連載M&A後の起業家たちの挑戦

M&Aは“本質”に近づくための手段。
事業譲渡と社名変更を経て、グラムが打つ次の一手

インタビュイー
小出 悠人
  • グラム株式会社 代表取締役 

1991年東京都出身。上智大学在学中、株式会社ECナビ(現 株式会社CARTA HOLDINGS)など複数のベンチャー企業でエンジニアやディレクターとしてインターンを経験。2012年、KDDIが行う起業支援プログラム「KDDI∞Labo」に当時最年少である20歳で採択され、2012年6月、株式会社U-NOTEを創業。2015年10月、株式会社イグニスによる連結子会社化。2018年10月、ビジネスマン向けメディア「U-NOTE」を株式会社PR TIMESに事業譲渡し、グラム株式会社に社名変更。現在は、「成しうる者が為すべきを為す」社会を実現するため、性格診断データを用いた転職サービス「Jobgram(ジョブグラム)」を開発中。

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2018年、日本企業によるスタートアップのM&Aが、件数・金額ともに過去最高を記録した。米国に比べ、日本はIPOによるイグジットの割合が多いことで知られていたが、状況は少しずつ変わりつつある。

ただ、M&Aを果たした起業家は、ロックアップ期間を終えると退任し、次のチャレンジへと進むことが多い。しかし、そうした“通説”に囚われず、別の選択肢を選ぶ起業家もいる。そのひとりが、グラム株式会社(旧 株式会社U-NOTE)の小出悠人氏だ。

同社は、2015年に株式会社イグニスの連結子会社となり、主力事業であるメディア『U-NOTE』を順調に伸ばしてきた。しかし、2018年10月に稼ぎ頭だった同事業を譲渡。新規事業である、性格診断にもとづく転職サービス『Jobgram』へフォーカスする方向へ、大きく舵を切った。

M&A後も同じ船に留まり、挑戦する道を選んだ理由とは、そして新たな一手に込めた想いとは。その意思決定の軌跡を辿る。

  • TEXT BY HARUKA MUKAI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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想定外だった“自由度の高いM&A”を選ぶまで

『U-NOTE』は、イベントやセミナーの内容をリアルタイムで共有できるノートサービスとして、2012年に産声を上げた。

その後、2度の資金調達を経て、イベント内容を共有するサービスからビジネスパーソン向けのメディアへ、軸足を移していく。

サービスリリースから2年が経つ頃には、すでに月間450万人が訪れるメディアへと成長。3度目の資金調達も検討し始めた頃、小出氏の元へ、思いがけない提案が舞い込む。

小出当時は、メディアの規模も右肩上がりで、本格的なマネタイズに向けた組織拡大を検討している時期でした。複数の起業家やVCと話をしているなかで、イグニスの銭さん(代表取締役社長の銭 錕氏)とも会う機会があり、そこで『子会社にならないか』とお話をいただいたんです。

それまで、小出氏の中に「M&A」は選択肢にすら入っていなかった。しかし、会社の現状と提示された条件を交互に見つめると、同社の傘下に入ることは、最適解のように感じられた。

小出3度目もバリュエーションを上げて調達したら、M&Aのハードルも上がります。IPOか大規模なM&Aか、イグジットの選択肢も狭まってしまう。

一方、イグニスからは、“経営の自由は担保する”、“株も完全には引き受けない”という条件での提案でした。経営の主導権はそのままで、イグニスのリソースを活用しながら、事業の成長に全力投球できる。当時の自分にとって、この提案は資金調達よりも優位な選択肢だと思ったんです。

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資金調達のサイクルを脱して事業に全力投球

子会社化後は環境のメリットを、より一層実感した。特に代表を務める小出氏にとって、“資金”という大きな枷を外せたことは大きい。

小出スタートアップの社長は、油断すると『資金調達ばかりしてる』状態になってしまいます。調達しようとすると、準備や調達後の手続きも含め、半年くらいの時間がかかります。そこで無事に1年分のお金が振り込まれたら、またすぐ次の調達に向けて動き出さなければいけない。

