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3.11以降東北を感動で支援する写真家・石井麻木 アーティストの災害支援のあり方

災害を完全に防ぐのが難しいことと同様、災害からの完全な復興もまた困難だ。しかも、インフラや建物の整備に加えてそこに人間の感情も加わるのだから、「元通りになる」ことは不可能である。しかしそれでも人生は続く。時に進むべき方向を見失うような出来事が起ころうとも、人は再び前を向いて歩いていかねばならないのだ。そのためにアーティストができることは何か?3.11以降、東北を撮り続けている写真家・石井麻木さんに伺った。
特集 THE STARTUPS SAVE THE WORLD
地震、豪雨、津波など自然災害が多い日本。スタートアップはこの国にどんな貢献ができるのだろうか。人を救うテクノロジーとは?
17-11-02-Thu

なぜ被災地に通うようになったのですか?

初めて現地に足を運んだのは東日本大震災が起きた直後です。居ても立っても居られなくなり、必要な物資を届けに現地に向かいました。

私は写真家なのでそのときもカメラと一緒でしたが、とてもじゃないけどシャッターは押すことができず、隠すように持っていました。

ですがそのカメラを見付けた避難所の方から、「この地獄のような様子を写して全国に伝えてほしい」と言われて、そうか写真にはそういう役目もあるのかと思って写させていただくようになりました。写してほしいという声をいただかなければ写すことはなかったと思います。

初めて写せた写真は、避難所に設置された段ボールの中で男の子が本を読んでいる姿です。誰が挿したのかわからないけれど、段ボールのつなぎ目に挿された一輪の花が、絶望の中に咲いた希望のように思えてならなかった。

どんなに悲しい状況にもどこかに希望があることを教えてもらった気がします。悲しみや苦しみの中にも、いつだって小さくても光があることを、見つけていきたい。そうした想いから、月命日には仮設住宅に通い続けています。

Photo by Maki Ishii 『3.11からの手紙/音の声 増補改訂版』(シンコーミュージック)より

東北に足を運ぶ時は自分で運転していくんですが、この時間がわたしにとってはすごく大切なんです。春夏秋冬と景色を変える東北道を走っていると、巡る季節の中で聴いたみんなの声や表情が走馬灯のように駆け巡っていく。

この時間をちゃんと感じ考えるために、ひとつひとつを忘れないように、できるだけひとりで赴くようにしています。

「写真で伝える」ことに関して、フォトジャーナリストと写真家に違いはありますか?

わたしには涙は撮れないし、ご遺体安置所のような悲しい光景も写すことができませんでした。だけどそうした光景を切り取って伝えることもすごく大切なことだし、そういう現状を伝えてくれる人たちがいるから、私自身も世界の現状を知ることができています。

ではわたしの写真が伝えられるものはというと、6年と7ケ月通い続けているからこそ写せる現地の方々の表情かもしれません。数年に1回来てバーっとカメラを回してバーっと帰るような撮影隊には写すことはできないかもしれない表情だと思います。

カメラは武器にもなってしまうと思っていて、着の身着のまま避難所で過ごされてる方に声も掛けずにいきなりレンズを向けるのはただの暴力でしかない。

実際、震災直後に「はい、ここから撮るよー」と言っていきなり避難されてる方々にカメラを向け、

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