東南アジア×オープンイノベーションに取り組むジェネシア・ベンチャーズが見据える、課題と突破口

インタビュイー
鈴木 隆宏
  • 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ General Partner 

2007年4月、サイバーエージェント入社。学生時代からインフルエンサーマーケティング子会社CyberBuzzの立上げに参画し、新規事業立ち上げ、アライアンス業務、新規営業チャネルの開拓等に関わる。その後、サイバーエージェントグループのゲーム事業の立上げに関わり、子会社CyberXにてモバイルソーシャルアプリケーションの立上げ、およびマネジメント業務に従事し、高収益事業への成長に貢献。2011年6月よりサイバーエージェント・ベンチャーズへ入社し、日本におけるVC業務を経て、同年10月よりインドネシア事務所代表に就任すると共に、東南アジアにおける投資事業全般を管轄。2018年9月末、同社を退職し、株式会社ジェネシア・ベンチャーズにGeneral Partnerとして参画。早稲田大学/スポーツ科学部卒。

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「東南アジア×オープンイノベーション」というユニークな領域に取り組んでいる、とある独立系ファンドがある──2016年、株式会社サイバーエージェント・キャピタル(以下、CAC)元代表の田島聡一氏によって設立された、株式会社ジェネシア・ベンチャーズ(以下、GV)だ。

「次の巨大かつ持続可能な産業を、アジアで創り出す」ことを目指し、これまで国内外で47社に投資を行ってきた同社は、2018年12月、総額約45億円規模の2号ファンドを組成。CACでインドネシア拠点の責任者を務めていた鈴木隆宏氏をGeneral Partnerに迎え、東南アジアのスタートアップへの投資を加速させていく。最終的なファンド総額は80億円程度を予定している。

アジアにおける「レガシー産業のIT化」をテーマに、オープンイノベーションに取り組んでいるGVは、いかなる展望を抱いているのだろうか。その全貌と背景にある思想を明らかにすべく、鈴木氏にインタビューを行った。東南アジアのスタートアップを7年間見続けてきた鈴木氏だからこそ分かる、オープンイノベーションの課題と突破口、日本のスタートアップシーンの展望とは?

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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いま勝ちやすいのは、アジアの業界特化型X-Techビジネス

田島聡一氏が2016年に創設したGVは、2017年8月に1号ファンドを組成し、総額およそ40億円のファンドから、アジア地域で国内外の47社(国内35社、国外12社)に投資した。

社名に冠している「ジェネシア(Genesia)」は、起源や創生の意味を持つ「Genesis」に「Asia」を掛け合わせた造語で、「次の巨大かつ持続可能な産業をアジアで創り出す」という想いが込められている。そうしたビジョンのもと、実際に東南アジアを中心にアジア諸国のスタートアップへの投資活動も遂行中だ。

株式会社ジェネシア・ベンチャーズ General Partner・鈴木隆宏氏

鈴木投資フィールドを、少子高齢化と経済停滞が進行中の日本だけに限定するのは、かなりリスキーだと思います。それゆえに、田島と僕が古巣のCACで中国や東南アジアへの投資経験を積んでいたこともあり、成長確度の高いアジアの新興国マーケットで戦うようになったんです。

GVが主な投資対象としているのは、「レガシー産業のIT化」に取り組むスタートアップだ。主な投資先として、国内だと、葬儀やお墓に関するポータルサイトを運営し、先日DMM.comによるバイアウトを果たしたことでも話題を呼んだ株式会社終活ねっと、建設現場と職人のマッチングサービスを展開する株式会社助太刀、オフィス業務をロボットで代替するクラウドRPAツールを提供するBizteX株式会社、店舗デザインや内装工事業者のマッチングサービスを運営するシェルフィー株式会社などが挙げられる。

鈴木かつて「インターネットビジネス」と呼ばれた、オンラインのみで完結するモデルのビジネスは、スマホシフト以降は大きな地殻変動が見込めないので、新規プレイヤーが参入することは難しい。だからこそ、金融、不動産、製造業、農業といった、まだ十分にIT化されていない領域で業界特化型X-tech(クロステック)ビジネスを展開するスタートアップに期待を寄せているんです。

