「非財務情報を軽視したM&Aは失敗する」──Wonder Camelのアクリオ買収に学ぶ、信頼資本の活かし方

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インタビュイー
和田 淳史

上智大学経済学部経済学科卒。アビームコンサルティングにて業務改革、システム導入など国内外それぞれで幅広いプロジェクトを経験。ボストンコンサルティンググループではナショナルクライアントを相手に全社的な戦略策定に携わる。その傍ら、ベンチャー企業支援の経験も積んだ。2021年、株式会社Wonder Camel創業。

吉村 研人

上智大学理工学部情報理工学科卒。JSOLにて社内起業家として複数の新規事業の立ち上げを経験。FUJITSU LS研にてブロックチェーンに関する論文を執筆し優秀賞を受賞。その後2021年に株式会社Wonder Camelを共同創業。

黒﨑 俊

上智大学卒業後、2015年に株式会社エス・エム・エスへ新卒入社。2年目は年間予算、数億円のウェブマーケティングを担当し、3年目はデイサービスと介護利用者をつなぐ新規事業責任者に従事。 2018年、人口減少やデジタル化の遅れから生まれるインフラ産業の課題を解決するため、株式会社プレックスを創業。「日本を動かす仕組みを作る」というミッションを掲げ、エッセンシャルワーカーの採用支援サービスと、インフラ産業に向けたSaaS事業、M&A仲介事業を営む。

植田 大貴
  • 株式会社アクリオ 代表取締役 

学生時代にSEOメディアで起業。2016年にヤフー株式会社(現 LINEヤフー株式会社)に新卒入社し、広告営業を担当。2017年に株式会社エス・エム・エスにて老人ホームマッチング事業、新規事業のデイサービスマッチング事業でマーケティングなどを担当。2018年に株式会社プレックスを取締役として創業し、ドライバー人材紹介事業の責任者として40名程度(インターン含む)の規模まで成長させる。2021年に株式会社アクリオを創業し、フリーランスマッチング事業を立ち上げ、2025年に株式会社Wonder Camelへ売却。現在は次の起業に向けて準備を進めている。

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日本のスタートアップエコシステムに、新たな風が吹き始めた。金融庁がM&Aにおける「のれん」の会計ルール見直しに前向きな姿勢を示した(*1)。これが実現すれば、スタートアップにとってM&Aはより身近な選択肢となり、イグジットや成長戦略の幅は格段に広がるだろう。大胆なチャレンジを後押しする土壌が、今まさに整いつつあるのだ。

(*1)参考資料:「のれん」の非償却を含めた財務報告の在り方の検討

そんな変化の潮流を敏感に捉え、M&Aを成長エンジンとして力強くアクセルを踏み込む一社がある。フリーランスコンサルタントと企業のマッチングプラットフォームを展開するWonder Camelだ。2025年4月1日、同社はM&A仲介を手がけるプレックスの支援のもと、、同じくフリーランスコンサルタント領域でプラットフォーム『フリーランスGO』を運営するアクリオの買収を発表。約3,000人のフリーランス登録者を獲得し、次なる成長への布石を打った。

一見すれば、成長市場における合理的な事業買収。しかし、M&Aの成功には、財務分析や事業シナジー評価といった合理的な「セオリー」の適用が欠かせない。しかし、今回のディールの深層に目を向けると、それだけでは捉えきれない要素が見えてくる。 そこには、数字や計画だけでは語れない、人間関係や信頼といった複雑な熱量が、決定的な役割を果たしていた。 現実は、教科書通りには進まないのである。

今回のディールの裏側には、買収・売却・仲介というそれぞれの立場で対峙した4人の起業家たちの、実に7年にもわたる濃密な「人間関係」と揺るぎない「信頼」の物語があった。彼らの軌跡は、M&Aが画一的なプロセスではなく、予測不能で、だからこそ尊い「一期一会」の連続であることを、私たちに生々しく突きつける。