そういう状況になると、つい資金調達やイグジット戦略にマインドシェアが取られてしまう。プロダクトや事業を通して、いかにユーザーに価値を届け、利益を生み出していくのかが本質なのに、いかに資金を得るかに思考が引っ張られてしまう。僕にとって、そこのバランスを保つのが、常に課題でした。

もちろん、今も『イグニスに対してリターンを返したい』という一定のプレッシャーはあります。けれど、資金調達に奔走している状態とは、気持ちの面で全然違いますね。

 

写真提供:gram

子会社化は組織にも大きな影響を与えた。それまで、小出氏が担当していたバックオフィス業務は、イグニスへ移管。煩雑な業務にとられる時間は大幅に削減された。

また、グループ内の情報共有も盛んに行われている。グラム社内で知見やノウハウが不足している場合、他のグループ会社からその分野に精通した社員を一時的にアサインしてもらうこともあった。

小出グループ内には、僕らが事業やプロダクトの開発でぶつかった課題を、すでに乗り越えてきた人たちがいます。実際に現場で働いてきた人たちに、いつでも質問でき、必要に応じて協力を求めることができました。

イグニスは、単一プロダクトではなく、複数のプロダクトを伸ばしてきた会社。プロダクトオーナーが、いかに開発やデザインを巻き込んで、プロダクトづくりを推進していくのか。その辺りの手法を吸収し、社内で実践していけたのは、自分たちにとって大きな糧になったと思います。

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『U-NOTE』の延長線で見つけたプロダクトの“種”

潤沢なリソースを活用し、『U-NOTE』は描いていた通り、順調にマネタイズへの道を歩んでいく。それは金額面以上に、自分たちの提供価値を理解するという意味でも役立った。

小出子会社となってから数年で、バナーや記事広告に加え、アフィリエイトでも大きく利益を生み出せるようになりました。マネタイズ方法をいくつも試していくと、徐々に自分たちなりの勝ち筋が見えてくる。たとえば『U-NOTE』の場合、ビジネスパーソンが抱える課題を解決するための情報を届けることが価値です。その価値には、転職サイトを中心としたアフィリエイト広告がハマり、業績が伸びていきました。

ここで得られたのは単純な業績だけではない。U-NOTEをはじめいくつかの事業を作る中で、自分たちの得意とする領域と、それをどう事業化するかのノウハウと理解が着実に深まっていった。

小出結局、『誰に、何の情報を、どのように届けるか』のノウハウをいかに蓄積できるかと、そこにどのようなビジネスモデルを乗せるかが鍵になる。子会社化して事業に注力し、仮説検証を膨大におこなったことで、ノウハウと成果を得られたからこそ、僕たちが提供すべき本質的な価値への理解が、グッと深まったと感じます。

ビジネスへの理解が研ぎ澄まされていった先で、小出氏は次なるプロダクトの種と出会う。それは、自社の採用における課題解決に隠れていた。

小出当時、採用した人がなかなか定着せず、組織にもネガティブな影響を与えていました。そこで、採用基準を見直し、社名や実績、職種だけではなく、『その人がどのような環境ならベストな力を発揮できるのか』を知るために、性格診断を実施したんです。

社内のメンバー全員にも受けてもらい、『この人は何となくうちのカルチャーに合いそう』と言うときの、『何となく』を定量化しようと試みました。すると、性格も加味して採用したメンバーの定着率が明らかに高かったんです。つい、スキルや条件に囚われて見落としがちなカルチャーマッチの大切さを痛感しました。

その原体験と、『U-NOTE』を含む複数のメディア運営で培ってきた知見は、性格診断に基づく転職サービス『Jobgram』へと結実していく。

小出いまの転職サービスでは、人が自分に合った環境を見つけるための情報と、それを届けるための仕組みが整っていません。多くの求人サイトは、未だ職種や勤務地、年齢などのデータを元に、マッチングを行なっている。社会はやりがいを重視した働き方に変わってきているにも関わらず、現状の仕組みや探し方にズレがある状態です。僕も含め『本質にこだわりたい』グラムの社員にとって、これは見過ごしがたい課題でした。そこから、『Jobgram』の構想を練っていきました。

