キャピタリスト育成に、再現性はあるか?──人材タイプ別の育成手法、著名VC5社が出した結論とは
ベンチャーキャピタリストとは、投資銀行やコンサルティングファーム出身者、またはイグジットを達成した起業家など、いわゆる「ツワモノ」たちである。FastGrowでは、こうした既存のイメージに変化が起きていると折に触れて発信してきた。
今春、XTech VenturesやSTRIVEと共に開催したキャピタリストへの転身を提案するイベントは大盛況を収めた。しかし、その一方、キャピタリストの育成の難易度の高さ、再現性の有無について不安視する声も多く寄せられている。
そこでFastGrowは、VCとして2つ目のファンドを立ち上げ、採用活動を行っているW venturesと連携し、ベンチャーキャピタリストの育成について意見を交わすイベントを2021年11月2日に開催した。
第1部ではW venturesについてのプレゼンをW venturesパートナーの服部 将大氏が実施。続く第2部では、スローガンの執行役員、西川 ジョニー 雄介のファシリテーターの元、W venturesの新 和博氏、東 明宏氏の他、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)の高宮 慎一氏、ジェネシア・ベンチャーズの鈴木 隆宏氏、ANOBAKAの長野 泰和氏といった豪華メンバー陣による徹底討論会を実施。第3部では、若手キャピタリストの仕事ぶりやキャリアのリアルを、サイバーエージェント・キャピタル(以下、CAC)の北尾 崇氏、W venturesの高津 秀也氏、それぞれの投資先であるPOLの加茂 倫明氏、Yondemyの笹沼 颯太氏の4名が語った。
果たして、「若手にVCは無理」に終止符を打つことはできるのか。各人の経験や見解から紐解いていく。
- TEXT BY WAKANA UOKA
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
若手VCの育成は、職人の師弟関係に等しい
W venturesの代表パートナーを務める東 明宏氏のVCとしてのキャリアは、GCPから始まった。同社の高宮氏は、東氏の師匠に当たる。「育てた側」である高宮氏、「育てられた側」である東氏それぞれから、VCの育成方法について探っていく。東氏は、最近になり師匠である高宮氏の影響を色濃く受けていると実感することがあったと言う。
東最近、ある起業家の方にお会いする機会があったんです。初回のミーティングを終えたとき、その方に「実は高宮さんにもお会いしまして、東さんの言っていることは高宮さんと相似形でした」と言われたんですよ。それを聞いて、自分自身GCPで学ばせてもらったことを、シードやアーリーステージの支援に持ち込めているんだなと気づかされました。
東氏は事業会社であるグリー出身。当時、事業投資の一環でベンチャー企業に投資する中で、VCという仕事の意義や面白さを感じていたという。そんな折、高宮氏に誘われ、GCPに入社した。一方の高宮氏は、大学時代にネットバブルを経験してきたいわゆる「76世代」。元はクリエイティビティを企業戦略に活かす取り組みを目指していたが、結果には繋がらず。そこでセカンドキャリアとして足を踏み入れたのがVC業界だった。そんな高宮氏は、「キャピタリストと一口に言っても、いろいろなタイプがいる」と指摘する。
高宮シードやシリーズA以降など専門とするステージも異なれば、投資先の経営に深く関わるハンズオン型のVCなのかそうではないのかといった違いもある。キャピタリストのメンタリングといっても、その前提によって異なるでしょう。
GCPが目指しているのはというと、ハンズオンの先発完投型。起業家と関係性を作り、投資して、成長を支援して、上場まで持っていく、いわゆるゆりかごから天国か地獄のどちらかに行き着くところまで、最後まで寄り添っているんです。そうした投資先との取り組みに加えて、LP(ファンドに投資している投資家)のお金を運用し、リターンを出すことでLPからのリピートを得て、スタートアップのエコシステムにお金を還流させることもVCの仕事です。
双方で先発完投を目指すには、究極的にはあらゆることができなければならない。でも、最初からこれら全てをできる人なんていません。
多くの知識、スキルを求められるVC。その職について、高宮氏は「属人性が高い職人的な仕事」だと説明する。
