「ユーザーの熱狂」をひたすら追う──atama plusがプロダクトファーストな組織であり続けられる理由
「プロダクトファースト」を聞いたことがないスタートアップは、恐らくいないだろう。
頭にはあっても、企業にはユーザーだけでない様々なステークホルダーがおり、それぞれに事情や関係性がある。真にプロダクトファーストだけで意思決定を行えている企業は必ずしも多くないはずだ。
「それでも僕らは、教育を通じて社会を変えるためにプロダクトファーストを徹底し続ける」
そう語るのは、AIを用いた学習サービス「atama+」を開発する、atama plus株式会社 Founderの稲田大輔氏だ。同社は、企業のあらゆる意思決定をプロダクトファーストに基づいて行う文化を根づかせてきた。
売上目標を最優先にしない。自分たちの考えるプロダクトづくりに共感できる人たちと仕事をする。経営層からデザイナー、エンジニア、ビジネス、コーポレートに至るまで、全員でユーザーに向き合ってプロダクトを磨き続ける。
この徹底した姿勢は、どのような哲学に支えられているのか。そして、実際どのようにプロダクトが作り上げられているのか。稲田氏と、同社UX/UIデザイナーの林田智樹氏に話を伺った。
- TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
良いプロダクトで教育の仕組みから社会を変える
atama plusのMissionは「教育に、人に、社会に、 次の可能性を。」だ。
そのMissionのもと、「テクノロジーを駆使して、学習を一人ひとり最適化し、『基礎学力』を最短で身につける」ことと「そのぶん増える時間で、『社会でいきる力』を伸ばす」ことを掲げている。
AI学習教材『atama+』は、一人ひとりに最適化した学習を提供するプロダクトとして、2017年にリリースされた。
稲田数十人の生徒に対して先生が一人で授業を行うという従来のスタイルでは、生徒一人ひとりの異なる学習進捗をカバーし難い。この課題に注目し、個々人に最適な教育を提供したいという思いから生まれたのがatama+です。AIを用いて、問題への解答をはじめとするあらゆる学習データを蓄積、分析し、生徒の得意と不得意を整理。個々に最適化した学習教材を作成し、学習効率を最大化しようとしています。
atama+は現在、中高生向けの学習塾と提携。数学、物理、化学、英語、4科目でサービスを提供している。単に講義動画や練習問題を提供するだけでなく、難易度、学習量、学習方法など、学びのスタイルも併せてレコメンドする。
稲田生徒のモチベーションを上げるためには、「良い教材、良い人(コーチ)、良い場(教室)」の3つを揃える必要があります。我々は、学習塾と提携しながらその全ての組み合わせを実現しています。
atama+が教材作成への特化や、自ら学習塾事業を行うのではなく、連携を含め汎用的にサービスを展開するのには理由がある。
稲田我々は、教育を通じて社会を真ん中から変えるために起業しました。例えば僕が先生になって、素晴らしい授業を提供すると、目の前の生徒の人生を変えられるかもしれません。ただ我々がやりたいのは、目の前の生徒だけではなくてもっと多くの生徒に対してそれを実現すること。そのためには仕組みが必要だと思っています。我々にとって、仕組みをつくることはプロダクトをつくること。目的を達成するために、「良いプロダクトをつくる」ことが必須だと考えています。
「ユーザーが熱狂するプロダクトづくり」を
意志決定の土台に据える
Mission実現のため、稲田氏は全ての意思決定を「社会を変えるために良いプロダクトをつくる」という軸で考えられる体制を揃えた。その大前提が、共同創業者との誓約だ。
稲田創業にあたり、共同創業した二人とは、“「良い会社」を作るよりも「良い事業」を作るよりも「良いサービス」を作る”ことを決めました。迷ったら立ち返られるよう、全員の認識を最初に揃えたんです。最初の整理が大事だと思いますね。
この誓約を実行するため、稲田氏は自らプロダクトオーナー(PO)を担当。代表自らプロダクトの責任者となることで、プロダクトの価値向上と企業の意思決定を直結させた。
稲田我々は創業以来、一度も売上を最重要目標にしたことがありません。その代わり「ユーザーが熱狂するもの」というプロダクトのあるべき姿を定義しました。熱狂とは満足よりさらに上にあるもので、生徒が勉強にワクワクし「もっとやりたい!」と言えるような状態のことです。
生徒が熱狂すれば、経営的な視点から売上目標を立て、そこに寄せていこうとしなくても、自然と売上はついてくると考えています。会社のValuesには「Wow students. 生徒が熱狂する学びを。」と掲げており、一緒に働くメンバーたちはこのValuesに強く共感した上でジョインしてくれています。
とはいえ、経営者はユーザーの熱狂という感覚的なものではなく、ステークホルダーに向けた定量的な結果を求められる場面もあるのではないだろうか。この問いに、稲田氏は首を横に振る。
稲田atama plusは生徒の熱狂のためにプロダクトをいかに磨けるかを最優先に据えると創業時に決めました。この価値観に共感してくれるメンバーやステークホルダーとプロダクトを作っていきたい、と考えています。目先の数字を追いかけるためではなく中長期の良いプロダクトを作ることで教育の仕組みそのものを変えていきたい、という想いが共有できる仲間と事業を育てていく。この想いに共感してくれる人たちと新しい教育をつくり、社会を変えていきたいと思っています。
