連載M&A後の起業家たちの挑戦

M&Aは結婚だ。
コインチェックが事件を経て黒字化、新規事業と再起を遂げた理由

インタビュイー
大塚 雄介

早稲田大学大学院修了、物理学修士号取得。株式会社ネクスウェイを経てレジュプレス株式会社(現:コインチェック株式会社)に参画。2014年2月に取締役に就任。2018年4月に執行役員に就任し、マーケティング・事業開発などを統括。現在は、バーチャル株主総会支援のSaaS事業を統括するほか、2022年1月に立ち上げたWeb3時代を牽引するスタートアップを支援する「Coincheck Labs」に従事し、当社におけるWeb3領域への投資活動や啓蒙をリードしている。

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2018年、日本企業によるスタートアップのM&Aが、件数・金額ともに過去最高を記録した。それまで、日本は米国に比べてIPOによるイグジットの割合が多いことで知られていたが、状況は少しずつ変わりつつある。

M&Aを果たしたスタートアップの「その後」を取り上げる連載『M&A後の起業家たちの挑戦』。第4回は、コインチェックの共同創業者で専門役員の大塚雄介氏が登場。

同社は、2014年に暗号資産(仮想通貨)取引所の『Coincheck』をスタート。ローンチから数カ月で取扱高が月間1億円を突破し、一時は月間4兆円程度にまで拡大するも、2018年1月に暗号資産「NEM」の流出事件が発生する。このタイミングで、コーポレートガバナンスの強化と、信頼回復に努めるために、マネックスグループへ参画した。

その後、堅実に内部体制を整え、2019年3月期にグループイン後、初めて黒字化を達成。2020年には新規事業にも乗り出している。

「成長の選択肢としてM&Aを選ぶ事例がもっと多くてもいい。今回はそのメッセージを届けたい」と語る大塚氏に、買収後の変遷を聞いた。

  • TEXT BY RIKA FUJIWARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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事業継続に向けてM&Aは必須条件だった

コインチェックは2012年に設立された。当時の社名はレジュプレスで、ストーリー投稿サービス『STORYS.JP』をスタートさせた。

大塚後の暗号資産事業にも通じますが、僕らは「時代が求めるプロダクトを創り出し、時代を創ること」、そのために「時代の1.5歩前にあること」に常に取り組もうとしてきました。

『STORYS.JP』を始めたのは、FacebookやLinkedInが登場し、今後は個人が実名で自身のストーリーを発信する時代になるだろうと予測したからです。

コインチェック株式会社 共同創業者/専門役員 大塚雄介氏

『STORYS.JP』からは、累計100万部以上を売り上げた『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』が生まれるなど、個人に眠るストーリーを掘り起こし、順調に成長。

安定軌道に乗り始めたタイミングで、大塚氏と共同創業者である和田晃一良氏の2人は次なる1.5歩先を探し始める。海外のマクロトレンドを読み解く中で出会ったのが、暗号資産だった。

大塚国内でもスマホ決済のサービスが出現し始め、お金との接触の仕方も変わりつつありました。さらに、日本政府がビットコインは「価値記録」であり、通貨・法貨としては扱わないと決めた。銀行法や金商法などの対象外となり、既存の金融業者でなくとも挑戦できる外部環境が整っていました。

しかも、ちょうど暗号資産取引所のマウントゴックスでビットコインの流出事件が起きた直後。大企業はレピュテーションリスクの観点から参入しにくかったものの、暗号資産の取り引きをしたい人は増えており、受け皿がない状況だったんです。

この流れを受け、2014年8月に『Coincheck』をスタートする。ただ、暗号資産に懐疑的な人も多く、VCからは出資を断られ続けた。取扱高も伸びず、認知獲得のために六本木のバーを貸し切り、ビットコイン決済を体験してもらうイベントを主催するなど、地道な活動を重ねたという。

しかし、暗号資産の注目度が高まるとともに風向きも変わる。2015年3月には月間の取扱高は1億円を突破。2017年3月に社名をコインチェックへ変更し、『STORYS.JP』を事業譲渡して暗号資産にリソースを集約させた。2017年の年末には取引高が約4兆円まで増加するなど、加速度的な成長を見せた。