高宮職人的な仕事であるがゆえに、座学で教え切れるものではない。だから、メンターとしてできることはスペースを空け、そこに走り込んでもらうことが基本的な育成スタンスになります。でも、「ひとりで突っ込んで戦ってこい」は、組織経営としては戦略なしになってしまいます。ベースは職人が弟子を育成するようなスタイルですが、仕組みを上手く使って、職人の成長を加速させてあげたいところです。
高宮氏の見解に対し、東氏は「まさに」と同意する。GCPで過ごした6年間について、東氏は「高宮さんに隔週ペースでメンタリングをしてもらい、そこで準備運動しつつ、キャピタリストとして独り立ちできるようになった期間」だと振り返った。一から十まで手取り足取り教わってできるようになる仕事ではない。その上で、高宮氏から教わったことについて、東氏は次のように語る。
東投資の仮説作り、市場や競合組織の今後の変化、戦略作りなど、高宮さんから学ばせてもらったことはたくさんあります。でも何よりも起業家との向き合い方、コミュニケーションスタイルを教わった気がします。。あとよく言われていたのは、「自分の中でポートフォリオを考えましょう」というものもありました。
ファンドはさまざまな会社に投資してポートフォリオを組んでいくわけですが、それを自分の中でも考えていくのがいいと教わりました。高宮さんのスタイル、GCPのスタイルが私の中に染みついているのをW venturesを立ち上げて感じています。最近の実感です。
高宮よくVCは「起業家の背後にいる起業家」と言われます。サラリーマン的な動きをしてしまうと、起業家に共感してもらうことはできない。起業家から信頼されるには、最後に責任を取るのは会社ではなく自分だという気概が必要だと思います。会社という傘の下にいながらも、事業のトップとして責任を負う意識が必要だと思っています。
とはいえ、最初は何もわかりません。そんな状態の若手VCに対し、「ハンカチ持った?ティッシュ持った?」と世話を焼く部分と任せる部分とをどう両立させていくかが難しいところだと思っています。
両氏の話から、VCとしての師弟関係はすべてを伝授できるものではないことがうかがえる。多くのスキルや知識を要する仕事だが、それらを座学で身につけ切れるわけではなく、現場で自ら経験することで得られる側面も大いにあるのだ。加えて、会社に所属しながらも、起業家や事業責任者に近い『個』として責任を背負う当事者意識、覚悟が求められることも窺えた。
優秀さよりも勇気。投資先の事業をどれだけ自分事にできるか
高宮氏、東氏により、「すべてを教え切れるわけではない」という見解が示された若手VCの育成問題。では、やはり「再現性はない」という結論になってしまうのだろうか。日本と東南アジアで活動する独立系VC、ジェネシア・ベンチャーズの鈴木氏は、「そもそもスタートアップ企業の成功自体に再現性が存在しない」と述べる。ゆえに、キャピタリストの育成にも再現性がないのではというのが同氏の意見だ。
鈴木かつての仲間がジェネラルパートナー(以下、GP)として独立できていることを踏まえて考えてみると、高宮さんがおっしゃっていたような『事業の見立て』や『市場の捉え方』といったセンス的な部分を言語化して伝えるようにしてきたかなとは思います。ただ、最終的に成果を残せている人は、正直覚悟があるかどうかじゃないですかね。
別に、これはVCを一生涯の仕事にすることを決めろという話ではないです。決める必要もない。しかし、今向き合っている起業家に信頼されるためには、入口から最後まで覚悟を持って取り組めるかどうかが大きい。覚悟を決め切れていない人は、どうしても他責思考になりがち。うちでもVCの採用をしていますが、一定の覚悟を持っている人とやりたいです。
先ほど、「会社という傘の下にいながらも、個として責任を負う意識がいる」とした高宮氏の意見に重なる。続いて発言したのは、シード期に特化したVC、ANOBAKAの長野氏だ。一風変わった社名は、「優秀な人よりも勇気のある人が成功する」との考えを体現したことによる。なお、ANOBAKAも現在若手キャピタリストを絶賛募集中とのこと。
長野大前提としてあるのは、VCは特殊な職種であるということ。あまりにも習得すべき知識のカバレッジが大きすぎることに加え、知的好奇心や人間性が相当高くないと厳しい。全人格性を求められるため、持っている資質が8割なんじゃないかというのが個人的な考えです。
加えて、キャリアの積み上げ方がジェイカーブ型なので、戦力になるまで育て上げるのに時間もかかる。これが前提です。
