コロナ禍でも新規事業で「攻めの構え」──POL、“世界一高い山”を登るための逆算思考

インタビュイー
加茂 倫明

高校時代から起業したいと考え、国内外のベンチャー数社で長期インターンを経験後、東京大学工学部在学中の2016年に株式会社POL設立。「研究者の可能性を最大化するプラットフォームを創造する.」をビジョンに、理系学生向けキャリアプラットフォーム「LabBase」等を開発/運営中。

岡井 敏

リクルートキャリアにて経営企画・法人営業・役員を歴任の後、人材系ベンチャーの副社長を務めるなど、長年人材領域に携わる。2020年7月にPOLへ参画し、LabBaseの事業責任者に就任。

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「研究者の可能性を最大化するプラットフォームを創造する」をビジョンに掲げ、19兆円規模の研究市場を「LabTech(研究×テクノロジー)」で切り拓くPOL。国内最大の理系学生キャリアプラットフォーム『LabBase』をはじめ、複数の事業を展開している。

FastGrowは2019年、代表取締役・加茂倫明氏に取材し、創業からの軌跡と経営哲学を語ってもらった。それから1年以上が経った2020年夏、コロナ禍による混乱が収束する見通しもいまだ立っていない中、いかなる局面に差し掛かっているのか。

2020年7月、POLは主力事業『LabBase』の事業責任者を交代した。以後、前責任者の取締役と加茂氏を含む役員3名が新規事業に注力する体制を整え、コロナ禍をものともせず攻めの姿勢を強めている。今回は加茂氏と、『LabBase』の事業責任者を引き継いだばかりの岡井敏氏に、アーリー期から新規事業を重視する意図を聞いた。

  • TEXT BY ICHIMOTO MAI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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“世界一”を目指しているから攻め続ける

東大在学中の加茂氏が2016年に立ち上げたPOL。優秀理系学生のキャリアプラットフォーム『LabBase』、技術情報をもとに事業開発を支援する『LabBase X』、学術領域の専門家による技術スポットコンサルサービス『Acaview』といった事業を展開している。

主力事業である『LabBase』の成長指標は企業と学生の「マッチング数」であり、ユーザー数自体は最重要KPIではないとするものの、2020年7月には登録した理系学生が3万人を突破したといい、急成長ぶりが伺える。

株式会社POL 代表取締役CEO・加茂倫明氏

加茂1年前と比べると、理系学生の中での『LabBase』の認知は、ポジティブなイメージとともに飛躍的に高まりました。企業からスカウトを受け取った体験をユーザーがSNSでシェアしたり、研究室の後輩に伝えたりしてくれて、その口コミを見聞きした学生が登録してくれる、というサイクルが回り始めています。

しかし、2020年2月以降はコロナ禍の余波を受け、企業の採用は一気に縮小傾向に。売り上げにも「短期的な影響はあった」という。

それでも──いや、だからこそPOLはこの半年間、新規事業に注力してきた。オンラインでの採用活動を支援する『LabBase Now』を同年2月に、6月には技術系人材に特化した転職/副業サービス 『LabBase plus』をローンチ。大企業とのパートナーシップ締結や、研究者同士が交流できるプラットフォーム事業の検証も、水面下で進めているそうだ。

加茂コロナ禍によって、学生や研究者、企業を取り巻く環境は大きく変化し、オンラインでの採用やマッチングの重要性が高まるなど、課題やニーズも変わりつつあります。これは新しい事業を生み出していく上での大きなチャンスでもある。ですから、2020年3月以降、コロナ渦で新たに勃興している課題を解決する新規事業に注力する「攻め」の方針に切り替えました。

不況下では、既存事業や収益性の高い事業に注力して「守り」を固めるのが一般的だろう。しかし、POLはそうしなかった。加茂氏は 「キャッシュフローや残キャッシュの状況から、自分たちの生存確率は高いと判断できた」と前置きしつつ、チャレンジングな選択をした理由をこう話す。

