20代で経営を学ぶなら、「非IT系」が狙い目?──地方発・上場企業アイ・ケイ・ケイで事業家が生まれる理由を、新卒3年目の挑戦から探る

インタビュイー
長坂 壽太郎
  • アイ・ケイ・ケイホールディングス株式会社 

瀬戸内海に浮かぶ島の寺に生まれ育ち、大阪大学文学部に進学。卒業後、アイ・ケイ・ケイ株式会社に新卒入社し、ウエディングプロデューサーとして営業に邁進。1年半で支店の営業責任者に抜擢されると、3年目には本社の人事戦略イノベーション室に異動となり、経営幹部候補の採用に従事。CEO直轄の理念経営戦略実践室での新規事業立ち上げも兼務する。

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優秀な若手の多くがGoogleやAmazonといった「王道」を目指すようになってきている。であれば唯一無二の存在になるためには、あえてそれ以外の道を選択する必要があるのかもしれない。

そう思わせてくれたのは、前回ご紹介した九州発ブライダル大手アイ・ケイ・ケイで活躍する入社3年目の長坂壽太郎(ながさか・じゅたろう)氏だ。「新規事業開発に携わりたい」「早くから裁量権を持たせてほしい」という想いから、かつては他の就活生と同じように、スタートアップや知名度の高いITベンチャーを目指していた。

しかしアイ・ケイ・ケイとの出会いをきっかけに「真の成長環境」の条件を考え直し、現在は同社で日々新たな挑戦を積み重ねているという。「チャレンジすることが素晴らしいという文化が深く根付いている」と語る表情は凛々しく、毎日が楽しくて仕方がないというポジティブなエネルギーに満ち溢れていた。

長坂氏はこの会社でどのような経験を積み、将来は何を成し遂げたいと考えているのだろうか。彼のキャリアストーリーは、「成長環境=ベンチャー」のみと思い込んでいる若手に新たな選択肢を提供できるかもしれない。

  • TEXT BY ICHIMOTO MAI
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事業打ち止めも何のその、果敢な失敗は買ってでも味わえ

「10年で50年分の経験ができる会社に行きたい」

今から3年前、就活活動中の長坂氏はそう考えていた。背景には、自身が400年続くお寺の後継者であるという運命が関係している。いつかお寺に戻ると決まっているなら、人よりも短い時間で成長できる企業に行きたい──。そんな想いから最終的に選択したのが、ブライダルを主力事業とする九州発の大手企業アイ・ケイ・ケイだった。

入社してすぐにブライダル事業部に配属された長坂氏は、営業職に就いた。新郎新婦を相手にブライダルフェアの案内役を務める傍ら、社内で定期開催されていたビジネスプランコンテストにも積極的に応募していた。もともと新規事業開発に興味があってアイ・ケイ・ケイに入社したため、チャンスがあれば挑戦したいという想いは最初から強く持っていたそうだ。

そしてこの6月、長坂氏に初めての異動通知書が渡される。そこには、2つの部署名が記されていたのだ。

1つ目は人事戦略イノベーション室(以下、人事室)。2つ目はCEO直轄、新規事業専門の部署「理念経営戦略実践室」だ。人事室で新卒採用の仕事をしながら、社内で具体的に進んでいる新規事業の一端を担うことになった。自分以外は全員30~40代の管理職という環境で、自ら積極的に意見を出していると、職場の雰囲気を楽しそうに語る。

入社3年目にして二足の草鞋を履く長坂氏には、それだけチャレンジの機会も多い。自身の成長を促した経験について問うと、2つのエピソードを明かしてくれた。

1つは、この8月に人事室が最も力を入れているインターンシップの責任者を任されたときのこと。

「世界維新」と名付けられたそのインターンシップは、3日間のワークを通じて学生にリーダーシップ力を身につけてもらうことを目的としている。しかし、昨年はコロナ禍によりオンラインでの開催を余儀なくされた。内容は従来のワークショップではなく、セミナーを主とするものへ変更。今年も変更後の内容を引き継ぐ前提で、長坂氏はこのインターンシップの担当を任されたのだった。