その前提の上で育成するとした場合、私の経験から言うと、投資先と徹底的に向き合う経験をさせることが有効かなと。私は若手VCを投資先に「1年くらい帰ってくるなよ」と放り込んだことがあるのですが、結果非常に大きく成長したと感じたんですね。5社くらいの投資経験を徹底的に自分事として取り組ませることで、成長に繋げられるのではという感覚があります。
自身の育成経験を織り交ぜながら見解を示す長野氏。続いて発言したW venturesの新氏は、「今まで見た部下が数人しかいないため、法則を伝えられるわけではない」と前置きしつつ、次のように語った。
新ソーシングから投資の実行、サポート、財務・リーガル・資本政策・事業計画と、やるべきことが山ほどあるのがVCの仕事です。それを各業界の構造全体で把握し、個別課題を捉えた上で、採用や組織作り、マーケティングといった各領域をカバーしなければならない。
これらすべてにおいて平均点を採らせようとすると、実現までに時間がかかってしまい、途中で若手VCの心が折れてしまうのではと危惧します。であれば、何か1つの強みや興味関心のあるテーマをとことん深堀させる方がいいのではというのが私の考えです。
新実際に、これまで部下に一定の時間を与えて深堀させてみたのですが、ひとりはAIやブロックチェーンについて調べ、もうひとりは好きなアニメをきっかけにそれがらみの案件を調べていました。この間、私はあえて首を突っ込まずに一定の距離を取っていたのですが、結果的に投資実行に至り、その後のサポートもして伸ばしている。
1点突破から入ることで、成功のきっかけを掴ませることができれば、その後の成長に繋げていけるのではないでしょうか。
若手の育成はVCという業界、
組織の永続性にとっても不可欠だ
若手キャピタリストの育成は業界としての課題であるため、登壇したVC陣からは「いかにして育てるか」を前提とした意見が次々と交わされた。しかし、ここでその流れに対し、問題提起をしたのがGCPの高宮氏だ。
高宮VCに求められる役割は、スタートアップ企業とパートナーシップを組み、事業を成長させることだけではありません。LPから見ると、「今のファンド」のリターンを最大化してほしいという要求もあるわけです。
なぜなら、僕らVCの経営者としては、再現性や継続性を大事にしていますが、LPからするとその時その時でベストなファンドに投資すればいいから。すると、とりうる戦略のオプションとしてはわざわざ未経験の若手の育成をしないで、。一人前のキャピタリストだけで結果を出せばいいというスタンスもありえますよね。その辺がVCの組織論ですごく難しいところですが、、、どうなんでしょう?
高宮氏の問題提起に対し、一瞬、場には沈黙が走った。ファシリテーターを務めたスローガンの西川ジョニー氏から、「皆さんはどう思われますか?」と投げかけられる。最初に意見を述べたのは鈴木氏だ。
鈴木何とも難しい話題ですね(笑)。確かに、リターンを出しまくるという話でいうと、育てず既にできる人で固めた方がいいですね。しかし、じゃあできる人がどれだけいるのか。
現状の日本ではVC経験者の人口が少ないのが現状です。となると、現時点で再現性高くパフォーマンスを残せるファンドをつくるのは困難でしょう。VC産業自体の拡大を目指す観点から考えると、育成して裾野を広げ、チャレンジできる人を増やす。その結果、起業家をサポートできる人口を増やせるんじゃないかと思います。
ここで、若手の採用に積極注力しているW ventures・東氏から、産業の新陳代謝についても絡めつつ、育成のポジティブな側面について語られた。
東新産業は若い人がつくるという定説があります。若い世代が新しい産業をつくると同時に、彼らを支えるVC側にも新世代が生まれるといったことがこれまでも起こっています。ファンドとしての永続性を考えた際、新しいキャピタリスト、リーダーシップを取れるGPが生まれるということは、LP側にもメリットがあると考えています。
東氏の発言に続き、「W venturesもアラフォー年代が増えてきているんですよね。若手の育成は、新しい血を入れていきたいという想いの表れでもある」と新氏。「できる人」の絶対数が少ないという現状、若手VCは新産業の発展を支える存在としても必要という認識が示された。
