コロナ禍で60%の売上が消滅。大きな困難の中、越境ビジネスのスタートアップ・NOVARCA(旧トレンドExpress)が、それでも急成長を遂げた理由

インタビュイー
濵野 智成

大学卒業後、世界有数のコンサルティングファームであるデロイト・トーマツ・グループに入社。120社以上への経営コンサルティング支援を行い、グループ最年少のシニアマネージャーとして東京支社長、事業開発本部長を歴任。株式会社ホットリンクに参画後、COO(最高執行責任者)としてグローバル事業、経営企画、事業開発、戦略人事、コーポレート部門を統括。新規事業として立ち上げた株式会社トレンドExpress(現:株式会社NOVARCA)をカーブアウト型で分社化して代表取締役社長に就任。 クロスボーダービジネスの先駆者として東京と上海をベースに活動中。

倉林 陽

富士通、三井物産にて日米のITテクノロジー分野でのベンチャー投資、事業開発を担当。MBA留学後はGlobespan Capital Partners、Salesforce Venturesで日本代表を歴任。2015年にDNX Venturesに参画し、2020年よりManaging Partner & Head of Japanに就任。これまでの主な投資先はSansan、マネーフォワード、アンドパッド、カケハシ、データX、サイカ、コミューン、FLUX、ゼロボード等。同志社大学博士(学術)、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営大学院修了(MBA)、著書「コーポレートベンチャーキャピタルの実務」(中央経済社)

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DNX Venturesの倉林陽氏が、SaaS事業を展開していないスタートアップにも投資していることをご存知だろうか?意外だと感じる読者が少なくないかもしれない。今回はそんな珍しい例をご紹介したい。

中国経済と日本企業2022年白書」によると、日本は2021年の中国の輸出先として国・地域別で第3位、輸入先としても第3位となっており、重要な貿易パートナーとなっている。また、ジェトロ(日本貿易振興機構)が日本の財務省貿易統計と中国海関統計を基に、2021年の日中貿易を日中双方の輸入統計でみたところ、貿易総額は前年比15.1%増の3,914億4,049万ドルとなり、2011年(3,784億2,490万ドル)以来10年ぶりに過去最高を更新した。

中国は日本以上の巨大市場であり、輸出先として非常に大きな旨味を持っている。しかしながら日系企業にとって中国市場への参入障壁は高く、消費者トレンドや中国マーケティングの最前線を追い続けるのはなかなか難しい。NOVARCA(旧トレンドExpress)はそんな日系企業へ、データテクノロジーを駆使した独自のプラットフォームサービスを提供している企業だ。

倉林氏は、NOVARCAの代表・濵野智成氏の人柄に惚れ込み、シリーズAから出資を行っている。倉林氏に「どこまで伸びるか予見できない会社」と言わしめるNOVARCA、その魅力や将来性に迫った。

  • TEXT BY MARI FUJIMOTO
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波瀾万丈のスタートアップにDNX倉林氏が惚れ込んだのは、代表・濵野氏の人の良さ。

中国を中心とした越境ビジネスプラットフォームを展開するNOVARCAは、2015年にホットリンクの新規事業として立ち上げ、2017年に分社化してできた会社だ。

自社開発のBIツールと緻密なコンサルティングやマーケティングサービスをかけ合わせた事業で伸びていたが、2020年コロナショックの大波をもろに被った。国や地域がロックダウンし、インバウンドが停止。むろん資金面でも大変な苦労があったが、そんな中で2017年のシリーズAからリード投資し、支え続けていたのがDNXの倉林氏だ。なぜNOVARCA(旧トレンドExpress)への投資を決意したのだろうか?