ところが、2018年1月に『Coincheck』のシステムが不正アクセスを受け、約580億円相当のNEMが流失。窮地に立たされた。

大塚ユーザーのことを考えると、ショックを受けている暇はありません。補償や対応、被害の拡大防止に取り掛かりました。

補償を迅速に行い、お客様のためにもなんとかして事業を存続させたい。そう考えた末、社会的責任への意識を表すことが不可欠だという結論にたどり着いたという。

大塚自社だけでの再建も模索していましたが、経営陣が責任を取り、リスクマネジメントをはじめとしたガバナンス体制の構築に長けた企業の力を借りる必要があると考えました。つまり、M&Aは必然だったんです。

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M&Aは結婚。暗号資産のスピード感と、ビジョンの一致が条件

コインチェックの救済には何社もの企業が手を挙げてくれたという。中には、破格の高値を提示した企業も現れた。だが、社名やサービス名、カルチャーを残した上での事業再興を考えていたからこそ、買収額よりも重視すべき要素があった。

大塚M&Aは結婚と同じです。違う人生を歩んできた会社が同じ方を向き、歩んでいかなければなりません。一度買収されると後戻りもしにくい。だからこそ、大切にしたい二つの点を明確にして、話を進めました。

一つは、意思決定のスピード。変化が速い暗号資産業界において、意思決定に時間を取られるのは命取りになるはずです。

もう一つは、暗号資産の捉え方や思想への共感。暗号資産に「金融資産」というイメージを持つ人も少なくないのですが、私たちは「価値を移動させる共通プロトコル」としての技術の可能性を見据えて取り組んでいます。その認識がずれてしまうと、事業戦略を練る上でのひずみになると考えていました。

この条件にマッチしたのがマネックスグループだ。大塚氏が特に印象に残ったのは、その意思決定の速さだという。

大塚たった2週間でM&Aが決まりました。しかも、話し合いを進める中で、正午に会議をして、その日の午後6時までに意思決定をしなければいけない局面がありました。その際にマネックスは、時差が13時間もあるニューヨーク在住の取締役などにもに連絡をして、わずか2時間で意思決定を下しました。このスピード感を前に、私と和田は「ここなら間違いない」と確信しました。

さらに、マネックス代表の松本大氏は、交渉の席には必ず顔を出し、真摯に対話を重ねた。トップが現れない企業も少なくない中で、松本氏の経営者としての姿勢にも好感をもったという。

M&Aの際、松本氏とやり取りした資料の一部(提供:コインチェック)

確信のもと、2018年4月にコインチェックはマネックスにグループ入りした。和田氏と大塚氏は責任を取る形で取締役を辞任。執行役員として、新たな経営体制に加わった。

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マネックスとともに、組織の攻めも守りも固めた2年間

グループイン後の2年間、コインチェックはマネックスの知見を存分に活かして体制を整えていく。まずはガバナンスだ。オンライン証券業で培ってきた経営管理やリスク管理のノウハウは、すぐさま注入されていった。

大塚グループ入りの話がまとまる直前から、松本さんをはじめ双方のメンバー10人ほどで、ガバナンスの構想をラフに議論していました。ホワイトボードに体制表を書き出し、「こんな感じならいけるんじゃないか」と夜食をとりながら議論を重ね、青写真をまとめていきました。

私たちはITサービスを手掛ける会社として始まったこともあり、大手の金融機関から比べると法務部門などを含む「守り」が手薄でした。M&A後そこに、長きにわたり金融機関で経験を培ってきたメンバーを派遣してもらいました。役員クラスの人たちまで来てくださり、「大丈夫なのか?」と逆に心配になるほどでした。