ここで高宮氏は、先ほどの自身の見解について、「あえて議論を生み出したかった」と種明かしをし、「実際、GCPはもっとも再現性や継続性を重視しているんじゃないかと思いますが」と語った。続いて話題を振られたのは、シード期に特化しているVC、ANOBAKAの若手採用方針についてだ。
長野キャピタリスト経験より、事業経験、起業経験のある人で前線を固めたいというのがうちの方針ですね。ですから、若手の起業経験者をがんがん採用していこうと。
それにしても、先ほどの「育てるべきなのか?」といった議論ができるようになったのは、非常にいいことですね。産業として成熟しつつあるからこそ、こうした話ができるようになったのだと感じます。組織の継続性について考えて取り組まれていることは、VC産業の発展上とてもいい。
新氏、高宮氏の発言からも窺えるように、若手VCの育成の目的のひとつは、組織の永続性を高めるためだ。しかし、育てた若手が必ずしも組織に残ってくれるとは限らない。その課題に関して、高宮氏は次のように語る。
高宮GP、VC経営者の立場としては、「イケてる」若手VCが独立して新しいファンドを立ち上げるより、中に残ってその会社の次世代を継いだ方がいいよねと思ってもらえきゃいけない。これが非常に難しい。
これに対し、鈴木氏も「難しいですよね」と同意する。長野氏は「とはいえ、独立する難易度が高すぎるのもVCの特徴。中にいてパートナーになった方がいいと思ってもらうしかないのでは」と意見を述べた。
高宮のれん分けのようにして業界が広がっていくことは大切だと思うんですよ。ファームとしてインセンティブが用意できないなら、優秀な若手が残るわけがない。独立する人と、中に残ってパートナーになる人のインセンティブの違いに関して、うちから独立した東さんはどう思います?(笑)東さんは世代的にひとり抜きに出ていたから、次のパートナーになる道があったと思うんですよね。それより早い段階で独立の道を選んでいったわけですが。
東VCのキャリアステップって、中にいてもどう理解していいのかわからないんですよね。今、高宮さんからお聞きして、自分にパートナーになる道があったのかと思ったくらいですから。。独立か、中でパートナーを目指すのか、こうした議論ができるようになったこと自体、VC業界がだいぶ発展してきたと言えるのかもしれませんね。
各人よりさまざまな「育成」に関する見解が飛び出した。さて、結局のところ「再現性」についての結論はどう出るのだろうか。W venturesの東氏は、以前FastGrowの取材を受けた際、「育成にはパターンがある気がする」と口にしていた。その詳細について、東氏は「あくまでも体験談であり、普遍的に通じるかはわからない」とし、次のように説明する。
東私のあとにGCPに入ってきた人たちは、業界やタイプがさまざまで、私が感じていた壁とは異なるところに壁を感じている様子を見てきたんです。その中で感じたのが、事業会社出身者と金融コンサル出身の人とで、つまづくポイント、ぶち当たる課題が違うなということ。
鈴木さんや長野さんのような事業会社出身者は、自ら事業をやっていた経験があるため、起業家と近づくスキルが相対的に高く、共感性が強みだと感じます。一方、金融コンサル出身の方は、起業家と近すぎず遠すぎずの距離を取り、全体俯瞰する能力が高いなと思っていました。まさに、その業界/ビジネスで培われそうな能力が得意技として表出している感じですね。
「ゆりかごから天国または地獄まで」という表現がなされたように、起業家とVCは一蓮托生。そうした関係がある中、若手起業家の増加ペースと比較すると、若手キャピタリストはそれほど増えているわけではないのが現状だ。これは各社VCが懸念する業界全体の課題であり、長期的に見たときにはベンチャー・スタートアップのエコシステムにも影響を及ぼす要因になるだろう。しかし、何度か登壇陣から発言があったように、業界の発展に伴い、課題に対して議論ができる土壌は徐々に育まれている。FastGrowとしても今後の業界発展に期待をせずにはいられない。
仕事で泣ける奴はVCに向いている。
感情にもフルコミットせよ
一人前のキャピタリストになるにはあらゆる知識を求められ、人格性も重視される。さまざまな素養が登壇陣から挙げられたが、あらためてどういった人がVCに向いていると言えるのだろうか。
新先ほどの話と重なりますが、何かに対して深い興味関心を持っている、オタク気質のある人ですね。そうした人には、徹底的に何かひとつのことを突き詰められる能力があるため、その深堀するノウハウを他の業界に横展開するスキルを身につけられれば、VCとして活躍できるなじゃないかなと。