倉林ご縁ですよ。僕、ご縁っていうのは大切にしているんです。

倉林氏は大真面目な顔で言う。

撮影:藤田慎一郎

濵野氏と倉林氏の出会いは、札幌で開催されたスタートアップイベントだった。イベントの中でホットリンクの創業者である内山幸樹氏を介して知り合い、意気投合した。倉林氏は前職Salesforce Venturesの在籍中にホットリンクへの投資を行っており、内山氏とは旧知の仲。ホットリンクからカーブアウトする予定の濵野氏から投資の相談を受け、ぜひ手助けしたいと考えたという。

倉林親会社の時から蓄積されてきたデータ解析技術や、そこから派生してできた中国向けのビジネス。唯一無二のポジションがあると感じました。

そして、濵野さんが素晴らしかった。経歴や経験ももちろんなのですが、それ以上にとにかくEQも高くて、「良い男」なんです(笑)。初めて会った時に彼の人間的魅力がにじみ出ていました。第一印象でいけると思ったというと半分冗談ですが、半分とても大事な部分だと思ってます。

縁と事業のユニークなポジション、濵野氏の人柄。そしてDNXが主に投資しているSaaSのビジネスモデルの立ち上げ期の企業だったこともあり、倉林氏は投資を決意した。が、波乱が起きる。SaaS事業が上手く立ち上がらなかったのだ。

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「SaaSを捨てていい」倉林氏が作った2つの岐路

濵野氏はSaaS事業をなんとか立ち上げようとした。プロダクト開発の責任者を新しく雇ったり、ロードマップを描き直したりと奮闘したが、状態は芳しくなかった。

提供:株式会社NOVARCA

濵野DNXにとっては、SaaSこそが得意分野です。投資家目線だと、何がなんでもSaaSを立ち上げてほしいという議論になってもおかしくなかったんですが、ある時、倉林さんはむしろ「SaaSを捨てていい」と言ってくれた。

倉林僕としてはSaaSの事業が立ち上がる方がアドバイスがしやすいというか、いつも通りになるのですが……。ただ、それはあくまで僕の都合です。会社が勝つのには、色々な形があると思うので、固執し過ぎる必要はないんです。

SaaSでない領域を伸ばしていくことになったが、マーケティング事業を伸ばそうとしても、コロナショックの影響でインバウンド需要がない。試行錯誤の末、eコマースに活路を見出すことになる。

濵野取締役会で、倉林さんにもこの構想を伝えたところ、「本当にやれますか?新規事業を立ち上げると言って、結局SaaSも立ち上がりませんでしたが」と緊迫した感じで覚悟を迫られました。あの一言がターニングポイントでした。

倉林既存のマーケティング事業がある中で、eコマースにコミットするということは、相当な覚悟でやってもらわないといけない。色々な事業に手を出して、中途半端になってはいけないですから。COOの中澤さんが迫力ある顔で、「やりますよ」と言い切ったのが印象的でした。で、めちゃくちゃ伸びた。伸びるとは思っていましたが、ここまで急激になるとは思っていませんでした。

しかしながら、事業を急成長させるためには相応のコストが不可欠になる。特にシリーズCまでは、資金調達には非常に苦労したと振り返る。大きな理由としては、NOVARCAの株主構造があった。上場企業からのカーブアウトのため、投資家目線だと警戒するポイントが多く、手を出しにくい背景があったという。

濵野シリーズBのタイミングでは、前年比2倍以上の継続的なトラクションがあったにも関わらず、20〜30社回っても有力な投資家が見つからず、途方に暮れていたところ、救いの手を差し伸べてくれたのが倉林さんでした。忘れもしません、中目黒のビアバーに夜11時に倉林さんをお呼びして。相談させてもらったところ、その場でバンバン投資家候補にDMを送ってくれたんです。1時間で10通くらい。その中の1社からリード投資家が決まりましたし、フォロー投資家も1社決まりました。本当に困った時に支えてくれる。感謝しています。

倉林「決まらないわけがない」と思ってたんで。当たる先について切り口を変えて、当時のNOVARCAのリスク・リターンプロファイルに興味を持ちそうな投資家さんに連絡をしてみたんです。結果的にはそれが良かったんですね。

ロジカルに説明しつつも、「あの時は大変だったよね」と笑う倉林氏。両者の奮闘の甲斐あってシリーズBの調達にも成功し、NOVARCAは軌道に乗って右肩上がりの業績を叩き出すようになる。