生徒と徹底的に向き合い、プロダクトを磨きつづける
「ユーザーが熱狂するプロダクトづくり」を実現するために、同社が大事にしているのがユーザーである生徒と徹底的に向き合うということだ。
林田プロダクトの議論をするときは「この機能やコンテンツは生徒が熱狂するのか」という問いが立てられることが多いです。外的な動機づけで生徒に勉強をさせるのではなく、生徒自らの内的な熱狂により使われるものか。それを最も重視しています。
林田我々が掲げる“熱狂”は評価が難しい指標です。定量的には測りづらく、生徒を観察し続けなければ熱狂しているか否かが把握できない。ですから、我々は生徒とコミュニケーションを取り、向き合いつづけているのです。それは僕や稲田だけでなく、デザイナー、エンジニア、ビジネス、コーポレート、全職種同様です。
学習塾などへ積極的に足を運ぶだけでなく、同社は2018年から自社で研究開発目的のLABを運営しており、そこで生徒がatama+を使っている様子を観察することで、プロダクトの開発・改善に活かしている。
稲田自社でLABを運営すると教室運営者の気持ちもよりわかりますし、生徒の気持ちもダイレクトに知れます。メンバーはいつでもユーザーの声を集めに行けて、新機能もすぐに試し、観察できる。ユーザーに向き合ってプロダクトをつくるために、メンバー全員でとても大切にしている場所です。
林田LABでは、ユーザーがどこで喜んでいるのか、どこで困っているのかという生の反応を見ることができます。現場がすぐそばにあるからこそ、みんなで気付き、改善のサイクルを回せるのはUXデザイナーとしてとても幸せな環境だなと感じています。
生徒を熱狂させるためには講義動画や問題といったコンテンツの質も重要な要素になる。コンテンツは、社内で担当するチームが企画・デザインし、全国の予備校講師や学校の先生達と共にディスカッションを重ねながら作っている。
林田良いコンテンツをつくるために、経験豊富な講師の知見は不可欠です。僕たちの価値観に共感してくださった方々にサポートいただき、オリジナルのものを作っています。機能と同様にコンテンツも一度作ったら終わりではなく、生徒の反応を分析しながら、毎週毎週改善しています。
定めた目標に向け、文化を積み上げる
2018年には社内の文化づくりを推進する専任のメンバーを迎えた。プロダクトファーストを含めた企業文化は、日々強固なものへとアップデートが進んでいる。
稲田ミッションを実現するためにどのような企業文化にしたいか、現状とのギャップを埋めるために皆で何に取り組んでいくかの整理と施策を設計・推進しています。具体的なものとしては、Mission、Valuesの整理やすり合わせです。これらは会社の最重要事項の一つとして積極的に時間と人を投下しています。
実際に林田氏は、このMission、Values構築の議論に参加。価値観が明文化されたことで、コミュニケーションが円滑になったと実感している。たとえば、Valuesに「Wow students.」を掲げたことで、行動指針の振り返りも容易になった。
林田Valuesはatama plusのメンバーが日常的に「こうあるべきだよね」と考えていたものをベースにつくったので、我々が大切にしてきた価値観がより明確になった印象でした。新しく入ってくる人にも伝わりやすくなりますし、会話もしやすくなりました。「これはWow students.につながるのか?」と検証にも使われています。
ここで、冒頭に掲げた問いについて、一つの解答を挙げてもよいだろう。「真にプロダクトファーストで意思決定できる企業」になるための鍵を、稲田氏が明かしてくれた。
稲田会社によって掲げる目標はさまざまです。その中で、atama plusは「世の中を変えるために良いプロダクトをつくる」と決めて皆で認識をすり合わせ続けているから、ここまでやりきれている。最初に会社の目標・目的を決めていれば、あとはいかに全員でその文化を強くしていけるかに注力すれば良い。目標という土台の上に文化をつくるのであって、目標がすり合っていなければ文化は生まれません。
こちらの記事は2019年04月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
おすすめの関連記事
「ミッションドリブンカンパニー」の真意──新オフィスに移転したatama plusに聞く、カルチャーの育て方
- atama plus株式会社 代表取締役
"新陳代謝は当たり前か?"非連続成長を追求する組織の落とし穴━Asobica×ナレッジワークが挑む、新・スタートアップの成功方程式とは
- 株式会社Asobica VP of HR
事業も組織も、「善く生きる」人を増やすために──社会へのリーダー輩出に邁進するSTUDIO ZERO仁科の経営思想
- 株式会社プレイド STUDIO ZERO 代表
「究極の裁量って、ビジネス全体のデザインですよね」──ソルブレイン新卒BizDevとエンジニアに訊く、20代前半でビジネスの全体最適に心血を注ぐべき理由
- 株式会社ソルブレイン
組織の“多様性”を結束力に変える3つの秘策──Nstock・Asobica・FinTのCEOが実証する、新時代のスタートアップ経営論
- 株式会社Asobica 代表取締役 CEO
経営者は「思想のカルト化」に注意せよ──企業規模を問わず参考にしたい、坂井風太とCloudbaseによる“組織崩壊の予防策”
- 株式会社Momentor 代表