本記事では、Wonder Camel(和田氏 / 吉村氏)、アクリオ(植田氏)、プレックス(黒﨑氏)──この運命的なディールを形作ったキーパーソンたちの証言から、教科書には載らないM&Aのリアル、成功に不可欠な「非財務情報」の価値、そして彼らを繋いだ7年間の軌跡に迫る。

  • TEXT BY YUKI YADORIGI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY YUDAI FUJITA
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“あの夜”の語り合いが、すべての始まりだった──4人をつないだ“週末オフィス”の記憶

物語は約7年前に遡る。2018年某日──。場所は、週末の有楽町の会議室。そこに集ったのは、年齢も近く、しかし異なる道を歩み始めていた4人の若者たちだった。

プレックス創業を目前に控えた黒﨑氏と植田氏は、和田氏に事業構想の壁打ちを依頼。当時アビームコンサルティングに在籍していた和田氏は、週末の夜、「とりあえず話しに来なよ」と2人を招く。彼らが到着した会議室には、和田氏ともう1人、当時JSOL(NTTデータの関連会社)に在籍していた吉村氏がいた。

人物相関図は以下を参照してもらえればと思うが、黒﨑氏と吉村氏は、共に“学生時代に和田氏の後輩だった”という共通点を持つ。そして黒﨑氏と共にオフィスを訪れたプレックス共同創業者の植田氏は、黒﨑氏のエム・エム・エス時代の後輩である。互いに先輩・後輩の関係でつながっている4人は、卒業後それぞれ異なるキャリアを歩み、再び、“あの夜”に集うことになった。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

吉村当時、僕はJSOLで働くかたわら、いわゆる週末起業的な形でライブハウスの管理ツールを作ろうとしていました。先輩である和田さんには、その構想や戦略の壁打ちを何度かさせてもらっていたんです。

でも、振り返れば恥ずかしいですが、ビジネスとしてそのアイデアがどうこうというより、「僕、プロダクトつくってます」というアピールをしたかったんでしょうね(笑)。和田さんからは、プロダクトの構想に対してボコボコにダメ出しを食らっていました……。

和田懐かしい。あの頃の吉村さんは正直、“井の中の蛙”状態でしたから(笑)。それで、「僕が言うだけでは足りないかな。もっと本物の起業家の覚悟を知ってほしいな」と思っていたんです。それでちょうど、本気で起業しようとしている黒﨑さんの話が聞ける機会ができたので、吉村さんも同席してもらって、いろいろ勉強してもらおうと思って誘ったんですよね。

吉村あの夜の衝撃は本当に忘れられませんよ。間違いなく、僕の人生を変えたターニングポイントです。黒﨑さんはエス・エム・エスを辞めてまで、自分の夢に挑戦する決意を固めたタイミング。その表情や言葉に宿っていた熱量と覚悟には、正直圧倒されました。

当時、僕が100%プロダクトアウトの思考で、バンドマンやライブハウス向けのサービスに注目していたのに対し、彼はもっとマーケットインの発想も取り入れ、これから挑む市場の規模や成長率から、ビジネスとしての確度を語っていたことが印象深く残っています。

黒﨑あの時、僕は「ライブハウスって全国にいくつあるんですか?」と聞いていましたよね。初対面で生意気に、すみませんでした……(笑)。

すぐに市場規模から算出して、どれくらいの事業になりうるのかを考えてしまう曲がついてしまっていたので、そのような聞き方をしたんだと思います(笑)

吉村でも、そう聞かれて答えられなかったときの悔しさは、今でも覚えています。それだけでなく、「僕たちが狙う市場には、約6万の事業者がいますが」と言われ……同じ91年生まれで、和田の後輩という点も同じなのに、どうしてこれほどまで自分と違うんだろう、と衝撃を受けました。

2018年当時の写真(左奥:和田氏、右奥:植田氏、手前右:吉村氏)*黒﨑氏撮影(提供:Wonder Camel)

志高く、自ら市場を切り拓こうとしていた若者たちは、互いが描く未来を熱量高く語りあった。創業へのプレッシャーや、自身の覚悟のなさに対する悔しさなど、それぞれの想いを胸に秘めながら。