惜しみない支援のもと、コインチェックは2018年11月より順次サービスを再開させていく。事件から1年後の2019年1月には、暗号資産交換業者への登録が完了した。

守りの基盤が整った後には、組織体制の変革にも踏み切った。大塚氏には、創業時から目指す理想像があったからだ。

大塚すべてのメンバーが自律的に動き、個々に意思決定できる組織を作りたいと思っていました。結局、変化の早い暗号資産業界において、事業のことは経営者よりも現場のメンバーのほうがよく理解しているということが多々あります。その上、時代の変化が激しい中では、経営者も正解は分かりません。それならば、トップダウンではなく、現場の自律性を尊重することで良い方向へ進むだろうと。

M&A前は社員数が少なかったこともあり、トップダウンでも効率が良い場面が多かったという。体制が整い、権限委譲ができるようになった結果、IEO支援事業や新規仮想通貨の追加、「Coincheckつみたて」など、いくつものプロジェクトがミドルマネジメント層の主導で立ち上がった。

大塚最初の1年間は暗号資産交換業者の登録に精一杯でしたが、翌年は執行役員や部門長、メンバーの主体性をいかに引き出すかの組織を整えることを重視していきました。経営者は下手に口を出さず、失敗も成功も含めて受け止めていく。この考え方も松本さんと一致していました。

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暗号資産以外に視野を広げ、新たな事業へ踏み出す

コインチェックは2019年3月期の決算で、M&A後、初の黒字化を達成。組織体制が整ったことに加えて、暗号資産の価格上昇も追い風となった。

そして、大塚氏と和田氏は新たな挑戦を選ぶ。2020年9月10日に正式リリースされたバーチャル株主総会支援サービスの『Sharely』だ。

Sharely』は大塚氏と和田氏、そして社長室長の3名だけで立ち上げた。起案は2020年6月上旬。新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、既存の株主総会のあり方を再定義する必要性を感じたこと、日本ではバーチャル株主総会がZホールディングスやアドウェイズなど一部の企業に留まっていることが決め手となった。

同年6月末には公式サイトをオープンし、スピード感をもって事業を推進。この裏でも、意思決定の速さが活きたという。

大塚松本さんに事業の構想を口頭で伝えたら、即決でしたね。頭でっかちに始めるのではなく、まずはやってみて検討するスタイル。

立ち上げが決まってから和田が2週間でプロダクトを開発し、企業へのヒアリングを通じてニーズなどを検証し、プロダクトに手を加えながら方向性を固めて、約3カ月で正式リリースまでたどり着きました。すでに上場企業複数社にて導入されることも決まっています。このスピード感で取り組めたのも、マネックスをパートナーとして選んだからこそ。あの時の決断は間違っていなかったと、強く感じています。

ただ、経験豊富な2人が新たな事業をつくるのであれば、既存事業や親会社の制約がない別法人を立ち上げるなどの選択肢もあったはずだ。事実、M&A後に退職し、再度会社を立ち上げる起業家や、退職はせずとも別会社で新たな事業をつくるという例は少なくない。

その疑問を大塚氏にぶつけると、「検討余地はあった」としつつ、「コインチェックでやることに、意味がある」と言葉を続けた。

大塚もちろん、私はロックアップ後に退任して起業する人たちを否定するわけではないですし、尊敬する起業家も数多くいます。ただM&Aを手段に、さらに成長を志す起業家がもっと現れてもいいと思うんです。

これは起業家として目指す道の違いだと考えています。私は、ソニーやホンダのような永続的に発展する偉大な会社を作りたい。そのためには、起業を繰り返すよりも、あらゆる手段を尽くしてコインチェックを伸ばすことが最短だと捉えているんです。マネックスグループ入りしたのは、その手段として見ても間違いなかったと確信しています。

コインチェックを伸ばしていけば、スタートアップの人々に、M&Aを手段として活用し成長する道を示せるかもしれない。それは、スタートアップのエコシステムを回す上で、大切なピースになるのではないかと考えています。

私自身、M&Aを通して経営者として学ぶことも多かったですし、個人としても企業としても成長機会になった。この学びや経験を起業家たちにも還元していきたい。そう信じ、私はコインチェックの成長に全力で挑んでいます。

こちらの記事は2020年10月06日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤原 梨香

ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。

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藤田 慎一郎

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。

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