異動直後の初仕事。いきなり大きな裁量を与えてもらえたことは嬉しかったが、それで満足する長坂氏ではなかった。何かチャレンジできることはないか──。そう考えた結果、「オフラインで開催していた『世界維新』の内容を、今年はオンラインで実施したい」と提案したのだった。

長坂どうせやるなら、過去のものを踏襲するのではなく新しいものを作る方がワクワクしますよね? オフラインでできたものはオンラインでもできるはずだし、やってみたいと思ったんです。 それに、コロナ禍の状況は来年も続くかもしれません。一度実績をつくれば、来年以降のインターンシップ運営にも役立つと考えました。

その意気込みに応えるように、人事室のメンバーは長坂氏の提案を受け入れ、協力体制を構築した。まだほとんど人事の仕事を知らなかったため社内から浴びるようにアドバイスを受けたが、怒涛の一ヶ月半の準備期間を経て、インターンは大成功に終わった。

長坂人事室のメンバーからは『これまでのオフラインの開催以上の熱量だった』と言ってもらえました。参加した学生は大勢選考に進んでくれましたし、学生同士でコミュニティが生まれるなど、例年にはなかった動きも見受けられました。思い切って手を挙げて本当に良かったと思っています。

自身の成長を促した2つ目のエピソード。それは、上述の話とは対照的な「失敗経験」だ。

長坂社内で飲食の新規事業を始める話が出ていたので、僕が知っている情報を積極的に関係者に提供していたんです。そしたら、いつの間にか自分がその新規事業の責任者に指名されていまして(笑)。

ウェディングと”食”って切っても切り離せない関係じゃないですか。アイ・ケイ・ケイには腕の良いシェフが多数在籍しているので、婚礼時に限らずもっと多くの機会を通じて弊社の”食”のサービスを味わっていただきたいと、オリジナルのカレーを打ち出す企画を立てたんです。

実際にプロジェクトチームを組んで打ち合わせをしたり、飲食店に視察に行ったり、マーケットを調べて出店地域を考えたり、商品開発をして役員に試食してもらったりと本格的に動きました。しかし、実は結果としてこの事業は中止になってしまったんです。

その理由は、お客様に自信を持って提供できるサービスにたどり着けなかったからとのこと。味に関しては一流のメンバーが揃っているため申し分ない出来だったそうだが、商品のマーケティングやブランディングの観点に課題があり、会長直々の撤退判断となった。

この時、企画のリーダーを務めていた長坂氏が意気消沈したのは言うまでもない。がしかし、心の中についた炎は消えるどころか、より一層その勢いを強めていたのだった。

長坂確かにショックな出来事ではありましたが、すぐに「次だな」と切り替えることができました。会長の金子はよく「一生、一事、一貫。人生を懸けられるものを見つけなさい」と言うのですが、それを考えると、確かに今回の事業には自分の人生を懸けられていなかった。成功しなかったのは当たり前なんだと感じましたね。

そして次こそはうまくいくように、今所属している新規事業専門の部署でできるだけ多くの経験を積み、人生を懸けて取り組める事業をまさに創ろうとしているところです。

一度や二度の失敗などどこ吹く風か、事業家を育成すると銘打つ企業ではこのようなトライアンドエラーは日常茶飯事。本人の飽くなき探究心さえあれば、成功するまでそのチャレンジの機会は与えられるのが、アイ・ケイ・ケイという組織なのだ。

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キャリアは“綺麗な画餅”でなく、“希少性”だけを見よ

前回のインタビューでアイ・ケイ・ケイ会長の金子氏は「失敗は自分で経験しないと意味がない」と言っていた。金子氏の言葉通り、成功だけでなく失敗も数多く経験してきた長坂氏。短い時間で豊富な事業経験を積めたのは、与えられた環境を最大限に活用したいという本人の意思があってこそだ。

その絶え間なくチャレンジし続けられる原動力は一体どこから来るのだろうか? そう問うと、長坂氏は自身の生い立ちとともに就職活動中の想いを明かしてくれた。

長坂僕の実家は400年続く浄土真宗のお寺でした。4人きょうだいの中で、男の子は長男である自分だけ。いつかはこのお寺を継ぐことが生まれながらに決まっていました。その影響で、いつも「どうせゆくゆくはお寺に戻るしな」と考えながら生きてきたんです。それでも努力して大阪大学に進学したのは、特にやりたいことがあったわけではなく世間体を意識してのこと。就活も、「どうせ3年ぐらいでやめるなら」と、若いうちから稼げそうな外資系ばかり見ていました。