そう、”この夜”から、長い物語が始まっていくのだ。

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各自が挑戦を続けた7年──そして再会へ

その後、4人はそれぞれの道を歩み始める。黒﨑氏と植田氏は、宣言通りプレックスを2018年に創業。彼らはエス・エム・エス時代に、各業界の事業構造を読み解く中で注目した物流業界、特に市場規模が大きい運送領域で事業を開始した。まさにこの分野で、最初に事業を始めた、第一人者だ。まずは人材紹介で足場を固め、その後SaaS事業やM&A仲介事業へと多角化させながら、泥臭く成長を遂げ、驚くことに2024年度の売上は60億円を突破した。

一方、和田氏はアビームコンサルティングからBCGへとキャリアを進め、コンサルタントとしての実力にさらなる磨きをかける。「自分のキャリアにがむしゃらだった頃ですね」と当時を振り返る和田氏だが、独立のタイミングは常に探っていたという。そして、焦りを抱えながらも前のめりに挑戦を続ける後輩・吉村氏の状況も見ながら、声をかけるタイミングを計っていた。

和田吉村さんがJSOLで新規事業をやっていると聞いて、「その事業、成功したら吉村さんはいくらのリターンをもらえるの?」と聞いたんです。そしたら「事業が成功してもしなくても、僕の給料は変わらないですね」 と言うんですよ。それでは事業家としてのやりがいがないじゃないですか。だったら「一緒にやるか」と思い、Wonder Camelの創業メンバーに誘ったんです。

そんな吉村氏は、「人生を変えた7年前の“あの夜”」での悔しさを胸に、大企業(JSOL)内で新規事業に再挑戦していた。しかし、心の中では常に当時の衝撃と、成長を続けるプレックスの存在が重くのしかかっていた。大企業という安定した環境で挑戦を続ける自分と、リスクを取り荒波に漕ぎ出した彼らとの差。その現実に、彼は焦りを感じていた。

吉村プレックスのことは“あの夜”からずっと意識してました。黒﨑さんらとのディスカッションを経て、新規事業に対する覚悟を改め、大企業で新規事業に挑んでいたのですが、それでも自分はあくまで「事業立ち上げ“担当者”」でしかなかったんです。

吉村「このまま、リスクを取った挑戦をせずにいたら、一生彼らには追いつけない……」という想いを胸に抱きながら、折に触れてプレックスのホームページを覗き、事業成長度合いをチェックしていました。そうすることで、「負けてたまるか」と自分自身を奮い立たせていたんですよね(笑)。

吉村氏の燻る想いと和田氏からの誘いが重なり、2021年、Wonder Camelが誕生する。

そして、黒﨑氏と共にプレックスの成長を最前線で牽引してきた植田氏もまた、新たな挑戦へと舵を切る。自身の強みであるゼロからイチを生み出す力を最大限に発揮すべく、Wonder Camelと同年の2021年にアクリオを創業。フリーランスエンジニアのマッチングプラットフォーム事業を開始した。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

別々の道を歩み始めていたものの、彼らの繋がりが完全に途切れることはなかった。特に和田氏と黒﨑氏は定期的にコンタクトを取り合い、互いの事業の進捗や業界について、時には他愛ない話も交えながら近況を報告し合っていた。

「起業家は群れるべきではない」といったアドバイスも世の中にはある。確かに、馴れ合いは成長を阻害するだろう。しかし、彼らのように互いをリスペクトし、時には厳しい現実や悩みを共有できる「同期」のような繋がりを持つことは、険しい起業の道のりを歩む上で精神的な支えとなるのではないだろうか。

和田“あの夜”以降も、黒﨑さんと僕は定期的にご飯を食べる仲が続いていました。その間、黒﨑さんがさまざまな事業にチャレンジしているのも聞いていました。施工管理技士の人材紹介とか、海外向けのデコトラのパーツ販売とか、色々検討していましたよね。

黒﨑懐かしいですね(笑)。

そんな会話の中で、黒﨑氏がプレックスでM&A仲介事業に乗り出したことも、和田氏はいち早く知ることとなる。Wonder Camelとしても、創業3期目には初のM&A(Rotoworksの子会社化)に挑戦するなど、事業拡大のためのM&Aに取り組み始めた時期だ。