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周りが自律的に動き出す。
濵野氏の「支えるリーダー」像

冒頭で倉林氏から「良い男」との評価はあったが、起業家・経営者としての魅力はきっとほかにもあるはず。そう感じて倉林氏に尋ねると、出てきたのは「濵野氏には3つの良さがある」。

倉林とにかく一生懸命で誠実。それに、とても議論が整理されている。そして、社員との向き合い方。単にリーダーシップを取って引っ張るのではなく、仲間にいじられながら、うまくやる関係性ができているというか。みんなが自律的に動いていくんですよね。

提供:DNX Ventures / 撮影:平岩亨

「これは難しいかもしれない」と感じるような難しい交渉を、人当たりの良さで上手くまとめてしまう濵野氏の手腕に、倉林氏は幾度も舌を巻いたという。その人当たりの良さや、周りが自律的に動いていく組織を作るリーダーシップを培ったものが濵野氏の過去にあった。

濵野氏は21代も続く商売人の家系で、幼い頃から商売の英才教育を受けて育った。父親と飲食店に入るたび、客の入り具合や従業員数、メニューなどを観察し、その店の売上を予想するのが幼少期の習慣だったという。

濵野僕が高校生になった頃、父の会社がバブルのあおりを受けて窮地に追い込まれました。そのとき父の会社を手伝った経験から、経営コンサルタントの道を志しました。苦しい経営者を支える仕事、経営参謀のような役割が自分の天職だと思っていたのですが、商売人の血筋は争えずに起業家としての成し遂げたい志のようなものが大きくなってきて。結局トレンドExpress(現・NOVARCA)をカーブアウトして創業したんです。

そんな経験から、濵野氏の経営スタイルは「経営参謀」、支える側のスタンスに近いものになった。華々しいリーダーシップをとって周囲を引っ張っていくだけではなく、従業員が才能を開花させられるような環境を作り、メンタリングでサポートしながら、人の可能性をどんどん活かしていくスタイルを取っている。

経営者の多くは、日常業務を従業員に任せ、重要な仕事は自ら行う。しかし、濵野氏は逆で、重要なポジションを自ら担当するのではなく、あえて仲間に任せてしまう。

濵野会社としてのビジョンや登るべき山は私の方で決めていくんですが、事業を引っ張る主役は現場の人間です。背中を預け合えるボードメンバーや、現場の社員たちがどれだけ才能やパフォーマンスを最大化できるかというマネジメントスタイルは、経営コンサルタントとして経営者のパフォーマンスを最大化させていく能力にも直結しているかな、と思っています。

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「このままでは日本が終わってしまう」
濵野氏を突き動かす、切実な焦燥感とビジョン

NOVARCAは、「国境の先に、新常識を。」というミッションを掲げ、世界への架け橋として、グローバル市場に挑む企業を成功に導く企業だ。事業成長や資金調達といった困難のみならず、コロナショックで大きなダメージを受けることが明らかな事業であり、かつ日中関係や米中関係、香港・台湾情勢など社会情勢の影響も大きく受ける。多くの経営者が尻込みするような舵取りの難しい事業だが、濵野氏が続けてこられた原動力はどこにあったのだろうか?

濵野私、すっごく課題感を感じているんです。このままでは日本が終わってしまうという、すごい危機感がある。だから起業家をやっているんですが。「Japan is No.1」と言われたバブル時代から、この30年間は「失われた30年」と言われています。この30年が、40年、50年と続いていくリスクが、めちゃくちゃあると思っています。私は今37歳なので、人生のほとんどがその30年にピタッとハマっている。

バブルのあおりを受け、会社が苦難に陥った父の苦しい姿なんかも見てきました。私は日本が世界に誇れる経済成長を実現する姿をもう一度実現したいんです。それが私のやりたいこと、突き動かすもの、自分のパワーになっているものだと感じます。それを実現しないことには、死んでも死にきれないというような。

普段は「支えるリーダー」として、チームメンバーの能力を開花させるサポート役に回る濵野氏。熱く語り続ける濵野氏の胸中には、経営側に立つことでしか解決しようがなかった切実な焦燥感と明確なビジョンがある。さらにその先のビジョンはあるのだろうか?