そんなとき、ふと「こんな人生は楽しいのだろうか」と思ったんです。なぜなら、世間体で選んでしまった大学での毎日が全然楽しくなかったから。もちろん遊んでいる時間は楽しかったですが、一生懸命何かに打ち込むような、命を燃やすような充実感が4年間の中であったかというと、答えはNOだったんです。

このままでは自分の人生がつまらないままに終わってしまうのではないか……。就職活動を進める中でそんな危機感を覚えたことをきっかけに、そこからは、家業を継ぐまでに最低10年は働くと仮定して就職先を選ぶことにしました。一般的な会社員が40~50年かけて経験することを、僕は最初の10年で経験したいと考えたんです。あえて生き急いでみようと(笑)。

そう遠くない未来に家業を継ぐことが決まっている人生なら、その分誰よりも濃い20代を過ごそうと決めたんです。

確かに、人の数倍の速度で成長したいと思ったら一日も無駄にはできないはず。チャンスは全て掴みにいくといった長坂氏の積極性にも納得がいくだろう。

一方で、成長志向の高い学生が選ぶ企業といえば、他にも選択肢はありそうなもの。長坂氏自身も、一時期は名の知れたITベンチャーに行くつもりだったという。実際に選考が進んでいた企業もあったそうだが、アイ・ケイ・ケイとの偶然の出会いが、長坂氏の運命を変えた。

長坂アイ・ケイ・ケイで実際に活躍している若手社員の話を聞いて、衝撃を受けたんです。入社3年目で100人が所属する組織のトップになり、10〜15億円規模の売り上げを立てる部署を率いているメンバーがいると。

それまで僕は、早くからマネジメントができるとしてもせいぜい5〜10人チームの話だと思っていたので、アイ・ケイ・ケイの規模感はケタ違いでした。ここには大企業ならではのスケールの大きさや安定感があるし、積極的に若手に任せるカルチャーもある。安易に名のあるベンチャーに行くよりも圧倒的に成長できそうだと感じたんです。

そして何より、「人と違うキャリアが歩めることに惹かれた」と、長坂氏は付け加えた。

長坂お寺出身で、世間一般のいい大学を出たベンチャー志向の人間が、老舗ブライダル企業に行く。このストーリーは面白いと思ったんです。僕にしか歩めない道が、アイ・ケイ・ケイにはあると思いました。

実際に今も、先ほど説明した理念経営戦略実践室では、実力と経験を兼ね備えた30~40代の先輩たちと肩を並べて、新規事業に関するディスカッションを繰り返す日々を送っています。現場の営業担当のころには窺い知れなかった、社内でもクローズドに進められている新規事業のタネがいくつもあるんです。僕らはそれぞれについて、ビジネスモデルや組織拡大に向けた採用を考えていく。

ベンチャー企業では20~30代が多いと思うので、この点は特徴的ではないでしょうか?

確かに、今でこそ新卒でベンチャー/スタートアップに行くことは珍しい選択ではなくなった。長坂氏も指摘するように、20~30代の数人のチームで、わからないことに向かって「当たって砕けろ」のように事業を推進する場も多い。もちろん明確な指針を持ってそうした環境に挑み、成長を実現している若手も多くいるが、誰もがそうした環境でこそ最大の力を発揮できるわけではきっとないだろう。

「何となく優秀な若手が多そうだから」、「今の時代で最もイケてそうだから」といった理由で選んでしまうと、それは就職人気ランキングを鵜呑みに上から順に志望するのと同じようなもの。