「いい会社があったら、ぜひ」──。

和田氏が黒﨑氏にそう伝えた言葉の先に、思いがけない形でアクリオ植田氏の名前が浮かび上がることになる。そう、7年の時を経て、かつて同じ会議室にいた面々が再び、交わることになったのだ。

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「まだやれる」から「託したい」へ──植田氏の決断を動かした“壁”と覚悟

実はアクリオでは、今回のM&Aの前にも一度、売却を視野に入れて社外と話をした時期があった。当時はまだ正式なディールには至らなかったものの、和田氏をはじめ、すでに何人かの関係者とは意見交換を重ねていたという。

それもそのはず。アクリオのメイン事業である『フリーランスGO』は、植田氏の得意とするマーケティングにより、短期間で累計登録者3,000名を超える伸びを見せていたからだ。

しかし、植田氏は初回の売却検討時のプロセスの中で、「この事業は、もっと自分たちの手で伸ばせるはずだ」と感じ、売却検討を取りやめた経緯がある。

植田兼ねてより和田さんにも評価してもらっていた「効率的なマーケティングで、プロ人材を集める」という部分には、自信を持っていました。一方で、仲介する案件を高単価なものにしていく営業には苦手意識があり、課題に感じていたんです。

ですが、売却検討の過程で、その課題に対して自分の力で解決できないことが悔しくなり、「改めて自分で泥臭く営業をやってみよう」と考えたんです。そこから地道に取り組んでみると少しずつ成果が出始め、売上も利益も伸ばすことができました。これが今回の売却に至る前の、一度目の売却検討時の背景です。

黒﨑この時から、僕自身M&A仲介の立場として関わっていたんですが、植田さんからは「悔しくて火がついてしまいました……」と言われたので、「それじゃあ頑張ったほうが良いんじゃない?」とお伝えしたんですよね。植田さんとはM&A仲介以上の間柄なので、彼が心から望むことがベストだと思いました。その後、本当に成果を出したので、さすがだなと。

植田また、同時に注力し始めた新規事業も黒字化できたのが、2024年の末です。このタイミングで改めて売却を検討したく、黒﨑さんを介して和田さんに取り次いでもらったんです。

その頃、黒﨑氏はプレックスでM&A仲介事業を本格化させていた。そして和田氏もまた、Wonder Camelの成長戦略として事業買収の可能性を常に探っており、黒﨑氏とは情報交換を続けていた。

そこから2024年の年の瀬も押し迫ったある日、和田氏のスマートフォンが鳴る。着信の相手は、黒﨑氏だ。

和田前置きなく黒﨑さんが「アクリオさんが、ついに動きます」と言うわけです。「もしも和田さんが本気で譲受する気持ちがあるなら、僕も全力でサポートします」と。その時は親しい友人らとの用事中だったのですが、間髪入れずに「ぜひお願いします」と返して話を終えました。

黒﨑以前の検討時にお待たせしてしまっていたわけですから、今回の提案は「まずは信頼できる和田さんに」と思い、第一に連絡しました。和田さんの力強い決断力により、文字通り即答してくれたので、スピーディに進みましたよね。

アクリオの持つ3,000名以上の人材データベースが、Wonder Camelの成長を加速させるのは間違いない。まさに求めていたピース。そして、相手は旧知の植田氏。迷いはなかった。

吉村年明け三が日のうちに和田さんから僕に電話が来まして──。てっきり年始の麻雀の誘いかと思ったら、「違うそうじゃない」と言うんです(笑)。何かと思えば、アクリオ買収の件について。あまりに唐突だったので驚きました。

年始早々、まずはWonder Camelとプレックスにて打ち合わせし、そこからアクリオ植田氏も加わりトントン拍子で話は進む。ほんの2ヵ月ほどでディール成立となった。

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「買い手はWonder Camelしかいない」。
強みと弱みが噛み合った“最適な組み合わせ”