加茂常に「高い山に登ること」から逆算して意思決定しているんです。僕たちは、科学と社会の発展に、世界で一番貢献する会社を創りたい。あえて企業価値で言うなら、将来的には時価総額1兆ドル規模の会社を目指しています。その目標を達成するために、「この山の登り方は適切か?」と問い続けている。僕の意思決定の基準は、突き詰めればこれだけです。

“世界一”を目指すために、リソースの「収束と発散」を、一定期間ごとに繰り返しています。ずっと「発散」していると、伸ばしどころに注力できないので強い事業が育ちません。一方、「収束」ばかりしていても伸びる芽を見逃してしまい、機会損失につながる恐れがあります。

これまでもPOLは、数々の新規事業に取り組んできた。2020年冒頭の「発散」のフェーズにおいては、独立採算制の新規事業部を一気に4つ作り、そこから先述の『LabBase Now』や『LabBase plus』などが生まれたという。また、社内で新規事業コンテストを開催するなど、アーリーフェーズとは思えないほど、新規事業に注力している。

7月の入社早々、『LabBase』の事業責任者を引き継ぐことになった岡井氏は、コロナ禍にありながら新規事業の創出に注力するという加茂氏の判断に、驚きを隠せなかったという。

岡井正直、「ずいぶん攻めるな」と思いました(笑)。でも、加茂に「エベレストの頂上を目指すんだ!」と言われて、納得がいきました。その分、自分は『LabBase』を守り、伸ばさなければと身が引き締まりましたね。

前回のFastGrowの取材で、加茂氏はこうも語っていた。「たとえ自分がリソースの大半を新規事業に注ぎ込んだとしても、既存事業がしっかりとグロースしていくような、強いチームをつくり上げる必要がある」。

加茂氏が思い切って判断できた背景に、既存事業を支える「強いチーム」をつくることができているという手応えはあったのだろうか?

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「まっすぐな瞳に恋に落ちた」53歳

岡井氏に事業責任者を任せることにしたきっかけは、共に学生起業した前責任者の松崎太河氏を新規事業担当に配置換えすると決めたことだったという。

加茂この決断の背景には、足元の売り上げを伸ばすためのP/L的な観点だけではなく、中長期的な成長を見据えたB/S的な観点もあります。松崎や僕のように学生起業でキャリアをスタートさせた人は、事業を率いた経験も少なく、良くも悪くも「伸び代しかない」。だからこそ、若いうちに何を経験するかは非常に大切です。

そしてPOLは、LabTech市場を単一の事業ではなく、事業群で攻めていく会社。個人と会社の将来を考えると、僕ら経営陣が、ゼロイチの事業立ち上げの能力を積極的に磨く必要があります。松崎を新規事業側に異動してもらった裏には、そういう狙いもありました。

戦略を考える上では、「最もドラスティックな選択肢から検討する」ようにしています。その中の問いのひとつが「新規事業に振り切るとしたら、どうなるだろう? 」というもの。そうした思考の結果、松崎を配置転換し、新規事業に役員のリソースを集中投下するアイデアが出てきたんです。

こうした判断に踏み切れたのは、頼れる後釜として岡井氏の入社が決まっていた事実も大きかった。リクルートキャリアで経営企画・法人営業・役員を歴任した後、HR系ベンチャーの副社長などを務め、長年人材領域でキャリアを積み上げてきた岡井氏は、HR領域のプロフェッショナルだ。

加茂岡井はHR業界の知見が豊富ですし、POLには少ない、1→10、10→100のフェーズの経験を持つ人間です。将来的には事業責任者を任せようと思いつつ、オファーの際、最初は営業部門のマネジメントをメインに、事業マネジメントも一部兼任でお願いするつもりでした。

しかし、松崎に新規事業に注力してもらうという案が出てきて、入社後すぐに事業責任者を任せると決めました。逆に、岡井が入社してくれたから、松崎を新規事業側に持っていくことができたとも言えます。