高宮私が1番大事だと思っているのは行動特性ですね。長野さんが言っていたように、VCには覚えるべきことが山ほどありますが、それは入ってから覚えればいい。それよりも、与えられた問題の正解を探しにいくのではなく、自分で問題を定義し、解き方を試行錯誤できる、自分で動き回れることが重要だと思っています。あとは、起業家や人が好きで、特定の業界が大好きでずっと見続けていられるみたいなところも大切ですね。
バックグラウンドごとにさまざまな特性があると思いますが、これはあくまでも最初のとっかかりになる得意技だと思います。いろいろな得意技を持っている人がいると、ファンドとしても分散を利かせられ、さまざまな起業家をサポートできる。バックグラウンドの多様性はプラスにしかならないですね。
鈴木少し皆さんと重なってしまう部分がありますが、ひとつは知的好奇心が旺盛なこと。経験してきたこと、見てきたことを積極的に新しい知識にしていけることが求められます。あとは想いの強さですね。
うちのファンドで言うと、「持続的社会をつくるためにテクノロジーを用いる」といった思想を掲げていますが、VCになる方がテクノロジーやスタートアップを通じてどのような社会を実現したいのか、きちんとした想いがあると強いと思います。
長野さんが言っていたように、VCのキャリアはJカーブ型で成果がなかなか出ない。カーブが上がってくるまで頑張れるかどうかは、強い想いを持っているか否か。また、起業家に共感し、信頼関係を築く際にも、VC側に想いがあるかどうかが関わってくると思います。
順番に発言していく中、「あとになればなるほど言いたいことがなくなってきますね…」と苦笑する長野氏は、独自目線として次のように意見を述べた。
長野仕事で泣けるかどうかという話があります。20代の間ずっと事業会社にいた私が思うのは、VCって人間交差点、人間ドラマのど真ん中に放り込まれる感じだなということ。それがVCの仕事の醍醐味でもあります。
そのドラマのど真ん中で、いち主人公としてフルコミットし、泣けるレベルで働ける素養があるかどうか。私自身も、起業家が苦しんでいるのを目の当たりにしたり、創業者同士が溝を埋められずに仲違いに至ってしまったりという状況を見てきて何度か泣いてしまったことがあります。感情にフルコミットできるのは、キャピタリストの重要な素養だと思いますね。
トリを担った東氏は、自身がなぜVCの仕事を続けられているのかといった視点で、VCに向いている人を説明した。
東VCは自由演技の種目といいますか、技に規定がなく、何を繰り出してもいい仕事ですから飽きないんですよね。事実、私は飽きっぽく新しいものが大好きです。そういったものにワクワク感を覚える人には向いていると思います。
大切な点は皆さんがすでに言った通りです。VCは成功より失敗が先にくる仕事なので、本当につらいことが多い。自分自身、つらいことに日々向き合っている自覚があります。つらさから逃げる人なのか逃げない人なのか、私たちは経営者から見られる立場です。
きちんと向き合える胆力も必要で、つらさを乗り越えてでも新しいことを仕掛けたい人に向いている仕事だと思います。業界の人材面的に、まだまだダイバーシティには遠いのが現状です。さまざまなバックグラウンドの人に来てほしいですね。
「あらゆる知識が必要」「経営者のような個としての意識が求められる」など、一見ハードルの高さを感じられたVC。実際、登壇したVC陣が口を揃えるように、厳しさや難しさがある仕事であることに間違いはないだろう。
しかし、探究心や行動力といった人としての要素がもっとも重要であり、これまでのバックグラウンドも強みとして活かせる仕事だということだろう。
テレアポや営業同行まで。
行動で示せば「若さ」は懸念とならない
キャリアを積み重ねてきたVCたちの次に登壇したのは、若手VCと投資先企業の経営者だ。実際にVCとして活動している彼らが、どのようなバックボーンを持ち、どう投資先と向き合っているのか、その実態に迫る。
どういった経緯でVCとしてのキャリアを歩み始めたのかについて、CACの北尾氏は次のように説明する。
北尾大学生時代にメキシコで起業し、25歳でその会社をメキシコ人に譲渡した経験があります。VCのキャリアをスタートしたのは、譲渡後に今の会社に出会ってからのことです。
実は、その当時はまだキャリアに悩んでいて、VCとして働き始めながらも、また起業家に戻るかもしれないという頭も半分くらいあったんです。ただ、投資先が大好きだったので非常に悩ましいところではあったのですが。