「希少性にこそ価値がある」。FastGrowでも度々発信しているメッセージであるが、長坂氏はまさにこの考えを体現してきたのである。

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新規事業立案は「じゃあ、上場までの計画描いて」

就活を終え、アイ・ケイ・ケイで誰にも被らないキャリアを歩み出した長坂氏。そこでは想定外の発見が待ち受けていた。

長坂率直に『仕事ってこんなに楽しいんだ!』と思いました。まさかウエディングの現場に自分が入るなんて想像がつきませんでしたが、やってみると意外に夢中になれたんです。その時に、僕にとっては仕事の面白さを決めるものは一緒に働く人なんだなと気づいたんです。業務内容や業種どうこうではないんだなと。

アイ・ケイ・ケイで働く人の素晴らしさ。それは「チャレンジする人を否定しないこと」だと、長坂氏は実感を込めて語る。

長坂アイ・ケイ・ケイには、『チャレンジすることは素晴らしい』という考え方が強く根付いており、評価制度もそのカルチャーが定着するように設計されています。

具体的には、弊社において最も評価されるのは、チャレンジして成果を出した人です。そしてその次に評価されるのは、成果は出なかったがチャレンジをした人。つまり、チャレンジせずに成果が出た人よりも、チャレンジして成果が出なかった人の方が評価される仕組みになっているんです。

振り返ってみると、自分がこれまで受けて来たフィードバックは2種類ありました。1つ目は、『それはお客様の幸せに繋がることなのか?』という指摘。そしてもう2つ目は、『なぜ手を挙げなかったのか?』といった、チャレンジしなかったことに対する指摘です。成果につながったかどうかは、チャレンジの後についてくるものだという認識がどの部署にも共通して浸透していました。

会長の金子からの指示も、時として大胆なものになっています。新規事業の立案は僕も日々やっているのですが、以前「この事業を成立させて、子会社から上場させるに至るまでの収支も含めた計画を書いてみて」と言われたことがありました。ビジネスプランコンテストのようなものなら他の企業でもあると思いますが、上場までの道を描くなんてことは、そうないですよね(笑)。金子と一緒に新規事業を考えていると、急にスケールが大きくなるんです。

採用と新規事業、2つの部門でそれぞれ新たな施策を打ち出す長坂氏ですら、「無茶振り」にも見えるような更なるチャレンジを促されるアイ・ケイ・ケイの企業文化には驚かされる。人事でもある長坂氏は今、「任せてもらえる環境が整っているからこそ、挑戦に貪欲な若手をもっと増やしていきたい」と考えているそうだ。

長坂アイ・ケイ・ケイは九州においてはありがたいことに認知度のある企業なので、応募者の中には「アイ・ケイ・ケイに入る」ことが目的になってしまっている人もいます。

でもそうではなく、「アイ・ケイ・ケイをこんな風に変えていきたい」とか、「仕事を通じて自己実現したい」という想いを持つ人にきてほしいと思っています。ITベンチャーなども視野に入れながら、成長環境を求めて就職活動をしている人に当社を検討してもらいたいですね。

特に向いているのは、「目的地に早く着く列車に乗ることではなく、目的地に行くまでのレールを作ることにワクワクできる人」。ワンピースで新世界に向かうルフィのような感じです(笑)。豪華な海賊船ではなく、あえて手作り感も見えるような木の船を選ぶことで、今までになかった道を楽しみながらつくっていける。その先で、「あのアイ・ケイ・ケイを大きくしたのが君なの?」と言われる日が来るかもしれないと思うと、すごくワクワクしますね。

確かに、どんなに優秀な若手でも世界的な人気企業に入ってしまえば、その中で頭一つ抜けるのは至難の技。しかし、王道からは一見逸れた会社に入り、早期から新規事業開発や部門責任者などを通じてキーパーソンになることができれば、市場からの評価にもつながる。

繰り返しになるが、希少価値の高い人材や変革者ほど、王道は歩まない。選ぶ先は時代と共に変われど、これは世の常である。そして、単に王道から逸れていれば良しという話ではなく、なかでもまだ未完の、自ら事業を創り出していける環境こそが相応しいと長坂氏は教えてくれる。

もちろんそれだけではまだまだ選択肢が広く、世のベンチャー/スタートアップの多くが当てはまるだろう。しかし、アイ・ケイ・ケイのような、同世代だけでなく経験豊富なベテランのビジネスパーソンを巻き込みつつ、上場を見据えた前提での事業創造まで若手に任せてくれるといった環境は、そう多くはないはず。「周りとは一味違う経験を積みたい」という人に最適な道は、こういうところにあるのだろう。