Wonder Camelとアクリオは同業ながら、事業上のアプローチの仕方が対照的だった。この違いが、まず理解しやすい、今回のM&Aの大きな狙いにつながる。

Wonder Camelの強みは、大手コンサル出身の和田氏が牽引する「上流案件獲得力」と、フリーランス一人ひとりに向き合う「ハイタッチで丁寧な」対応。一方のアクリオは、植田氏が得意とする「マーケティング力」と「効率化されたオペレーション」を武器としていた。

黒﨑双方の足りないピースを補い合うこの明確な補完関係が、両事業の成長加速を強く期待させましたよね。私が全力で支援したいと思った理由の一つでもあります。

なお、この融合は単なる足し算ではない、掛け算の事業シナジーを生む可能性を秘めていたのだ。

「リボンモデル」とも呼ばれるような、多くのBtoBtoCプラットフォームビジネスが直面する課題に、「toC or toBが先か」がある。ユーザー(toC)とクライアント(toB)の双方を獲得し続けるためには、マーケティング、営業、プロダクト開発など、全く異なるケイパビリティを持ちつつ、適切に融合させて事業を進化させていくことが求められる。「片方を強化すれば、もう片方も自然についてくる」と語られる場面もあるが、それが長く続くことはめったにない。現実はそう甘くないのだ。

その両方を高いレベルで実現するのは至難の業である。そこでWonder CamelはM&Aという手段で、新たなケイパビリティやデータベースを取り込む戦略を取り始めた。

和田アクリオは創業期にも関わらず、マーケティングを武器にすでに3,000名を超えるフリーランスのデータベースを持っているという話を聞いていました。私たちとは持っている強みがまったく異なるということを、前々から知っていたんです。

もし、一つの事業に統合することができれば、マッチングする案件の量や単価を増加させて売上を伸ばしていけるのはもちろんのこと、紹介先を確保するマーケティングコストも抑えられるので、大きな利益創出も期待できます。

植田実は、僕も以前から、買い手として「Wonder Camelが最適なのではないか?」という感覚がありました。和田さん個人の強みも活かしながら、地道な営業活動によって企業との関係性を構築し、案件を獲得してきた──まさに、私がいくら努力してもたどり着けなかった境地に、Wonder Camelはいるんです(笑)。

このように、各事業の成長につながる明確な相乗効果を、互いに狙うことができたというわけである。「同業他社とは競い合う」という場面が圧倒的に多い中、この両社は「一緒になって高め合う」という道を選んだ。

ただし、Wonder Camelから見て「紹介先のフリーランスが増えたから、売上と利益が伸びる」という点、そしてアクリオから見て「高単価案件をマッチングできるから、売上と利益が伸びる」という点は、あくまでも“足し算”的な効果しかないとも言える。

重要なのは、その先、数年後に“掛け算”と表現できるほどの非連続的な成長を、シナジーとして生み出せるか否か、である。Wonder Camelの高単価案件を獲得する力の影響は、『フリーランスGO』の集客力向上にも及んでいくだろう。また、『フリーランスGO』が抱える多数かつ優秀なフリーランス3,000名の存在は、Wonder Camelの高単価案件がさらに増えていくきっかけにもなるだろう。

こうして、互いの強みが影響し合い、それぞれの強みがさらに強まっていく未来も当然、見えるわけだ。こうした展開を“掛け算のシナジー”と呼びたい。これまでのFastGrowの取材もふまえて感じる、”したたかな経営者・和田氏”はおそらく、これからこの展開の実現に向け、さまざまな仕掛けを創っていくはずだ。

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数字では測れない「信頼」が、ディールを動かす──M&A成功のもう一つの条件

とは言ったものの、どれだけ合理的なシナジーの見通しがあろうと、それだけでディールが成立するとは限らない。

今回、この取り組みを力強く前進させたのは、7年間という歳月で醸成された「信頼」という名の見えざる資本だった。これは和田氏と植田氏の関係性だけを指すのではない。旧知の仲であり、両社の事業を深く理解する黒﨑氏が仲介に入ることで、交渉には心理的な安心感が生まれた。黒﨑氏自身も、今回の仲介における「信頼」の重要性をこう語っている。

