自動化されるメディア業界──コンテンツ制作の「センス」が問われなくなる時代を占う2社

AIの台頭によって、人力の仕事が代替されるトレンドは以前から指摘されている。

過去5〜10年、配達やWebサービスにおける一部の業務を中心に、世界中にいるフリーランスに仕事を外注して事業を回すクラウドソーシングモデルが採用されてきた。

しかし、今では外注コストを省くため、配達の自動化やAIチャットボットの導入事例が相次ぐ。

たとえば、オンデマンド配達サービス「Postmates(ポストメイツ)」は、2017年に自動配達ロボット「Starship Technologies(スターシップテクノロジーズ)」と提携して、ワシントンD.Cで配達自動化の実証試験を行っている。

こうした自動化の波がメディア業界にも来ている。

従来人力頼みのコンテンツ制作プロセスが、AIによって自動化されてきているのだ。

本記事では、メディア業界のAI自動化を牽引するスタートアップ2社を紹介したい。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
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動画制作の自動化 ── Wibbitz(ウィビッズ)

Wibbitz

クラウドソーシングを続けていると、どのようなフローで仕事を回すべきなのか、想定アウトプットはどのようなものになるのか、といったマニュアルデータが溜まる。自動化に際しては、こうしたデータをAIを用いて解析するのがおおまかな流れだ。

動画制作分野は好例だろう。FacebookやTwitterに代表されるSNS時代の到来により、視聴シーンはテレビからスマートフォンへ移った。SNSユーザーは、移動時間や仕事の休憩時間にコンテンツを消費するため、1〜2分ほどで消費できる短尺動画が流行。その最先鋒として登場したのが動画メディア『NowThis(ナウディス)』であった。同社は2012年にニューヨークで創業し、累計調達額は3,200万ドル(約35億円)にのぼる。

NowThisはTV局や動画取材データを持つ大手メディア企業と提携。提携先から動画データを受け取り、各SNSに縮尺やコンテンツの長さ、趣向を最適化させて配信する「分散型メディア」という考えを広めた。顧客企業は自社コンテンツのSNS拡散をNowThisに一任でき、NowThis側は編集・制作作業にのみ特化できるWin-Winの構図だ。

分散型メディアの考えが普及するにつれ、1〜2分ほどの動画を配信する短尺動画メディアが乱立した。しかし、動画市場が大きくなることで、デメリットも発生。たとえば政治や経済、芸能界で大きなニュースが起きた際、競合メディアも全く同じコンテンツを配信することが頻発したのだ。そこで各メディアに求められたものが「制作スピード」であった。

動画制作プロセスをアウトソーシングしていては、競合よりも配信が遅れてしまう危険性がある。人力に依存するがゆえに、進捗の遅れが発生してしまう場合も多々ある。

また、コスト削減にも取り組む必要性が出てきた。速報系ニュースが主に扱われる短尺動画の市場において、オリジナリティを追及する時間はない。そのため、動画を数多く配信して、視聴数を稼がなければ競合に負けてしまう。

こうした動画市場の課題を解決すべく登場したのがWibbitzである。同社は2011年にニューヨークで創業し、累計3,000万ドル(約33億円)を調達している。

WibbitzはAIを活用した動画制作SaaSを提供する。利用企業はテキスト記事を配信する大手パブリッシャーだ。配信した記事をAIで分析し、各SNSに最適化された短尺動画を自動生成する仕組みとなっている。商用利用可能な写真や動画を手軽に埋め込めるカスタマイズ機能も備わっているため、自由度の高い動画制作環境も提供されている。

短尺動画の制作を続けていると、アニメーションを使うべきタイミングや、視聴者の目を惹く動画をどこに挿入すべきかが決まってくる。このマニュアルプロセスをAIに学ばせて自動化させた。

顧客企業に米国の大手経済メディア『REUTERS(ロイター)』『Forbes(フォーブス)』『Bloomberg(ブルームバーグ)』などが挙げられる。こうした企業は速報性を高く求められるテキスト記事制作には長けているが、動画制作には対応しきれていなかった。そこで、WibbitzのAIサービスを導入することにより、短尺動画市場でもテキスト記事同様の速報スピードを獲得したのだ。