これだけの実績を持つ人物であれば、著名な企業で相応のポジションを務めるのが自然だろう。勢いがあるとはいえ、まだまだアーリーフェーズのスタートアップであるPOLへのジョインを決めた理由とは何だったのか。

株式会社POL キャリア事業責任者 岡井敏氏

岡井理屈ではなく、心を動かされた面が大きいです。加茂は「科学と社会の発展に、世界で一番貢献する会社を創る」という、とんでもなく大きな絵を描いていますよね。それを絶対に実現するんだ、と澄んだ眼で語りかけられて、恋に落ちたというか……(笑)。

他のメンバーも、本気でミッションに向かっていることを、1on1などを通じてひしひしと感じます。日々の振り返りや学びをSlackで共有する「look back」という取り組みがあるのですが、その内容がとてもエモくて(笑)。良いことも悪いこともきちんと受け止めて、前に進もうとしている。そうしたピュアでまっすぐな姿はとても尊敬できるし、この仲間たちとなら、ビジョンを実現できる可能性があると感じたんです。

ベテランといえども、入社して1カ月で『LabBase』の事業責任者を任されたことは重圧だったのではないだろうか。当時について、岡井氏は笑顔で振り返る。

岡井入社早々、POLの売り上げの8〜9割を占める事業の全責任を持つことになったわけですから驚きましたよ。でも、期待されないのは寂しいですから、ありがたいです。心地よいプレッシャーを感じています。

私がなすべきは、導入企業の質やスカウトの量などのバランスに配慮しながら、『LabBase』の確固たる価値を確立することだと捉えています。例えば、「マッチングを増やしたいなら、スカウトメールをたくさん送ればいい」という考え方もありますが、研究で忙しい学生に1日に何本もメールが来ると、大きなストレスになります。「研究者の可能性を最大化する」というミッションの実現には、本当に学生にとって魅力的なサービスを追求し続けなければなりません。

ちなみに、1994年生まれの加茂氏と、1967年生まれの岡井氏の年齢差は27歳。加茂氏の両親よりも岡井氏は年上だという。20代〜30代のメンバーを中心に構成されることが多いスタートアップでは珍しいコンビだが、加茂氏は「年齢の離れた人と働く抵抗は全くない」と言い切る。

加茂僕たちはミッションの達成に向かっているのであって、そこに年齢なんて関係ないんですよね。共同創業者の吉田行宏も62歳ですし、POLに必要な人であれば、どんな年齢の方でも歓迎しますよ。

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プレイヤーに留まるか、経営者へと脱皮するか

POLは2020年の9月で5期目に入る。加茂氏は今後の事業拡大を見据え、責任者交代を進める中で、経営者としての目線を養う必要性も感じていたという。

加茂プレイヤーとして仕事をしていると、ゴールからの逆算というよりも、短期的な成果を積み上げようとする思考になってしまいがちです。僕も以前はそうでした。

でも、局所最適の小さな会社になってしまわないように、自分は誰よりも中長期視点で物事を考え、大きな問いに向き合い続けなくてはなりません。例えば、「研究者の可能性が最大化された状態とは、具体的にどんな状態か」「世界中で研究者の力が十分に発揮されていないとするならば、地球規模での要因はなにか」といった問いについて思考し続ける必要がある。

その一方で、プレイヤーとしての動きを手放しているわけでもないという。

加茂『LabBase』を岡井に全面的に任せるとはいえ、事業の現状や課題を僕が全く知らない状態になるのは避けたい。僕が現場の手綱を離すというのは、社員50名規模の段階ではまだ早すぎます。

今までは、誰かに任せた結果、想定したアウトプットが出てこないこともよくありました。その原因のひとつは、僕がきちんと手綱を握れていなかったからだと思うんです。同じ“任せる”でも、任せて終わりの“放任”ではなく、必要に応じてサポートする“委任”のスタイルを取っていかなければいけません。

そのためには、現場の状況を高い解像度で把握していないといけない。要は、中長期視点で思考するだけでなく、足元も高い解像度で見えている必要がある。プレイヤーと経営者は、僕にとって二者択一の“or”ではなく、“and”で両立すべきものです。

