用意されてきた。

奥田Rettyの場合、投稿者へのインセンティブは、自分の行動ログになることや、コミュニケーションの欲望や承認欲求が満たされることがメイン。また、ヘビーなユーザーさんの中には「1日5件の飲食店巡りに付き合ってくれるような仲間を見つけられた」と、Rettyを通じて同志と出会うことができた方もいます。

住吉Pocochaは、ユーザーがコミュニケーションに慣れることによってステップが変わっていきます。はじめはリスナーが1人来てくれるだけで、緊張もするし、すごい嬉しい。次第に、より深くコミュニケーションがとれる人たちが継続して来てくれることが嬉しくなってくる。

さらに応援して盛り上げてくれる人が増えると、たとえば応援の結果、地元の駅の看板に出られ、親や身近にそのことを話せるなど、社会とのかかわりが持てるポイントを重要に感じるようになります。もっとステップが進めば、ちゃんと生活ができたり、世の中に貢献できていたりすることが大切になる。ステップによって、ライバーさんたちが大事に感じることが変わるんです。

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「ユーザーのニーズを満たす」だけではない、ネット企業に求められる“責任”

多くのサービスが、ユーザーのニーズを満たすことをインセンティブとしている一方で、Voicyの緒方氏はその危険性について指摘する。

緒方子供に対して「どんな勉強がいい?」と聞けば、「宿題がない方がいい」と答えるし、その次は「試験の答えを教えてほしい」と言うでしょう。そうやって目先のニーズを満たしていっても、勉強のおもしろさは伝えられませんよね。

徹底してユーザーのニーズを満たすことで、サービスから抜け出せないようにしていくと、生活が壊れてしまう恐れもある。僕らは、そのようなユーザーの虚弱化は避けなければなりません。

また承認欲求を満たすことで何を生んでいるのかも大事です。Rettyであれば、口コミによって承認欲求が満たされるのと同時に、味を伝える表現方法も磨かれますよね。また、投稿された口コミは世の中の役に立つコンテンツとして、貴重な資産にもなる。インセンティブは、ただ欲求を満たすだけでなく、人を成長させたり社会に還元したりするかたちで設計していくべきではないでしょうか。

そんな緒方氏の指摘に対し、ディー・エヌ・エーの住吉氏はネット企業が背負うべき責任について語った。

住吉インターネット企業として、ユーザーのニーズを満たすだけでなく、社会との共存・共栄を実現していくことに責任があると思っています。そのサービスを使うことで、健全な生活を送れるようになることを大切にしていますね。

緒方たとえば、Twitterを巡っては、誹謗中傷を浴びせるような使われ方が問題になっており、自殺に追い込まれる人も出ています。もしそれが自分のサービスで起こったら、サービスを運営し続けられる自信がありません。

住吉プラットフォームを運営する会社として、向き合わなくてはいけない問題ですよね。多くのサービスでコミュニケーション上のトラブルが起こってしまっている時代であることは事実なので、ユーザーのリテラシーを向上させていきながらトラブルに巻き込まれないようにするにはどうしたらいいを考えることが重要です。現在Pocochaでもユーザーと共に考え、取り組んでいます。

誰とでもコミュニケーションが取れるネットのサービスだからこそ、ユーザーがネガティブなコミュニケーションに巻き込まれる可能性もゼロではない。Rettyの奥田は、そんなネットのトラブルを回避するにあたって「実名」が重要な役割を果たすという。

奥田Rettyは実名で登録することを基本としているため、口コミが荒らされることはほとんどありません。現実の会話なら、飲食店に不満を抱いても口汚く罵ることはありませんよね。Rettyでは、実名を重視することで、現実に近い口コミを生み出しています。

緒方Voicyでも配信者には実名を登録してもらっています。配信は匿名でも可能ですが、運営側に実名が明らかになっているからこそ、「変なことは言えない」という心理が働きます。

ただし、匿名アカウントをたくさん作れた方が、サービスがグロースしやすいのもまた事実。適切な設計によって適切な場を作っていくことと、サービスをグロースさせていくことのバランスは、考えていかなければならない問題です。

当初アジェンダとして設定されていた「激戦市場を勝ち抜くKSF(Key Success Factor)」や「今後さらに飛躍するための成長戦略」から良い意味で脱線し、躍動する3人のセッションからは、サービスを生み出し、運営していくにあたっての本質的なトピックが議論されていた。

市場の中での戦略と同じくらい重要な、サービスを運営するにあたっての根本的な「戦略と責任」が語られた3人の対話には、視聴者から多くの賛同のコメントが寄せられていた。

こちらの記事は2021年03月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

萩原 雄太

1983年生まれ。舞台芸術を中心に、アート、カルチャー系の記事を数多く執筆する。浅草キッド「本業」読書感想文優秀賞受賞。演劇カンパニー「かもめマシーン」で劇作・演出も行っており、「AAF戯曲賞」「利賀演劇人コンクール優秀賞」などを受賞する。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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