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オープンイノベーションは「目的」ではなく「手段」

とはいえ国内の著名ベンチャー・キャピタルにも、この「レガシー産業のIT化」をテーマに掲げているプレイヤーはいる。そうした状況下でGVが強みとしているのは、国内の大手企業をLPに多く抱え、二人三脚でオープンイノベーションに取り組んでいる点だ。

2018年12月に組成を発表した第2号ファンドにも、みずほフィナンシャルグループ、東急不動産ホールディングス株式会社、株式会社丸井グループ、株式会社ミクシィ、JA三井リース株式会社が名を連ねている。日系大企業のLPと密にコミュニケーションを取り、課題感を聞き出してディスカッション。そして投資先スタートアップで課題解決に資する企業を紹介し、場合によっては共同の実証実験も行う。

鈴木今までは、若手スタートアップを中心とした“インターネットムラ”と、国内大手企業で構成される“大企業ムラ”が分断されていました。実際、インターネットで完結するモデルのビジネスが主流だった時代は、そうした二項対立的な図式がイノベーションを後押しした面もあったでしょう。

しかし、既存産業のIT化を推進する際は、スタートアップのイノベーション志向と、大企業の持つ業界知見や影響力を、あわせて活用しなければ成功できないと思うんです。

オープンイノベーションの必要性が叫ばれるようになって久しい。ただ、形だけのオープンイノベーションに取り組み、目立った成果を残せずに失敗していった事例も少なくない。鈴木氏は、その成功確度がなかなか上がらない要因を、「言葉だけが先行し、手段が目的化しているからだ」と分析する。

鈴木オープンイノベーションは本来、企業の中長期的なビジョンから逆算したうえで、スタートアップの力を借りないと推進が難しい領域に絞って行うべきものです。しかし現状は、そもそもの「ありたい姿」すら規定せず、「周りがやっているから」といった理由で始めてしまっているケースが多い。

本来はビジョンを達成するための「手段」であるはずのオープンイノベーションが、「目的」化してしまっているんです。それゆえ手を取り合って創発していく取り組みとはなり得ず、スタートアップからしても、「搾取されている」という感覚しか抱けない状況が生み出されてしまう。そうした失敗に陥らないために、GVでは大企業と「目的」を綿密にすり合わせたうえで、二人三脚で創発を進めているんです。

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東南アジアに注目するのは、「リープフロッグ」を起こすため

「アジアにおけるオープンイノベーション」という、ユニークな方向性で投資活動を行うGV。鈴木氏がGeneral Partnerとして参画したのは、2018年10月のことだ。代表の田島氏とは前職のCAC時代の同僚だったが、田島氏が同社を退職しGVを設立した後も、定期的に連絡を取っていたという。

鈴木氏は、CAC時代、インドネシア部門の責任者として、まさに現在のGVが手がけているような「既存産業のIT化」に取り組むスタートアップに投資してきた。その際に醸成した「アジアでの社会変革を、オープンイノベーションによって加速させたい」という想いが、田島氏と共鳴。結果、CACの退職を機に、GVにジョインすることとなった。

現在はジャカルタ拠点で、投資先の選定や経営支援を行なっている。「今後はもっと東南アジアにおける日本のプレゼンスを高めていきたい」と意気込むが、そもそもなぜ東南アジアなのだろうか。鈴木氏に尋ねると、「インフラが未整備ゆえに、イノベーションの浸透スピードが速いからだ」と答えてくれた。

鈴木たとえば金融領域について考えると、日本は既存の銀行システムが巨大かつ洗練されており、新興企業が入り込む余地が少ないですよね。対して東南アジアは、そうしたインフラが整備されておらず、銀行口座の保有率も30%しかない。

一方でスマホの保有率は70〜80%と高く、明らかにスマホを起点に金融サービスを展開した方が浸透しやすい。社会インフラが未整備な新興国の方がかえってイノベーションが速く進む、「リープフロッグ現象」が起こりやすいんです。

実際にインドネシアでは、バイク配車アプリ「GO-JEK」での配送実績やカスタマーレビューをもとにバイクローンの与信判断が下される、革新的な「信用」の仕組みが生まれている例もある。