黒﨑僕は売り手の植田さん、買い手の和田さん両方とも近しい仲だったので、それがスムーズに進んだ理由でもあると思います。

人生をかけた事業売却という大きな意思決定の中で、不安になる状況は当然にある。その時に最終的に誰に依頼するか、誰を紹介するかという場面で、「この人たちだったら信頼できる」というのは、すごく大きいですよね。

両者が後悔しない、どちらにとってもよかったと思えるディールになるよう導くことは、私にとってはとても重要なことでした。それはビジネスの枠を超えた、互いの信頼関係にも関わることだからです。

その信頼関係は、決して馴れ合いを意味しなかった。むしろ、「友人だからこそ、本音で向き合う」覚悟が双方にあった。売り手の植田氏は、自社の弱みやリスクも含めて全てを開示する「バッドニュースファースト」を貫いた。

植田最初にいかにネガティブな情報を全部伝え切るか、を意識していましたね。事実だけでなく、「仮にこの事実がこういう方向に発展したら、こんな未来になります」とか、「実は今、こういうトラブルが起きています」とかも含めて、まず初めに全部伝えました。

植田氏のこの誠実さこそが和田氏の信頼を揺るぎないものにした。

植田例えば「実は、こういうことでちょっと揉めていて解決に取り組んでいます」と伝えた時に、和田さんは「そういうこともあるよね」と受け止めてくれたんです。これは、売り手としてはものすごく安心に繋がりました。

和田氏もまた、売り手の姿勢を注意深く観察していた。「早く売り抜けたい」という考えではなく、「買収後も事業を伸ばしてほしい」という植田氏の真摯な想いを受け止めていたのだ。

和田ディールの際、「一日も早く現金化して手を離したい」という思想がコミュニケーションの中で透けて見える人とは、多分、買った後もうまくいかない可能性が高い。その点、植田さんの真摯な姿勢からは、「売却後もこの事業をちゃんと伸ばしてほしい」という想いが強く伝わってきましたね。

一般的なM&Aのセオリーではリスクと捉えられかねない情報開示やウェットな関係性が、ここでは逆にこの「一期一会」のディールを成功に導く鍵となったのだ。

昨今、M&Aプラットフォームは数多く存在する。しかし今回のようなケースを見ると、特にM&Aに取り組み始めた初期には、数字や条件だけでは測れない関係性──いわば「内輪」の信頼関係の中でこそ、価値あるディールが生まれるのかもしれない。M&Aを複数回経験し、勘所がわかるようになるまでは、むしろそれが良いマッチングへの近道となるのではないだろうか。

両者を知る黒﨑氏にとっても、今回の仲介は特別なプレッシャーがあった。彼自身、その心中を率直に明かす。

黒﨑今回一番難しかったのが、どちらも知り合いなので、絶対にどっちにも損して欲しくない、ということです。どちらかに傾いたら、後でずっとそのことを言われ続けるだろうなと(笑)。価格交渉も含め、絶妙なバランスを取る必要がありました。

その際、彼の悩みはディール成立後の未来にまで及んでいた。

黒﨑言うまでもなく、M&Aで本質的に大事なのは、PMI(Post Merger Integration)が成功することです。もし失敗したら、自分の信頼関係も友達関係も毀損する可能性がある。僕としても、これまでの様に和田さんに焼肉をご馳走してもらえなくなってしまうかもしれないし、植田さんと楽しい会話ができなくなってしまうかもしれない。というのは冗談ですが……(笑)。この舵取りには絶妙な塩梅が必要で、神経を使いましたね。

そんな個人的な関係性への影響まで考慮しながら、黒﨑氏は細心の注意を払い、この複雑な仲介役を務め上げた。

加えて、この挑戦的なディールを資金面で支えた、みずほ銀行六本木支店の存在にも言及しておきたい。

和田今回のような大規模な投資は、Wonder Camelとしても初めての挑戦ですから、資金をどこから調達するかが大きな課題となりました。

銀行も、一般的に未上場スタートアップに対するM&A目的の融資には、慎重なことが多いです。そんな中、みずほ銀行は、僕たちの事業戦略や今回のディールの背景にある関係性まで深く理解してくれて、終始ずっと協力的な姿勢で相談に乗ってくれました。