北尾今回ご登壇いただいたPOLは私の第1社目の投資先で、その後2社目、3社目と投資をしていくなかで、起業家よりVCの方が向いているのかなと思うようになっていきました。意義のある事業をしている会社を支援することに、自分の意義を見出せる機会があったんです。
続いては、第2部で新氏が話題に出した「アニメ好き」のキャピタリスト、W venturesの高津氏だ。高津氏の以前のキャリアは大手生命保険グループの資産運用を行う子会社。VCの仕事とは畑違いの仕事だが、なぜVCに辿り着いたのだろうか。
高津小学生のときから宿題をろくに出さない、勝手に休むといった問題児が大人になったのが私でして、堅い組織にまったく合わなかったんですね。そのため、1年強で退職してしまったんです。そこからどうしようかなと思っていたところ、縁が重なってミクシィのコーポレート・ベンチャーキャピタル(以下、CVC)をやっていた新さんに拾ってもらい、CVCからキャリアをスタートさせました。
高津拾われたあとは投資先に放り込んでいただき、スタートアップの何たるかも含めて学んだあと、W venturesが発足する段階から関わらせてもらってきました。エンタメ投資をしていくぞということで、自分のアニメ好きがこんな形で役に立つとは思わなかったという感じですね。VCの仕事は青春を感じられる楽しい仕事だと思っています。
今回登壇した起業家は、北尾氏の初投資先となったPOLの加茂氏、高津氏の投資先であるYondemyの笹沼氏だ。POLは研究者をエンパワーし、科学の発展に貢献すべくさまざまな事業を手掛ける会社であり、Yondemyは子どもが読書を好きになるオンライン習い事を展開している会社だ。
彼らは、若手VCに支援されることに対し不安感はなかったのだろうか。また、両氏に担当してもらうなかで、どういった点に良さを感じてきたのだろうか。
笹沼僕自身も若いですし、若いから不安だと思ったことはないです。高津さんに投資してもらってよかったと思えるのは、圧倒的に信じてもらえていることですね。
W ventures以外のVCにも話していたのですが、「教育には投資しない」と一言目で切られてしまったり、読書を教えることでお金をいただく事業のニーズに懐疑的な意見を言われたりすることが少なくなかったんです。高津さんは必要性を信じてくれるだけではなく、「読書教育がある未来の世界」を僕以上に信じてコミットしてくれた。投資していただいてよかったなと思っています。
加茂シードの資金調達をするときに、どのVCから出資していただこうかと検討しました。自分たちの事業が成功していく上でどのような強みが必要なのか4つくらい要素を出し、その要素に強みがあるような投資家をリストアップしてコンタクトを取る……という真面目なやり方で進めていきました(笑)。
加茂ただ、北尾さんはそれとは別の、知り合い枠として話していたひとりです。印象的だったのは、「一緒に何でもします」というスタンスだったこと。実際に、オフィスに頻繁に来ていただいて、一緒にテレアポをしてくれたりしていましたし、出資の際も、一緒に成功させようという気概や覚悟が伝わってきました。あと、相性の良さもありましたね。話していて元気をもらえる方なので、一緒にやりたいと思い、出資をこちらからもお願いさせていただきました。
畑違いの業界からVCになった高津氏とは異なり、北尾氏は自身が起業家だった背景がある。その経験を、どうVCの仕事に活かしているのだろうか。
北尾ダメ出しなど、否定的なことを言うのは簡単。特にシード期はできていないところが多い分、口を出すのは容易です。だからこそ、そういったことだけは言わないと決めていました。否定しているつもりではない「自分だったらこうする」ということすら、言うと「じゃあ、やってみろよ」と思われてしまうと思ったので、言うのではなく行動に移すように心がけています。
口だけでなく行動で示す仲間であれば、たとえ経験の浅い若手であっても投資先にも嬉しいと思ってもらえるかなと思って。POLでは、テレアポや営業同行などを社内メンバーとご一緒させてもらったのですが、感謝していただけることが自分の自信にも繋がりました。今後、投資先が増えるとリソースにも限りが出てきますが、そこは各投資先にとって貢献度合いの高いところを支援するようにしていきたいと思っています。