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記者のバイアスを駆逐する新興メディア ── Knowhere(ノーウェア)

Knowhere

2015年にサンフランシスコで創業し、累計200万ドル(約2.2億円)を調達したKnowhereは、政治ニュースにおける記者のバイアスを、AIを用いて取り除いたニュース配信を目指す。

政治ニュースを見ていると、論調が偏っていることに気付く瞬間が多々ある。単一のニュース媒体のみを消費していては、そのメディアの趣向にだけ染まってしまう。複数のソースを参考にしなければ、俯瞰して物事を考える機会が失われる危険がある。

Knowhereは、こうした問題を解決する。まずは、インターネット上の記事をAIを使って収集。解析したコンテンツを右派・左派・中道のカテゴリーに沿って3つの記事に自動で書き上げる。読者はウェブサイト上で事実だけをまとめた中道記事を最初に読み、その記事が右派と左派がどのような論調でまとめているかをその場で比較できる。

異なる政論を語るメディア同士であっても、必ず事実の部分は同じ。その点をAIで分析し、まず読者にフラットな情報として伝える。事実認識をしたのちに、世の中の右派と左派がニュースをどのように伝えているのかを客観視させるプラットフォームを作った。

これにより、特定の記者や企業のバイアスのかからない中立性を担保させたのだ。ニュースメディアの過激報道を取り締まる“第三者委員会”の役割を持つと言っても過言ではないだろう。政治記事以外でも、経済やテクノロジー系ニュースに対してポジティブとネガティブな論調を比較できる仕組みも導入し、扱うニュースカテゴリーは増している。

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メディアに求められるものはストーリー性

Flickr ©Megane Callewaert

ここまで紹介したスタートアップ2社は全く違う側面を持つ。最初のWibbitzは、AIによる自動化を促すことによって、市場に大量のコンテンツを制作する仕組みを完成させた。大手メディアは動画コンテンツを素早く制作したい需要を強く持つことから、市場からの信頼も厚い。

たとえば、国内でもおでかけ動画マガジン『ルトロン』を運営する株式会社オープンエイトが、AI動画生成ツール「LeTRONC AI」をリリースしている。ユーザーの興味に合わせて、ルトロンの素材動画を使い、最適な動画コンテンツを編集、生成できる。

オープンエイトは自社動画メディアを活用してAIツールを生み出したが、仮にこの動画生成技術だけを独立させれば、Wibbitzのモデルが日本で誕生するかもしれない。ルトロンへの動画活用に結びつかないデメリットを抱えるが、新聞社に代表されるテキスト記事コンテンツを軸とする大手企業向けのAI動画ツールサービスとなるだろう。自社動画に紐付けた閉じたサービスではなく、技術に市場普遍性を持たせることで大きなビジネスチャンスを掴めるはずだ。

一方、Knowhereは既存メディアおよびメディア業界に対してのアンチテーゼの特徴を持つ。大手メディアになるほど、コンテンツの論旨を株主や親会社の意向をくみ取って意図的に寄せる可能性がある。そして、コンテンツ消費者の思考が、自然と脚色されてしまう潜在的なリスクも発生する。この課題への解決が、AIによるフラットな媒体を誕生させた。

注目すべき点は、長期的にどちらが市場から評価をされ、長く生き残れるかを考えることだ。

WibbitzのようなAI動画制作SaaSは確かに利用価値は高いが、似たようなサービスが今後普及するのはおおよそ見当が付くであろう。しかし、Knowhereが象徴するメディアの中立性は、メディア業界が存在する限り、長く評価されるポイントではないだろうか。

大手メディアになるほど、多くのしがらみを抱え、偏りのある特定の論調からシフトすることが困難になる。このジレンマはすぐに解決されるものではない。言い換えれば、Knowhereが指摘する課題点は長く議論されるものであり、だからこそサービスも長生きすると考える。

Knowhereは業界に横たわる慣習的な課題点をAIで解決するという「ストーリー性」において長けていると言えるだろう。単なるツールだけではなく、多くの人によって長く議論されるべきテーマを掲げることが、現代のメディアに求められる“センス”だと考える。

こちらの記事は2019年01月11日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

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