スタートアップの挑戦を心から応援してくれる姿勢で、迅速にファイナンスを支援してくれたことには本当に感謝しています。年始早々に相談をしたので調整も大変だったと思いますし、感謝しかありません。

数字やロジックだけではない、人と人との繋がりが生み出す価値が垣間見える。

そして、7年前には市場規模の観点から数字・データ重視で事業について語り、吉村氏に刺激と焦りを与えていた黒﨑氏が、今回のM&Aにおいては「信頼が最も重要だ」と語る。その変化に、吉村氏はまた新たな刺激を受けたという。

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異なるカルチャーを、どう一つにするか──PMIで問われた“違い”の融合力

そしてこの「信頼」こそがものをいう最重要プロセスに、PMIがある。M&Aの成否を最終的に決定づける重要な仕事だ。

現在、Wonder CamelでこのPMIの全責任を負うのが、黒﨑氏・植田氏とのやりとりで悔しさを味わった“あの”吉村氏である。事業責任者を担いながら、アクリオの新たな代表取締役にも就任し、現場の動きを推進している。

吉村和田さんが言う様に、植田さんからの引き継ぎが丁寧でスムーズなのがとても助かっています。お互いよく知っている仲だからこそのフランクなコミュニケーションを取れるところも、嬉しいポイントですね。

植田氏による引き継ぎの緻密さ、迅速さ、そして的確さ。単なる業務説明に留まらない丁寧な仕事ぶりには、彼がキャリアの初期に在籍したエス・エム・エスで培われた、「オペレーションをとことん磨き込む」というDNAが色濃く反映されているのだろう。

植田エス・エム・エス時代からオペレーションの標準化は得意な領域だったので、アクリオの業務も標準化して、それをWonder Camelに移管する形で進めています。

吉村アクリオの業務を引き継ぐ立場にあるメンバーがいるのですが、そのメンバーが面談をするときも、植田さんが同席して長文で、かつ的確で細かいフィードバックをスピーディにくれるんです。M&Aの交渉段階から植田さんのコミュニケーションの質の高さは群を抜いていましたが、これほどまでとは……(笑)。

しかし、PMIは単に優れたオペレーションを移植すれば完了するものではない。特にWonder Camelとアクリオの間には、フリーランスとの向き合い方において「対照的」とも言える思想の違いが存在した。

和田私たちは今までフリーランスのコンサルタントに対し、1対1で向き合い、バイネームで議論する、いわばハイタッチなアプローチによって実績を積み上げてきました。

一方アクリオは、条件によってフリーランスのコンサルタントをフィルタリングし、まとめて先方に送るというオペレーションを組んでおり、担当者のスキルに依存することなくマッチングに至る型ができています。

つまり、担当者が考えなくてもマッチングできる業務を設計して、植田さんの手が完全に離れる仕組みを作っている。 Wonder Camelの強みと、新たに取り入れるアクリオの仕組みをどう融合させていくかが、これからの挑戦ですね。

この対照的なDNAを、いかにして融合させ、新たな最適解を導き出すか。それが今まさに、Wonder Camelが向き合っている挑戦の核心だ。

重要なのは、どちらかのやり方に寄せるのではなく、互いの強みを尊重し、掛け合わせていく姿勢。「1+1」を「3以上」にしようとする、この関係性に、彼らの健全な信頼が表れている。

考え方は違っても互いをリスペクトし、馴れ合いに陥らず、ビジネスとして最良の結果を追求する。その姿勢が、PMIという複雑なプロセスを前進させる力となっているのだ。 それは単なる組織統合を超えた、「違いを力に変える」という創造的なプロセスであり、PMIの難しさであり、同時に醍醐味でもあるはず。

黒﨑本質的に両者にとって良いと思えるM&Aというものは、“再現性がない、奇跡の巡り合わせ”のようなものだと思います。今回のM&Aも、あと半年タイミングが遅れたらこうした形にはならなかったかも──とも感じますね。