開発に当たっては、イグニスが開発・運営していた性格診断にもとづくマッチングサービスの経験が活かされたという。無論使用したモデルは別物だが、診断のシステムやアルゴリズムを開発するにあたり、イグニスの経験値や知見、ノウハウは開発速度に大きく寄与した。

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芽生えた“自信”を確かめるための「事業譲渡」

そして、2018年10月、『Jobgram』に集中するため、小出氏は『U-NOTE』を株式会社PR TIMESへ譲渡。サービス名と同じだった社名も『グラム株式会社』へと変更し、再スタートを切った。

転職サービスやアプリが次々に登場している今、主力事業を手放して未知数の事業に賭ける不安はなかったのだろうか。

小出これまでも、転職サイトのアフィリエイト広告を通し、ユーザーを集めるという部分では数多くの成果を上げてきました。ユーザーを獲得するためには、どのような情報が必要なのか、それによってどのくらいの送客が見込めるのかは把握できていたんです。

何より、『U-NOTE』はビジネスパーソンの意思決定を支える情報を提供するメディア。その点は一般的な転職サイトも同じです。これまでの経験を活かせば勝ち筋はあると考えました。それを確かめるためには本気で注力するしかない。むしろ、転職サイトやツールがたくさんあるなかで、片手間にやっていても勝てません。

新たな事業に注力したい場合、『U-NOTE』と別会社を興す道もあったはずだ。社名を変えてまで、あえて同じ会社で事業に取り組む意図をたずねた。

小出『U-NOTE』を通して、『情報と人を適切にマッチングできれば価値が生まれる』という経験を積んでいたからこそ、『Jobgram』のアイディアが生まれました。端から見ると別事業を始めたように映ると思うのですが、『Jobgram』も人と企業、情報のマッチングという点で、繋がっている。そこを最適化したい社員が集っているので、他の箱でやるという選択肢は視野に入らなかったです。

社員は同じ方向を見ていたとしても、主力事業を譲渡するという決断に対し、イグニス側からの反対はなかったのだろうか。

小出『Jobgram』も含め、事業については毎週のように相談をしているので、特に反対はなかったですね。譲渡したいと伝えた時は驚いていましたが、快く受け入れてくれました。イグニスは、銭さんを含め『自由にやらせた方が起業家は力を発揮できるし、結果的にリターンも最大化する』という思想を持っているんです。なので、今回も最終的な決断はこちらに委ねてくれました。

起業当初は想定していなかったM&Aという選択肢から3年、親会社への感謝は小出氏の原動力となっている。

小出これまで、M&Aされると社員は辞めやすくなり、経営者もロックアップが終了したら辞めてしまう。すると、結局買収した事業も伸びず、誰も幸せになれない。そんな事例も見受けられました。

僕らの場合は、評価の基準は明確に設計してもらった上で、経営の自由度や、事業を軌道に乗せるためのリソースも十分担保してもらえた。今でこそ、そういった比較的自由度のあるM&Aも増えていますが、3年前はとても珍しかったんです。

その環境で事業に没頭できたからこそ、『Jobgram』が生まれ、今のグラムがある。ここで何とか大きく成果を上げ、イグニスに恩返しができればと思っています。

「業界の慣習やしがらみ、過去の常識にとらわれず、 本当に必要な価値を、必要な人に提供していきます」

グラムのウェブサイトに書かれた言葉だ。M&Aや、子会社事業譲渡といった、周囲を驚かせる選択肢も、小出氏にとっては「本当に必要な価値」を追求するための手段に過ぎないのだろう。研ぎ澄まされた“本質主義”を貫く彼の前に道はなく、彼の後ろに道がつくられていく。

こちらの記事は2019年02月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

向 晴香

inquire所属の編集者・ライター。関心領域はメディアビジネスとジャーナリズム。ソフトウェアの翻訳アルバイトを経て、テクノロジーやソーシャルビジネスに関するメディアに携わる。教育系ベンチャーでオウンドメディア施策を担当した後、独立。趣味はTBSラジオとハロプロ

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藤田 慎一郎

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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