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“自分軸”発見のきっかけは、
「阪大を出て、大好きな芸人の道へ」という友人

今でこそアイ・ケイ・ケイという選択が間違っていなかったと堂々と語る長坂氏だが、当初はサービス業に携わるイメージを持てず、人知れず葛藤していた時期もあったようだ。そしてそんな自分を世間体から解き放ってくれたのは、友人のある一言だったという。

長坂大学の同級生で、お笑い芸人を目指すと言って聞かない友人がいました。彼は「俺は、どんなに人に笑われても、もったいないと言われても、貧乏でも、狭い部屋でカップ麺すすりながらネタ描いてるときが一番幸せやわ」と屈託のない笑顔で言っていたんです。

そのセリフに僕は愕然としました。自分はなんてちっぽけなことで悩んでいたんだと。誰かに何かを言われようと関係ない。どんな道を選んだとしても、自分が生き生きと働けばそれが最善の道になる。この会話をきっかけに、価値判断の基準が他人の中から自分の中にバチンと移りました。

自分の選んだ道を後悔なく歩んでいることは、長坂氏の言葉の節々から伝わってくる。今後はどんな新しいチャレンジをしたいと考えているのだろうか。

長坂社内起業を実現して、ブライダルとは違う事業でアイ・ケイ・ケイの名前を世間に広めていきたいです。経営って、世の中に対して自分たちが大事にしていることを伝える“メッセージ”だと思うんです。それがここアイ・ケイ・ケイにおいては、どこまでもお客様への感動を追求する、「感動創造カンパニー」でありたいというもの。

じゃあその中で僕ができることとは何か。それは、自分は今までいろんな方々の言葉によって救われてきたので、言葉を通じて人が変わるきっかけを与えられるような事業を展開することです。具体的には、ビジネスと宗教を結びつけるといった誰も思い付かないような事業に挑戦してみたい。それは、お寺に生まれてこういう人生を歩んできた自分だからこそチャレンジできるものだと思っています。

就活時に決めていた10年という区切りは、もう考えていない。会社を続けるか実家を継ぐかの二択ではなく、その時々で一生懸命になれることに取り組んでいきたいと力強く語った。

自身の運命に対する向き合い方も、この数年で大きく変わったようだ。

長坂この会社に入るまでは、『なんで俺はこういう境遇なんだ』と思っていました。自分の人生、選択肢が全然ないと思っていたんです。でも今は、逆に選択肢は人よりも広いんじゃないかとすら思っています。例えば、お寺を使ったビジネスなんて自分のような生い立ちでなければ普通は思いつきませんよね?

ちなみに最近、こんな言葉に出会ったんです。『宿命に耐え、運命と戯れ、使命に生きる』──これはアナウンサー、司会者の古舘 伊知郎さんが発していたもので、”生きることは使命であって、生きたなら死ぬまでに懸命に何かを成し遂げろ”という意味だそうです。僕はまさにそんな人生を歩んでいきたいなと、そう思っています。

長坂氏のように、稀有な出自や経歴によって「自分は他と比べて人生の選択肢が限られている、自由がない」と感じる方もなかにはいるかもしれないが、程度の差こそあれ皆個々に事情を持ってキャリアや人生を歩んでいるのだ。

この道はある人にとっては適した道かもしれないが、ある人にとっては先が開けない道ともなり得る。一昔前の日系大手大企業への就職はそうだったかもしれないし、最近も「とりあえずベンチャーでしょ」と考える人は少なくない。しかし、人生、キャリアにおいて絶対の正解はなく、最適な環境というものは100人いれば100通りの選択肢があるはず。それを、長坂氏は体現しているとも感じる。

配られたカードのなかでベストな解を創り出していくといった、そんな気概こそが、自身を唯一無二の存在へと押し上げる。彼のようなチャレンジ精神を持った若手を、アイ・ケイ・ケイは大手を振って歓迎しているのだ。

こちらの記事は2021年10月29日に公開しており、
記載されている情報が異なる場合がございます。

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フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。

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