学生起業家としてスタートし、ある程度事業が成長してきたタイミングで「経営者」への脱皮に挑む起業家は少なくないはずだ。「仕事を任せるタイミング」について、加茂氏はいかなる考えを持っているのだろうか。

加茂今回は能動的な意思決定ができましたが、これまで大きな仕事を人に任せてきたのは、僕の工数がボトルネックになったときが大半でした。「任せないと回らない」状態になって初めて、人に任せる判断をする起業家は多いと思います。

でも、特に僕のような学生起業家が、少しキツくなったらすぐ人に任せてしまうのは違うかなとも思うんです。まだ何のスキルも経験もありませんから、溺れながら自分のキャパシティも広げていかないといけない。なので、極限までしんどい環境で自分を育てつつ、その時期を冷静に判断できたらベストですね。

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「未来を加速する」ための3ステップ

プレイヤーとして現場の手綱を握りつつ、経営者としての階段も上っていく加茂氏。POLの今後を、3ステップで構想しているという。

加茂まず1つ目は、マッチング機会の最大化。研究者と、その可能性を最大化できる仕事や共同研究先などとの「出会い」を生む、世界最大のプラットフォームをつくりたいです。

2つ目は、情報収集やインスピレーションの最大化。研究者は、年間数百万件ある論文や特許の情報をキャッチアップしたり、先行研究などの情報を探したりすることに、多大な時間を費やしています。「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」をミッションに掲げるGoogleのように、最適な研究者に最適なタイミングで研究や技術の情報を届けられる仕組みを開発したい。それによって、研究者がこれまで以上に有意義なインスピレーションを得られ、研究が加速する社会を創りたいです。

そして3つ目は、科学技術の社会実装です。POLが育てたプラットフォームによって社会を変え得る技術を発掘し、自らDeepTechの事業をつくる、あるいは大企業に接続することで、社会実装を進めていきます。

岡井POLは科学技術の会社なのに、人材の会社だと思われているのが悔しい。最新の週刊東洋経済『すごいベンチャー100』(2020年8月発売)でも、「人材」のカテゴリーに選出されていました。そのイメージを早く覆したいですね。キャリア事業は氷山のほんの一角に過ぎないんです。

加茂氏と岡井氏は、ビジョン達成に向けた当面の課題は、既存メンバーの成長と強い経営メンバーの参画だと口を揃える。POLのビジョンや価値観に共感し、「社会にデカくて良い貢献をしたい」という想いを抱いていることを「大前提」としつつ、求めている人物像をこう語る。

加茂未完成の状況を楽しめるマインドが重要です。POLはまだ事業をスクラップアンドビルドしていく段階にあり、盤石ではない部分も多々ありますが、そうした状況をプラスに捉えて、一緒に会社を良くしていこうと思ってくれる方と働きたいです。

職種問わず募集中ですが、とりわけ将来的にPOLをリードしてくれる人をもっと増やしたい。事業責任者、CxOクラスを担う気概のある方がいたら、ぜひお話しましょう。

岡井成長志向が強く、視座の高い人がフィットするでしょう。POLのミッションは「未来を加速する」ですが、社員の成長を加速する装置でもあります。高い山を目指すからこそ、ゴールヘと向かう道のりの傾斜はきつく、ハイスピードで成長できる。

「どんなに優秀なメンバーがいても、リーダーの器以上に会社は大きくならないと思います。僕が経営者として、どれだけ高い志を心から信じ、戦略を考え抜き、強い仲間を集め続けられるかが、POLの成長における一番の変数」

2019年の取材で、ビジョン実現のためのボトルネックを尋ねたとき、加茂氏は「僕の成長ですね」と即答した。そこから約1年経った今、チャレンジャーとして新たな展開に挑んでいる。その表情からは、組織を率いるリーダーとしての成長が垣間見えた。

こちらの記事は2020年09月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。

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藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。

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