濵野ここまで言うと飛躍し過ぎになるかもしれませんが、私、国境なんてなくなればいいと思っています。

これからの世の中はどんどんボーダーレスになっていくと思うんです。LGBTQのような性別のボーダレス化や産業のボーダレス化もそう。当社が行っている越境ビジネスだってボーダレス社会の一例です。国境に囚われるとグローバル市場で事業も成長しないし、グローバルな組織も開発できません。

当社の社員には、ハーフだったり帰化したりと2つ以上の国籍や出自についてのアイデンティティを持った人も多くて、とてもダイバーシティに溢れる組織です。何か境界線が生まれると、そこには争いが生まれるのではと思っていて、世界平和というとすごく抽象的な表現になりますが、国境を超えて、もっとボーダーレスに繋がる社会が作れたらいいなと思っています。日本と中国を繋ぐという我々の事業の延長線上に、そういう世界観があるといいなと。

例えば「あまり中国が好きでない」と思ってしまっている人でも、実際に旅行に行ってみたり、中国人と触れ合ったりすることで、中国が好きになって帰ってくる。日本旅行や日本の商品に触れるのも一緒で、日本の人や文化や商品を知って触れて、初めて日本の良さがわかるっていうのがあると思うんですよね。

この情報やモノや人の流通を我々が、日本と中国だけでなく世界規模で作っていくことが、結果として、他の国に興味や好感を持つきっかけになるかもしれません。

我々の事業が成長した先に、多くの国の人が国境の価値観を超えて双方に触れ合い、相互協力していく世界観を創り出していくことが、我々のビジネスだと思っています。

NOVARCAでは、日本と中国のサプライチェーンやバリューチェーン全体に影響を与えていくプラットフォームを扱っている。これを世界規模へ、大きく広げていくのが今後の課題だという。

今後はコロナショックの影響で低迷していたインバウンド需要も回復してくる。サプライチェーンマネジメントを構築するためのテクノロジーを進化させていくため、規模拡大を支えていくための基盤システムやテクノロジーといった部分に大きく投資していきたいと構想している。

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どこまで伸びるのか予見できない。
2022年、NOVARCAが迎えた新たな船出

濵野まずは今の主力事業を世界的なプラットフォームにしたい。さらに、国境の先に新常識を創る事業やサービスをさらに開発・拡大したいです。上場することがゴールでもないし、もっと価値ある大きなことをしたいと思っているんです。

倉林氏がアメリカの事例だったり、素晴らしい起業家の考え方や長く高い評価を得られる企業モデルを紹介したりと、常に視座を高め続けてくれると濵野氏は言う。

提供:株式会社NOVARCA

濵野当社は外国人のメンバーが全体の6割、女性は社員も管理職比率も6割と、多様性のある会社です。ただ、グローバルで通用する会社、チームという面では、まだまだ課題があります。より強力な経営チームを作りたいと考えているので、そんな思いに共感してくれる方には、ぜひうちに来てほしいですね。

倉林本当にどこまで伸びるのか予見できない会社だなと思っています。eコマースなど、投資をした頃にはなかった事業がこんなに立ち上がっていて、どんどん成長しています。

今後、この伸びているソーシャルコマース事業に関連して、いろんなビジネスを追加していってくれるというので、期待しています。それこそ、ここでやっとSaaSのビジネスが立ち上がるかもしれない。そういうポテンシャルを考えると、これがスタートアップの醍醐味ですよね。

「この会社はどこまで行くんだ?」みたいな。投資したお金を有効利用して、さらなる成長につなげていただきたいですね。

濵野氏の率いる同社は2022年10月に33億円の資金調達を行い、カーブアウト元だったホットリンクの連結子会社からも外れた。これを第2創業期として、2022年12月に称号を「株式会社NOVARCA(ノヴァルカ)」に改めた。「NOVA」は「新しい」、「ARCA」は「架け橋」「箱舟」を指す言葉だという。「国境の先に新常識を」というミッションを体現するべく、新生NOVARCAとして新たな船出に臨もうとしている。

こちらの記事は2023年01月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤本 摩理

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