さらに、東南アジアでのオープンイノベーションを進めやすい理由として、「財閥の支配力が強い」点を挙げてくれたのも興味深かった。大手企業のトップを創業一族が占有しているため、サラリーマン社長が一般的な日系大企業に比べ、事業成長への飢餓感やトップダウンの意思決定スピードが早いのだという。

そんな東南アジアスタートアップ市場に進出するベンチャーキャピタルの数も、増加の一途を辿っている。しかし、「増えているのはシード以前かシリーズB以降に投資するプレイヤーばかりで、シリーズA段階での投資を行うファンドがいない」現状があり、GVはこの点に斬り込もうとしている。

鈴木数千万〜1億円レベルの資金は調達しやすい。5〜10億円レベルの額を投資してくれるプレイヤーも十分にいる。しかし、2〜3億円レベルの投資を行なっているファンドが少ない。CAC時代からの経験上、東南アジアでは、シード調達を果たしてもそれ以降のステージに進めないスタートアップが多いんです。なぜなら、スタートアップエコシステムが未成熟ゆえに、リスクを取ってシリーズA、B期にリード投資を行うプレイヤーが少ないから。

だからこそGVでは、シードからシリーズA〜Bへの「谷」を超えるためのサポートを提供したいんです。「1社あたり最大5億円までは出す」と決め、80億円規模のファンドを組成しているのはそのためです。

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日本はチャンスに溢れている。サイズが巨大で、ライバルも少ない

最後に、7年もの間東南アジアのスタートアップシーンに身を置いてきた鈴木氏の目に、日本のスタートアップシーンがどう映っているのか訊いてみた。すると、「日本のスタートアップ市場は、競合が少ないのでチャンスに溢れている」という意外な答えが返ってきた。

鈴木模倣が簡単なビジネスモデルにおいては、中国はひとつのサービスに対して競合が1,000社近く存在することが普通で、インドでも数百社、東南アジアも数十社います。対して日本のスタートアップ市場は、ひとつのサービスに対して競合が数社しかいない。東南アジアのように、他国の優秀な人材が起業しているケースが多いというわけでもありません。

こうした状況が生まれているのは、日本語という言語の壁が大きな要因だと思いますが、日本の起業家にとって非常に大きなチャンスだと思います。マクロで見ると経済成長が停滞しているとはいえ、GDP世界3位の巨大マーケットである事実に変わりはありません。マーケットは大きいのに、ライバルは少ない。たとえ失敗したとしても、起業経験者を欲しがる企業も多いので、起業のリスクも以前より低減していますしね。

また中国をはじめとした海外企業のプレゼンスが高まっていくなかで、レガシー産業の大手企業は、遅かれ早かれ業務改革を迫られることとなる。その際、起業家の層を広げていくことも必要だという。これまでスタートアップを起業するのは、尖った若手やインターネット企業出身者が主流だったが、レガシー産業を攻めていく場合、一定の経験を積んだ中堅人材の力が必要になる。

何より起業家に求められるのは、「ハングリーさ」だ。

鈴木東南アジアのスタートアップ市場が伸びているのは、そもそも国として経済成長の真っ只中にいることもあり、世界各国の優秀な人材がハングリー精神を持って集まってきている点が大きいです。

日本にも、伸びていく領域は必ずあります。GVが取り組んでいる、レガシー産業もそのひとつ。そうした勢いのある領域に、優秀な人がハングリーさを持って飛び込むようになれば、シーン全体が盛り上がっていくはずです。

ますます盛り上がりを見せる東南アジアのスタートアップシーンを目の当たりにしてきた鈴木氏。ともすると、「日本はもう駄目だ」と悲観的な思考に陥ってしまってもおかしくない。

しかし、鈴木氏の眼は希望に溢れていた。インタビューで語ってくれた「大手企業と二人三脚でのレガシー産業のIT化」をはじめ、日本のスタートアップが戦える領域はまだまだ残されているはずだ。GVのような取り組みに後押しされ、「ライバルの少ない巨大マーケット」である日本市場で、果敢にチャレンジする起業家が増えていくことを期待したい。

こちらの記事は2019年02月04日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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