5つの海外事例から学ぶ、
D2Cをあえて選ぶ3つの勝ち筋
- TEXT BY TAKASHI FUKE
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
ここ数年、小売業界では“D2C(Direct to Consumer)”がバズワードになっている。
SNSが主なコミュニケーションチャネルとなった昨今、サプライチェーンの構図が大きく変わったためだ。
たとえば、インスタグラムを通じた商品プロモーションは、商品価値を伝えるストーリ性が高ければ、大手企業が展開する大々的な広告手法に劣らないことを証明した。また、コメント欄を介した顧客との対話は、人気商品を生む商品開発のアイデア源となる。
こうして従来、商品開発や広告宣伝を外部企業へ委託していた商品開発・生産プロセスが簡略化され、より顧客に寄り添った形へと変貌したのだ。
D2Cのコンセプトは、あらゆる分野へと適用される。実店舗展開を必ずしも必要としないことや、顧客データを大規模かつ効率的に収集できることから、ビックデータ時代のトレンドに沿っている。SNSを活用することで強いブランド力の構築も比較的行いやすい。
投資家はこうした新たなビジネスモデルの誕生に大きな興味を持ち、米国では多額の資金調達を果たすスタートアップが続出している。
小売の業界を変えつつある「D2C」とは
D2Cとは、メーカーが製造から顧客へ直接商品を販売するモデルだ。この新たな販売モデルは、仲介業者や販売店を介さないため、余分なコストをそぎ落とすことに成功した。なかでも、同モデルはアパレル市場で適用されている。
従来のアパレル業界では企画、生産、販売など、細かく役割分担され、それぞれの部門で専用業者を通し、巨大なサプライチェーンを構築していた。ただ、多数の工程を経るため、マージンがかさみ、消費者は何十ものマージンが乗った価格設定で商品を買わされていた。
こうした高額なマージンを積み重ねる仕組みを変革すべく登場したのが眼鏡市場のD2C企業「Warby Parker(ワービーパーカー)」だ。「Warby Parker」は企画から製造、販売までを自社で行い、仲介業者を取り払うことで高品質な商品を低価格で提供。
価格の低さに加えて、ブランド眼鏡と比較しても劣らない品質から、ミレニアルズから絶大な支持を得た。大規模製造業者と戦うため、創業当初は製造する眼鏡の種類を10-20種類に絞り、オンライン販売に特化した戦略は、現在のD2C企業の先駆けと呼べる。
消費者はトレンド商品に飽きている。D2Cと似て非なる「SPA」
“D2C”の本質は、仲介業者を取り払い、質の高い製品を低価格で販売するサプライチェーンを構築することを指す、と冒頭で説明した。
一見、D2C企業はスタートアップに多いように感じられるが、実は「ユニクロ」や「Gap」も、類似の仕組みを20年以上前から構築している。仲介業者をなくすモデル「SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)」だ。
アパレル業界では、長年商品企画から生産までを一括で外部に任せるODM(Original Design Manufacturing)という仕組みが一般的だった。小売側はODM企業から商品のサンプルをもらい、どれを生産するかを決める。自社でデザイナーや企画部門を立ち上げる必要がないため、コスト削減に繋がっていた。
OEM(Original Equipment Manufacturing)では、企画は自社で行い、生産パートのみを外部に任せるため、あくまでも自社開発にこだわる。この点、企画段階から丸投げして、販売ルートだけを自社で確保することが慣習になってしまっていたのだ。
しかし、年々トレンドの移り変わりが激しくなり、ODM企業とやり取りをしている間に、旬が過ぎてしまうようになってきた。この課題を解決するために登場したのが「SPA」だった。
「ユニクロ」に代表されるSPA企業は、自社店舗を多数持ち、店舗から上がってくる消費者購買データからいち早くトレンド商品を企画。中国や東南アジアの低コストで生産可能な自社商品の開発に特化した提携工場で商品生産を大量に行う。こうして大量生産・大量消費モデルが構築されたのだ。
効率化し過ぎたSPAにはデメリットが生じた。どのSPA企業も同じようなトレンド商品しか企画できなくなってしまったのだ。「ユニクロ」や「Gap」、「Forever21」に来店する顧客は、平均化するとブランドを問わず同じ傾向のデータになる。ファッションショーやコレクションのような最先端トレンドは各社とも注目するため、情報を仕入れても、差別化を図るのは難しい。
こうしてどの小売店に立ち寄っても、同じようなデザインの商品しか出回っておらず、消費者はお気に入りのブランドを持たなくなる。結果、低価格競争へと向かってしまったのだ。