VCと運命を共にする起業家として、必ずしも「若さ」は懸念材料にはならないということが北尾氏のエピソードからわかる。そんな起業家たちから見て、VCを目指す人に抱く思いは何だろうか。
加茂北尾さんのように、外から意見を言うだけではなく、起業家の船に一緒に乗り込んで行動してくれるのは非常に心強いです。あとは精神的な面ですね。
シードやアーリーステージでは、事業がうまくいかない理由はいくらでも出てきます。その状況下で信じ続ける力が起業家には求められるわけですが、とはいえ難しくなる局面は往々にして出てくる。そんな暗雲が立ち込めるときに、1番信じ続けるパートナーでいてくれるVC、起業家の心が折れないよう支えてくれるVCがありがたいなと思いますね。
笹沼加茂さんと同様、未来を信じてくれるところが非常に大きい。不安要素、不確実な要素が重なったとき、唯一動かないのは信じている未来、いわゆるビジョンと呼ばれるものです。そんな成すべき未来を心から信じてくれるからこそ、VCとして発揮できるパワーもあるのではないかと思います。
若手VCとしてキャリアを積み始めた北尾氏と高津氏。ふたりがこれから見据える先についても語ってくれた。
北尾20代のときは幅広く支援をし、投資先も増えてきました。今、30歳になり、これからの10年は専門性を高めると言いますか、得意分野を研ぎ澄ませていく期間になるかなと思います。
私のベースには起業経験があるため、多くの人が辛く乗り越え難いと思うシード期に価値を見出す面白さがわかります。だからこそVCの仕事は面白い。そこを忘れないまま、キャリアを伸ばしていきたいです。
高津W venturesの企業哲学である『「好き」に、従う。』が、私のエンタメ投資の始まりでもあります。今後も自分の感情をベースにした投資支援を続けていきたいですし、W venturesにはそうした投資ができる環境があると思っています。
起業家としての経験を活かしてVCとして活動する北尾氏と、自らの「アニメ好き」から発展し、エンタメ投資の分野で活動する高津氏。若手VCとしてのキャリアの積み重ね方の一端に触れられたのではないだろうか。
「好き」を突き詰め、常に新たな挑戦をし続ける
今回、スローガンと共に本イベントを開催したW venturesは、エンタメ・スポーツ・ライフスタイルいった領域に投資を行う。7割ほどがシード期からの投資だ。高津氏の発言にあったように、「好き」を重視することはバリューにも掲げられ、行動の源泉になるものとして位置づけられている。
現在、人材採用に力を入れているのは、2号ファンドを立ち上げた時期だからこそ、W venturesの服部氏は、特徴を「toC領域のVCであり、100億円のファンドを運用するなかで、若手VCであっても多くの投資体験ができるファンド」だと説明した。
あらためて、W venturesが求める若手VCの人物像について、新氏、東氏は次のように語る。
新非常に高い熱量の起業家、スタートアップメンバー、支援している投資家と共に、世の中を変えるかもしれないサービスやプロダクトをつくっていけるのがVCの仕事。
世の中の課題を解決するサービスは次から次に出てくるため、何歳になっても新鮮な気持ちで取り組める魅力的な仕事です。興味を持たれた方は、ぜひ応募してきてほしいですね。
東繰り返しになりますが、私がVCを続けていきたいと思えるのは、それだけこの仕事に魅力を感じているから。そもそもVCは求人がなかなか出ないもの。今回募集できるのはファンドの立ち上げ時期だからこそです。
今のメンバーで組織を固定化するのではなく、どんどん新しい方を入れて新たな価値をつくっていける環境を提供したい。今回のイベントをきっかけに皆さんとご縁があれば嬉しく思います。
新たなプロダクト、サービスが起業家によって生み出され続ける中、VC側にも新たな風を入れることが必要だ。
経験や知識の浅い若手であっても、思いや好きを原動力に、ひとつずつキャリアを積み重ねていくことができる。「若手にVCは無理」に終止符を打つのは、こうした挑戦心と信念を持った若手自身だとも言えるのではないだろうか。
こちらの記事は2021年12月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
卯岡 若菜
編集
大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。
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