今回のM&Aが、植田氏という優秀な起業家個人のアクハイヤー(人材獲得目的の企業買収)を主目的としていなかったことも、このスムーズな移行を後押ししている。

Wonder Camelは、アクリオが築き上げた優れた「仕組み」、特にマーケティング力と効率化されたオペレーションに価値を見出したのだ。常に、斬新でより大きな挑戦を求め続ける植田氏の特性を、和田氏も黒﨑氏も深く理解していたからこそ、互いの未来にとって最良の形での統合、そして植田氏の次なる挑戦への円満な移行を選択できたのである。

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M&Aに再現性はない。だからこそ、面白い──次の「一期一会」をつくる仲間へ

“あの夜”、会議室で交わされた熱い想い。7年の時を経て、4人が歩んだ道はひとつのM&Aへと結実した。だが、それは終わりではなく、新たな物語のはじまりだ。Wonder Camelは今回のM&Aを皮切りに、今後も成長戦略の一環としてM&Aに積極的に取り組んでいく。

和田買収を経て事業を伸ばすオペレーションを標準化し、成長につながるM&Aの共通項を見いだそうと検証を重ねています。M&Aにおける成功の型が見いだせれば、資金調達と買収によって事業規模を拡大するサイクルが回り始め、やがて業界全体の変革へとつながっていくはずです。

一方で、和田氏はM&Aの本質について、「再現性がない、それこそが良いM&Aかもしれない」とも語る。

テンプレート化されたアプローチや、画一的な評価基準だけを追い求めても、真に価値ある出会いは生まれない。一つ一つの企業、一人ひとりの経営者との「一期一会」を大切にし、その個別具体的な関係性や、財務諸表には現れないシナジーに深く向き合うこと。それこそが、予測不能な未来を切り拓くM&Aの醍醐味であり、成功への道筋なのだと。

その思想は、今回の経験から得られた学びにも色濃く反映されている。このエピソードは、M&Aという非連続な成長を目指すすべてのスタートアップにとって、教科書だけでは得られない、示唆に富むメッセージとなるだろう。

取材内容等を基にFastGrowにて作成

Wonder Camelが今、強く求めているのは、まさにこのM&A戦略や、特に買収後の事業成長を力強く牽引するPMIを共に推進してくれる仲間だ。

会社のビジョンに共感し、与えられた役割をこなすだけでなく、「自分の意思」を持って主体的に行動し続けられる人。現状に満足せず、常に課題を見つけ、臆せず改善を提案できる、いい意味での「クレーマー精神」を持つ人。そして何より、「一緒にやっていく」という価値観を共有し、互いの強みも弱みも受け入れ、共に成長していけるマインドを持つ人。

和田組織に対して安易に同調するより、まず自分で「こういうことをやりたいんだ」というのを突き詰めて考えられて、それに対して行動をし続けられる人。そういう人が、Wonder Camelのカルチャーにもフィットするし、何かを成し遂げる上で大事な要素だと思っています。会社に迎合する人よりも、いい意味でわがままな人こそ、私たちは歓迎します。

誰かと同じ道を歩む必要はない。セオリーに倣うことは求められていない。スタートアップというものは、そうして非連続な成長を遂げ、誰も想像できない物語を綴っていくのだから。この物語は、4人の“わがまま”な起業家たちが、それぞれの野心を交差させた結果にすぎない。

7年の時を経て、再び交わった4人の起業家たちの物語。

それは、M&Aというビジネスのドライな側面だけでは決して語れない、「信頼」と「一期一会」が持つ確かな価値を、私たちに示してくれた。彼らがこれから描くWonder Camelの新たな航海図には、まだ多くの白地図が残されている。特に、M&A戦略をさらに加速させ、買収後のPMIを成功へと導くプロセスは、同社の未来を左右する重要な挑戦となるだろう──。

こちらの記事は2025年05月08日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

宿木 雪樹

写真

藤田 慎一郎

編集

藤田 雄大

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