書籍『誰がアパレルを殺すのか』では、「本来は、『売れ筋を作る』はずのアパレル企業が、『売れ筋を追いかける』という本末転倒な構図に陥った」と表現されている。
SNSの活用と編集力で戦うD2C企業──「Allbirds」「Glossier」
それでは“D2C"の本質はどこにあるのだろうか。1つの答えとして挙げられるのが「顧客との対話」だ。
SPAでは、幅広く展開させた実店舗の購買データから消費者の趣向を汲み取り、商品企画へ活かすモデルを構築していた。しかし、実店舗を多く持てない小さなスタートアップは、SNSを巧みに活かし、商品の企画を行う。代表例が「Allbirds(オールバーズ)」だ。
同社はウール素材で超軽量化された、履き心地抜群の靴を販売している。2015年にサンフランシスコで創業され、累計資金調達額は2,750万ドル(約30億円)にのぼる。
「Allbirds」はインスタグラムを通じた広告戦略を上手に運用している。たとえば新規商品を発表した際、インスタ映えする画像を投稿。顧客からのコメントを担当者が1つ1つ丁寧に追いかけることで製品開発へと反映させる。
「ユニクロ」にも優秀なインスタグラムページがある。筆者もフォローしており、楽しみながら時折見る。しかし、あくまでもSNSは顧客との対話チャネルであり、プロモーションの場ではない。ここが「Allbirds」との大きな違いだ。
実際、「Allbirds」の製品ラインナップには、青色の靴はなかったのだが、インスタグラムのコメントで新色として青の靴を販売する要望が多かった。こうした顧客の意見をいち早く取り込み、すぐさま製造することで新色展開を行った。投稿内容に、「we heard you(私たちはあなたの声をしっかり聞き届けました)」という一言がある点は、SNSを顧客との対話に使っている証拠であろう。
従来のSPA企業が行ってきた、仲介業者を介入させないサプライチェーン構築と、消費者データの収集の2点を、SNSを活用することで上手くカバーした形である。
こうしたSNS戦略を採用することは、自社ブランドのコアファン構築や、顧客との強いエンゲージメントを築くことに繋がる。大衆ではなく、コアファン層からの意見を中心に取り入れるので、ユニークな製品開発へと結びつけやすい点は、SPA企業と大きく差別化を図ることができる。
「Allbirds」が提起したSNSを通じた顧客との対話は、その領域や概念を拡大しつつある。コールセンターやオンラインチャット対応の仕事も、顧客からの意見を取り入れる重要なチャネルとして認識され始めたのだ。
有名なコスメブランド「Glossier(グロッシアー)」は、SNSから電話対応サービスまでを一貫して行う担当者を「編集者」という肩書きで募集している。
SNSが大きく台頭した昨今、消費者の意見を集約するのは実店舗を持つSPA企業の特権ではなくなった。各種オンラインチャネルを巧みに活用するD2C企業は、バラバラな顧客の意見を上手くまとめ上げ、製品開発へと活かす“編集力”さえあれば、独自の市場ポジションを確立できるアパレル企業へと成長できるようになったのだ。
価格を“納得させる”ことでブランド力を高めた──「Everlane」
従来、アパレルSPA企業は消費者のニーズと市場の平均販売価格を参考にして商品を販売していた。つまり、価格の決定権は市場にあった。競合が似たような製品を大量に生産して販売してくれば、市場原理が働き自然と販売価格が下がる。
しかし“D2C”では、価格の透明性が重要となる。D2C企業の代表格である「Everlane(エバーレーン)」では消費者に"納得してもらう価格設定ではなく、納得させる仕組みを作った。
どのようなサプライチェーンの元で作られ、この商品価格で店頭に並べられているのかを説明することで、顧客に価格設定を納得してもらうのである。製造過程をつまびらかにすることで、市場が求める価格に反して多少高額であったとしても、販売側の価格設定ロジックを顧客に納得させることで購入を促すのだ。
「Everlane」のモデルは、「Warby Parker」のように質が高いが低価格で生産するモデルとは反する。その理由は生産体制にある。「Warby Parker」の場合、生産モデルが限られているため、小ロット生産のモデルは導入していない。眼鏡市場では季節ごとにトレンドが大きく移り変わることもないため、すぐに売れ残りの在庫を抱える必要がない。
一方、洋服を製造する「Everlane」では小ロット生産で季節ごとのトレンドが薄れることで抱える在庫リスクを減らしている。また、品質を担保するために手間暇をかけて製造するため、どうしても価格を高くなってしまう。こうして価格を“納得させる”仕組みが必要となったのだ。
安く生産できる海外拠点に依存せず、社会貢献目的で採用した働き手が多くいる国内工場にもこだわっている。「Reformation(リフォーメーション)」や「Cotopaxi(コトパクシー)」なども同様の手段をとっている。
消費者は、品質が担保された生産ラインの内情を知った上で価格に納得する流れを体験することで、高いロイヤリティーへとつながるのだ。
データの一元管理と適切なフォローアップで顧客の囲い込みを狙う──「Casper」「Quip」
D2C領域で、急成長を果たした寝具マットレス企業「Casper(キャスパー)」の事例もユニークだ。同社は2013年にニューヨークで創業され、累計調達額は2.3億ドル(約255億円)にも及ぶ。昨年には上場計画のニュースも取り沙汰された。
「Casper」は2018年2月になり、初めての実店舗をオープンさせた。
創業当初はEコマースでの販売に特化していたが、大手小売チェーン「Target」と提携して実店舗での商品体験を提供。2018年から自社製品ラインナップをすべて体験できる自社店舗の開業へこぎ着けた。
自社で店舗を開いた理由は2つ挙げられる。ひとつは他社小売スペースに置いているだけでは、十分にブランドの世界観を顧客に体験してもらえないからと考えたからだ。本や雑貨とは違い、家具などの高級趣向品は直接確かめてから買いたい体験需要が強い。世界観の統一された場作りの重要性は大きい。
もうひとつは顧客へ適切な商品提案を行えるようにすること。マットレスの買い替え時期は2007年では平均10.3年、2016年には8.9年にまで徐々に縮まっているが、それでも商品の購入スパンは長い。
そのため、寝具関連商品は積極的な買い換え提案が必要だ。最適なタイミングで提案をするには、顧客データの一元管理が重要な要素となってくる。
「Casper」は自社で店舗展開をすることで、オンラインとオフラインの両方で顧客購買データを一括管理。適切なタイミングで枕やシーツのような関連商品のレコメンド通知を送ることに成功する。8年という購買周期を待たずに、随時フォローアップする仕組みを作ったのだ。
電動歯ブラシを販売するD2C企業「Quip(クイップ)」も、顧客データを管理することで、丁寧なフォローアップを行っている企業である。同社は25ドル(約2,800円)から月額サブスクリプションモデルで電動歯ブラシを販売している。注目すべきは、デンタルケアのエコシステムを構築した点だ。
「Quip」の商品を購入した顧客は、提携歯科医のもとで、定期的に歯のチェックとクリーニングなどのサービスを受けられる。米国では歯科保険は、国民皆保険の必須項目に入っていないため、追加料金を取られる。そのため、誰もが歯医者へ行くのを敬遠しがちだが、「Quip」はこの問題を解決した。
オンラインで管理する顧客の購買データと、歯医者で治療を受けた際に収集したオフラインデータを紐付け。新たな商品提案や、最適なタイミングで歯医者でチェックアップを受けるように通知を出し、顧客を誘導することに成功した。
「Casper」も「Quip」も、データの一元管理と適切なフォローアップで顧客の囲い込みを狙い、着実にリテンション率を高めようとしているのだ。
日本のD2C企業が考えるべきこと
“D2C”とひと言にいっても、小ロット生産で、高品質・低価格の「Warby Parker」モデルだけではない。
「Casper」の場合、主力製品であるマットレスをそれなりの規模で生産を行い、市場平均価格より3-4倍高い値段で売っている。「Everlane」は、小ロット生産を採用しているが、低価格ではない。
それぞれの分野に応じた戦い方があることを忘れてはならない。大切なのは、いかに顧客の信頼を勝ち取り、離脱率を低め、ブランド求心力を高めるかという点にある。
米国ではすでにD2C企業が多数登場しすぎて、従来のSPA企業同士の低価格競争と同じ構図になりつつある。日本では未だプレイヤーの数は比較的少ないが、米国同様、数年以内に“D2C”が当たり前の時代になるだろう。
日本の方が流通網がしっかりしているため、“D2C”の概念が広がるのは時間の問題だ。また、ニッチな市場にも展開しやすいため、今後さまざまな分野でスタートアップの登場が期待される。
多数のD2C企業がせめぎ合う将来を見据えた上で、緻密な顧客獲得戦略を描くことが求められるはずだ。
こちらの記事は2018年06月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
福家 隆
1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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